夕方になってバイトが終わり、私は大きく欠伸をする。流石に、朝の三時からずっと起きっぱなしはキツイ。昨日、時間調整して寝ておくんだった。生活リズムを大きく変えないと。準備諸々で一時間前に起きるとして、いつ寝よっかな〜。
 バイトで疲れるのと、魔法使って偽札作っちゃうのと、どっちの方がソウルジェムの輝き保てるだろう。
 指輪の形のソウルジェムを、石のような原型に変える。戦闘はまだだから、目に付くような濁りは無い。ん〜……こんなんじゃ判んないや。
 と、ソウルジェムが淡く光を発した。
「うげぇ、魔女ぉ?」
 ほむほむがいるといいなー。マミさんでもいいや。私、戦いたくないー。
 魔法少女にあるまじきことを考えながら、気配を追って行く。
 人気の無いビルに入ろうとすると、背後から声が聞こえた。
「ここだわ!」
 駆けて来る足音は、複数の物。――今の声って。
 きょろきょろと辺りを見回し、見つけたポリバケツの裏に咄嗟に隠れる。
 ビルの前まで駆け込んで来たのは、四つの影。マミさん、まどか、さやか――そして、QB。
 落下して来た女性をマミさんが受け止めて、そして三人と一匹は中へと入って行った。
 あっぶなーっ!! 危うく、QBと遭遇するところだった。まだ早い。私は絶対に、ワルプルギスの夜まで生き残らなくちゃいけないんだ。ほむほむを一人で戦わせないためにも。
 私はそっと、ビルを後にする。
 もー、無理。限界。ここはマミさんに任せて、家に帰って一眠りしよう。





No.15





 陽が落ちる前に眠りに就いた私は、真っ暗闇の中目を覚ました。携帯を開けば、まだ夜の十時。
 ざわりと妙な胸騒ぎがして、寝ぼけ眼だった私は一気に眠気が吹っ飛んだ。
「嫌だなあ。夜もまともに寝られないわけぇ?」
 魔法少女になったからには、魔女を退治しろと。そう言う訳ね。どう足掻いても、そこは避けては通れない訳だ。
 まあ、魔女を狩らないとグリーフシードも手に入らないもんね。日常生活でもソウルジェムは濁るって、確か何かで読んだ気がする。いざって時に手持ちありませんって訳にはいかないしな。今後、さやかの事もあるし。
 ソウルジェムを手の平に乗せ、私は暗い町を歩く。夜風はまだ肌寒い。
 魔女狩りしなくても、誰か優しい人がグリーフシードを定期的に恵んでくれたりしませんかねー? 地道な作業に飽きが来て、早くもニート的発想。
 公園を通り過ぎた先の路地裏で、ソウルジェムの光は強くなった。――ここか。
 凄いなー。本当に分かるんだなー。
 妙に関心しちゃったりして。私はソウルジェムを掲げ、変身する。そして、魔女の結界へと飛び込んで行った。

