光を完全に閉ざした空間。小さな部屋に物は無く、生活感をまるで感じさせない。幽かに、壁の向こうからカシャカシャと耳に障る電子音が漏れ出ていた。
 闇に溶け込むように、影が二つ。
「ねえ、キュゥべえ。……どう言う事なの?」
「どう言う事も何も。その目で見たんだろう。彼女のソウルジェムが、限界に達するのを」
「それじゃ……やっぱり、あの魔女は……あの魔法少女は……」
 ぎゅ、と硬く握られた拳は、僅かに震えていた。
 彼女の足元に座る生き物に、表情は無い。
「マミちゃん、も……」
「いずれ、ああなるだろうね」
 ドンと、握られた拳が壁を叩いた。
 隣人はそれを己への抗議と捉えたのか、ぴたりと音が止み静まり返る。
 ギリ……と噛み締められた奥歯が鳴る。不意に彼女は顔を上げ、意志の強い瞳でキュゥべえを見つめた。
「私――」





 銀の刃が煌き、綿毛のような頭へと振り下ろされる。鎌を構え直す彼女へと鋏を振り上げた使い魔に、直ぐ横をすり抜けていった弾丸が命中した。
「マミちゃんナイス!」
「私の大切な友達に襲い掛かった罰よ。かりんには指一本触れさせない!」
 マミは誰へともなくウインクを飛ばし、近寄ってくる使い魔達を次々と打ち倒す。
 かりんは、その身体には随分と大きな鎌を振り上げる。
「私だって! マミちゃんには指一本触れさせないんだから!」
 鎌の刃とマスケット銃から放たれた弾丸が交錯する。辺り一帯の使い魔を一掃するまで、そう長くは掛からなかった。
 戦い慣れた魔法少女が二人、息もぴったり。それらを踏まえても、今日はやけに早かった。いつもなら魔女を倒さない限り使い魔も後から後から沸いて来るのだが、今日はそれが無い。
「おかしいわね……やけに静かだわ」
 使い魔達の歌声も、今はもう聞こえない。
「キュゥべえが見当たらないのも気になるよね。……何か、嫌な感じがする」
 辺りに油断無く視線を走らせながら、かりんは言う。
「とにかく、進もう。早いところ、元凶を取っ払っちゃいましょ」
「そうね」
 マミは頷き、二人はブロック塀の並ぶ結界を奥へと進む。細い小道の多い結界は、まるで迷路のよう。
 やがて、子供のような高い歌声が聞こえて来た。アイン、ツヴァイ……と言った数え方は、ドイツ語だったか。その先は何を言っているのか聞き取れない。ドイツ語なのかも知れないし、そうでないのかも知れなかった。
 そして意味の解せない言葉の合間に、はっきりとした人の声での悲鳴があった。
「かりん!」
「解ってる!」
 フッとかりんの姿がその場から掻き消える。
 次の瞬間、かりんは二人の少女の前に現れ、彼女らに迫るアイスクリームのような形の使い魔へと鎌を振り下ろしていた。
 今日の結界はいつもに比べ使い魔が少なかった。それもその筈、殆どの使い魔達がこの場に集まっていたのだ。四方を取り囲みかりん達に迫ろうとする使い魔は、突然光を放った地面に尻込みする。ゆっくりと足を踏み入れて来るのは、マミ一人。かりんに使い魔の意識を集中させるべく、変身を解いた制服姿だ。
 ぽかんと呆気に取られている女の子二人。髪を赤いリボンで二つに結った女の子の腕にキュゥべえが抱かれているのを見て、マミは微笑んだ。
「キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう。その子は、私達の大切な友達なの」
「私、呼ばれたんです。頭の中に、直接この子の声が……」
 マミとかりんは目配せする。
 キュゥべえが呼んだ。それは、つまり。
「あの……あなた達は……」
「そうそう。自己紹介しないとね。でも、その前に――」
 マミは再び変身する。帽子を脱ぎ、その中から地面へと垂直に現れるマスケット銃。
