私達は手分けして、見滝原を駆け回った。
夕方になって、私はさやかを見つけた。ベンチに座って楽しげに話す上条と仁美。それを遠くの陰から見つめるさやか。上条の家は、杏子と一緒にさやかを尾行した時に場所を知った。学校から、そちらへと歩いて行ったのだ。確か、仁美に対して家の方向を確認する台詞があったから。
さやかは二人を見つめ、踵を返す。そして、私を見て一瞬足を止めたけど、そのまま無視して行こうとする。
「さやか!」
通り過ぎて行ったさやかを振り返って、私は呼び止める。さやかは再び足を止めた。
「……何」
「えっと……」
見つけたはいいが、どうしよう。SGを浄化しなきゃなんだけど、私、GS持ってないしなあ……。
「大丈夫。私が持ってる」
声がして、木陰から一人の少女が現れた。小豆色のワンピースを着た、黒髪の少女。
さやかは怪訝気に、明海を見る。
「こんにちは、美樹さやか」
「……何、あんた」
「私は君と同じ魔法少女。君に、これをあげようと思って」
明海が差し出したのは、グリーフシードだった。しかし、さやかは受け取ろうとしない。疑り深く、明海を見つめる。
「この町に他に魔法少女がいるなんて、キュゥべえは言ってなかったけど。名前は?」
「……」
彼女は、答えない。
さやかはますます、疑わしげな視線を向ける。
「何のつもり?」
「君のソウルジェムは、もう限界のはずだよ。浄化するグリーフシードも無いんでしょ。だから」
「自分の名前も名乗ろうとしない人から、受け取れると思う?」
明海は言葉に詰まる。
「あんたも魔法少女だって言うなら、それはあんたにだって必要でしょ。あたしは要らないよ。それで戦えなくなるなら、あたしはそれまでってこと。それでいいの」
「良くない」
明海はきっとさやかを見る。
「これは、君一人だけの問題じゃない。私の大切な人達も巻き込まれるの。君が助けを拒むって言うなら、無理に奪ってでも浄化する」
さやかはじり、と後退する。
明海は笑った。
「でもできるなら、手荒なマネはしたくない。だから……」
「脅しのつもり? そんな手に乗ると思う?」
明海はぽかんと目を丸くする。そして、溜息を吐いた。
「どうにも、私達は相性が悪いみたいだね……」
明海は変身する。夕日を受けて、彼女の手中の物が光る。彼女の武器は、確か――
「何やってるの!? 駄目だよ!」
私は両手を広げ、さやかと明海との間に割って入った。
「邪魔だよ。君は下がってな」
「第一、無理矢理浄化したってそんなの意味あるの!?」
「再び濁って行くだろうって? それも、もっともかもね。だったらその時は、殺すだけのこと。――君だって、薄々勘付いてるんじゃない?」
「そんな――」
「そこを退いて。言ったよね? 全員を助けようなんて無理。目的だけに専念するべきなの」
「あんたの目的って……何?」
明海は答えない。
その時、木立の向こうから声がした。
「何か聞こえませんでした?」
「そっちの木立の方だよね。何だろう?」
二人の男女の声に、明海はぎょっと振り返る。さやかはすぐさま踵を返し、駆け出した。
慌てて追おうとした明海の前で、さやかは変身する。
かと思うと、回りの木々が一気に倒れてきた。私は明海に抱えられ、間一髪難を逃れる。
他の木の枝に降り立ってみると、私達がいた周りの木々はすっぱりと幹を切断されていた。倒れた数本の木を見て、仁美と上条が目を丸くしている。
「まだあんな力が残ってたなんて……クソッ」