 魔女は必ず笑うようにという決まりでもあるんだろうか。結界の中は、笑い声に満ちていた。
 どろりとした液体状の猫のような使い魔が、一斉に襲い来る。
 私は宙に手をかざす。ナイフが出現し、使い魔達へと飛んで行く。
 よっしゃあ! 百発百中!
 けれども、使い魔は後から後から湧いて来る訳で。ゲームみたいに命中させて喜んでいるだけって訳にはいかない。禍根を断たないと。
 ほむほむやマミさんは、別の所にいるのかな。だとすれば、この魔女は私が倒してしまわなきゃいけない。不安も大きいけれど、私がやらなきゃ他に誰もいないんだ。魔女を放置すれば、被害者が出る。
 使い魔を撃破しながら、私は結界の奥へと駆けていく。身体が軽い――は、やめておこう。死亡フラグだから。でも、まあ、夕方に比べて動きが楽なのは確かだった。寝不足って凄く影響あるんだな。QBが言ってたように感覚切り離すとやらをやれば、若しかしたらそう言うのも無くなるのかも知れないけど。
 奥まで行くと、重そうな扉があった。なんだか、ゲームのダンジョンみたい。いかにもラスボスステージ前って感じ。もっと元の世界にいて、最終回も無事放送されたら、まどマギのゲームなんてのも出る可能性あったんだろうか。
 そんな暢気な事を考えながら、扉を押し開く。
「こんばんはー、魔女さーん。ちょっと失礼するよー」
 わざと大声で言って。
 ……いやあ、流石にここまで来ると不安ゲージも振り切ってる訳ですよ。初めてだし、誰もいないし。ここで死んじゃったら、誰にも知られず助けも訪れずジ・エンドな訳で。
 左胸にエンブレムのように付いたソウルジェムに手を当て、私は深く息を吸う。そして吐く。――大丈夫。絶対に、負けるもんか。私は魔法少女になったんだ。ちゃんと、戦闘能力を持ってるんだ。
「よしっ。上月加奈、行っきまーす!」
 名前捨てたんじゃなかったのか、とかそういう野暮な話はこの際無し。今回こっきりだからさ。一度言ってみたかったんだよ!
 地を蹴り、大きく跳び上がる。大きな鍋のような形をした魔女。彼女の下には炎が燃え盛り、鍋に入った液体が時折はねる。あれ当たると……やっぱ、まずい事になったりするのかなあ。
 ナイフの大きさを短剣と呼べるぐらいに大きくして、一気に鍋へと放つ。鍋の下の炎が、突然ゴォッと燃え上がった。同時に液体が大きくはね、短剣に降りかかった。液体を受けた短剣は、ジュワッと嫌な音を立てて溶け、消え行く。掻い潜った短剣が何本か当たって、鍋は僅かに身をよじらせた。
 私の攻撃、ちゃんと効果あるみたい。でも、何だあの液体はっ! 反則だろっ! これなんて無理ゲー!
 はねて来る液体を避けて、短剣を投げて。どんなに繰り返しても、液体に行く手を阻まれて私の攻撃はいまいち届かない。
 不意に、魔女が身を縮ませた。……何ぞ?
 きょとんと見つめる私の前で、鍋は一気に膨張する。勢いにつられ、中の液体が上へと噴出した。
「え――嘘――」
 天井高く舞い上がった液体は、重力に従って私めがけて落ちて来る。駄目だ。間に合わない。逃げられない――
 しゅるしゅると黄色いリボンが私の腰に巻かれ、次の瞬間、ぐいっと私を引っ張り寄せた。
 つい今し方私のいた位置に、ざばあっと大量の液体が掛かる。
「危ない所だったわね。大丈夫?」
 マミさんは微笑む。私は、こくりと頷いた。
「うん――ありがとう」
「下がってて。後は私が片付けるわ」
 マミさんは帽子を脱ぎ、胸の前で横に動かす。その動きに合わせるようにして、マミさんの前に現れるマスケット銃。マミさんは素早くそれらを手に取り、次々と使い捨てながら弾を撃ち込んで行く。
 ――凄い。
 息もつかせぬ攻撃。だけど当のマミさんは、まるで舞うような優雅な仕草。
 魔女は鍋部分を大きく傾けてマミさんの動きを追うけれども、攻撃は到底当てられない。私はあんなにも、逃げるのに精一杯だったのに。
 ……やっぱり私は、無力なのだろうか。
 魔法少女になっても、足手まといにしかならないのだろうか。皆に守られるばかりで、私は何にも出来なくて。
 こんな弱い私がワルプルギスの夜に参戦したところで、ちゃんと戦力になれるのかな。私なんかが、ほむほむを救えるのかな。
 バチッと激しい音がして、私は我に返る。炎から、何かが飛び出した。滞空しているマミさんからは鍋で死角になっている。――気付いていない。
 私は地を蹴り、一気にマミさんの所まで飛び上がる。
「マミさん、危ない!」
「え?」
 私はマミさんの腰に飛びつく。炎に包まれた何かが、私達の直ぐ横を通過して言った。
 勢い余って壁に激突し、私は振り返る。結界の壁に突き刺さっているのは、炎に包まれた薪だった。
 私は理解した。鍋のような形の魔女。この魔女の本体は――
 壁を蹴り、魔女を飛び越え向こう側に回る。ナイフを飛ばして液体をそちらに集中させながら、短剣を片手に魔女へと切り込む。鍋がこちらへ傾いた。私がいるのは魔女の直ぐ傍。鍋の中の液体をかけようとする魔女は、大きく傾いている。
「今だ!!」
「ティロ・フィナーレ!」
 反対側で、マミさんが叫んだ。大きな銃から、金色の弾丸が放たれる。
 弾丸は真っ直ぐに、炎の中心へと撃ち込まれた。
 着弾点が爆発する。魔女はそのままマインスイーパのように連鎖して爆発し、消え去った。結界も消え、平穏な路地裏が姿を現す。