「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」
 魔力を込めた銃弾が放たれる。かりんはマミが狙うのとは反対方向へと飛び出し、使い魔の首を刎ねていた。
 使い魔が一所に集まるのみになると、かりんはマミと使い魔との間に割って入る。近付く使い魔は全て、大鎌に刈り取られる。不意に、かりんの姿が消えた。同時に朗々とした声が響く。
「ティロ・フィナーレ!」
 声と共に、マミ自身よりも大きな拳銃から弾が発射される。それは見事使い魔を捕らえ、一網打尽にした。
 魔女は逃亡を図る事にしたらしい。辺りを取り囲んでいた結界が消え、元の改装工事中のショッピングモールが姿を現す。
 かりんはひょこっとマミの後ろから顔を覗かせる。
「二人とも、大丈夫?」
「えっ。あ……ハイ。ありがとうございます」
「……あっ!」
 声を上げた少女の視線の先を追う。そこに佇むのは、長い漆黒の髪の魔法少女。リボンの少女は、キュゥべえを抱えた腕にぎゅっと力を込める。もう一人はキッと彼女を睨み、リボンの子を守るように前に立つ。キュゥべえの怪我、二人の態度。マミも、かりんも、直ぐに合点がいった。
「魔女は逃げたわ。今から追えば、間に合うんじゃないかしら」
「私が用があるのは――」
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるのよ」
 彼女の言葉を遮り、マミは辛らつに言い放つ。かりんは黒髪の魔法少女を見据え、構える。彼女が少しでも妙な素振りを見せるようなら、直ぐに間に割って入れるように。
 しかし彼女はフッと背中を向けたかと思うと、その場を去って行った。
 キュゥべえは、マミの魔法で直ぐに回復した。そして回復するなり、キュゥべえは二人の少女達に向き直った。
「君達にお願いがあるんだ。鹿目まどか、それと美樹さやか。
 僕と契約して、魔法少女になって欲しいんだ!」
 これが、かりん、マミと新しい魔法少女候補二人との出逢いだった。

 出会ったその晩、マミの家に四人は向かい、まどかとさやかに魔法少女について説明した。今こそ二人とも慣れてはいるものの、魔女との戦いに危険は付きもの。あまり強引に誘って、及び腰になられては困る。マミの「しばらく戦いについて来てはどうか」と言う意見に、かりんも同意した。
 かりんが大鎌で斬り込み、マミが後方から援護射撃する。マミが大技を繰り出すためのロスタイムを、かりんがカバーする。かりんがタイミングを図って瞬間移動で避け、マミのティロ・フィナーレ。これが、いつもの戦闘パターンだ。
 その日も公園に現れた使い魔を倒し、帰路に就いていた。まどかもさやかも、魔法少女への憧れはあるようだ。さやかはマミに魔力を込めてもらったバットを毎回持参し、まどかはノートに自分が魔法少女になった時の服を描いていた。ただ、命を懸けて戦うほどの「願い」を見つけられないのだとか。
「マミさんやかりんさんは、どうして魔法少女になったんですか?」
 まどかの質問に、マミは黙り込んでしまう。まどかは慌てたように付け加えた。
「いやっ、あの、どうしても聞きたいって訳じゃなくて……!」
「私は……他に、選択の余地が無かった、ってだけ」
 大規模な交通事故だった。今も、瞼の裏に蘇る。
 かりんの通っていた学校はその日創立記念日で、振替休日と土日を上手く組み合わせて連休になっていた。その連休を利用して、家族で旅行に出掛けた帰りだった。目の前で反対車線に入り、衝突事故を起こしたトラック。後部車輪は大きくスリップして、本来の車線をも塞いだ。急になんて止まれなかった。一体、何台の自動車が玉突きになったのか分からない。気が付くと辺りにはガラスが飛び散り、随所で火の手が上がっていた。
