「こんな所までご苦労様……。でも、残念。貴女はここで死ぬのよ。彼女と同じ……私の手に掛かって、ね」
「そんな……何を言って――」
緑色の閃光が真っ直ぐにサラへと飛ぶ。
その時、間に飛び込んだ影があった。金髪が揺れ、その場にどさりと倒れ込む。
「お母さん!!」
「セブルス!」
エリの呼びかけにセブルスは答えず、そのまま校長室へと戻ろうとする。
しかし足音が駆けて来て、振り返った。同時に、硬い拳がセブルスの頬に命中する。
よろけた体勢を直し、セブルスは怒鳴った。
「突然何をする! 大人しくしろと、今言ったばかりだろう!!」
エリは笑っていた。
「いつも通りのセブルスだ」
「何をふざけた事――」
「決めてたんだよ。次にセブルスに会えたら、ぶん殴ってやるって」
「もう、手っ取り早く捕まるか何かした方が早いんじゃない?」
サラの言葉に、三人は唖然とする。
サラは軽く肩を竦めた。
「だって、何も進まないじゃない。隠れて逃げ回りながら地道に、なんて性に合わないのよ。その上、いつも苛々苛々。もうウンザリだわ。
幸い、私の事は仲間にしたくて仕方が無いみたいだもの。私だけでも敵の懐に忍び込んで、スパイした方が手っ取り早いと思うわよ」
「馬鹿言わないでよ!」
怒鳴り立ち上がったのは、ハーマイオニーだった。
「ヴォル――分かってるわよ、ロン! 『例のあの人』に態と捕まったところで、何になるって言うの? それがどんなに危険な事か! 確かに貴女の事は手に入れたいかも知れないわ。でも、貴女が本気で奴の下に付くことは無い、絶対に! 貴女に仲間になる気が無い限り、危険な事に変わりは無いのよ!! 若しかしたら、操られる事になるかも知れないのよ!? もっと酷い事になるかも知れない! 貴女自身は、死んだも同然に……。あの人にとっては、能力を利用できればそれで良いんだもの!
お願いよ……だから、そんな事言わないで……」
ハーマイオニーの目には涙が光っていた。それを見て、サラはうろたえる。
ロンがハーマイオニーの肩に腕を回し、サラに咎めるような視線を向ける。
「ごめんなさい、ハーマイオニー……そんなつもりじゃ……」
「軽々しく、捕まりに行くなんて言わないで……馬鹿よ……そんなの……」
テントの中には、気まずい空気が満ちていた。
「伏せろ!」
エリは叫んだ。隣にいるルーナを引きながら、自らも頭を下げる。
五人の頭上を、何人もの影が飛び通う。立ち上がった彼らの顔にに生気は無く、手はだらりと垂れ下がっていた。
「走れ!」
ネビルが叫ぶ。
数十、若しかしたら百以上かも知れぬ程の亡者が押し寄せて来ていた。森の外へと向かうが、行く手にさえも現れる。
不意に、頭上に張り出した木から影が飛び降りて来た。ジニーの悲鳴が上がる。
「レラシオ!」
ルーナが呪文を唱え、ジニーの足首を掴んでいた亡者は弾かれて後ろに飛ばされた。
ぐん、とエリの頭が後ろに引っ張られた。見れば、結んだ髪の片方を、亡者が掴んでいる。
「ディフィンド!」
髪を結び目から切断し、亡者から逃げる。
「こっちだ! 気ぃつけろ!」
ハグリッドは飛び掛ってきた亡者を手で払い退け、先頭を行く。
ハグリッドとの間に横から飛び込んで来た亡者に杖を向け、エリは叫んだ。
「ステューピファイ!」
紅い閃光は真っ直ぐに亡者を貫いたが、それが倒れる事は無かった。
ジニーが叫ぶ。
「無駄よ! 亡者って、既に死んでるんだもの。死者に『失神』なんてある訳が無いわ!」
「おかしいと思ったんだ。禁じられた森で働くだけの罰則なんて! 僕ら、スネイプに嵌められたんだ! この機会に、僕らを纏めて始末する気なんだ」