明海は携帯電話を取り出し、開く。ちらりと、プリクラらしき物が貼られているのが見えた。ボタンを押しかけ、明海は携帯電話を閉じてしまう。
「……君、ほむらか杏子の連絡先持ってる?」
「え……? あ、うん。ほむほむの携帯番号……」
「じゃあ、一応伝えて。ここで目撃したこと。まだ、遠くへは行ってないはず」
さやかの姿はもうどこにも見当たらず、もうどこへ行ったのかも検討がつかなかった。
No.11
その後さやかを見付ける事はできず、再び目にしたのは翌日未明、変わり果てた姿だった。
鍵を開ける音がして、扉に駆け寄って開く。杏子は両腕に、さやかを抱えていた。
生気の無い瞳。力なく垂れた腕。黄色くなりつつある肌。
「……帰ってたのか」
深夜を回った頃、何度か時間が止まった。きっと、ほむほむが時間停止を行ったから。それに終電の時間を過ぎたら、もうさやかは手遅れになっている。それを、私は知っていたから。
「……さやかは」
「……」
杏子は黙したまま部屋に入り、奥のベッドにさやかを寝かせる。そして、自分のソウルジェムをかざした。みるみると、さやかの顔に血の気が戻る。目も閉じられて、まるで眠っているかのよう。
「そうまでして死体の鮮度を保って、一体どうするつもりだい?」
声に、私は振り返る。机の上に、QBがちょこんと座っていた。
杏子はベッドを離れ、壁際に座り込む。床に広がったビニル袋からハンバーガーを引っ張り出した。それを口に運びながら、杏子はQBに問う。
「こいつのソウルジェムを取り戻す方法は?」
「僕の知る限りでは、無いね」
毎度ながら、QBの声色に感情は無い。
「そいつは、お前が知らない事もある……って意味か?」
「魔法少女は条理を覆す存在だ」
……やめて。
「君達がどれほどの不条理を成し遂げたとしても、驚くには値しない」
「焚きつけるようなことを言うのはやめて!!」
私は思わず叫んでいた。
無理だって、分かっているくせに。ほむほむを一人にするために、杏子を死なせるために、思ってもいないことを言わないで。
「何だよ、焚きつけるって……。あんた、まさかこうなるって分かってたのか?」
「……」
「……なんで言わなかった!?」
杏子は立ち上がり、私の両肩を掴む。
怒っていた。憤怒の形相だった。
「言ったって……私には説明のしようがないもん……。信じてもらうだけの証拠を提示できない」
「どいつもこいつも……! 信じるわけが無いって……!」
「だから私は、探そうって言ったの! 手遅れになる前に、見つけようって! 私だってこんなの、望んでなかった! 止めたかった!!」
「その割には、探しもせずここにいたんだな」
「それは――」
後の言葉は出て来なかった。
私は、知っていたから。アニメで見ていたから。だけどそんなの、それこそ信じてもらえるはずがない。杏子からしてみれば、下手な嘘。
杏子は、QBを振り返る。
「……できるんだな?」
「杏子!」
「前例は無いね。だから僕にも方法はわからない。生憎だが、助言のしようが無いよ」
沈黙が降りる。
やがて、杏子が口を開いた。ハンバーガーとフライドチキンとを交互にかじりながら、はき捨てるように言う。
「……いらねえよ。誰が、てめえの手助けなんか借りるもんか!
加奈、あんたは何か思いつかない?」
「……無理だよ。方法なんて無い」
「てめぇ……っ!」
「杏子は今まで、何人の魔女を倒してきた!? その中で一人でも、魔法少女に戻った魔女はいた!?
