「来い、ポッター」
声を掛けてきたのは、偽ムーディー。
「済みません、私、この後覚えた魔法を復習したいので!!」
「え、ちょっと待ってよ、カレン!!」
華恋はダッシュで大広間を後にした。
……あからさま過ぎたかも知れない。そうは思っても、後の祭り。
No.11
学校中が緊張と興奮で張り詰めている。
今日は、十一月二十四日。そう、三大魔法学校対抗試合第一の課題の日である。
授業は半日で終わった。
相手は、ドラゴン。……皆、その事を知らない。だから、こうして暢気に興奮していられる。今日の課題が何だかわかれば、呪いをかけられそうになったり、目の前でこれ見よがしに悪口を言われたりする事も減るだろうか。
万が一死んでしまったら、元も子も無いが……。
代表選手たちは、テントの中に集まっていた。
緊張が、どっと込み上げてくる。華恋は歯を食いしばり、固く拳を握った。手の平に汗を掻いているのを感じる。
バグマンが、この場では確実に浮いているテンションで課題を説明する。
聞いているのに、頭に入ってこない。
でも、わかっている。確か、ドラゴンを出し抜き、金の卵を取ると言う課題だった筈だ。
バグマンの説明が終わり、生徒達がテントの傍を通り過ぎていく足音がした。笑い声も聞こえる。今の状況で、笑い声があるという事が信じられなかった。
随分長かった筈だが、足音は直ぐに聞こえなくなった。
バグマンは、紫色をした絹の袋の口を開けた。
「レディー・ファーストだ」
華恋とフラーは一瞬、視線を交わした。
「……どうぞ」
何とか声を振り絞って、華恋は言った。
そう言えば、ここは一体如何なるのだろう。この袋の中には、本来は無かった華恋の分の模型も入っている。それを他の人が抜く可能性だってある。
フラーが抜いたのは、ウェールズ・グリーン種だった。数字は、二番。全てが、原作と同じ。
華恋は、袋に手を入れた。ハンガリー・ホーンテールだけは抜かないよう、強く願う。
――四番、ウクライナ・アイアンベリー種。
出てきた種類に、冷や汗が頬を伝う。ドラゴンの種類は、少し調べた。この種類は、ドラゴンの中で最も大型な類だ。メタル・グレイの鱗に暗褐色の目、間違いない。何もアジアにいたからって、アジアのドラゴンでなくても良いものを。大型故にあまり素早くないのが、せめてもの救いか。
あとの皆も、原作通りだった。違いを強いて上げるなら、ハリーが五番を引いた事ぐらいだ。
ここまで来たら、後には引けない。
――やってやろうじゃないの!
悲鳴が聞こえる。
観客の悲鳴。
ドラゴンの悲鳴。
そして、興奮した解説。
今、クラムがチャイニーズ・ファイアーボール種と戦っている。
観客の悲鳴や歓声が途絶えた。
「いい度胸を見せました――そして――やった。卵を取りました!」
拍手喝采。
……いよいよだ。
「さあ、お次はミス・ポッター!」
ややこしいな、と苦笑する。
大丈夫だ。こんな事を考えられるような余裕があるなら、まだ平気だ。
「カレン、頑張ってね」
「ありがと、ハリー」
そう言うハリーも、真っ青だ。華恋だったら、ハリーの番が先だとして声を掛ける事が出来るだろうか。
華恋は杖を握りなおし、テントを出た。
木立を通り過ぎ、囲いの柵の切れ目から中に入る。
「でかっ!!」
思わず声に出す。それ程にも、ウクライナ・アイアンベリーは、途方も無い大きさだった。
華恋は、その巨体を遠巻きにまじまじと眺める。
――あの長い爪にも注意しなきゃな……。
観客が、騒いでいる。それが歓声なのか、悲鳴なのか、はたまたブーイングなのかもわからない。
結局、華恋はここへ来た。
だって、プライドって物がある。
華恋にはハリーのような勇気もクィディッチの能力も無い。でも、「逃げた」なんて思われたくない。
――そんな事、私のプライドが許さない!
