「ねぇ、カレン。貴女だって、差別は嫌いでしょう? 聞いたわよ。新入生歓迎会の日、スリザリンのテーブルで皆にはっきり言ったって。自分は純血主義じゃないし、悪口も嫌いだって。だったら、貴女だって屋敷僕妖精の権利は主張すべきだってわかるわよね?」
誰から聞いたのだろう。
それに、悪口が嫌いだと言う事は、口にはした覚えが無い。
「入会費は二シックル。ハリーとロンも入会したわよ。貴女には、企画を担当してもらいたいんだけど……。だって貴女、第一の課題で。とてもスリザリンらしい戦い方をしたし、アイディアを考えるのは得意なんじゃないかって思うの」
「この表、ここには何書くの?」
「話を逸らさないで頂戴。そこは、さっき行った計算から導き出される数字よ」
第一の課題が終わって次の課題まで長いからか、ハーマイオニーはS.P.E.W.にしつこく勧誘してくる。
No.12
「カレン、いい加減グレンジャーに勉強を教えてもらうのはやめたら? だってあの子、最近変なのに人を勧誘してるでしょう? 貴女も勧誘されてんじゃないの?」
「勧誘されてるけど、断ってる。まさか、パンジーも勧誘されたの?」
「まさか。スリザリン生が僕妖精の権利なんかを重要視するなんて、どんなに馬鹿でも思わないでしょうよ」
その通り。だから、勧誘されたのかと思って驚いたのだ。
「ってか私、ちょっと寝るね。授業終わるかハグリッドが来るかしたら起こして」
今は、「魔法生物飼育学」の授業中。
華恋達スリザリン生は、ハグリッドの小屋にバリケードを築いて立てこもっている。
スクリュートの成長は、計り知れない程だった。あっと言う間に大きくなり、これを生徒達に世話させるのは危険極まり無いだろう。ここまで大きくなったら、授業には使わずに個人的に飼育していて欲しい。
この間に一眠りを試みる。昨日は原作を読んでいて、あまり眠れていないのだ。
「おっ、リータ・スキーターが来た。これは楽しくなるぞ」
ドラコの言葉で、華恋の目はぱっちりと覚めた
窓から覗けば、確かにスキーターだ。何を話しているのだろう。
「あら? カレン、寝るんじゃなかったの?」
「ん? うん、あの人、何しに来たんだろ。ハグリッドにスクリュートを処分させてくれるかな。ハリーの事ばっかじゃなくってさ」
「そうねぇ……」
唯一スクリュートに関しては、スリザリン生とグリフィンドール生の意見が一致している。
「今日こそは、貴女をS.P.E.W.に入会させるわよ!」
意気込んでいる所悪いが、早々に勉強に入りたい。
華恋は隣で何やら説明しているハーマイオニーの言葉を適当に聞き流しながら、教科書を準備する。
ハーマイオニーによる個人授業は、今日で最後らしい。その為か、随分と張り切っている。勉強ではなく、入会勧誘の方に。
「ねぇ、カレン? 如何してそんなに拒むの? 貴女、血筋に関しての差別は嫌がるのに、奴隷労働は構わないって言うの?」
華恋は無言で羽ペンにインクを付ける。
「答えてよ。貴女も他のスリザリン生と一緒な訳? 純血主義じゃないっていうのは、口だけなの?」
その言い方に、華恋はカチンと来た。
いい加減イラついて来るのは分かるが、何もそんな言い方をしなくても良いだろう。
「――僕妖精達は、本当に自由を望んでいるの?」
「当然だわ! 皆、自由を知らないから縛られているだけよ」
「僕妖精たちは、本当に縛られてるのかな?」
「……如何いう事?」
屋敷僕妖精達は、仕事を誇りに思っているのではないだろうか。所謂、仕事好き。どんなに奴隷のように働かされていても、それでも、仕事に誇りを持っているのではないだろうか。ドビーも、確か自ら休みを少なくした筈だ。
働きたいから。
彼らにとっての幸せは、働く事なのかもしれない。
確かに、ウィンキーみたいに主人に恵まれない人は可哀想だ。けれど、その仕事自体は好きな様子だ。少なくとも、「やらされている」訳ではないだろう。
「ねぇ、一体如何いう意味なの?」
何と説明すれば良いのだろう。
「……ハーマイオニーは、読書、好きだよね?」
「ええ」
「『この本読んで』って誰かに渡された場合、多少厚い本でも特に読む事を苦には感じないよね?」
