新学期が始まった。
 また、日常へと戻って行く。尤も、こちらの世界の日常は平々凡々とは言い難いが。
 ただその日常の中、休暇前とは違っている事があった。
 ハグリッドが、引き篭もりと化していたのだ。
 正直なところ、戻って来なくても華恋は困らない。特に仲が良い訳でも無いのだから。その上、教師としては、グランブリー-ブランクの方がずっと合っている。
 スキーターの記事見た事で朝からドラコが五月蝿いのは、流石に鬱陶しいが……。





No.15





 クリスマス・ダンスパーティー以来、パンジーはドラコにべったりだ。
 必然的に、華恋は一人でいる事になる。
 ――やっと解放された。
 今日はホグズミード行きが許される日。華恋は一人で来ていた。
 腕時計とナイフを買ったら、さっさと帰る予定だ。別に、他に用も無い。
 メインストリートに立ち並ぶ店の一つで店の場所を聞いて、華恋はそこへ向かった。ホグワーツの生徒でごった返す中を、華恋はスタスタと歩いていく。
 時計屋はメインストリートより離れた所にあって、客数も少なかった。華恋は安くてシンプルなのを選ぶと、続いて金物屋へ向かう。特に時間を掛ける事も無く、ナイフを買うと直ぐに城へと帰った。





 さて、何をしようか。部屋へと帰り、華恋はぼんやりと考える。
 取りあえず、図書館へ向かってみた。
 ここの本は、とても面白い物が多い。
「ポッター」
 図書室の扉に手をかけようとした時、声をかけられた。
 この声は、偽ムーディ……。
「何ですか?」
 華恋は、目だけをそちらへ向けて言う。
 扉を少しだけ開けて、叫べば中にも声が聞こえるようにしておく。若し扉の傍に人がいたら寒いだろう。悪いが我慢して貰うしかない。
「卵の事は、解けたかね?」
「はい」
「では、策も練ってあるかな?」
 やはり、と華恋は思う。
 やはり、彼は華恋の事もヴォルデモートの元へ送るつもりなのだ。
 華恋は再び、「はい」と答えた。嘘ではない。「泡頭呪文」を試そうと考えている。あの呪文なら、五巻で流行っていたぐらいだ。さほど難しい呪文でもないだろう。
 ――貴方の助けは必要無い。
 そして、貴方の思惑通りになんてなるものか。
「大丈夫です。もう考えてあります。心配して下さり、ありがとうございます」
 軽く頭を下げて、華恋は図書館に入った。
 扉を閉めてから、冷や汗が一気に噴き出る。
 華恋は、大きく息を吐いた。
 ――何だ、第一の課題の前もああいう話だったのか……。
 スリザリンと言えど、ポッターだ。どうやらゴブレットの時のように、ハリーへの対応と同様になるらしい。

 華恋は奥の棚へと向かった。
 薄暗くて、人気が無くて、でも奥で空気があまり良くない分、暖かい。今の時期にはとても素晴らしい場所だ。
 置いてあるのは魔法史の関連の本。
 華恋にとって魔法史の参考書は、まるで小説のようだった。非日常的でファンタジックな世界、その中で起きた事件、どうにも現実と言う実感が沸かない。けれどもだからこそ、楽しむ事が出来る。
 こんな薄暗い所で読んでたら、更に視力が悪くなってしまいそうだが。





 一冊を読み終えて、華恋はその場に自分以外の人物がいる事に気がついた。
 杖を耳に挟み、コルク栓のネックレスを掛けている。濁り色のブロンドの髪。眉毛が薄く、目は飛び出している。
 ――ルーナ・ラブグッドでは!?
 思いも寄らなかった原作キャラの登場に、華恋は胸が弾む。
 彼女は、じっと華恋を見ていた。
 ――え、何だ。……あ。
 ふと気がつき、華恋は背もたれにしていた棚を離れようと立ち上がった。
「ごめん。ここの本、取るの?」
 だとすれば、口で言えば良いのに。プレッシャーかけるみたいに立たれるのは、どうにも居心地が悪い。
 しかしルーナは、その場に立ったまま華恋をじっと見ている。
 更なる居心地の悪さを感じる。最早、最初に気付いた時の喜びは一切失っていた。
 一体何なのだろうか。
「あんた、カレン・ポッターだ」
「そうだよ」
 ――だから何?
 いい加減、イラついてくる。それでも笑顔を崩さない自分は凄いと思う。
 キャラとしては好きだが、実際話すのは疲れそうだ。
「あたし、あんたの事知ってるよ」
 皆知っているだろう。
「あんたもここ、使ってるんだ」
「ここは人が来ないからね。人がいたら、集中できないし」
「本当に?」
 ――え?
「あんた、いつも嘘吐いてるよね」
「……は?」
 思わず声に出た。
 ――何、それ……如何いう意味。
「あんた、いつも無表情だけど、それも嘘だもん」
「……」
 彼女の言いたい事が解った。
 ……本当に何なのだ、この子は。
 華恋は本を棚に戻すと、足早に寮へと戻っていった。





