第二の課題の後暫くは、スリザリン生に囲まれる事が多かった。突き放しはしないが、必要以上の返事はしない。
それも、一週間もすれば集まらなくなった。
また、同じ日常が戻ってくる。
華恋は、一人。
人質を選んだのは、一体誰なのだろう。見当違いにも程がある。失うも何も、元々親友でも何でもない。華恋はいつも、一人だと言うのに。
『華恋は、一人でも平気な子だからね』
――人と一緒にいたいとは思うよ?
でも、別に一人だと寂しかったり心細かったりする訳ではない。
それはやはり、一人でも平気と言う事なのだろうか……。
No.17
午後の授業は、グリフィンドールと合同の「魔法薬学」だ。華恋は昼食で空いている席がなかなか見つからなかった為、スリザリンの団体より後になってしまった。
地下牢教室へ向かう途中、ハリー達を追い抜いた。
「あ、カレン!」
ハリーに呼び止められ、華恋は振り返る。
態々呼び止めるとは、珍しい。何の用だろうか。
三人は辺りをキョロキョロと見回し、コソコソと近付いてきた。そして、声を低くしてハリーが言った。
「今度のホグズミード、誰かと約束してる? 途中、一人で来て欲しいんだけど」
「うん、わかった。でも、如何して?」
そもそも、誰とも約束をしていない。寧ろ今度の土曜は、読書でもしようかと思っていた。
ハリー、ハーマイオニー、ロンはもう一度辺りを見回す。
「シリウスから、手紙が来たんだ。
土曜日の午後二時、ホグズミードから出る道に柵があるから、そこにいてって。食べ物も持てるだけ持っていって。OK?」
「うん。食べ物は如何だかわからないけど。出来れば、ね」
それだけだろうか。
如何やら続く様子も無いので、華恋はまたスタスタと歩いていく。一緒に行くのはよろしくないだろう。
教室の前まで来ると、皆で何かを取り囲んでいる。辺りにはクスクス笑いが絶えない。
華恋は首を傾げる。
――バッジはもう、ずっと前にあったし……。
「カレン! 貴女もおいでなさいよ!」
パンジーに手招きされ、私は人混みの中を掻き分けてそちらへ行く。
人混みの中心にあるのは、パンジーが手にした雑誌だった。
「週刊魔女」
パンジーは何故か得意げに表紙を捲り、真ん中のページを開いた。「ハリー・ポッターの密やかな胸の痛み」という記事だ。
「ああ……スキーターね……」
華恋の呆れかえった声を如何取り違えたのか、パンジーは満足げだ。
「面白い記事になっていると思わない? 正直言って、私、グリフィンドールのポッターの方はそんなに興味なかったのよ。でも、リータ・スキーターはグレンジャーの記事も書いてくれたわ! クリスマス・パーティーで代表選手のパートナーになって、調子に乗っていたんだもの。これくらい、いい薬よね」
ハーマイオニーがいつ、調子に乗ったと言うのだろう。
他の子達も加わり、話はどんどんハーマイオニーの悪口の方へと向いていく。
「彼女、絶対に自分の事可愛いって思ってるわよ。じゃなきゃ選手のパートナーなんて遠慮するはずだわ」
――貴女は如何なんですか。
「知ってる? グレンジャーったら、魔法であの馬鹿みたいに大きな前歯を小さくしたのよ」
――怪我の功名って奴でね。
「うっそぉ! じゃあ、この記事も強ち間違いじゃないんじゃない?」
――否、それは絶対間違いだと思います。
「っていうかさ、この記事通り『愛の妙薬』でも使わない限り、グレンジャーがクラムに選ばれる筈がないじゃない!」
――へぇ、君はクラムのファンなのか。
「そうよねぇ〜」
――そうか?
思わず一言、一言に心の中で突っ込んでしまう。これら全てを口に出して言ったら、おしまいだろうなどと思いながら。
ドラコ、クラッブ、ゴイルも人垣の中心部にいるが、女子達がハーマイオニーの陰口を叩く中で何も言えずにいる。「女子は怖いな」とでも思っている事だろう。ハリーとドラコみたいに正面きってやり合う方がずっとマシだと、華恋も思う。
「来た、来た!」
パンジーがクスクス笑いながら声を張り上げた。
人垣がパッと左右に割れる。
「え」
華恋は取り残されてしまった。
合わせた動きをするのなら、予め言って置いて欲しい。
慌てて人混みに紛れようとすると、パンジーが雑誌を私に押し付けた。そして華恋を前に出す。
――はぁ?