 炎は由井家の自動車の傍にもあり、父と母がかりんの身体を運ぼうとしていた。まだ幼い妹も、怯えながらもかりんの名を必死に呼んでいた。けれどもかりんの身体はひしゃげた車体と椅子の間に挟まって動かず、救急隊でもなければとてもじゃないが引っ張り出せない。炎は迫り、一刻の猶予も無い。
 そして彼らは、かりんを諦めた。
 仕方が無い事だと、解っていた。その場にいては、彼らの命も危ない。幼い妹だっているのだ。助かる見込みの無いかりんに巻き込まれて死ぬよりは、さっさと逃げて妹の命だけでも救うべきだ。
 頭では解っていても、目の前で置いて行かれたと言う事実に感情はついていけなかった。
 まだ、生きているのに。まだ、意識があるのに。お父さん。お母さん。助けて。熱いよ。怖いよ。見捨てないで。助けて――
「――その事故で、私達、逢ったのよね」
 マミは、かりんを振り返る。かりんはそっと、頷いた。
 家族にも見捨てられたかりんに手を差し伸べたのは、一人の少女。同じくその場で事故に遭い、魔法少女となった故に一命を取り留めた巴マミだった。
「じゃあ、かりんさんの願いも?」
「ううん。私は――」
 言いかけて、かりんは足を止めた。じっと、背後に視線を送る。
 マミも気付いたらしい。まどかとさやかは、きょとんとしていた。
「私達に何の用? そんな所で隠れていないで、出て来たらどうなの?」
 木陰から出て来たのは、黒髪の女子生徒――暁美ほむら。キュゥべえを銃撃し、それどころかまどかとさやかのクラスメイトだと言う魔法少女。キュゥべえを襲った翌日も、屋上で話すまどかとさやかの所へ脅しをかけに現れていた。
 ほむらは、マミとかりんの後ろにいるまどからの方へ目をやる。
「解っているの? あなた達は、無関係な者を危険に巻き込んでいる」
「彼女達だって、キュゥべえに選ばれたの。無関係じゃないわ」
 そう言ったのは、マミ。かりんは口元に薄ら笑いを浮かべる。
「それとも、彼女達が魔法少女になると、あなたに何か不都合でも?」
 キッとほむらはかりんを睨む。
「ええ。迷惑よ。特に、鹿目まどか」
「うぅ……」
 背中越しに怯えるような声がする。彼女を庇うようにして、マミは一歩、前に出た。
「出来ればあなたとは争いたくないのだけど」
「だったら、彼女に付きまとうのはやめる事ね」
「そうね。次はもう、言い争いだけでは済まないでしょうから」
「……」
 ほむらはじっとかりんらを見据えていたが、やがてフイと背を向け立ち去って行った。
「まったく。何なんだよ、あいつ!」
「自分のグリーフシードの取り分が無くなるかもって、恐れているんでしょうね。今でも既に、私とマミちゃんに何度も先を越されている訳だし」
「本当に、そんな子なのかなあ……」
 マミは困ったように微笑う。
「私も、最初は信じられなかったわ。そんな子がいるだなんて。でも、事実なのよね。自分の魔力を回復するためにグリーフシードを欲して、いつしか手段と目的が摩り替わってしまう。……若しかしたら、ずっと一人で戦う内に心が擦り切れてしまったのかも。そうした魔法少女が別の町に魔女を狩りに行って、その町の魔法少女と戦って、その町の魔法少女は仲間なんて出来ないんだって悟って……その繰り返し」
「でも……マミさんとかりんさんは友達になれたのに……」
「私達は、魔法少女になる前から友達だったから。お互い、そんな考え方になる前に出会えたのって、凄く大きい事なんだと思う」
 それに、かりんがマミと戦う訳が無い。だって、かりんの願いは。
 マミはパン、と手を鳴らす。
「さて、と。今夜はここまでにしましょうか。あまり遅くなると、鹿目さんも美樹さんもご両親が心配するでしょうし」
 暁美ほむらの狙いは、鹿目まどか。彼女には、素質がある。そのためだろう。まどかが契約したら、ほむらにとっては確実に邪魔な存在になるであろうから。