エリは歯噛みする。セブルスのあの言葉は、こう言う意味だったのか。
「あたし、学期が始まった頃にコリンに礼言われたんだよ。あたし達と親戚って事にしてくれたお陰で、マグル生まれ狩りを逃れられたって。でももちろん、あたしは何も証言なんてしてなかった。母さんもだ。サラは、マグル生まれ登録が始まる前に、行方不明になってる。――なあ、若しかしてお前が庇ったんじゃないか? アリス……」
「何の話? どうして私が、あんな奴らを庇わなきゃいけない訳? 私に何の見返りがあるって言うの?」
「見返りなんて無くても、思わず庇ったんじゃないのか? お前、コリンと親しかったし――」
「馬鹿言わないで。貴女じゃないなら、ナミなんじゃない? サラだって、生きてはいるんでしょ? だったら、裏で何か小細工したのかも知れないわよ」
「――やっぱりお前、コリンがあたし達の親戚じゃないって分かってるんじゃねーか」
エリの言葉に、アリスは口を噤む。
エリは猶も話しかける。
「それでも、親戚だって事を否定しないでいてくれるんだろ? お前もあいつを庇いたいんだろ? 今の無闇な殺戮を嫌だと思ってるんだろ?
なあ、だったらあたし達の所に戻って来いよ。お前にその気さえあれば、あたし達はいつでもお前を迎え入れるから。お前を信用出来ない奴がいたって、あたしが守ってやるから……!」
アリスは振り返る。そして、にっこりと笑った。
その笑顔に、エリは安堵する。しかし、アリスの口から放たれたのは辛辣な言葉だった。
「鬱陶しいのよね、そう言うの」
エリの表情が強張る。
「前から思っていたのよ。大した努力をしなくても元々人より秀でていて、悩みも無いくせに、自分は一生懸命なんですーって顔して」
「アリス……っ」
「消えて?」
ヴォルデモートの眼前には、サラがいた。ヴォルデモートに対峙して薄く微笑う。
「馬鹿ね。本当に仲間になるとでも思った? 貴方は、おばあちゃんを一番理解していたのは自分だと言った。笑わせてくれるじゃない。おばあちゃんを理解していたなら、本当に大切に思っていたなら、こんな事にはならなかった筈よ」
「まだ抵抗するか。愚かな。お前も私と同じだろうに――」
「一緒にするな!」
サラは啖呵を切り、ヴォルデモートの紅い瞳を正面から睨み据える。
「私は貴方とは違うわ! ――私は、愛を知ったから」
ダンブルドアから贈られたシャボン玉。昔のサラならば、そしてリドルならば、きっとあのシャボン玉はただのシャボン玉でしか無かっただろう。
もう、一歩も動く事が出来なかった。視界は霞み、音は消える。
膝を突いたエリに、アリスは駆け寄り肩を貸す。けれども、エリの足は動かなかった。
死の呪文がかすると言う前例を、アリスは知らない。教わった事も無かった。やはり、死に行くしかないのか。若しかしたら、ここまで生きて逃げ延びただけでも奇跡なのかも知れない。
いつ、背後から追っ手が現れるか分からない。前へ進まなければ。しかし、エリは動けない。杖を振りエリを浮かそうとしたが、叶わなかった。先程受けた呪文が、妨害しているのかも知れない。
アリスはエリを背に乗せる。サラやエリのように腕力がある訳ではないアリスにとって、エリの身体は途方も無く重かった。前に進もうにも、片足では重心を支えられない。両足を、床を擦るようにして動かし、一歩、一歩と前へと進む。
「エリ……ごめんね、エリ……。エリは、私が連れて行く……絶対、治してもらうから……!」
バタバタと幽かに足音が聞こえて来た。足音は徐々に近付いてくる。
逃げ切れない。エリを背負ったこの状態では、これ以上早く進む事は出来ない。