華恋が嫌味を言えと言う事か。
スリザリン生達はクスクス笑いながら華恋の様子を伺っている。
「カレン……これは……?」
ハーマイオニーが戸惑いながら、華恋に聞いてくる。
華恋は軽く溜め息を吐いた。――馬鹿馬鹿しい。
雑誌をパンジーに押し返そうとするが、断固として受け取らない。仕方ないから、足元に置いた。投げ捨ててはいない、他人の物なのだから。
「嫌味を言いたいのなら、自分で言ったら? 言った筈だよ。私はそういうのに混じるつもりは無いって」
パンジーの眉がピクリと動いた。周りのスリザリン生もざわつく。
これから一体、如何なるのだろう。
パンジーは華恋の言葉には答えず、足元に置かれた雑誌をハーマイオニーへと投げた。
「貴女の関心がありそうな記事が載ってるわよ、グレンジャー」
そこで背後のドアが開き、スネイプが皆に入れと合図した。
翌日、華恋はホグズミードへ向かう前に厨房へ寄った。そこで鞄に入る限りの、出来るだけ腐りにくい食べ物を準備してもらい、城を出た。
校庭を通り抜け、約束の場所へ真っ直ぐ向かう。着いた時には、まだ三十分も早かった。とは言え、他に用も無い。柵を乗り越え、辺りを見回しながら待つ。
やがて、新聞を口にくわえた大きな黒犬が街の方からやってきた。華恋を見るなり、トコトコと駆けてくる。元は人間なのに、尻尾まで振っている。本当に犬そっくりだと感心しながら、眺めていた。
だが次第に、華恋の心に疑問が沸く。
――ちょっと待て。本当にこれ、シリウスか?
特徴からシリウスだろうと思ったが、いくら何でも人間が食べ物が詰まっている鞄の臭いを嗅ぐだろうか。
「シリウス……じゃ、ないよね……?」
犬は肯定するかのように「バウ!」と吼えた。くわえていた新聞紙が落ち、慌てて拾う。
華恋は唖然とする。信じられなかった。
「同名か……? 人間のシリウスで合ってるの?」
再び、肯定。
そしてまた落ちた新聞紙を拾う。
「えっと……初めまして、犬」
犬は、抗議するようにバウワウ吠え立てる。
そしてまた落ちた新聞紙を拾う。
――もう、そのままでいいじゃん!
学習すれば良いのに。だから、人間だと認めたくないのだ。シリウスは、頭良いのではなかったのか。OWL試験でOが取れなければおかしいと、自分で言ってなかったか。
勉強以外の部分で馬鹿だ!
犬はふと吼えては拾うという動作を止め、辺りを見回した。
「ああ。ハリー達とは別に来たの。時間までには来ると思うけど」
犬は納得したように、その場に座る。
そして、ちらちらと華恋の鞄を見ている。
「……犬の食べ方をする気なの?」
飢えているからだろうが……。
――でも、なぁ……。
ここで餌を与えるかのように食べ物をあげたら、きっと華恋は、今後シリウスが人型になっても人だと認識できないだろう。
「出来る限り跡は残さない方がいいでしょ。洞窟まで待って」
犬はそれを聞いてうな垂れる。
そして突如、顔を上げた。少々慌てているようにも見える。
「あー、ただ……この辺りで隠れるって言ったら、山の洞窟がベストかな〜って思って……」
これは、ハリーに聞いた事にできない。
「カレン! もう来ていたんだね!」
声がした。
ハリー、ハーマイオニー、ロンがこちらへ歩いてきている。
「やあ、シリウス」
傍まで来て、ハリーが犬に言った。
犬はまたしても、ハリーの鞄を夢中で嗅いでいる。
――やめましょうよ……。
そして向きを変え、トコトコと走り出した。華恋は後についていく。ハリー達も、柵を乗り越えて後を追った。
当然のように、舗装のされていない山道を登る。
二本足で歩く華恋達にはきつい道のりだ。その上華恋は、運動不足。ホグワーツに来て、運動は全くと言うほどやっていない。階段の上り下りは毎日だが。でも、それがあるだけでもまだ良かった。
それでも、もう息切れしている。
ホグワーツに階段が無かったら、絶対に体力が持たないだろう……。
三十分近く汗だくになって登り続け、ようやく前を行く犬が岩の裂け目に消えた。この向こうが洞窟のようだ。
三人を待ってから一緒に奥まで進むと、そこには馬と鳥が合わさったような動物がいた。これがバッグビーグだろうか。三人がお辞儀をするので、華恋も慌ててお辞儀をした。やはり、バッグビーグのようだ。
ハーマイオニーがバッグビーグに駆け寄ってその首をなでている間に、黒犬が人間へと姿を変えていった。
