見滝原は、絶好の狩場らしい。
 昨日あの後に、もう一体。今夜も、深夜回る前に一体。私がまだ寝ているような時間にもまどかやさやかの前で一体倒したそうだから、今夜はこれで二体出現した事になる。尤も、その中には使い魔も含まれているのだけど。
 それだけぶっ続けで戦えば、流石に戦闘にも慣れて来た。グリーフシードの配当も、一巡した。――そろそろ、頃合かも知れない。
 次の魔女を探して公園に入りながら、マミさんは私を振り返る。
「随分と慣れて来たんじゃない? 最初の頃に比べて、ずっと良くなったわ」
「ありがとう。マミのお陰だよ」
 マミさんは微笑む。そして、また何か言い出した。
「そろそろ、必殺技を考えなきゃね『アルティマ・シュート』ってどう? 『ティロ・フィナーレ』かこれか、最後まで悩んだのよね」
 いや、そんなどや顔で言われましても。
「要らない。却下」
「そうね……。あなたの場合、狙撃とは違うものね。それに、二つ比べて不採用にしたものを使い回すっていうのもアレだし……また考えなくちゃ。あなたは、何か希望ある?」
「無いよ。必殺技自体、要らないって言ってるの」
 マミさんは何も返さなかった。ソウルジェムを指輪の形にし、辺りに視線を走らせる。
 ふと、噴水の流水音が止まった。足音。噴水が動き出す。私は振り返る。そこにいるのは、長い黒髪の少女。彼女は、マミさんを見つめていた。
「わかってるの? あなたは無関係な一般人を、危険に巻き込んでいる」
「彼女達はキュゥべえに選ばれたのよ。もう無関係じゃないわ」
 マミさんは振り返り、不敵な笑みを浮かべてほむほむを見上げる。
 ほむほむは、無表情だ。
「あなたは二人を魔法少女に誘導している」
「それがおもしろくないわけ?」
「ええ。迷惑よ。……特に、鹿目まどか」
 マミさんの笑みが濃くなる。
「ふーん? そう……あなたも気付いてたのね。あの子の素質に」
「彼女だけは、契約させるわけにいかない」
「自分より強い相手は邪魔者ってわけ? いじめられっこの発想ね」
 ……何、その言い方。
 ほむほむがまどかの契約の邪魔をするのは、グリーフシードとかそんなの何も関係無いのに。
 まどかを助けるために。契約を阻止するために。そのために、何度も繰り返し続ける彼女。私は、彼女を一人にしないって決めた。
「あなたとは戦いたくないのだけど」
 言って、彼女は髪を払う。
 ほむほむは至って冷静。……きっと、何度もこんな世界を繰り返して、もう慣れてしまっているのだろう。それって、なんだか悲しいよ。
「なら、二度と会う事の無いよう、努力して。話し合いだけで事が済むのは、きっと今夜で最後だろうから。
 さ、行きましょう」
 マミは私に言って、ほむほむに背を向ける。
 私はほむほむを振り返りつつも、その後に続いた。
「……君は、彼女達を魔法少女にしたいの?」
 ほむほむの姿が見えないぐらいに離れて、私は尋ねた。
 マミさんは、きょとんと私を振り返る。
「鹿目まどかと美樹さやか……君は考える機会を与えると言いながら、引き入れようとしているように見える。魔法少女はカッコイイばかりじゃないって、いつでも助けられるわけじゃない、何でもできるようになるわけじゃないって、君も知っているだろうに」
「……あなたも、暁美さんに賛同って事?
