「ふーん……」
「あら? 驚かないの? 脱獄犯を私達が逃がして、その上ハリーの名付け親で、しかも本当は無実だっていうのに」
「え!? 驚いてるよ。ほら、私って感情をあんまり上手く表に出せないタイプだからさ」
「それもそうね。あ、そこ綴りが違うわよ」
ハーマイオニーはそう言って、魔法で消してくれた。
華恋は、安堵の息を吐く。危うく、ばれるところだった……。
No.10
シリウスから手紙が来たらしい。そして、華恋はハーマイオニーから去年の話を聞いた。これで、誰かに「如何して知ってるの?」と聞かれたら、「ハーマイオニーから聞いた」と言える。
「それにしても、如何してスキーターの記事にはハリーの事しか脚色されてなかったのかしらね……」
華恋は答えない。
ハーマイオニーは続ける。
「だって、貴女の事だって、あの女にとっては恰好のネタよ。なのに――」
華恋は思考を巡らせる。
ここでアニーメーガスの事を話したら、今後の流れに大きな影響を与えるだろう。未来を変えて、どうなるのかも分からない。変えても良いものなのか。何らかの代償が来る可能性もある。そうは言いつつも、少なくともシリウスは死なせないようにしたいと思ってはいるが。シリウスの事は、ハリーに鏡の事を思い出させるだけで済むのだから、簡単だろう。鏡でなくても、スネイプの事でもいい。
話は戻って、今如何するか。
――えっと……。
「私、スリザリンでドラコとも最近一緒にいたりするからじゃない? ほら、ルシウス・マルフォイって理事は辞めさせられたけど、まだ魔法省で権力あるでしょ? 私の記事は潰してくれたのかも」
「貴女は例えスリザリンだって言っても、『ポッター』に変わりないのよ? 『例のあの人』衰退の原因となった貴女にマルフォイ氏がそんな事するかしら……」
ハーマイオニーの鋭さに泣きたくなる。
今はハリーとロンの仲立ちだけでも大変なのに、華恋の勉強も見てくれて、本当に感心してしまう。
「カレン、ちょっといい?」
ハーマイオニーの向こう側で「呼び寄せ呪文」に関する本を読んでいたハリーが、ふと顔を上げた。
華恋は内心首を傾げながらも、頷く。態々呼び出すなんて、何の用だろう?
ハリーに連れて行かれたのは、人気の無い廊下だった。肖像画や甲冑さえ無く、ゴーストも猫も通らず、本当に誰もいない。
くるりと華恋に向き直り、ハリーは口を開く。しかし、言葉は出てこなかった。視線は宙を彷徨い、どう切り出すものか考えているようだ。
「何?」
痺れを切らして、華恋は尋ねた。
ハリーはやや口ごもったが、華恋を真っ直ぐに正面から見据え、言葉を発した。
「……カレンは、未来を知ってるの? 未来だけじゃない。この学校で起こった、過去の事も――」
華恋の目が見開かれる。
まさか、気づかれているとは思わなかった。華恋は、ハリーには何も思わせぶりな言葉などは言っていない筈だ。本も、人目につく所では出していない。
「最初におかしいなって思ったのは、クィディッチ世界杯の時なんだ」
――そんなに前から!?
「死喰人が現れた時……服を着てただろ? ハーマイオニーも不思議がってたよ。確かに、パジャマに着がえていた筈なのにって」
華恋はぽかんとする。
ほんの些細な事。けれども確かに、それは奇妙な行動だった。
「それに、隠れ穴でシリウスに手紙を出したって話したとき、カレンはシリウスを知らない筈なのに、話について来てるみたいだった」
「それは、質問するタイミングが掴めなくて……」
「違う。君は、去年の事を知ってるんだ。僕がシリウスに返事を出しにふくろう小屋に行ってと会った時、僕がシリウスが心配じゃ無いのかって聞いたら、君はこう言った。
『だって、去年あの厳重な警戒の中で捕まらなかったんだし』
如何して去年いなかった君が、去年の厳重な警戒態勢を知ってるんだ?」
華恋は、何て馬鹿な事を言ったのだろう。
ハリーは鋭い、本当に。
「君が過去にホグワーツであった事とか、未来の事を知っているとなると、記事に君の事は書かれなかったのも説明がつく。
未来、若しくは過去の事で、君、スキーターの弱みでも握っているんじゃないか? それでこの間の撮影の時、脅したんじゃないか?」
華恋はふーっと溜め息を吐いた。
ここまでばれているようでは、最早隠し通す事など不可能だろう。
「脅すなんて人聞きが悪い。私は自分が情報を掴んでるって事を、教えただけだよ。知らせないのはフェアじゃないかなって思ったから」
「じゃあ、本当に未来とか過去の事を知ってるんだね?」
「……私の今までいた世界は、この世界の日本じゃないの」
「……え?」
「私のいた世界には、魔法使いなんていなかった。否、若しかしたらいたかもしれないけどね。私が知らなかっただけで。