――本当にアニメーガスなんだなぁ……。
目の前で犬が人間に戻るのは、何とも奇妙な感じだ。
シリウスはボロボロのローブを身に纏い、髪はボウボウと野蛮に伸び、痩せている。正直言って、シリウスの人となりを知らなければ、誤解するだろう。
その前に、新聞は何時までくわえているつもりだろう。
「チキン!」
「日刊予言者新聞」を地面に落とし、シリウスはかすれた声で言った。
ハリーが鞄から鳥の足とパンを取り出す。シリウスは「ありがとう」と言って受け取り、その場に座り込んで豪快に食べ始めた。
――わー、名場面の「チキン!」だー……。
実際現場で見ると、第一声がそれかと突っ込みたくなる。「ありがとう」と言う辺りは、旧家の子の表れだろうか。イギリスの旧家も、やはり厳しいものなのだろうか。
そんな家の出身で、よく鼠を食べられたものだ。
「シリウス、如何してこんな所にいるの?」
「後見人としての役目を果たしている」
人間の姿なのに、鳥の食べ方が犬みたいだ。
「私の事は心配しなくていい。愛すべき野良犬のふりをしているから。私は現場にいたいのだ。
君が最後にくれた手紙……そう、ますますきな臭くなっているとだけ言っておこう。誰かが新聞を捨てる度に拾っていたのだが、如何やら、心配しているのは私だけではないようだ」
誰かが……か。
この辺りで、ダンブルドアが一枚噛んでいそうな気もする。例えば新聞を捨てているのは、ホッグズ・ヘッドのバーテンのアバーフォースだったりと。確か、この洞窟を勧めたのってダンブルドアだった筈。違ったろうか。
「捕まったら如何するの? 姿を見られたら?」
「私が『動物もどき』だと知っているのは、ここでは君達四人とダンブルドアだけだ」
ハリーはロンに渡された新聞に目を通す。
ハリーとロンが話している間に、とシリウスは鳥の足に再び取り掛かっている。一つ目が終わって、さり気に勝手にハリーの鞄から二つ目を取り出している。
華恋は、鞄の中の食べ物を全て出して床に置き並べる。殆どが乾物ばかりだ。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの話は、クラウチ氏の方へと変わっていく。クラウチは確か、子供に殺された人物。否、今はまだ服従の呪文か。華恋は、頭の中で物語を復習していた。
ウィンキーの話に、シリウスは興味を持った。
「……整理してみよう。
初めは僕妖精が、貴賓席に座っていた。クラウチの席を取っていた。そうだね?」
「そう」
三人は、声を揃えて頷く。
「しかし、クラウチは試合には現れなかった」
「うん。あの人、忙しすぎて来れなかったって言ってたと思う」
「ハリー、貴賓席を離れた時、杖があるかどうかポケットの中を探ってみたか?」
「うーん……ううん。森に入るまでは使う必要が無かった。そこでポケットに手を入れたら、『万眼鏡』しか無かったんだ。『闇の印』を創り出した誰かが、僕の杖を貴賓席で盗んだって事?」
「その可能性はある」
「ウィンキーは杖を盗んだりしないわ!」
「貴賓席にいたのは妖精だけじゃない。君の後ろには誰がいたのかね?」
「クラウチJrが」というのは、心の中でだけ。
「いっぱい、いた。ブルガリアの大臣達とか……コーネリウス・ファッジとか……マルフォイ一家……」
「マルフォイ一家だ! 絶対、ルシウス・マルフォイだ!」
それはあり得ないだろう。
あの人は、自分では何もしない。日記だって自分で呼び出さず、態々ジニーの手に渡らせたぐらいだ。
「他には?」
「他にはいない」
「いたわ。いたわよ、ルード・バグマンが」
「ああ、そうだった……」
「バグマンの事はよく知らないな。ウイムボーン・ワスプスのビーターだった事以外は。どんな人だ?」
「あの人は大丈夫だよ。三校対抗試合で、いつも僕を助けたいって言うんだ」
「そんな事を言うのか? 何故そんな事をするのだろう?」
「僕の事を気に入ったって言うんだ」
シリウスは考え込んでしまう。
ハーマイオニーが口を挟んだ。
「『闇の印』が現れる直前に、私達森でバグマンに会ったわ」
どうやら、バグマンが疑われてきているようだ。
華恋は何も口を挟まず、ただ傍観する。壁に寄りかかろうとすると、思いのほか冷たく、飛び跳ねて離れた。華恋の動きに気付いたのは、バッグビーグだけだった。