 呆然と立ち尽くしていると、マミさんが言った。
「――やるじゃない」
 マミさんは足元のグリーフシードを拾い上げ、そして、私に差し出した。
 私は目をパチクリさせ、マミさんを見つめる。
「使いなさい。今の戦いで、相当消耗したでしょう?」
「でも――止めを刺したのは、君だよ」
「あなたの機転が無ければ、無理だったわ」
 マミさんは私の右腕を取ると、無理矢理その手にグリーフシードを握らせた。
「私は、一度君に助けられてる。今日だってそう。君が来なければ――私は、あの液体をかぶって死んでいた」
「私だって、あなたが助けてくれなければ焼き殺されていたわ」
 ううー、何だこの譲り合戦。
 グリーフシードは欲しい。欲しいよ。こんな調子じゃ、私、この先ちゃんと集められるか不安大きいもん。ソウルジェムはきっと、浄化を必要としている。マミさんの言う通り、今の戦いで随分と消費してしまった。でも、だからこそ。私が使ったら、それで終わっちゃいそうだから。独り占めなんて、気が引ける。
 きっとマミさんは、それを解っていて私に譲っているのだ。
「それじゃあ、こういうのはどう?」
 マミさんは、ぽんと手を打った。
「私とあなた、二人で組んで魔女を退治するの。次に魔女を退治したときには、私がグリーフシードを貰うわ。それなら、おあいこでしょう?」
 うーん……それなら、そうかな?
 今の私じゃ殆ど足手まといだろうから、配当が平等でいいのだろうかって気もするけど。寧ろ、何だかマミさんに戦い方教わるようになりそう。私としては助かるけど……。
「……君に、負担にならない?」
 マミさんは目を瞬く。
「私、つい先日魔法少女になったばっかりで……。さっきの通り、戦闘も弱い。君の足を引っ張る事になるんじゃないかなって……」
「そんな事無いわ。それに、だったら尚更一緒に組んだ方が良さそうね。あなたも魔法少女になったなら、立派に一人で戦えるようにならなくちゃ。闇に蔓延る魔女を倒す、可愛い後輩だものね」
 そう言って、マミさんは嬉しそうに笑う。
 優しいんだなあ、この人……。ただ……まどかを魔法少女に引き入れようとするのは、ちょっと賛同出来ないけど。
 ハッと我に返り、私はきょろきょろと辺りを見回した。マミさんはきょとんとする。
「どうしたの?」
「……キュゥべえは? 一緒じゃないの?」
「今夜は、鹿目さんの所に行っているわ。――あ。鹿目さんって言うのはね、私と同じ学校の生徒で……」
「知ってる」
 そうだ。QBは、まどかの家まで付いていって営業真っ最中。と言う事は、夜なら一緒にいない訳だ。
「鹿目まどかも、美樹さやかも、キュゥべえが彼女達を魔法少女に誘っている事も、全部知ってるよ。君が、彼女達に魔法少女の戦いを見せている事も」
「え――?」
 私は、キッとマミさんを見据えた。
「巴マミ。一つだけ、お願いがある。――私の事は、誰にも言わないで。特にキュゥべえには、決して話さないで欲しい。私はまだ、あいつとは接触したくない。だから、君がキュゥべえと一緒にいる時は、一緒に組む事は出来ない。今日みたいに、キュゥべえがいないときだけ――それでも、いいかな」
 お願い。
 QBには、QBにだけは、まだ知られる訳にいかない。
 私は、ワルプルギスの夜まで生き残らなきゃいけないから。ほむほむを一人にする訳にはいかないから。
 マミさんは戸惑うように私を見つめている。
「条件なんて出せる立場じゃないって解ってる。でも、私は救いたい人がいるから。叶えたい願いがあるから」
「魔法少女なら、皆、何らかの願いを背負っているでしょうね」
 マミさんは微笑んだ。
「いいわ。何か訳アリってわけね。悪い子じゃないみたいだし、これからよろしくね。えーと……」
「名前は無いんだ。好きに呼んでくれればいいよ」
 マミさんはちょっと眉をひそめたけど、訳アリってことで察してくれた。
「そうね……じゃあ、『おうめ れいら』ってどうかしら」
 青梅れいらか……まあ、いいかも。下の名前が若干、西洋っぽいけど。今後、その名前名乗るかな。
「煌く愛に、綺麗の麗と森羅万象の羅で、煌愛麗羅。どう?」
「却下」
 思わず、私は即答した。
 いや、だって、ムリ! 何そのDQNネーム! 中二病にもほどがあるよ! だったら、好きな子からパクっちゃった穂村明海の方がずっとマシ!
「もう、服の色からの小豆でいいや……」
「どうして? 素敵な名前だと思ったんだけど……」
「あずきでいい」
 私はかたくなに、キラキラネームを拒否する。
 マミさんは不満げに、頬を膨らませていた。


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2011/06/14