「サーペン ソーティア!」
これが、華恋の戦い方だ。
フラーみたいに魅惑呪文なんて出来ない。クラムみたいに強くもない。
これだけだと、ディゴリーと一緒。どうしてディゴリーは、これをしなかったのだろう。
「エンゴージオ!」
蛇は、みるみる大きくなっていく。
良かった、成功だ。
恐らく、バジリスクはもっと大きいのだろう。けれど、アイアンベリーの気を引くには十分だ。誰だって、ちっぽけな蝿よりは大型犬を気にする筈。
それに、もう一つ。華恋にも、傷があるなら――
「アイアンベリーを、巣から離れさせろ。卵を傷つけずに、挑発するんだ」
自分では分からなかった。果たして、華恋は話せているのだろうか。
巨大化した蛇が、頷いた。
華恋は目を輝かせる。じわじわと興奮が湧き上がってくる。華恋もパーセルマウスだ。動物と話してみたいと思った事はある。例えその相手が蛇でも、面白いものは面白い。
観客は騒がしく、華恋は大して大声で言っている訳でもない。きっと、誰も華恋が蛇語を話した事に気づいていない。スキーターも、この間ホグズミードで会った時に再度、脅迫もとい説得して置いた。
後は蛇に任せて、華恋は少し離れた所で攻撃されない程度に見守る。
と、華恋の表情が強張った。
「えええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
顔を引きつらせ、駆け出す。
蛇は後ろにドラゴンを連れ、あろう事か華恋の方へと向かってきたのだ。
「違う! こっちじゃない! 向こうへ誘導しろ!!」
ドラゴンが口を閉じた。顔を後ろへやり、勢いをつけ――
華恋は、ぱっと左に飛びのいた。
声にならない悲鳴が上がる。ついさっきまで華恋が立っていた所に、大きな焼け焦げが残っていた。
――死ぬ!!
華恋は脱兎の如く駆け、蛇とアイアンベリーの反対方向へ行った。日頃の運動不足が祟り、反対側に回り込んだ時華恋は既に疲れ果てていた。
更に悪い事に、ここからでは金の卵が見えない。
親が大きいと、卵も大きいらしい。金の卵は当然、運営の方で準備した偽の物。アイアンベリーの卵に囲まれ、完全に見えなくなっている。走って行き、探して、取って、などと言う動作は不可能に近い。
華恋は、待機のテントの方を顧みる。
――ハリー……如何しよう……。
そして、はっとした。
そうだ、ハリーだ。少々、応用で真似させてもらうとしよう。
華恋は、杖を高々と上げた。
「アクシオ 金の卵!」
――頼む……来て!!
アイアンベリー達が再びこちらに向かってきて、華恋はぎょっとする。けれども、ここでそちらに気を取られる訳には行かない。
ただ一心に、金の卵を呼ぶ。
蛇の血飛沫が辺りに飛び散る。
悲鳴が上がる。
地面を揺らし、蛇の死骸が落ちる。
アイアンベリーがぎろりと華恋の方を振り向く。
鈍い動きで羽を広げ、真っ直ぐに華恋の方に向き直る。
巣の中から、他の卵よりずっと小さな卵が浮いた。
卵に異常が発生している事に気づき、アイアンベリーの怒号が辺りに響き渡る。
羽ばたき、華恋に向かう。
卵は日の光を浴び、輝きながら華恋の腕の中へと飛んで来る。
アイアンベリーが口を開く。
華恋は腕を伸ばす。
砂煙が巻き起こった。アイアンベリーの身体が、砂煙の外側にはみ出ている。その首の先は、確実に華恋のいた箇所を仕留めていた。観客は息を呑み、静まり返る。じわりと血が砂煙の間から地面に滲み、悲鳴が上がる。
砂煙が風に消え、そこにはアイアンベリーに噛み切られた巨大蛇のとぐろがあった。観客達は目を瞬く。
とぐろの隙間から、紅い閃光が真っ直ぐにアイアンベリーの目を貫いた。
アイアンベリーは悲鳴を上げ、怯んで下がる。死骸となったとぐろの頂点に、一人の少女が上っていた。彼女は体勢を崩しながらも、しっかりとした足取りで腕を上げる。
そこには、金色に輝く卵があった。
一瞬の沈黙。そして、一斉に会場は沸き上がった。
「や……やりました――――――っ!!