「憶えてる?」
「うん」
ロンが答えた。
「でも、バグマンは森に残った訳じゃないだろ? 騒ぎの事を言ったら、バグマンは直ぐにキャンプ場に行ったよ」
「如何してそう言える? 『姿くらまし』したのに、如何して行き先がわかるの?」
「やめろよ。ルード・バグマンが『闇の印』を創り出したと言いたいのか?」
「ウィンキーよりは可能性があるわ」
「言ったよね?」
ロンは意味ありげにシリウスを見る。
「言ったよね、ハーマイオニーが取り憑かれてるって。屋敷――」
「『闇の印』が現れて、妖精がハリーの杖を持ったまま発見された時、クラウチは何をしたかね?」
ロンは空しくも、言葉を遮られた。
「茂みの様子を見に行った。でも、そこには何も無かった」
「そうだろうとも。クラウチは自分の僕妖精以外の誰かだと決め付けたかっただろうな……それで、僕妖精を首にしたのかね?」
「そうよ! 首にしたのよ。テントに残って、踏み潰されるままになっていなかったのがいけないって言う訳――」
「ハーマイオニー、頼むよ。妖精の事はちょっと放っといてくれ!」
「クラウチの事は、ハーマイオニーの方がよく見ているぞ、ロン。人となりを知るには、その人が、自分と同等の者より目下の者を如何扱うかをよく見る事だ」
その言葉、来年までよく覚えておこう。
「バーティ・クラウチがずっと不在だ……態々僕妖精にクィディッチ・ワールドカップの席を取らせておきながら、観戦には来なかった。三校対抗試合の復活に随分尽力したのに、それも来なくなった……クラウチらしくない。これまでのあいつなら、一日たりとも病欠で欠勤したりしない。そんな事があったら、私はバッグビーグを食ってみせるよ」
つまり、クラウチはパーシーの理想な訳だ。
それにしても、よく知った言い方だ。ただアズカバン送りにした人と言うだけでなく、同級生だったりでもしたのだろうか。若しそうなら面白いな、なんて思う。イメージではクラウチの方が年上みたいだから、同級生じゃなくても同期に在校生と言うだけでも良い。
でも当然、そんな話は出てこない。
話は、ヴォルデモート最盛期のバーティ・クラウチの事や息子の逮捕へと移り変わっていった。
話が終わると、長い沈黙が訪れた。
真実を――真実の内、本に書かれていた部分を知っているから歯痒い。クラウチの息子が、生きている。彼が、今回の犯人だというのに。もちろん、黒幕はヴォルデモート。
口を開いたのは、ハリーだった。
「ムーディは、クラウチが闇の魔法使いを捕まえる事に取り憑かれてるって言ってた」
「ああ、殆ど病的だと聞いた。私の推測では、あいつは、もう一人『死喰人』を捕まえれば昔の人気を取り戻せると、まだそんな風に考えているのだ」
「そして、学校に忍び込んで、スネイプの研究室を家捜ししたんだ!」
「違うし……」
「カレン、何か言った?」
「ん? 別に」
思わず呟いた言葉が聞こえたらしく、華恋は内心焦りつつも答える。
「……そうだ、それが全く理屈に合わない」
「理屈に合うよ!」
「いいかい。クラウチがスネイプを調べたいなら、試合の審査員として来ればいい。しょっちゅうホグワーツに来て、スネイプを見張る格好な口実が出来るじゃないか」
「それじゃ、スネイプが何か企んでいるって、そう思うの?」
「いい事? 貴方が何と言おうと、ダンブルドアがスネイプを信用なさっているのだから――」
「まったく、いい加減にしろよ。ハーマイオニー。
ダンブルドアは、そりゃ、素晴らしいよ。だけど、ほんとに狡賢い闇の魔法使いなら、ダンブルドアだって騙せない訳じゃない」
「だったら、そもそも如何してスネイプは、一年生の時ハリーの命を救ったりしたの? 如何してあのままハリーを死なせてしまわなかったの?」
「知るかよ――ダンブルドアに追い出されるかもしれないと思ったんだろ」
「如何思う? シリウス?」
ロンとハーマイオニーの痴話喧嘩の中、ハリーが声を張り上げた。
「二人ともそれぞれいい点を突いている。スネイプがここで教えていると知って以来、私は、如何してダンブルドアがスネイプを雇ったのかと不思議に思っていた。スネイプはいつも闇の魔術に魅せられていて、学校ではそれで有名だった。気味の悪い、べっとりと脂っこい髪をした子供だったよ、あいつは」
――後半、何か全く関係の無い話が含まれなかったか?
