青空の下、ちらほらと花びらが舞い散る。足元に広がるのは、薄桃色の絨毯。頭上では、満開の桜が咲き誇っていた。
並木の中に黒い学ラン姿を見付け、弥生はそちらへと駆け寄る。
声を掛けるまでもなく、彼は弥生に気が付いた。
「……どうしてここに」
「風紀委員が今、公園を貸切してるって聞いて……」
雲雀はふっと軽く溜息を吐く。
「草壁哲矢か」
草壁から電話があったのは、つい先ほどの事だった。
何の用がある訳でもなく、今何しているのかなどと柄でもない話を振ってきた草壁。弥生の暇を確かめた彼は、自分達が今雲雀に任せられている任務を告げた。並盛中央公園で並木を占領している、と。電話はそれ以上続く事は無く、弥生はすぐさま公園へとすっ飛んで来た次第だ。
「よく一人で辿り着けたね。いつもの群れはいいの?」
雲雀はふいと背を向け、公園を奥へと進む。
弥生は慌てて彼の後を追った。
「いつもって……私、群れてなんかないよ」
「この前、草食動物達と動物園に行ってたって聞いたけど」
「あれは……赤ん坊がチケットくれたから行ったら、あいつらがいて……」
彼の事だ。何か裏があるのだろうと言う事は分かっていた。
彼の言い回しに騙された弥生は、てっきり雲雀が一緒だと思ってしまったのだ。
「私、群れたりなんかしないよ。今日だって、あいつらはいないし――」
話す弥生の声にかぶさって、騒ぎ声が聞こえて来た。話し声、悲鳴、倒れる音。
雲雀は真っ直ぐに、声の方へと歩いて行く。弥生もその後に続いた。
そこにいたのは、お馴染みの面々。
「……何やら騒がしいと思えば、君達か」
「なんで君達がここにいるの」
「うるせー、暴力女! そりゃこっちの台詞だ!」
「あ! この人、風紀委員だったんだ!」
No.11
追い払う任務を全う出来ずにあっさり伸されていた風紀委員の男は、雲雀のトンファーで黙らされてしまう。
仲間をあっさりと打ちのめすその姿に、綱吉は顔面蒼白になる。雲雀を相手に回すのは怖い。しかし、ここら一帯を占領されては花見をする事が出来ない。良い場所を確保出来なかった場合のビアンキも怖い。
同じクラスの好で助けてくれないだろうかと弥生を見たが、彼女の視界には兄しかない。入院の時同様、助けは望めそうに無い。
一触即発のその場に、そぐわぬ陽気な声が掛かった。
「いやー、絶景! 絶景! 花見ってのはいいねぇ」
酒を片手に現れたのは、Dr.シャマル。
嫌悪感露に怒鳴りつける獄寺を、綱吉は慌てて宥める。どうやら彼は、リボーンがつれて来たらしい。
皆の視線がリボーンに集中している一瞬の内に、シャマルは樹の傍から消えていた。
「おめーが暴れん坊主か。可愛い妹いるじゃねーか」
シャマルは弥生の前にいた。その両手は、弥生の胸の辺りにぺたんと当てられている。
「な……っ」
「あの変態野郎!!」
獄寺が叫んでいる間に、雲雀のトンファーがシャマルを襲った。一撃でシャマルはその場に沈む。
鉄パイプを握る弥生の身体が揺れる。雲雀がその身体を支えた。
鉄パイプはカランと音を立ててその場に落ちる。弥生は、目を回して気絶していた。
「……今のは、シャマルが悪いな……」
山本が呟く。
キッと向けられた雲雀の視線に、綱吉は身を竦めた。今の雲雀は不機嫌極まりない。どんな滅多打ちに合う事か。
この場をどう回避しようかと考える暇も無く、リボーンは雲雀に勝負の話を吹っかけた。もちろん、綱吉の意見だと言って。
戦闘マニアの雲雀が乗らない道理が無かった。弥生を傍の木陰に寝かせ、トンファーを握りなおす。
「じゃあ、君達三人とそれぞれサシで勝負しよう。お互い、膝をついたら負けだ」
悲鳴を上げるのは綱吉だけ。どう言う訳か、獄寺も山本も乗り気だ。
リボーンが他人事な態度なのは、いつもの事。
「心配すんな。そのために医者も呼んである」
「その医者、さっきいなくなっただろ!」
「誰が最初に噛み殺されるんだい」
雲雀は獲物を見定めるような目で、三人を順々に見る。
獄寺が一歩、前に出た。
「十代目。俺が最高の花見場所をゲットして見せますよ!」
「えっ!? でも獄寺君、相手は……」
「まあ、見てろ」
リボーンが口元に笑みを浮かべて言う。
獄寺は忌々しげに、目の前の雲雀とその背後の木陰に横たわる弥生とを眺める。
「本当、よく似た兄妹だぜ」
ぴくりと、雲雀が反応を示した。
「似てる? 僕と弥生が?」
「そっくりだろーが。自覚ねぇのか?」
「群れ嫌いだったり、喧嘩好きだったり、確かに似てるかもな」
山本は明るく言って笑う。
しかし、雲雀は静かに言った。
「弥生は僕とは違うよ。群れるのはどちらかと言うと好きだろうし、戦闘好きでもない」
「はあ? 何処がだよ」
――あれ?