双子の弟ハリー・ポッターと共に最年少の選手、カレン・ポッターが今の所最短時間で卵を取りました!!」
「今の所」と言う言葉に華恋は気づいた。彼は、ハリーに賭けている。ハリーの勝利を願っているのだろう。
華恋は、歓声を浴びていた。観客は、歓声を上げている。野次では無い。
華恋は、スリザリンなのに。
ドラゴン使い達がアイアンベリーに駆け寄って行く。それを見て、華恋は思い出し二匹の巨大蛇の死骸を振り返った。
「レデュシオ」
消し方は分からないが、運営の方で何とかしてくれるだろう。
念の為、マダム・ポンフリーの所へ寄って、華恋はパンジーに引っ張られて行った。
「凄いわ!! ディゴリーもね、囮を使ったのよ。岩を犬に変身させたの。でも、大きさは変えなかったのよ! だからもちろん、ドラゴンは途中で気が変わって……ディゴリーは何とか逃れたけど怪我をしたわ。なるほどね、こんな風に呪文を組み合わせた訳ね……」
「教えてくれて、ありがとう」
「どうも。貴女のが一番、見応えがあったかも知れないわね。後ろの方の席だと、遠くて選手みたいな小さいのは見えにくいのよ」
「大切なのはエンターテイメントだよ。観客の事も考えなきゃね。尤も、第二の課題や第三の課題でも可能かどうかはわからないけど」
「ほんと、貴女のは……蛇っていうのも、スリザリンらしいし」
そこで、パンジーは声を落とした。
「ねぇ……まさか、貴女もパーセルマウス?」
華恋の表情が強張る。
――き、聞こえてたの!!?
「声は聞こえなかったんだけど、まるで命令でも聞いているかのように蛇が動いてたから……」
最近、どうも華恋は迂闊な行動を取ってしまっている。
「図星?」
「……ウン……まぁ……」
「心配しなくても大丈夫よ。誰にも言わないから。でも、スリザリン生は寧ろ知ったら貴女を尊敬するわね」
「サラザール・スリザリンがパーセルマウスだもんね」
「ええ。――点数が発表されるわよ!」
審査員が杖を上げ、空中に銀の数字が現れる。あれは、リボンだろうか。
マダム・マクシーム、八点。クラウチ氏、九点。
「多分、蛇があんなにいう事を聞いてたから警戒してるのね……。何よ、それと課題とは関係ないじゃない」
華恋は何と言って良いか分からず、肩を竦めるだけにした。
ダンブルドア、九点。どうやら、彼にも警戒されてしまったようだ。
バグマン、九点。
見事に九点ばかりだ。しかし、最後の審査員は違った。
カルカロフ、五点。
スリザリン生の塊から、大ブーイングが起こった。ありがたいが、どうも素直には喜べない。この後、ハリーの点数にも同じようにブーイングするのならば良いのだが。
ハリーの戦闘も、とても見応えのある物だった。否、ハリーの方が見ていて面白いだろう。
本人は命がけなのに、「面白い」と言うのも酷いかもしれない。けれど、ハリーは生きて、しかも短時間で成功すると華恋は知っている。
手に汗握り、大丈夫だと分かっていても冷や冷やする。
そして本当に短時間で、ハリーは金の卵を掴んだ。今回ばかりは、華恋もきちんとした拍手をする。
隣のパンジーの手は、膝の上に置かれたままだった。華恋は何も言わず、ハリーの方へ向き直り心からの拍手を贈る。
ハリーの点数が発表された。
結果、華恋、ハリー、クラムで同点一位だ。
この後は、テントで説明となる。華恋は足取り軽く、テントへと向かった。
2009/12/20