お願い、解って! 魔女はもう、魔法少女に戻ることはないの!」
「……っ」
杏子は無言で、がつがつとハンバーガーとフライドチキンを平らげる。どちらも食べ終わって、口にする物も無くなって、杏子は言った。
「……諦めるってんなら、無理に手伝えとは言わないよ。悪いけど、一人にしてくれないか? さやかを戻す方法、考えたいから」
「……方法なんて、無いよ」
「……考えさせてくれ」
「無理だよ。お願い、無茶しないで」
「――なんなんだ、てめえは! 邪魔する気か!? あたしは絶対、諦めない。本当に手段が無いのかどうか、それを確かめるまで、絶対に!」
「……」
杏子はちら、と時計を見る。
「……少し、仮眠を取った方がいいかもな。ずっと起きっ放しじゃ、体力が持たない」
私たちは床に横になったけど、眠れるはずも無かった。
ただ、無言で横たわって。朝になるのを待って。
きっと杏子は、さやかを救う方法を思案しているのだろう。そんな方法、無いのに。杏子、死んじゃうのに。殺さないつもりで戦って勝てるような相手じゃない。
どうして私は、こんなにも無力なんだろう。せっかく、未来を知っているのに。この先に何が起こるかを知っているのに。さやかの魔女化を止められず、そして今、杏子が考えることを止められない。
同じ部屋に死体が寝かされているというのに、緊迫した状況だというのに、私はいつの間にか眠り込んでしまったらしい。
目が覚めると、もう、部屋に杏子はいなかった。
「――杏子!」
私は部屋を飛び出した。ホテルを出て、一目散に駆けて行く。まどかの家と、見滝原中学校との間の、通学路。公園のような、川沿いのあの道。
見滝原の制服を着た中学生が通り過ぎて行くけれど、その中にまどかの姿は見当たらない。私は彼らの流れに逆らって、川沿いにまどかの家へと向かう。
家まで辿り着いたが、まどかとすれ違うことはなかった。そして時計の針は、もう授業が始まるであろう時間を指し示している。これから家を出るなんてことは、無いだろう。
再び川沿いの道まで戻って、その道を軸に辺りを探し回る。手がかりは、アニメで見たあの風景。杏子とまどかが話をしていた路地裏。一体、あれはどこなのか。
裏道を一本一本、探して行く。風景も、二人の姿も、見付けられない。焦りばかりが募って、時間ばかりが過ぎて行って。
ねえ、杏子。どこなの? どこに行ってしまったの?
嫌だよ、こんなの。こんな別れ方なんて。
陽は西に傾き始める。私は、携帯を取り出した。
ほむほむは、直ぐに出てくれた。
「ほむほむ! どうしよう。杏子が――杏子がいなくて――」
「落ち着きなさい。佐倉杏子が、どうしたの?」
ほむほむの声は落ち着き払っていた。何度も、この展開を経験した子。何度も、絶望の中を歩いて来た子。
携帯電話を持つ手が震える。涙があふれ、頬を伝った。
「朝起きたら、杏子がいなかったの……。昨日、さやかの死体を抱えて帰ってきて。キュゥべえに、戻す方法は無いのかって聞いてた。それで、キュゥべえははっきり無いなんて言わなくて……杏子は焚きつけられて……さやかを探しに行ったんだと思う。多分、まどかと一緒。
無理なのに……戻す方法なんてもう無いのに……杏子、死んじゃうよ……やだよぉ……」
トリップしてきて行く宛も無い私に、最初に声をかけてくれた女の子。命の恩人。大切な友達。変わった奴だとか、馬鹿だなあだとか言いながら笑う、あの笑顔が好きだった。ぞんざいに頭を撫でてくれるのが、好きだった。
いつかはお別れの時が来る。それを理解しながらも、一緒に笑える。そんな関係だった。
「……私もさっき、学校を早退したところ。まどかも休学していた。家にもいなかったわ。あなたの言うとおり、佐倉杏子と一緒にいる可能性は高いわね。
私も、彼女が助かるよう努力はするわ。でも、約束はできない。――そのときは、あきらめて」
「……」
何も、言葉を返せなかった。
私も、知っているから。ここまでくると、この先はどうなってしまうのか。ほむほむは何度も時間を巻き戻して、それでもワルプルギスの夜には一人になってしまっているのだから。これは、彼女にもどうしようもないこと。
「ほむほむ……気をつけてね」
「……ええ。ありがとう」
電話は切れた。
きっと、見つけてもほむほむは私に連絡をくれない。連絡をもらったら私は、その場へ行ってしまうだろうから。だけど私には何の力も無くて、ただお荷物になってしまうだけだろうから。
私はその場に崩れ落ちる。だから嫌だったんだ、こんな世界に来るなんて。視聴者としても辛い展開なのに、当事者になったら余計に苦しいだけだから。皆いなくなってしまう。私はそれを知っているから。主人公補正で大丈夫だろなんて、甘い事言えない世界だって知っているから。
そのまま杏子を見付けることはできず、その日、私が彼女と再会することは無かった。
2011/05/29