今日は本当に最悪だ。
最初から最後まで最悪だ。


最悪の日


「はァ!?なんで!!?」

暖かな日差しが差し込む部屋に、怒声が響き渡った。
ディエス・イレは五月蝿そうに耳を塞いで、怒声を発した主を眉根を寄せて見下ろす。

「なんでって……お前らが当番だろうが」
「だからって、なんでボクがっ!あの女と!」
「だーーかーーらーー!!当番だろうが!!
男なら一度決めたことは貫き通せ!買出しぐらいでギャーギャーいうな!」

ディエス・イレは無理矢理に彼に金を持たせ、白いローブを放り投げた。
彼は恨めしそうにその手の中の金とローブとディエス・イレを睨みつける。

「んな顔しても駄目なもんは駄目だ。今日の夕飯いらねぇっつーなら別だが」
「…………っ覚えてろよ……」
「逆恨みすんな!いいから早く行って来い!アモー待ってんぞ」
「うるさぁぁい!」

普段は彼の方が優勢にたつのに、こういう時ばかりは彼はディエス・イレに勝てない。
我が儘を言おうものなら「夕飯いらないんだな」と返すディエス・イレは、食事の一切を任されていた。
正確には、彼以外まともな料理が出来ないのだ。
彼は全てをいい加減に料理するため味の方は今一だし、“あの女”に家事をやらせようものならその惨事に思わず涙が出る。
ウィータ・ブレウィスはまだマシな方だったが、若干味音痴だった。
故に、一番おいしくてまともな料理が出来るディエス・イレに全てゆだねられたのだ。
結果料理が出来ないものは他の仕事を任され、今回彼は年中買出し当番の“あの女”と共に買出しに行く羽目になったのである。
彼はブツブツと文句を言いながら白いローブをはおり、外で待っていた同じローブを纏った“あの女”の元へ向かった。

「ほら、さっさと行くよ!」
「はい!」

目深に被ったフードで見えるのは口元のみで、なんでボクが、とか、なんでこの女と、とか。
道の途中で聞こえるのは彼の文句のみ。
彼女の方はというと楽しそうに微笑み、鼻歌歌いながら歩いていた。
何がそんなに楽しいんだか、と彼は溜息をつく。


街に入ると、彼女はキョロキョロと辺りを見回した。

「……何、してんだよ」
「あ、はい。お友達が代わりに買い物してくれるって行ってたんですけど……」

赤い髪に金色の目は悪魔の子。
そんな馬鹿げた常識のお陰で、彼等は買い物するのも一苦労だった。
彼女の“友達”は町にいる動物達だから、メモと金を渡してお使いを頼もうとしたのだろう。

「めんどくさい。ボクが行って来る。お前この辺で大人しくしてれば?」
「え!?で、でも……」
「あーーー!うるさい!!喋るな!」
「はい!」
「喋るなったら!!」

ずんずんと、彼女をその場に残して彼は店へと向かった。
彼女が追ってくる気配はない。

そう、買い物ぐらい一人で行ける。
なのになんだってあの女と二人で行かなくてはいけないのか。
フツフツとあの女とディエス・イレに対する怒りがこみ上げてきた。


難なく買い物を済ませ、彼は一応あの女の元へと戻っていった。
別に置いて言ってもよかったのだが、それでウィータ・ブレウィスがキーキー騒ぐのは面倒だったから。

「……………」

けれど、ここにいろ、と言った場所にはあの女はいなかった。
先に帰ったのか。それはそれでむかつく。

「……ん?」

彼の周りを、一羽の鳥がくるくると飛び回り始めた。

「なんだよ!うざいなぁ!ボクはあの女じゃないんだから、纏わりつくなよ!!」

鳥は彼のローブをぐいぐいと引っ張り、離れようとしない。
それどころか犬やら猫やらが集まり始め、同じように彼のローブを引っ張り始めたのだ。

「なんだよ、なんなんだよ!」

動物達はぐいぐいと、同じ方向に彼を引っ張る。

――――同じ方向に?

「……付いて来いって、言ってるの?」

その言葉が聞こえたのか、動物達は引っ張るのを辞め、同じ方向に進み出した。

「――――クソッ!なんなんだよもう!!」

文句を言いながら、彼は動物達の後を追って走り出した。



「放してください!!」

暗い路地だった。
彼女は数人の男に囲まれ、腕をきつく掴まれている。
被っていたフードは降ろされ、赤い髪と金色の目が見えているのだが、男達に動じた様子はない。

「DCが、人間に逆らうなよ!」
「そうそう、別に今すぐ殺そうってわけじゃないしな。
お前はDCだから、何したって俺達が罪にはならない。ちょっと遊ぼうぜ?」
「よし、まず右手使えなくしておこうぜ。力使われると面倒だ」

キラリと、一人の男の手のナイフが光った。

「抵抗しないなら傷は付けないでやるよ。どうだ?人間の言うこと聞いて大人しくするか?」

ガン!!!

強く壁を叩く音がして、全員がそちらを向いた。
みれば、赤い髪に金色の目をした少年が、こちらを睨んでいる。

「あ?お仲間か?」
「……………るな」
「あ?」
「触るなっ!!!!!」

彼が怒鳴ると同時に、数対のぬいぐるみが銃を構えて彼の影から現れた。

驚いてゆるんだ男の手から無理矢理彼女を引き剥がすと同時に、人形は一斉に発砲する。

「まって!だめですっ!!」

ぎゃあ、とか、ぐっ、とか、悲鳴がいくつか上がった後、彼女は男達と彼を見比べ、それから彼の手を引いて走り出した。


「放せ!!あいつら殺してやる!!」
「駄目です!!騒ぎになってしまいます!」

彼女の言うことは最もだったので、彼は行き場のない怒りを彼女に向けるべく、掴まれた腕を思いっきり振り解いた。

「待ってろって言ったのに、面倒おこしやがって!」
「あ……その、ごめんなさい……」
「あんなザコも殺せないのか!?」
「……殺したく、ないです。もう戦争は終わったのに、そんなことする必要なんて」
「……っほんっと、お前って腹立つ!!」

ずかずかと、彼女の先を歩く。
彼女は少しとどまってから、後を追い始めた。

「あのっ!」
「何!」

彼女は彼の前に回りこみ、それから嬉しそうな顔で微笑む。

「助けてくれて、ありがとうございます!!」

かぁっと、顔が熱くなるのを感じた。

「別に助けたわけじゃない!!お前のお仲間がうるさかったから!!」
「え?お友達がですか?」
「そうだよ!ローブは引っ張られるし纏わりつかれるし……!」
「あ、そうだったんですか……」

丁度その時、彼を導いた彼女の“友達”が、彼女の周りに集まってきた。

「皆さんも、ありがとうございます。モルターレースさん、呼んで来てくれたんですね」

彼女がなでてやると、“友達”達は気持ちよさそうに目を細めた。
何故かそれにイラついて、彼は彼女の腕を引いて無理矢理歩かせた。

「助けたのはボクだっ!!」
「え?で、でもさっき……」
「うるさい!これ貸しだからな!!ちゃんと返せよ!!」
「あ、はい!」

もう本当に最悪だ。
あの女と買出しにいかされて、動物に纏わりつかれて、苛々して。
もう二度と、あの女と買出しなんて行かない。




「DOLL EMPRESS」にて3周年&40000打記念のフリー配布小説を持ち帰らせて頂きました。
三周年、四万打、おめでとうございます!
アンケート締め切りの延期をお願いしてまでリクした、ヒナさんとディーンさんの話。本当にありがとうございます……!

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2007/04