綱吉は目を瞬く。
一瞬伏せられた雲雀の瞳が、憂いを含んでいるように見えたのだ。――そして、その表情は一度見た事のあるもの。
弥生が転入して来て間も無くの事。
『お兄ちゃん、私の事なんて気にしてないから』
――この兄妹って……。
獄寺と雲雀は、戦闘を開始していた。
真っ直ぐに突っ込んで行く獄寺。雲雀のトンファーを避け、ダイナマイトだけを残して彼の背後へと走り抜ける。
「果てな」
ダイナマイトが爆発する。
あの雲雀を倒すなんて。綱吉の驚きは、あっさりと打ち消された。トンファーで爆風を払い、平然とした雲雀が姿を現す。
油断していた獄寺にトンファーを振るう。獄寺は間一髪それを逃れたが、片膝をついてしまった。
だがそれでも、雲雀は攻撃をやめようとしない。
間に割って入ったのは、山本だった。いつの間にか手にしていた山本のバットで、雲雀のトンファーを受け止める。
「何、物騒なもん渡してんだよ!!」
綱吉が非難するが、やはりリボーンは聞く耳持たず。
山本と雲雀の激しい応酬。それも、雲雀のトンファーに現れた仕込み鉤で山本は動きを止められ、攻撃を受けて地面に倒れこんだ。
「山本!」
若干、打撃は逸らしたらしい。悔しがりながら身を起こす山本に、綱吉はホッと息を吐く。
しかし、安堵も束の間だった。
「次はツナだぞ」
リボーンが言い放つ。
前に雲雀と戦った時の記憶が蘇る。応接室に入るなり、一撃で殴り倒された綱吉。死ぬ気弾で再度応戦するも、彼を倒す事は出来なかった。病院で会った時に至っては、応戦も出来ずぼろぼろだった。
あんなのもう二度とご免だ。獄寺や山本のようにあれから強くなった覚えも無い。
「んな事ねーぞ。昔のお前が、身体を張ってライオンから京子を守れたか?」
「えっ」
「さっさと暴れて来い」
銃が向けられる。
抗議の声も空しく、死ぬ気弾は撃たれた。
レオンが変形したはたきを持ち、綱吉は雲雀に殴り掛かる。互角の戦いだった。どちらも一歩も譲らず、膝もつかない。
……長期戦となれば、綱吉には制限時間がある訳で。
正気に戻った綱吉に、正面から向かって来る雲雀。
「わっ、ちょっ、待って!」
目を瞑り、頭を覆う。
しかし、幾ら待てども衝撃は無い。恐る恐る目を開けると、目の前には膝をついた雲雀がいた。山本と獄寺が歓声を上げる。
状況が飲み込めない。正気に戻った瞬間、雲雀はこちらに攻撃を仕掛けていた。その後にはこちらから攻撃なんてしていない筈だ。しかし、ついさっきまで彼と戦っていたのは綱吉。
「嘘!? 俺がやったの……!?」
「違うぞ。奴の仕業だぞ」
言って、リボーンが指差していたのはシャマルだった。雲雀に殴られた瞬間に、トライデント・モスキートを発動していたのだと言う。
ぶつくさと文句を言いながら起き上がったシャマルは、けろりとしていた。
「わりーけど、超えて来た死線の数が違うのよ。ちなみにこいつにかけた病気は、桜に囲まれると立っていられない『桜クラ病』つってな」
また変な病名だ。何故全部日本語がベースになっているのかという点については、突っ込まない方が良いのだろうか。それとも、イタリア語ではまともな名前を無理に日本語に訳しているのか。
雲雀は桜クラ病にかかったまま、フラフラと去って行った。
「あれ? おーい、弥生ほっといていいのかー?」
山本が大声で呼ばう。
雲雀は少し立ち止まって、言った。
「別に一緒に来た訳じゃないからね。誰か家まで送ってやってよ」
「お、いいねぇ。女の子だけ置いて行ってくれるなんて気が利くじゃないの」
