「うっそ、有紗そっくり!!」
私、忠行、リドルは遊園地に来ていた。
そこで、迷子を届けて。放送があって少しして、連れの人がやってきた。
私と同じくらいの年の少女二人。その一人が。
佐藤有紗だった。
No.10
「へぇ。それじゃ、夕紀って私達より年上だったんだね。私と有紗は中三なんだ」
「そ、そう」
如何して、こんな事に……?
迷子センターで出会ってから、私達は行動を共にしている。お母さんの友達が解放してくれない。
「忠行君は? 五年……それとも六年かな?」
「小五。そっちの子は? 貴女の弟? あまり似てないけど」
「私の親戚の子。まだ小一なんだけど、親が両方仕事で出張に行くから、って預かってるの」
答えたのはお母さんだった。
お母さんの親戚、って事は……私達の親戚でもあるんだよね?
「従弟とか?」
「うん。今日は折角の夏休みだし、遊園地にでも行こうか、って事になって。本当はあの子、うちの親に任せる予定だったんだけど。二人とも、急用が入っちゃって。仕方ないからつれてきたの。ほんと、見つけてくれてありがとう」
「あ、うん」
そして。
何故か、また会おうね、って事になって。メルアドまで交換してしまった。
ヤベェよ、マジで。
やっぱさ、あんまり関わらない方がいいよねぇ……?
「一体如何いうつもりだい? 君が彼女に関われば、未来が変わってしまうかも知れないって分かってるよね?」
分かってます、分かってますからその笑顔だけはおやめ下さい!
「若しかしたら、俺達もいなくなるかも知れない?」
「そうだね。このまま、彼女がトリップするのにもついて行ったりして未来を変えればね。
まさか、そんな事までするつもりじゃないよねぇ?」
「当たり前じゃない! 私だって、消えたくなんかないもの!!」
明後日、また会うって約束しちゃったけど。でも、その後また会おうって言われても、何とかしてはぐらかさなきゃね……。
「別に母親と一緒にいたいなら構わない。でも、自分達を消すような事だけはするな」
「うん」
少し、嬉しくなる。心配してくれてるんだなぁって。
忠行が言ってた事、本当なのかな? 嘘を吐くとしたら何のためだか計り知れないけど。本当だと、いいな。
気持ちは伝えないけれど。
でも、お互いに想い合ってたら嬉しいな。
あーもーっ!! イラつく!
如何してお互い、告白しないんだよ。今の会話だって、結構ラブラブだと思うよ? なのに、なんで? 夕紀は後悔してもいいの?
お母さんの事だって、出来る限り会わないようにしようと考えてるみたいだけど。トリップについては何も話さないつもりみたいだけど。
折角のチャンスだ。
トムを救ってくれるように頼めばいいのに。若しくは、トムの学生時代に連れて行ってって。
俺だって、消えるのは嫌だ。
このまま何もしないで、トムとは別れても、平凡な小さな幸せを感じながら生きていくのもいいかもしれない。
でも、さ。
人を助けようとして、例え消えてしまっても、自分が充分に満足できる生き方を出来たら、それもそれでいいと思う。
ううん、寧ろ俺はその方がいい。自分だけが幸せになるなんて嫌だ。そんなの、幸せじゃない。
「恵まれている」のと「幸せ」なのって違うんだな、ってつくづく思う。そりゃあ、自分だけが恵まれているのは嫌だ、なんて言ってたら世界規模で見るときりが無いけど。人が人を救える限度なんて、しれてるだろうけど。目の前にいる人だけ救って「幸せだ」なんて、自己満足だと思うけど。
でも、目の前にいる人を救えなくて、一体誰を救える?
自分が幸せになる為にも、他の人を幸せにしたい。そう願うなら。
まず、目の前にいる人を救いたい。今の自分に出来る事をしたい。チャンスを態と逃すなんて事しないで。だってこのまま別れて、後悔するのは夕紀とトム、本人達だ。なのに、如何して……。
「あ! 夕紀! 良かったぁ〜っ」
そう言いながら、お母さんは怯えた顔で私の方へと駆け寄ってきた。
今日が、最後。
お母さんは、辺りをきょろきょろと見回している。お母さんの友達はまだ来ていない。
「如何したの?」
「え……だって、何か聞こえない? 声が……」
はい!? お母さん、霊感アリ!?
え、待って、そういう話、苦手なんだけど。別に作り話とか関係の無い話は平気だけど、自分の身に降りかかるのはとてつもなく怖いって!!
「き、聞こえないけど……。何? 何か、いるの? 霊感あるの?」
「分からない。今まで、こんな事無かったんだけど――」
空はどんよりしていて、夏の昼間なのに眩しくない。風が、ざわざわと公園の木々を揺らす。
やめてーっ。
なんか、方向性変わってるよ!?
