ハグリッドは戻って来た。
 戻ってきてからのハグリッドの授業は「まとも」だった。それどころか、グランブリー-ブランクよりも良いかも知れない。
 授業後、一人で次の教室へ向かおうとすると、ハリーがグリフィンドールの団体の中を抜けてやってきた。ハリーに言われるがままに、グリフィンドール生達ともスリザリン生達とも離れた所を歩く。
 ハリーは暫く目を泳がせていたが、やがて意を決したように言った。
「あのさ……カレン。第二の課題はわかったんだけど、方法が思いつかなくって……」
「つまり、教えてくれと?」
「別に、最適な方法じゃなくてもいい。カレンが読んだ本の中で、僕は如何してた?
僕がする事を聞くなら、別に反則じゃないと思うんだ」
 とうとう魔が差したか。確かに反則ではないが、それは卑怯ではないのだろうか。
 華恋は呆れて溜め息を吐く。
「大丈夫だよ。私が教えなくったって、本の中のハリーはちゃんと課題を達成してたから。
私が言う必要はないの。私が何も言わなければ、ハリーは自分の思ったままに行動するでしょ? そしたら本の通り、課題も達成できるよ」
「……本当に?」
「嘘言って如何するの。私はハリーに気休めを言ってやろうなんて、優しくなんかないよ」
「だよね! そっか。良かった。ありがとう」
 ハリーはホッとしたように言って、ロンやハーマイオニーの方へと戻って言った。
 華恋は、「だよね」とあっさり肯定された事に静かに腹を立てていた。





No.16





 とうとう、当日になった。
 前日に早過ぎと言うぐらい早く寝たから、まだ外は真っ暗だ。ルームメイト達の寝台も、全てカーテンがかかっている。
 ――さて、おさらいでもするか。
 まず、泡頭呪文をかける。
 それから、服には防水の呪文を忘れずに。これを忘れると、ローブが水を吸って重くなってしまうだろう。
 問題は、湖の底まで潜れるか如何か……。それについては、始まる前に大きな石でも拾っておけば大丈夫だろう。石ならば、帰りは捨ててくれば良い。
 そうだ、腕時計は外して置かなくてはいけない。
 未来を知ってると、楽だ。
 ただ、未だに華恋にも分からない事があった。――華恋の「失いたくない人」とは、誰なのか。
 こちらには、親友なんていない。否、「こちらには」ではない。こちらでも、あちらでも。
 皆は親友だったり、恋人だったり、妹だったり。華恋には――誰も、いない。誰もいない……。





 刻々と、開始時刻が迫って来る。
 華恋の足元にはやっと持ち上げられる程度の、大きな石。
「ハリーは一体、如何したんだろう? カレン、君、何か聞いてないかい?」
「何も」
 ディゴリーは心配そうに、城の方を見る。
 クラムとフラーも、口には出さないものの城の方をちらちらと見ている観客達も、審査員達も、ざわついている。
 緊張感に満たされる中、華恋はのほほんとそれを眺めていた。
 ――ホント、凄い人数だなー。
 不意に、ざわめきが変わった。
 ハリーが来たのだ。
「到着……しました……」
 ハリーは肩で息をしている。
 パーシーの非難がましい声がする。
 ――やっとか。
 華恋は、ポケットから杖を取り出す。
 ハリーは、華恋とは反対の端に立たされた。バグマンが審査員席に戻り、声を響かせた。
「さて、全選手の準備が出来ました。第二の課題は私のホイッスルを合図に始まります。選手達は、きっちり一時間の内に奪われたものを取り返します。では、三つ数えます。
いーち……にー……さん!」
 ホイッスルが鳴り響いた。
 拍手と歓声でどよめく中、泡頭呪文、続いて防水の呪文を唱える。こんなところで失敗したら、情けないにも程がある。
 石に手をかける。しかし、動かない。華恋の顔に焦りが表れる。しまった、重過ぎた。
 ――ぬぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!
 心の中で雄叫びを上げ、何とか持ち上げる。そして石を胸に抱え込んだまま、ずしずしと湖へと入って行く。
 冷たさに声にならない悲鳴を上げた。
 ――冷たい! 死ぬ!!
 防水しても、冷たさは伝わってくる。足が切れそうなぐらい痛い。まるで氷水のよう。このまま入っていったら、心臓麻痺しないだろうか。とは言え、石を抱えたこの状態でかけ湯ならぬかけ水は不可能だ。
 ――もうっ。
 心臓止まったら、その時はその時だ!
 自棄になって、バシャバシャと駆けて入っていく。
 頭の天辺まで水に浸かった。痛みのあまり、早くも感覚が麻痺している。抵抗に押されながらも、前へ前へと進んでいく。
 湖底までどれぐらいだろうか……。