 強い素質がある――つまりは、最高の魔法少女、そして最悪の魔女となるという事。ならば、何としても契約させなくてはならない。

 その日は、マミとかりんは日直の仕事があり、まどかとさやかも「用事があるから」と魔女退治の付き添いは休みとなっていた。かりんらはもちろん、休みになどならない訳だが。
 太陽は西へ傾こうとしている。もう間も無く、夕暮れだ。日暮れと共に、魔女も跋扈し始めるだろう。川に沿った小道を歩きながら、かりんは大きく伸びをする。
「何だか、久しぶりだよね。マミちゃんと二人で魔女を倒しに行くのって。今日はどうする? 目立った事件も無いみたいだけど。やっぱり、繁華街の辺りから?」
「そうねぇ……。公園はこの前使い魔を倒したばかりだし、夕べも気配は無かったから、それでいいんじゃない?」
「あの辺りにね、新しいワッフルのお店が出来たんだって」
「もう。遊びに行く訳じゃないのよ」
 言って、マミは笑う。心なしか、いつもより表情が穏やかだ。やはり、まどかやさやかがいると、頼もしい先輩でいなければと気を張っているのだろうか。佐倉杏子の例だってある。もう、同じような事にはならないように。マミがそう思っていても、不思議は無い。
 川沿いから反れようとした所へ、覚えのある声がマミとかりんを呼び止めた。
「マミさーん! かりんさーん!」
 駆けて来たのはまどか。学校帰りに出掛けると言っていたが、その手には鞄も持っていない。
「鹿目さん。どうしたの?」
「大変なんです! 病院にグリーフシードが……! 今、さやかちゃんとキュゥべえが見張ってます!」
「何ですって!?」
「それは、直ぐに行かなくちゃね」
 かりんは指輪に触れ、ソウルジェムを原型にする。見滝原の制服と大差無い首元、しかし袖やスカートの裾はギザギザとした形、色も紺色だ。風を受け、長いスカートが広がる。
「さ、掴まって!」
 マミは慣れた様子で、まどかはおどおどと、かりんと手を繋ぐ。
 一瞬の浮遊感の後、辺りの景色は消え、代わりに大きな白い建物が目の前にあった。
「見滝原総合病院の裏手よ。まどかちゃん、グリーフシードがあったのは?」
 自らも気配を探りながら、かりんは尋ねる。マミも、黄色いソウルジェムを手の平に載せていた。
「こっちです!」
 駆け出すまどかに、マミとかりんも続く。
 進むごとに、魔女の気配は強くなっていた。マミのソウルジェムも、強く光る。
「ここね」
 駐輪場を過ぎた所で、三人は立ち止まった。歪み、白い光を放つ空間。マミがソウルジェムを掲げる。
『――キュゥべえ、状況は?』
 結界の中にいるであろうキュゥべえに、マミがテレパシーで問いかける。直ぐに、返事があった。
『孵化はまだみたいだ。あまり刺激しないように、気をつけて来て』
「それじゃ、私も変身を解いた方がいいね」
 フッとかりんの服装が見滝原の制服へと変わる。さやかも、まどかの呼びかけに元気そうに答える。三人は、結界の中へと入って行った。
「無茶し過ぎ……って言いたいところだけど、今回に限っては冴えた手だったわね」
「まどかちゃんが来なければ、繁華街の方からじわじわと探す事になっていたものね。こんな所で孵化されたら、どんなに犠牲が出ていた事か」
 ふと、振り返ったマミの表情が硬くなる。彼女に続いて足を止め、かりんも背後を振り返った。
 暁美ほむらが、かりん達の後をついて来ていた。
「言ったはずよね? もう顔も見たくないって」
 マミの強い口調にも、ほむらは至って無表情。淡々とした声で話す。
「今回の魔女はいつもと訳が違う。あなた達は手を引いて」
 かりんはじとっとほむらを見つめる。
「あなた一人で、私達二人より上手くやれるとでも?」