ふと、背後に気配がして振り返る。
「……佐藤有紗だな」
えーと。何て言ったらいいんだろう。透けてる、ってのとは違って。でも、存在が不確か。今にも消えそうな感じ。男か女かも分からないような容姿で。
……まさか、幽霊?
え、なんでそれがお母さんを知ってるの?
「……貴方、誰」
「名は無い。時空管理人、時の遣いだ」
!!
こいつかぁ――――――っ!
え、じゃあこれが「神のようなもの」? 確かに、人じゃない
「それ」は、私に目を向けた。
「佐藤夕紀か。如何やら、君ものようだな。でも、まだ『その時』じゃない」
え、何一人で訳の分からない事言ってんの? 何、「その時」って。私も何だって?
ただならぬ「それ」の様子に、お母さんは後ずさる。
「さっきまでの声は、貴方?」
「私の仲間だ。ここでは、あまり長話出来ない」
そして、次の瞬間。
その場には、私しかいなかった。
呆然としていると、不意に携帯電話が鳴った。家からだ。
「……はい。如何したの?」
『夕紀っ!? 大変なんだ! トムが消えちゃった!!』
消えた……? まさか。
今、目の前で起こった事が脳裏に蘇る。
「消えたって、如何いう事!? 突然!!? いなくなった、とかじゃなくて!?」
『そう! さっきまで目の前で宿題してたのに、突然いなくなっちゃったんだよ!! トムの宿題も無くなっちゃった!!』
「嘘……そんな……」
リドルは、帰されてしまったって事?
そんな。突然すぎるよ……!
それから一週間が経ったが、リドルは帰ってこなかった。
「おはよ、夕紀」
「おはよう! ねぇ、来週、忠行が行ってた学校の中等部の説明会だって。行ってみる? まだ早いけど、受験するなら早めから見といた方がいいし。中学校からなら、何とかなると思うの。私も大学生になったら、もっとバイト増やせると思うし」
夕紀は朝食を並べながら、笑顔で話す。無理してるのが丸分かりだ。
去年の春、お母さんがいなくなって。トムがやってきて、夕紀も俺も無理なんかしないで笑ってた。
なのに。
そのトムまでいなくなっちゃって。
皆、いなくなっちゃうんだね……。
これは……夢?
真っ白い空間。足元に地面は無くて。浮いている、そんな感じ。
「……夕紀……」
え? 誰?
向こうの方に、誰かいる。
私は走った。相手もこちらへ走るけれど、なかなか進めずにいる。その場に捕らわれたように。
段々と近づいてきた。
その顔がはっきりと見えた。
「夕紀!!」
呼ばれて、私は飛び起きた。忠行が覗き込んでいる。
「今日、バイトだろ? 珍しいね。夕紀が起こすまで起きないなんて」
私は、忠行の肩を掴んだ。
「リドルがいたの!! リドルは帰ったんじゃない!! 時空の歪に巻き込まれて、出れなくなってるんだよ!!」
忠行は目を見開く。そして、自室に駆け戻った。
追いかけて行くと、忠行は一冊の分厚い本を抱えて部屋から出てきた。
「俺も変な夢見たんだ! それで、その場所探したら、これがあって……トムの持ち物、全部が消えた訳じゃなかったんだ!!」
「じゃあ……」
「うん。トムは、また巻き込まれたんだ。事故なんだよ。トムが助けを求めたんだ。
俺達で、トムをそこから助け出そう」
本に書いてあるのは、魔方陣と呪文だった。
模造紙を買ってきて、張り合わせて出来た大きな紙に、本の魔方陣を丁寧に写す。なかなか細かくて、これに丸一日を費やした。
早く会いたい。
「私達にも……『力』はあるよね?」
「無くったって、やるしかないよ。これに縋るしか方法は無いんだから」
「うん」
リドル、早く貴方に会いたいの。会って……そして、気持ちを伝えたい。「好き」って言いたい。
貴方は独りなんかじゃない。独りになんてさせない。私達が傍にいる。
長い呪文を読みながら唱えて。そして、成功した。
俺達は、真っ白な空間にいた。
「これ? 夕紀が夢で見たのって……」
「うん」
「誰ですか、貴方達は」
上方から、人が降りてきた。
人……なのかな? 人型だけど、人間とは違う。
「何方ですか。ただの人間がここへ来られる筈が無い。そちらの方は有紗と似ていますが――違いますね」
如何する?