「てめーは却下だ! このヘンタイ! スケコマシ!!」
「そいつを弥生に近付けたら、どうなるか分かってるよね。沢田綱吉」
「ええ!? 俺ー!?」
「とりあえず、これで花見できんな」
山本は二カッと笑う。
雲雀は今度こそ、去って行った。
京子、ハル、奈々、ビアンキ、ランボ、イーピンも合流して間も無く、弥生は目を覚ました。ビアンキに飛びついたシャマルのお陰で、綱吉は難を脱したところだった。
「弥生ちゃん、起きた! 大丈夫?」
弥生は身体を起こし、きょろきょろと辺りを見回す。
「お兄ちゃんは?」
「あ……雲雀さんなら、用事を思い出して帰るって」
綱吉は慌てて言い繕う。
弥生はしょんぼりと俯いた。
「……そう」
小さく呟いて、弥生は立ち上がる。敷かれたシートを下り靴を履く弥生に、綱吉は慌てて声を掛けた。
「あれっ、弥生ちゃん?」
「帰る。君達と群れるつもりは無いし」
「ああ、帰れ帰れ。俺達だって、仕方ないから寝かせてやってただけなんだからな。手間掛けさせやがって」
「ご、獄寺君!」
「酷いです、獄寺さん!」
綱吉に続けて、ハルも食って掛かる。そしてハルは立ち上がり、靴を突っかけて弥生へと駆け寄って行った。
「弥生ちゃん、お久しぶりです! 覚えてますか?」
「えと……三浦さん、だっけ」
「はい。ハルでいいですよ」
「弥生ちゃんも、一緒にお花見しようよ」
京子も弥生に笑いかける。弥生は、困惑顔だった。
この前の動物園でも弥生はいつの間にかいなくなってしまって、京子らとは合流していない。後でリボーンに聞いたところによると、ライオン脱走事件について雲雀権力で話をつけていたのだとか。
京子とハルの引き止めで、弥生はシートの方へと戻って来た。
――さすが京子ちゃん。ハルも凄いや。やっぱり、女の子同士の方がいいのかな……。
弥生は格闘するビアンキとシャマルの方に目を向ける。それから、獄寺に視線を落とした。獄寺は我が姉を視界に入れぬよう、そちらに完全に背を向けて座っていた。最初の衝撃から完全回復はしていないらしく、顔色もまだ悪い。
「……自分の彼女が変態に襲われてるのに、助けなくていいの」
弥生の言葉に、獄寺はきょとんとした顔で顔を上げる。
ハルが真っ赤になって、取り乱した。
「はひっ!? ご、獄寺さん、彼女いるんですか!?」
「ばっ……んなのいねーよ! 何訳分かんねー事言ってんだてめぇ!」
「あの人、違うの」
弥生が指し示したのは、ビアンキ。
何がどうなって、そうなったのか。綱吉があっさりと言った。
「ビアンキは、獄寺君の彼女じゃなくてお姉さんだよ」
「え……」
弥生はぽかんとする。
「なんだ……そっか。でも、それにしたって助けなくていいの。背まで向けて」
「獄寺君、ビアンキのポイズンクッキングで小さい頃散々な目にあったらしくて……顔見たら、体調悪くなっちゃうんだ」
「普段偉そうなくせにそれぐらいで情けない奴」
「あ゛ぁ!? てめーに言われる筋合いはねーよ」
獄寺は立ち上がる。詰め寄る前に、弥生の鉄パイプが薙いだ。
「半径一メートル以内に近付かないで。叩くよ」
「上等だ!」
「相変わらず、仲良いのなー」
いつもながらの乱闘が始まり、綱吉は頭を抱える。
「はひー!? 弥生ちゃんもデンジャラスです!」
「二人とも、元気だね」
京子の感想はのほほんとしている。
綱吉は喧嘩する二人に目を向ける。何故だろう。弥生は、いつもより活き活きしているように見えた。
2011/08/28