「それに、そうもいかないわ。キュゥべえと美樹さんを迎えに行かなくちゃ」
「私は、あなた達とは踏んだ場数が違う。二人の安全も、保障するわ」
「信用すると思って?」
 言って、マミは手をかざした。赤いリボンがほむらの足元から伸び、彼女を縛り上げる。
「バカ……っ。こんな事してる場合じゃ……」
「帰る時には解放してあげる。それまで、そこで大人しくしているのね」
 マミはふいと背を向ける。ほむらを気にするように振り替えるまどかの背中を押し、かりんもその後に続いた。
「大丈夫。マミちゃんは、彼女を傷つけたりなんてしないから」
「うん……」
 物陰に隠れて丸い鼠のような使い魔をやり過ごし、三人は慎重に奥へと進んで行く。
 薬瓶の浮かぶ空間を越え、紅い橋に差し掛かった時、ふとまどかが口を開いた。
「あの……マミさん、かりんさん」
「なあに?」
「私……考えてみたんです。魔法少女の事。もしかしたら、マミさん達には考えが甘過ぎるって怒られちゃうかも知れないんですけど……」
 マミやかりんのように格好良い魔法少女になれたら、それで願いは叶ってしまう。まどかはそう、二人に話した。
 遊ぶ時間も、恋をする時間も無くなる。そう聞いても、なお。
「でもさ、折角なんだし願い事は何か考えておきなよ」
「折角――ですかね、やっぱり」
「マミちゃんの言うとおり。せっかく『願い事』と引き換えってキュゥべえが言ってるんだから、何か要求しちゃえばいいの」
「億万長者とか、素敵な彼氏とか、何だっていいじゃない」
 それでもまどかは口ごもる。かりんは肩を竦めた。
「欲が無いのはいい事だけど、あんまり遠慮してたら損するぞ〜っ」
「じゃあ、こうしましょ」
 マミがクスリと笑って言った。
「この魔女をやっつけるまでに願い事が決まらなかったら、その時はキュゥべえにごちそうとケーキを頼みましょ」
「ケーキ?」
「そっか、まどかちゃんの魔法少女契約記念って訳だ」
「わ、私、ケーキで魔法少女に?」
「嫌ならちゃんと、自分で考える!」
「ふえぇ……」
 まどかは困り果てたように呻く。
 その時、キュゥべえの切羽詰った声が頭の中に響いた。
『かりん! マミ! グリーフシードが動き始めた! 孵化が始まる! 急いで!』
「オッケー、わかったわ。今日と言う今日は、即効で片付けるわよ!」
「了解っ」
「へっ、そんな!」
 慌てるまどかを他所に、マミとかりんは溢れ出てきた使い魔を舞うような動作で一掃して行く。特にマミは、新しい後輩の誕生に俄然張り切っていた。
 白いウエハースの扉を抜けた先に、キュゥべえとさやかはいた。ドーナツの陰に隠れる二人の元へと、かりん達は駆け寄る。
「さやかちゃん!」
「お待たせ」
 かりんとマミの登場に、さやかはホッと息を吐いた。
 安堵もつかの間、キュゥべえが叫んだ。
「気をつけて! 出て来るよ!」
 見れば、グリーフシードが弾けるところだった。ふわりと宙に噴出されたのは、小さなぬいぐるみのような姿の魔女。
「せっかくのとこ悪いけど……一気に決めさせてもらうわよ!」
 産まれたばかりの魔女は、なす術も無くマスケット銃で叩き飛ばされる。追い討ちをかけるように銃弾が連射され、魔女は壁に当たりぽとりとその場に落ちた。
 そう、これは魔女。もう理性も無く、元に戻る事も無い。人に害成すのみの存在。であれば、魔法少女はそれを狩るのみ。
 かりんの刃がざくりとその腹を抉り、魔女を地面に縫いとめる。さやかとまどかは、歓声を上げていた。
「――ティロ」
 ふっとかりんの姿が掻き消える。マミの後方に姿を現すと同時に、マミは叫んだ。
「フィナーレ!」
 赤いリボンが魔女の胸を貫き、そのまま締め付ける。そして思わぬ光景に、その場の誰もが思わず動きを止めた。