 段々と暗くなっていく中を、ただ前へ前へと歩いていた。
 不意に、足元が無くなった。ガクンと下がり、石の重みで落下していく。
 今まで歩いてきたのが大陸棚と言う物だろうか。
 ――ってか、湖に大陸棚ってあるの!?
 華恋は再び、声にならない悲鳴を上げていた。

 程なくして、地面が現れた。水で柔らかくなっていて、足が泥にずぶずぶと埋まっていく。
 危険だと全身が叫んでいる。
 暗くて何も見えない。取りあえず、杖を出す。
「ルーモス」
 ぽうっと杖先に灯りが灯った。
 華恋の周囲には、落下した事による泥が巻き上がっている。
 ――見えねーよ。
 浮かないと、先には進めない。石が重すぎるのか……。
 浮くには、水と同じ重さでなくてはならない。重いと動けないが、水より軽いと上まで行ってしまう事になる。
 何か無いだろうか。
 軽くなる呪文――
 水中で「ヴィンガーディアム レヴィオーサ」をしたら如何なるのだろうか。
 否、駄目だ。理論的に無理がある。華恋は、石と共に自分も浮かせなくてはいけなくなるのだから。それに若しあれが軽くする呪文なら、空気より軽くなってしまう。
 如何する。
 足が疲れてきた。膝の辺りまで沈んでいる。
 ――そうだ!
「レデュシオ」
 石を少し、小さくしてみた。
 途端に、身体が浮き上がる。――成功だ。
 泥を抜けた。「エンゴージオ」と「レデュシオ」を繰り返して、石の重さを調整する。
 ――さーて、行きますか!
 華恋は杖を前方に掲げた。
「ルーモス!」










 それにしても華恋は、泳ぐのが遅い。伊達にクロールの20秒泳の記録がクラス下位だった訳ではない。――こんな皮肉な「伊達に」の使い方は、したくないものだが。でも、遅いなんて事は最初から分かりきっていた事だ。
 暫く泥地を泳いでいると、声が聞こえてきた。
『探す時間は一時間 取り返すべし、大切なもの……』
 とうとう来た。
 一体、華恋は誰を救わなくてはいけないのだろう。
 背後から、誰かに抜かされた。――ディゴリーだ。
 どうやら華恋は、二番目だったらしい。悔しい。ハリーはあの場で他の選手たちを待つ。抜かれなければ、華恋が一位になれたかも知れないのだ。
 けれどディゴリーの泳ぎを見ていると、その悔しさも薄れて行った。あの速さでは、どの道、華恋は抜かされていた事だろう……。

 大きな岩が見えてきた。岩には、マーピープルの絵が描かれている。
 間違いない、こっちだ。
 岩を通り過ぎると、そこはマーピープルの村だった。家々の窓から、マーピープルが顔を覗かせている。決して、楽しい光景とは言えない。はっきり言ってしまえば、気色が悪い。
 けれど今の華恋には、水中人の気味悪さよりも誰が囚われているのかの方が気になっていた。華恋は誰の為にこんなに感覚麻痺して、泥まみれになっていくのか。
 マーピープルは近付いてくるが、襲っては来ない。思い返せば、グリンデローにも何にも襲われていない。何とも運の良い事だ。