 少し戦闘に慣れて来たからって、ちょっと驕り過ぎじゃないかしら。グリーフシードの取り分が減るからって……」
「誰もそんな話してない。魔法少女は希望にあふれた存在なんかじゃないって、君も知っているはず」
「何も――そこまで――」
「じゃあ、どうして君は一人ぼっちで戦っているの?」
 ずっと一人ぼっちで、不安で、怖くて、泣いてばかりで。そう、アニメのマミさんは言っていた。
 魔法少女に希望があるなら、そんな事あるわけない。
「二つ返事出来るほど叶えたい願いがあるわけでもない。魔法少女なんてならなくても、平穏無事に幸せに暮らしている。そんな二人をわざわざこちらに引っ張りこむ事なんて、ないんじゃないかな」
「それは、本人達が決める事よ。あなた達が邪魔するような事じゃない」
 ……平行線、か。
 彼女は絶望に目を向けようとしない。まあ、だからこそ今もまだ魔法少女として生きていられるのだろうけど。
 私はふいと背を向け、歩き出す。
「今までありがとう、巴マミ。グリーフシードも一巡した事だし、これからは別行動を取らせてもらうよ」
「そろそろ戦いにも慣れて来たことだし、独り占めしたいってわけ?」
 ぴたりと私は足を止める。
「……嫌な言い方するんだね、君。優しい人だと思ってたのに。暁美ほむらに対しても、あんな言い方……。自分と相対する考えだって判った途端、手の平返し?」
「それはどちらのことかしら?」
「……」
「残念ね。あなたとは、良いコンビを組めると思ったのだけど」
「……それは、思い違いだよ。私は元々、借りを帰すためだけのつもりだったから」
 私はマミさんに背を向けると、足早にその場を立ち去った。
 ――どうして私は、いつもこんな別れ方になるんだろう。





No.16





 新聞配達のバイトを終えると、駅前の事務所に直行。ディレクターさんと合流して、今日配る物を受け取って。通勤通学で駅を利用する人々を対象に、笑顔で手渡していく。今日はポケットティッシュだから、すごく受け取りがいい。チラシだと、本当辛いんだよね……酷いときには、露骨に嫌な顔されちゃうし。こっちだってバイトだからやってんのよー。怪しい業者か何かみたいに見るのはやめてー。
 通勤通学ラッシュの時間を過ぎると、交代で休憩に入る。昼頃になるとまた、お昼に出掛ける人や買物客相手に配って。ピークを越えたら、お昼休憩。
 一時間も休憩時間があっても、パン一袋なんて直ぐに食べ終わってしまう。ちょっと仮眠を取って、携帯電話のバイブ音で私は起きる。三時。よし、あと一時間。
 休憩していた事務所を出ようとした時、ぞわりと嫌な感覚が身体を駆け巡った。えー……こんな早い時間から?
 身体の陰で、ソウルジェムを確認する。小豆色のソウルジェムは、強く光っていた。
「……」
 私はじっと、ソウルジェムを見つめる。無言のまま、数ヶ月前に見たアニメの内容に思いを巡らせていた。
 忘れるわけがない。大反響を起こした第三話。いじめられっこの発想ね。その、翌日。
 間に数日あるのかも知れない。……でも、無いのかも知れない。
 彼女は、まどかやさやかを魔法少女に引き入れようとしている。彼女もまた、QBに騙されて。疑おうともしないで。そして、QBの甘言に口添えするかのように。
 でも……だからって見捨てられるほど、私、割り切った考えなんてできる人じゃない。
 私は、ディレクターの所まで駆けて行った。
「あれ。穂村さん、早いねぇ。まだもうちょっと休憩時間あるけど」
「ごめんなさい、違うんです! すみません、私、用事ができちゃって……直ぐ行かなきゃいけなくて……! ごめんなさい!」
 彼は、ちょっと渋い顔をした。当然といえば当然なんだけど。でも、私だって引けない。
「困るなあ……。それは、今すぐじゃないと、どうしても駄目なの? 後一時間ぐらいで終わるけど」
「それだと多分、もう……」
「因みに、用事っていうのは?」
「病院に呼ばれたんです。家族では、ないんですけど……。会ったばかりだけど、お互い似た境遇で……彼女、凄く好くしてくれて……」
 きっと、ソウルジェムが示す先は病院。ここから病院は、近い。きっとさっき、グリーフシードが孵化したんだ。
 病院で出会う魔女――お菓子の魔女、シャルロッテ。
 早く行かないと。
「――そうか。それなら、仕方無い。行っておいで」
 両親がいない。一人暮らし。履歴書を出す際にそれを知っていたディレクターは、私の心中を察してくれた。
「ありがとうございます!」
 頭を下げ、私は駆け出す。
 お願い、ほむほむ。時間を、止めて。
 願わずにはいられない。けれど、周囲の動きが止まる様子は無くて。きっと、ほむほむは既にマミさんのリボンに縛られている。
 想定外だった。こんなに早い時間だったなんて。
 まどかとさやかが病院に寄るなら、きっと放課後。四時にバイトを終えて、その後で間に合うだろうと思っていた。これまで、それで間に合っていたのだから。今日は短縮授業か何かだったのだろうか。しくじった。見滝原中学の時間割や行事予定を確認しておくんだった……!