「ええ。程度によるけど」
ハーマイオニーの言う「程度」が、無限に近い事は「賢者の石」でよく分かっている。
「でも、中にはそんなの『ふざけんなよ』って思う人もいる」
「それと同じだって言いたいの? 奴隷労働が?」
「だから、そこんトコが『程度』によるんじゃないかな。彼らにとって仕事は誇りみたいだから、多少なら、私達なら苦に思う事でもそんなに苦じゃなかったりすると思うの。例えば、ホグワーツで働いている屋敷僕妖精たちは彼らの『程度』を超えていないと思うよ? 何せ、雇い主はあのダンブルドアだし」
「でも――」
「確かに、権利を求める屋敷僕妖精だっている。そういう人達は別に権利を主張していいと思う。権利はあると思うよ。でも、『権利』は『義務』じゃない。その権利がある事を屈辱だって思ってしまうなら、主張しなくたっていいと思う。権利が無いって言っても、それこそ本人の自由じゃないかな……って」
上手く言葉に出来ず、もどかしさばかりが生じる。
「上手く言葉に出来ないけどさ。ハーマイオニーのしている事って……ゴミの下に衣類を隠したり、はっきり言って強制的でしょ? だから、もう少し活動方針を変えたら、入会してもいいかなって思う。権利を主張する人達のためなら、活動してもいいかなって」
「え? 如何して、貴女がグリフィンドールの談話室の事を知ってるの?」
「……ハリーに聞いたの」
ぎくりとしながらも、華恋は答えた。
後でハリーに話を合わせてもらおう……。
「……でも、屋敷僕妖精達は、今の所立場が低いのよ。権利を主張したくても、主張できない子達だってたくさんいると思うわ。そういう子たちが、私達の活動をきっかけに権利を主張できるようになれば――」
――きっかけ、か
確かにきっかけがあれば、主張出来る子もいるのかも知れない。けれど。
「私達が何を言っても同じだよ。周りがとやかく言っても、意味が無い。本人が動かない限りね」
同じだ。
マグル界の、あの時と。
「これで、貴女も皆に追いついたと思うわよ。今日でおしまい!」
華恋はパタンと教科書を閉じた。
これで、ハーマイオニーによる個人授業は終わりになる。これからは、滅多に喋る事も無くなるのだろう。寮は違うどころか、敵対している。実際、ロンとは夏休み以来、殆ど話さない。最後に話したのは、十月の下旬、掲示板に何が書かれているか聞いた時だ。
ハリーとでさえ、滅多に話さない。
「じゃあ、ハーマイオニー。今までありがとうございました」
華恋は椅子に座ったまま横を向いて、冗談交じりで深々と頭を下げた
「別にいいのよ。じゃあ、またね。これからは話す機会も減ると思うけど……」
「うん。じゃあね」
華恋は、荷物をまとめて席を立つ。
図書室の扉を開けながら、ちらりとハーマイオニーを振り返った。
早くも、クラムがハーマイオニーに話しかけている所だった。案外早くに申し込んでいたようだ。
今日、スネイプからクリスマス・ダンスパーティーの話を聞いたばかり。きっと、グリフィンドールを始めとする他の寮、他の学校の皆もだったのだろう。
――私、本当に如何しよう……。
ダンスパーティーの事を思うと、憂鬱にしかならなかった。
「ねぇ、カレンは誰かさそうの?」
「誰も。ってか今度こそ、本気でサボりたい」
「如何して!!? だって、貴女は選手よ!? きっと、たくさんの人が貴女と行きたがるわよ」
「もう一人の女子選手がフラーですよ、ミス・パーキンソン」
「あら。フラーはあまりにも美人過ぎるし、それにそれを鼻にかけてるから、逆に貴女の方が申し込まれるんじゃないかしら」
パンジーの話も、一理ある。現にハリーが、選手と言うだけで数多くの女子生徒から申し込まれていた。けれど、ハリーの場合、本ではわからなかったが、そこそこ顔が良い。ディゴリーのようにハンサムと言う程ではないが、カッコイイ事に変わりない。だから申し込まれてもおかしくない。
けれど華恋の場合、今まで恋愛だの何だのと周りは騒いでいても全く持って無縁なくらい、凡人だった。全盛期は幼稚園だ。あの時は細かった上、小さい子は誰でも可愛いものだから。
華恋は軽く息を吐き、言った。
「いくら選手と一番最初に踊りたいからって私に申し込むなんて、よっぽど目立ちたがりな人だよ」