不意に、右手の扉が開いた。中から出てきた人物に、アリスは杖を握った腕を上げる。
「エリを降ろせ。背負っていては、捕まる事になる」
「セブ……ル、ス……?」
アリスの背で、エリが呟いた。そして僅かな力を振り絞り、アリスの背中から降りようとする。
「エリ!? 無茶よ、だって貴女――」
「大丈夫だから……」
アリスは渋々、エリを壁にもたれさせるようにして降ろす。エリの額には脂汗が浮かび、顔色は真っ青だった。
「ごめん、セブルス……あたし、先行くわ……」
「やだ、エリ! 何言ってるの? エリらしくないわよ、そんな弱気な発言……!」
しがみ付くアリスを押し退け、エリはスネイプに視線を向ける。彼は黙って、今にも死にそうな様子のエリを見つめていた。二人の視線が合う。
「セブルス、頼む……」
足音は近い。アリスはスネイプを振り返る。
「追っ手が来るわ! 逃げなきゃ――」
アリスの手から、杖が消える。スネイプは奪った杖をエリに向けていた。
「何を――」
アリスの言葉が途切れる。
突如、背後に炎が現れた。アリスは振り返り、絶望する。燃え盛る炎。嘘だ。信じたくない。
「――エリ!!」
「ねえ、ドラコ。最後に言いたい事があるの」
もう会えなくなるかも知れない。城へ戻るとは、そう言う事だ。
ドラコはきょとんとして尋ね返す。
「何だ?」
アリスはふっと微笑んだ。寂しそうな笑みだった。
ずっと、サラの妹としか思っていなかった。いつの間に、こんなに大人びた表情をするようになったのだろう。
「……大好きだったのよ。ずっと、ずーっと。
――バイバイ」
アリスはひらりと箒に跨り、暗がりの中を疾走して行った。
後には、呆然と立ち尽くすドラコが残されていた。
――あれ……?
立ち上がり、トンクスに続いて駆け出そうとしたが、無理だった。足が動かせない。
無理に動かそうとすると、言い知れない痛みがナミを襲った。
顔を顰め、足元に目をやる。そして、目を丸くした。
そこには血溜りがあった。転んだ表紙にやや捲れたローブは、裾の方が赤黒くそまっている。右足には大きな傷痕があり、そして左は、膝から下が見当たらない。
「う、そ……」
薄れ行く意識の中浮かんだのは、娘達の顔だった。あの子達の為にも、自分は死ぬ訳にはいかないのに。トンクスにも、そう叱咤したばかりなのに。
サラの名を叫び続けるビンセントを部屋から押し出し、サラは手元のシャボン液に視線を落とす。銀製の輪に、シャボン液が染み込むよう毛糸が巻きつけられた物。サラは銀の輪をシャボン液に付け、軽く振った。
宙に浮かび上がるシャボン玉。炎に照らされた球面には、親しい者達の顔が映っている。ハリー、ロン、ハーマイオニー。ドラコ、ビンセント、グレゴリー。ナミ、アリス、エリ、圭太、シリウス……。
天井へと消えて行くシャボン玉を眺めながら、サラは苦笑する。
「まるで、マッチ売りの少女みたいね……」
炎に包まれた必要の部屋は機能を果たさず、ネビルの時のように外への出入り口は現れない。箒で天井まで飛んでいるが、密室だと言うのに火は勢いを増すばかりで、もう直ぐここも飲み込まれてしまうだろう。
サラは繰り返し、シャボン玉を作る。
球面に映った祖母の顔に、サラは微笑んだ。
「本当に、マッチ売りの少女だわ……」
The Blood
-死の秘宝-
「サラは……? どうして、いないの……?
全部終わったんでしょ? 闇は打ち砕かれたんでしょ!? なのに、どうしてサラがここにいないのよ!!」
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2009/12/27