 病院に近付くごとに、ソウルジェムは輝きを増す。
『巴マミを助けようなんて考えてはいけない』
 ふと、脳裏に一人の少女の言葉がよみがえった。私をこの世界に連れて来た、一つ前の時間軸の私の言葉。彼女は言っていた。マミさんの死は、定められた運命なのだと。
「でも……そんなの、『はい、そうですか』なんて受け入れられるわけないじゃない」
 病院の裏手。他に人はいない。自転車置き場は……あった! 私は自転車置き場に駆け寄り、辺りの柱を見回す。
 あった、あった。一箇所だけ、ひび割れ黒ずんでいる。私はそこに、ソウルジェムをかざした。白く光る結界への入口。
 迷わず、中へと駆け込んでいく。背後で入口が閉じようと、振り返ったりなんかしない。ただ真っ直ぐに、クッキーやらビスケットやらの並ぶ道を突き進んでいく。宙には小瓶が浮かび、はさみやメスなどの医療器具がその中に入っている。――間違いない。シャルロッテだ。
 坂を上っていった所で、私は前方に張るリボンの網を見とめた。
 四方から伸びる、黄色いリボン。大きな結び目には、鍵のマーク。
 縛り上げられた少女は、私に気付き振り返った。
「あなた、昨日の……」
 私はナイフを手中に出す。ほむほむは僅かに焦りを見せる。
 ……大丈夫。私は、あなたの敵じゃない。
 私の投げたナイフは、マミさんのリボンを切り裂いた。自身が切り裂かれるとばかり思っていたのだろう。身構えていて反応に遅れたほむほむを、私は受け止めて地面に下ろす。
 ほむほむは警戒と驚きと、入り混じったような困惑の表情を見せていた。
「あなた、一体……」
「話をしている時間は無い。今回の魔女に巴マミが敵わない確率が高いという事は、君もよく知っているはずだよ」
 ほむほむは無言で、私をじっと見つめる。
 時間が流れる。私は急くばかり。
「急いで。暁美ほむら。せめて時間を止めて。
 私は行けない。まだ、キュゥべえに会うわけにいかないから。君にお願いしたい」
 周りで浮遊する小瓶の上下が止まった。
 ほむほむは背を向け、奥へと駆け去って行く。私は、その背中を見送った。
 私は行けない。ほむほむなら、時間を止められる。マミさんに縛られてさえいなければ、きっとマミさんが殺される事も無かった。
 ――そう、思っていた。

 間も無く、結界が歪み出した。私は咄嗟に結界を抜け、角を曲がった先に隠れる。
 結界が完全に晴れ、自転車置き場の横にまどかとさやかが姿を現した。まどかはその場に座り込み、さやかは立ち尽くしている。二人は向こうを向いていて、こちらからその表情は見て取る事ができない。QBの前にグリーフシードが落ちてきた。自転車置き場の向こう側から姿を現したほむほむが、それを拾う。
 あれ……? マミさんは?
 私は呆然と、彼女達を見つめる。視線を走らせるけど、その場にマミさんの姿を見て取る事はできない。
 ねえ、マミさんは?
 さやかが、ほむほむに食って掛かっている。はっきり何を言っているかまでは聞こえない。ほむほむは彼女の横で足を止めた。
 マミさんは? ねえ。だって私、ほむほむを解放したよ? ほむほむ、マミさんが死んじゃう前に向かったんだよ? 時間止めたよ? ねえ。
 ねえ。どう言うことなの? なんでマミさん、いないの? なんで? ねえ、なんで?
 ほむほむが角を曲がって目の前に現れる。感情を押し殺した瞳が、私の視線と重なる。
「マミ……は……?」
「巴マミは、魔女との戦いで命を落とした。……私が追いついた時にはもう、魔女の歯が彼女のソウルジェムにひびを入れていたわ」
 それって……つまり……。
「感謝するわ。巴マミには間に合わなかったけど……魔女が次の獲物に移る前に、仕留める事が出来た」
 ほむほむは淡々と言って、去って行った。
 私は呆然とその場に立ち尽くしていた。
 間に合わなかった。原作に比べれば、ほむほむの到着は早まった。しかしそれでも、マミさんの死には間に合わなかった。――ほむほむが到着したのは、シャルロッテがマミさんの頭を砕いている瞬間。
 リボンを切り裂いた時点では、マミさんは生きていた。亡くなったのは、それからほむほむが時間を止めるまでの短い時間。
「うそ……うそ……!」
 頭を抱えてしゃがみ込む。
 よみがえるのは、かつて私が上月加奈だった頃に言い諭された言葉。
『暁美ほむらを好きならば――彼女を大切に思うなら、巴マミを助けようなんて考えてはいけない』
 私がした事は、ほむほむをより無残な瞬間に直面させてしまう事。
 そして何より、「助けられたかもしれない」という猶予を与え彼女を自責の念に追い込んでしまう事だった。


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2011/06/19