夕紀に目配せする。
夕紀も、同じ考えみたいだ。トムの事は言うべきじゃない。
と、なると。
「「逃走!!」」
だーっと走っていく。
地面が無いから、変な感じだ。
「どうやら……追ってこなかった、みたいだね……」
肩で息をしながら、私達は立ち止まった。
追ってきたら、逃げ切れた筈が無い。
「それにしてもここ……どれぐらいあるんだろう」
辺りをぐるりと見回しながら、忠行が呟くように言った。ずっと真っ直ぐ走ってきたけど、風景は何も無ければ、行き止まりになる事も無かった。永遠に白い空間。
「見つけた」
声がした方に、人がいた。あの人だ。お母さんを連れて行った者。
……マズイ。そんな気がする。
私と忠行はじりじりと後退する。
「まだ『その時』ではないと言ったのに。君達には、帰ってもらわねば」
「嫌です。まだ帰りません」
「それ」は眉を顰める。
「何故? こんな所にいても、何もないぞ」
えーと。
「その……現実世界って疲れるんですよねー。たまには、こんな何も無い所もいいかなーって……」
「ここは、休息所ではない」
駄目だったかぁっ。
ぐい、と景色が歪んだ。景色も何も無いのだけれど。
歪んだ。
ここへ来る時と同じく。
私達は、帰される――
俺達は、もとの魔方陣の上に戻ってきていた。
トムは、一緒じゃない。
「助けられなかった……」
夕紀は今にも泣き出しそうな顔で呟く。
そんな顔するなよ! 諦めるみたいじゃないか!
「よしっ、もう一回やるぞ。夕紀!」
「でも、あそこにはあんなに人がいるんだよ? 一度、作戦を練らなきゃ……」
「ああ、ここにいたんだね」
俺も夕紀もピタリと固まり、揃って部屋の扉の方を振り向いた。
そこいるのは、トム・マールヴォロ・リドル。
「リドル!!」
夕紀は叫び、トムに飛びついた。トムはよろめきつつも、抱きとめる。
夕紀は泣いていて、トムは戸惑いながらも夕紀の頭を優しく撫でている。
「トム……だよね?」
なんか、確認したくなって。
「うん。忠行も、夕紀も、ありがとう。二人が時空を曲げてくれたお陰で、また出てくる事が出来たんだ」
「曲げたのは俺達じゃないよ。何か、あの白い所にいた人が曲げたんだ。俺達を帰そうとして……良かった。トム、それに巻き込まれて帰って来れたんだ。それにしても、ちゃんとここに帰れるなんて凄い偶然だよね」
「偶然じゃないと思うよ。その者が帰した先は、ここだったんだろう? それなら、トリップ先はここに指定していた筈だからね」
あぁ、そっか。
「――本当に、ありがとう。ずっとあの場に独りになるんじゃないかって思ってた」
「言ったじゃない、リドルを独りになんてしないって」
トムに抱きついたまま、夕紀が言った。
「リドルは独りじゃないよ。私達が傍にいる。そして――私が隣にいてもいい?」
夕紀はトムから離れ、言う。
こっちからじゃ見えないけど、顔は真っ赤なんだろうな。
「好きなの、リドルの事……リドルがいなくなって、気持ち伝えられなかった、って後悔して……」
夕紀は涙を拭きながら言う。トムはその手を掴み、夕紀を抱き寄せた。
えーと。
ちょっと、見てるのが恥ずかしくなってきたのですが。
でも、部屋を出ようにも、二人が出入り口を塞いでいる。
「僕も夕紀を好きだよ……傍にいてくれるって言ってくれて、嬉しかった」
トムと夕紀は抱き合ったまま。
えっ、え、如何しよう。えーっ、俺、如何しろってんだよ。
俺は二人から顔を背けながら、足元にあった筆箱を投げつけてみた。
トムの方が小さくて隠れ気味なのにも関わらず、見事、トムの頭に命中。
「俺がいるって事、忘れないでよ!!」
ごめん、突っ込む事しか出来ない。つーか、本音。
トムも夕紀も、「あ」と言うように俺を見て。
何だか、笑えてきた。つられたようにして、夕紀とトムも笑う。
一頻り笑って、トムがふと言った
「何だか……『帰ってきた』って感じがするよ」
「だって、リドルの居場所はここにあるもの」
俺と夕紀は顔を見合わせて、言った。
「「お帰り」」
「――ただいま」
何れ、あの者達に見つかって、リドルは帰ってしまう事だろう。私達は別れる事になるだろう。
でも、今は一緒にいたい。例え、限られた時間でも。傍にいたいから。貴方を孤独にはしたくないから。
有紗が夕紀と忠行を迎えに来て、それぞれの歯車が本当の意味で動き出すのは、その二年後の話。
2006/12/24