 ――わかってる。わかってるよ。
 華恋はこの世界に来ても、元の世界と同じ事を繰り返している。
 感情を押し殺して。思った事は、言葉にはせずに。
 そう。
 無表情だなんて、冷静だなんて、嘘だ。本当は感情の起伏は激しいし、いつも何か考えている。人を嫌がったりもする。
 でも、人が嫌いと言うのも嘘。
 一人がいいと言うのも嘘。
 「解放された」と言うのも嘘。……「利用されてた」「捨てられた」と思っている。
 一人は寂しい。
 誰かと、本音で話したい。
 けれど、華恋はそれが怖い。本音なんて、受け入れてもらえないのではないか。そう、思ってしまう。
 それは華恋自身が、そんな自分が嫌になってくるからだ。
 自分が嫌いな自分を、誰が受け入れると言うのか。
 怖い。
 怖い……。
 怖い――
 華恋は、誰にも「好き」とも「嫌い」とも思われていない事だろう。
 否、「嫌い」はある。スリザリン生だから。生き残った女の子だから。
 けれどそれは、「スリザリン生」や「生き残った女の子」が嫌いなだけであって、「私自身」ではない。
 でも……「本当の私」は――
 ――きっと、皆に嫌われる。
 本音を口にした途端、華恋はおしまいだ。
 だから、華恋は心を隠す。本音は決して口にしない。
 全て、押さえ込む。
 親友なんかいらないなんて嘘だ。「親友」でも「親」でも「姉弟」でも「彼氏」でも、名称なんて何でもいい。「本当の私」を受け入れてくれる人が欲しい。
 華恋だって人間だ。醜い。
 それに、子供だ。呆れるほど、餓鬼だ。
 それでも、受け入れてくれる人なんているのだろうか?
 華恋でも、嫌なのに。
 人間の醜さが嫌い。だから、自分自身が嫌い。
 最近は大人でさえも、子供っぽくて呆れてしまう。
 でも、華恋だって子供だ。華恋だって、親に誉められたかった。親に認めてもらいたかった。
 歌手とか女優とか漫画家とか小説家とか――小さい頃に描いた夢。その真似事なんてしてみて、他の人に褒められて。母親に、それを伝えた。
 返って来た言葉は、「今はそんな事をする時じゃない」
 欲しいのは、そんな言葉じゃなかった。

 小一の時――あの時からだ。義母は、「宿題を済ませてから、遊びに行け」と言った。華恋は、それを忠実に守った。姉達も守っていた。それが当たり前だった。宿題さえして授業を聞いていれば、小学校なんてついていける。小学校の内は、百点なんて当たり前。中学校の始めの内も、90点台が当たり前。
 だから、成績が落ちたら、それだけで色々と言われる。
 他の事なんて認めてもらえない。
 ――ねぇ、お義母さん。
 あの時……小一から言いつけを守っていなかったら、如何なっていたのだろう。
 もし華恋が、劣等生だったら。
 そして、小説や漫画を書いて「面白い」と言ってくれる人が現れたら。歌や演技を「上手い」と言ってくれる人が現れたら。
 ――そしたら……認めてくれたよね。
 だって、それが唯一のとりえと言う事なる。
 出来る事なら、あの頃からやり直したい。
 友達に避けられたのも、あれより後だ。小学校中学年。あの時、聞けば良かったのだ。
 逃げないで。
 中に入って、「如何いう事」と。そうしたら、吹っ切れた筈だ。
 入らなかったから、あの声が彼女の物だと未だに確信出来ない。違ったら如何しよう。若し、華恋の方が彼女を裏切っていたら。それが怖くて。
 だから、自分が嫌いだ。
 誰か……誰か、それでも友達になってくれる人はいるのだろうか。
 誰か、華恋を救って。
 この殻を破って、華恋を出して。
 「誰か」なんて、いない。変わらなきゃいけないのは、華恋自身。自分から動かなきゃいけない。そう、「自ら動かなければ始まらない」
 解っているのに。
 だけど、でも、救いを求めてしまう。
 だって、怖い。
 ――本や漫画を読みすぎだな。
 作り話みたいに都合良く、救ってくれる「親友」や「恋人」なんて現れる筈が無い。
 解っていても、動けない。光が怖い。醜い周りを見たくないからではない。……華恋自身が、醜いから。醜い自分を、周囲に晒したくないのだ。だから、華恋は殻に篭った。攻撃されたくなくて、殻には刺が出来た。それでは嫌われるから、嫌われるのは怖いから、その上に更にカバーを掛けた。
 華恋は何重にも閉じこもっている。
 光が怖くて。
 でも、完全な闇が怖くて。
 寂しい時や悲しい時、華恋は部屋に閉じこもっていた。電気はつけなかった。扉を閉めた。
 でも、暗闇は怖いから。
 押し潰されてしまいそうだから。
 勉強机の電気だけをつけた。華恋は光に背を向けて、闇を向く。光は嫌いなのに、光から離れる事は出来ない。
 華恋は冷静などではない。
『如何してこんなに冷血な子になったんだか……』
 かつて、そう言われた事があった。
 ――育ての親でも気づかないのね……。
 違う。
 違うのだ。
 それは、棘のついた殻。
 家では、一枚だけ壁が少なかった。カバーは掛かっていなかった。

 ルーナの言う通りだ……華恋はいつも、嘘を吐いている。
 人が嫌いなのではなく、自分が嫌いで、人が怖いから。
 華恋は誰もいない寝室で、自嘲めいた笑みを浮かべた。
「私、トリップしても何も変わってないじゃない……」


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「 Chosen Twin 」 目次へ

2010/01/12