「カレン、クリスマス・ダンスパーティーで一緒に踊る相手は決まったのか?」
「決まってないけど」
「じゃあ、パートナーになってやってもいいぞ」
華恋は唖然としてドラコを見つめていた。
「よっぽどの目立ちたがり屋」が、ここにいたようだ。
でも、彼にはパンジーがいる。パンジーは、ドラコの事が好きだ。それは、傍目から見ても明白。
「ゴメン、断る。ってか私、出ないから」
「第一の課題も、そう言って出たよな?」
「だって……『怖いから逃げた』とか言われたくないから」
「今回出なかったら、『相手をしてくれる人がいないから出れない』って言われるぞ。特にグリフィンドールの連中から」
それはそれで、女の子としてかなり傷つく。
結局、また出るしか無いのだろうか。けれど、ダンスのパートナーになって変な噂を立てられるのは断固避けたい。まして、ヴォルデモート失脚の原因の子と、純血主義の旧家。話題性豊富にも程があるだろう。
何より、パンジーの事もある。
しかし、これからクリスマスまでに誰かが声をかけてくれる可能性は、怪しいところだ。
その時、これ以上は無いだろうと言う明暗が華恋の頭に浮かんだ。これなら、態々ドラコと組む事も無い。
「ごめん、それでもやっぱり断る。ほら、ハリー、スキーターに不快な記事書かれてるでしょ? 私も標的になるなんてお断りだし。
それに私と出たのが父親の耳に入ったら、やばいんじゃない? ドラコの父親、ワールドカップの時のあの軍団の中にいたんでしょ?」
「何の事だ」
認める事は出来ないだろう。けれど、これでドラコも引き下がった。
華恋はひらりと手を振ると、寝室へと向かった。
――無い……。
「無い、無い、無い、無い、無い、無い、無い――っ!!」
ひそひそと、華恋は叫び声を上げる。
折角、探す為に早起きしたのに。
「おはよう。早いのね。カレン、何の本見てるの?」
「えっ。ちょっと、日本から持ってきた本を……」
華恋は咄嗟に、「ハリー・ポッターと炎のゴブレット」を閉じて裏表紙を上にして置いた。
ハリーがふられる日を探してたのだが、「学期最後の週」としか書かれていなかった。相手がハリーなら、変な噂の心配も無いと思ったのだ。フラーはディゴリーを誘おうとしたと言う事は、選手同士でも構わないと言う事だろう。ハリーの場合は、チョウが駄目だったらもう如何でも良い様子だった。
けれど、ふられる日まで、ハリーは他の子からの誘いは断る。そしてふられた後直ぐに、約束を取り付けてしまう。
つまり日にちが分からなければ、ハリーを当てにする事は出来ない。誰か他の者と組まなければならない。
「ねぇ、それより聞いて! 私、ダンスパーティーの相手、決まったわよ!」
「へぇ。誰?」
知っているが、尋ねておく。
「ドラコよ! 昨日、貴女が部屋に戻った後に申し込んだの! そしたらOKしてくれたのよ!」
「良かったね」
言ってから、言葉が少なかったかも知れないと思った。だが、他に言う言葉も思いつかない。
パンジーは特に気にしなかったようだった。近藤だったら、「テンション低い!」と言ってきただろう。
「で、カレンは相手、決まったの?」
華恋の返答は無い。
返答出来なかった。
「まぁ、心配しなくても今日から申し込む人が後を絶えないわよ」
他人事だと思って、簡単に言ってくれる。
もう、この際誰でもいい。きちんと踊れて、フォローしてくれる人ならば。
そうだ、踊りも問題なのだ。華恋は、踊った事どころか見た事さえ無い。寧ろ、体育で大嫌いな単元ベスト3は、マラソン・水泳・表現だったぐらいだ。経験と言えば、盆踊りや運動会ぐらい。当然、それらとは全く違う事だろう。
思わず、大きく溜息を吐いた。
しかし、驚くべき事に、パンジーの予言は当たった。
意外と目立ちたがり屋は多かったらしい。
とりあえず華恋は申し込んで来た生徒に、自分は全く踊れない、見た事さえないと言う事を話した。それでも大丈夫と言う人なら、誰だって構わない。
結果、四人目の人と組む事になった。
最初の三人は、踊れずフォロー出来ないのに、誘ったのだろうか。目立ちたがりにも程がある。
2009/12/25