そしてその世界には、世界中でベストセラーの本があった。全七巻で、私がこっちへ来るまでに出たのは、六巻まで。
『ハリー・ポッターと賢者の石』
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』
『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』
『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』
『ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団』
『ハリー・ポッターと謎のプリンス』――尤も、原書では『HALF-BLOOD PRINCE』らしいけどね」
「それって――」
「そう。この世界で、ハリーの身の回りで起こった事が本になっているの。学年毎に、一冊」
「今年は、『炎のゴブレット』か」
「うん。私はその本を持ってるから、読んだから、ハリーの一年から六年までの事は知ってる」
「その事、他に知ってる人は……?」
「誰も。ハリーだけ。でも、若しかするとハーマイオニーも薄々気づいてるかもね……」
ハリーが気づいたくらいなら、きっと。
「兎に角。この事、誰にも話さないでよ? 過去は兎も角、未来を知ってるなんて事知られれば、色々聞かれて面倒だし、未来が変わってしまうかもしれないんだから」
「やっぱり、未来って変えちゃいけないものなの?」
「さあ……」
そんな事、華恋にだって分からない。タイムスリップを扱った話では、過去や未来を変える事を禁止している場合が多い。
――でも、本当に駄目な訳?
何故、駄目なのだろう。未来を知っているなら、それでこの世界へ来たなら、華恋には華恋にしか出来ない「役割」があるのかもしれない。
未来を変えれば、死なない筈の人が死ぬ事になるかも知れないから? だから、何だと言うのだ。死なない予定の人が死ななければ、死ぬ予定の人は死んでも良いと言うのか。それは、違う気がする。
未来の「未」は、未定の「未」。未来は、未定だ。
「現在」にいなかった筈の華恋が存在している時点で、もう変わってしまっているのだから。
この世界の「未来」に、本来いなかった筈の華恋の「未来」も加わる事になるのだから。
ならば華恋は、華恋の好きなように行動する。
しかし、元々いる人物に「未来」の知識を加えてはならない。そんな事をすれば、世界は混乱してしまうだろう。
――だから……。
「私の知っている未来の通りになるとは限らないし、未来を知っていようと『今』を生きる事には変わりないでしょ?」
そう言って、華恋は肩を竦めた。
「カレンは、第一の課題で使う手を考えてあるのか?」
十一月二十三日。とうとう、明日が第一の課題だ。
だから、その夕食の席でこの話題が出るのは当前と言えば、当前の話である。
しかし、華恋はいつもと変わらず冷めた様子だった。
「……私、出ない」
「如何して!?」
ドラコとパンジーが、二重唱で叫んだ。
「出たくないから。別に、構わないでしょ? ホグワーツの代表は、ディゴリーなんだから」
「でも、スリザリンの選手はカレンだ」
「私は正式な選手じゃない」
スリザリンの代表、と言われて気づく。だから、レイブンクローはあんなに怒っているのだ。自分達の寮だけ、誰もいないから。
ハッフルパフには、正式な選手のセドリック・ディゴリー。
グリフィンドールには、ハリー・ポッター。
そしてスリザリンに、華恋。
「ご馳走様」
「え? カレン、今日はデザート食べないの? いつも、デザートがほぼ主食なのに」
「今日はいらない」
これで体調が悪いのだと思ってくれたら、明日サボるのに都合がいい。
「ホント……どうすっかなー……」
緑色のビロードの掛かった天蓋付きベッドに横たわり、華恋はひとりごちる。
確かに、出たくない。出たくないのだが……。
――逃げるの?
――逃げる? まさか!
「逃げた」なんて、思われたくない。
「……如何しよ」
もう一度呟くが、それで答えが出る訳では無い。
『◆役に立つ呪文
ルーモス 光よ
レパロ 直れ
ソノーラス 響け
クワイエタス 静まれ
エンゴージオ 肥大せよ
レデュシオ 縮め……』
華恋は不意に我に返った。
――何見てんだ、私!!
華恋は、無意識の内に眺めていた四巻のふくろう通信を折り畳んだ。
「……。スリザリン代表、か……」
静かに、部屋の扉が開いた。
パンジーだ。
「カレン、大丈夫? ……明日、本当に如何するの?」
「……パンジー」
華恋は意を固めると、杖を手に取り立ち上がった。
ここは、スリザリンらしい方法を使うとしよう。
2009/12/15