 マミの必殺技を受けた魔女の口から吐き出されたのは、太い蛇のような姿。ぐんぐんと高く伸びたそれは、マミへと視点を定めた。
「あ……」
 一瞬の内に、魔女は唖然とするマミの眼前まで迫る。大きな口を開いて。
「マミちゃん!!」
 叫ぶが早いか、かりんは魔女の頭上へと姿を現していた。鎌は普段よりも更に大きく、刃の周りには濃紺の闇が生じている。
 渾身の一撃が、魔女の首を斬り落とした。
 そのままマミの手を取り、一度魔女から身を引く。
「大丈夫!? ――あなた達はそこから動かないで!!」
 さやかが物陰から飛び出そうとしているのに気付き、かりんはぴしゃりと言い放った。マミは恐怖に蒼ざめていた。震えるその手をぎゅっと握り締める。
「大丈夫。マミちゃんは生きてる。マミちゃんには、指一本触れさせないんだから」
 にっこりと微笑いかけ、かりんは物陰から瞬間移動した。天井高く何本もそびえる円形の棚。その一つ、魔女の正面へとかりんは降り立つ。
 切断面から吹き出たのは血や肉片などではなく、白い顔。また同じ形の魔女が高く伸び上がる。
「おいで。あなたの魂、私が狩り獲ってあげる」
 この魔女は動きが早い。しかし、かりんとていつも前衛で闘っているのだ。反応速度なら、引けを取らない。加えて、かりんには瞬間移動の魔法がある。かりんを捕らえる事は、至難の業だった。
 斬る度斬る度沸いて来る魔女。障害物も魔女も関係無しに、かりんはひたすら切り落とし続ける。長いスカートを風に膨らませ、大きな鎌を振り回す姿は、まるでマントを翻し魂を狩り取る死神のよう。
 魔女は増加を止めない。キリが無い。このままでは、かりんの方がへばってしまう。
 集中力が切れかけたその時、かりんの斬った柱がぐらりと傾いた。それだけなら、他の棚でもあった事。その棚は傍の低い棚上の机と椅子を使い魔ごと潰し、そしてあろう事かまどかとさやかの隠れる方へと倒れて行ったのだ。
「あっ……!」
 二人の悲鳴が上がる。
 瞬間移動を発動させようとしたその時、黄色いリボンが二人の頭上へと伸びた。網目状に組まれたリボンが、倒れ掛かる柱を支える。
「後方は心配ないわ! 一気に畳み掛けるのよ!!」
 マミが叫ぶ。かりんは強く頷き、魔女に向き直った。
 大きく開かれた口が、かりんへと襲い掛かる。かりんは自ら、その中へと飛び込んで行った。
 噛み砕こうとする歯を逃れ、口内へ。縦横無尽に鎌を振り回す。
 魔女の身体は弾け散り、それ以上新たな身体が増殖する事も無かった。空間が歪み、結界が消滅する。
 駐輪場の横に落ちたグリーフシードを、かりんは拾い上げる。そして、振り返った。
 結界内の壁から伸ばしたリボンに縛られていたほむらは、結界の消失と共に地面へと開放されていた。
「残念だったね。この通り、あなたが余計な手出しをしなくても、この町は私達が守り通す。縄張り争いがしたいなら、他へ行くのね」
「……」
 ほむらは睨むようにかりんを見据えていたが、ふいと背を向けその場を立ち去った。
 ほむらの気配が完全に遠ざかり、かりんはマミへと駆け寄り抱きついた。
「マミちゃん!! 無事で良かったー!」
 かりんの黄色い声に、ハッとマミ、まどか、さやかの三人も我に返る。
「私……生きてるのね……」
「はい……はい……! 生きてます……!」
「良かったです、マミさん。死んじゃうかと……!」
「ありがとう、かりん……あなたがいなかったら私、今頃……」
「気にしないで。私だって、マミちゃんに助けられたんだから。それも、何度も」
 生きている。
 死なせやしない。マミは、かりんが守り抜くのだ。
 いかなる形の絶望からも。


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2012/10/03