 空き地に出た。
 ディゴリーはもう、チョウをつれていったようだ。
 マーピープルの歌唱団が歌っている背後にある、大岩を削って作られた像。その尾の部分に五人の人影が見える。三人は縛りつけられ、一人はその周りでもう一人を抱えて、不安そうに辺りを見回している。
 華恋はそちらへ泳いで行った。
 段々と、五人の顔が見えてくる。縛られていないのは、もちろんハリー。ハリーに抱えられているのはロン。縛られているのは女子が三人。ハーマイオニー。ガブリエル。そして――パンジー・パーキンソン。
 思わず立ち止まった。
 進む事が出来ない。
 ――何。
 如何して。
 華恋は、パンジーを失いたくないの?
 元々、ただのルームメイトではないか。なのに……。
 嘘だ。
 華恋は、誰も信じない。誰も親友ではない。信じてなんか、いない――!
 ゆっくりと、五人の方へ泳いで行く。兎に角今は、課題の最中だ。
 ハリーの口から、銀色の泡が現れて浮かんで行った。「カレン!」とでも叫んだのだろう。
「クラムは来た?」
 華恋の口パクでの問いに、ハリーは首を振った。
 そっか、と華恋は小さく呟く。来ていないのか。
 さて、如何しよう。ここでパンジーの縄を切って連れて帰っても、ディゴリーに負けた。確か、ディゴリーは一分オーバーで、四十七点。ハリーは四十五点で、ディゴリーと同点一位になる。ここで二番目に戻って、四十五点以上を取れるだろうか。
 連れて行く途中でクラムに抜かれると言う可能性もある。何せ、ディゴリーには後から来たのに、あれだけ差を広げられてしまったのだ。
 戻っている途中に抜かれたら、三位……。点数で言えば、四位だ。それはあまりにも悔しい。
 ――よし。
 ここは、ハリーと共に「道徳的点数」を狙おうか。それなら、「三着」を維持出来る。
 打算的な考え方だ。でも、感情だけで行動していたら世の中やっていけない。
 ハリーは華恋が何も持っていないと思ったのか、尖った石を差し出した。
 華恋は首を振る。そして、口パクで「私もクラムとフラーを待つ」と告げた。
 その時、マーピープルたちがギャーギャーと騒ぎ出した。鮫頭のクラムが来たのだ。クラムは、ハーマイオニーの縄を噛み切ろうとする。華恋は、一月にホグズミードで買ったナイフをクラムに渡した。ハリーの石よりも、こちらの方が切りやすいだろう。
 クラムはハーマイオニーを救い出すと、浮上していった。
 これで全員。フラーは来ない。
 華恋はクラムから返されたナイフで、パンジーの縄を切る。ハリーは目を見開いて、ガブリエルを指差した。口からは銀の泡が出てくる。「この子は如何するの」か、「ここに残るんじゃないの」といった所だろう。
「フラーは来ない」
 華恋は口パクをした。
 パンジーを抱えると、石を捨て、ガブリエルを縛っている縄に掴まる。
 そして、ナイフで縄を切り始めた。
 マーピープルが、腕を掴んだ。華恋はナイフを持ったまま、振り返る。ナイフをしまって、杖を取り出した。確か、マーピープルは魔法に対抗する術を持っていない筈だ。
 マーピープルの表情を見て、ハリーも参戦した。ハリーが指を三本立てる。それを、一本ずつ、ゆっくりと折っていく。マーピープルは、散り散りになって逃げていった。
 華恋は救出作業を続行する。
 縄が切れた。
 ローブは防水して水を吸っていないから、重くはない。
 ガブリエルの右腕をハリーが、左腕を華恋が抱える。それぞれ自分の人質もしっかりと抱え、浮上していった。ハリーは防水していないから、鰭を使って浮上する。
 急に、スピードが落ちた。
 見れば、ハリーは元通り、普通の人間の姿に戻っている。
「もう少し、頑張って!」
 そう、言った時だった。
 息を吸おうとしたら、水が一気に流れ込んできた。
「――っ!!」
 息が出来ない。
 苦しくて、苦しくて、抱えているパンジーのローブをギュッと握る。
 もう、何が何だかわからない。
 兎に角、地上へ戻らなければ。
 ここで気絶したら、点数はハリーのものだ。華恋の事も、ハリーが救った事になってしまう。
 気絶だけはしないようにする。
 このまま行けば、地上へ浮上するのだから。
 突如、周囲の抵抗力が弱まった。酸素が肺に流れ込んでくる。
 ……着いた。
 気絶していた三人が目を開けた。パンジーは、寝ぼけたように辺りを見回している。
「ビショビショだな、こりゃ」
 ロンの声がした。
「何の為にこの子を連れてきたんだい? それに――如何して、彼女と一緒なんだ?」
 ロンは、華恋を見て露骨に顔を顰めた。
 華恋は冷たい視線を返す。
「フラーが来なかったから、私とハリーはこの子を連れてきたの。一人残す訳にはいかないでしょ?」
 ロンは驚いたようだが、それでも認めたくないようだった。
「ドジだな。君達、あの歌を真に受けたのか? ダンブルドアが僕達を溺れさせる訳ないじゃないか」
「だけど、歌が――」
 ハリーは本気で言っている。
「制限時間内に間違いなく戻れるように歌ってただけなんだ! 英雄気取りで、湖の底で時間を無駄にしたんじゃないだろうな」
「あら、助けてもらったってのに随分酷い言い方をするのね、グリフィンドール生って」
 パンジーだ。
「別にポッターを庇う訳じゃないけど。グリフィンドールの友情なんて、その程度なのね」
「何だって!?」
「やめなよ。この子、怯えてるよ」
「……行こう」
 ハリーは、しょんぼりと言った。

 岸辺まで近付くと、パーシーが水しぶきを上げてロンへ駆け寄った。
 フラーは取り乱している。
「ガブリエル! ガブリエル! あの子は生きているの? 怪我をしてないの!?」
「大丈夫よ!」
 華恋もハリーも疲れきっていて、ロンはパーシーに抵抗するのに忙しい為、パンジーが答えた。尤も、これがハリーとロンには気に食わなかったようだが。
 ダンブルドアはマーピープルの長と思しき人物と話し始めた。
 華恋達は、厚い毛布に包まって結果を待っていた。





 結果。
 ディゴリー、47点。
 ハリー、45点。
 クラム、40点。
 フラー、25点。
 華恋は、43点だった。
 ハリーと同点とは行かなかった。下に到着したのは、三番目だからだろう。

 ……その日、人質になった事について、パンジーは何も言わなかった


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2010/01/19