「スネイプは学校に入った時、もう七年生の生徒より多くの『呪い』を知っていた。スリザリン生の中で、後に殆ど全員が『死喰人』になったグループがあり、スネイプはその一員だった」
ちらりと、四人が華恋に一瞬目を向けたのが分かった。
それも一瞬。シリウスは話に戻る。
「ロジエールとウィルクス――両方ともヴォルデモートが失墜する前の年に、『闇祓い』に殺された。レストレンジ達――夫婦だが――アズカバンにいる。エイブリー――聞いたところでは、『服従の呪文』で動かされていたと言って、辛くも難を逃れたどうだ。まだ捕まっていない。
だが、私の知る限り、スネイプは『死喰人』だと非難された事はない――それだから如何と言うのではないが。『死喰人』の多くが一度も捕まっていないのだから。しかも、スネイプは、確かに難を逃れるだけの狡猾さを備えている」
「スネイプはカルカロフをよく知っているよ。でもそれを隠したがってる」
「うん。カルカロフが昨日、『魔法薬』のクラスに来た時の、スネイプの顔を見せたかった!」
関係の無い話へ持っていかれそうになり、ハリーは急いで続ける。
「カルカロフがスネイプに話があったんだ。スネイプが自分を避けているってカルカロフガ言ってた。カルカロフは心配そうだった。スネイプに自分の腕の何かを見せていたけど、何だか、僕には見えなかった」
「スネイプに自分の腕の何かを見せた?」
「『闇の印』」
華恋がぼそりと言うと、何故か皆は驚いて飛び上がった。ずっと黙っていたからだろうか。
華恋は右腕を出し、見せる。
「死喰人はね、ここ、右腕に『闇の印』が刻まれているの。それとも焼きこまれてるのかな。それによって、ヴォルデモートは死喰人達に召集をかける。スネイプとカルカロフは、それが段々色濃くなってきてる――つまり、ヴォルデモートの復活が近付いている事を心配してる」
四人は唖然としていたが、ふと、シリウスが眉を顰めた。
「カレンは、如何してそんな事を知っているんだ?」
「スリザリン生だから」
咄嗟に出任せを言えた事に、華恋自身驚いていた。
ロンが、何故か顔をぱぁっと輝かせる。
「じゃあ、腕を見れば、ルシウス・マルフォイが死喰人だって一発でわかるじゃないか!」
「無理矢理焼き付けられたって言われると思うけど。魔法省だって、その印の事ぐらい知ってると思うよ」
実際、知っているかは分からない。でも、言い逃れされるのは確かだ。
「それじゃ、スネイプの腕にもその印があるって事?」
「たぶんね」
肯定は出来ないので、推測めいた答え方をして置く。
「それでも、ダンブルドアがスネイプを信用しているというのは事実だ。他の者なら信用しないような場合でも、ダンブルドアなら信用するという事も分かっている。然し、若しスネイプがヴォルデモートの為に働いた事があるなら、ホグワーツで教えるのをダンブルドアが許すとはとても考えられない」
「それなら、ムーディとクラウチは、如何してそんなにスネイプの研究室に入りたがるんだろう」
「そうだな。マッド‐アイの事だ。ホグワーツに来た時、教師全員の部屋を捜索するぐらいの事はやりかねない。ムーディは『闇の魔術に対する防衛術』を真剣に受け止めている。ダンブルドアと違い、ムーディの方は誰も信用しないのかもしれない。ムーディが見てきた事を考えれば、当然だろう。然し、これだけはムーディの為に言っておこう。
あの人は殺さずに済む時は殺さなかった。出来るだけ生け捕りにした。厳しい人だが、『死喰人』のレベルまで身を落とす事は無かった。
しかし、クラウチは……クラウチはまた別だ……本当に病気か? 病気なら、何故そんな身を引きずってまでスネイプの研究室に入り込んだ? 病気でないなら……何が狙いだ? ワールドカップで、貴賓席に凝れないほど重要な事をしていたのか? 三校対抗試合の審査をするべきときに、何をやっていたんだ?」
「スネイプの研究室に入ったのは、盗む為……だったりして」
そう言って、ハリー、それからハーマイオニーを意味ありげにちらりと見る。
これで分かるだろうか。はっきりと言えば、それは自分が未来を知っていると言わなくてはいけない。そうするときっと、それを阻止しようとするだろう。
そして……最善の結果となるとは限らない。
だから、この人達に与える情報は変えてはならない。
「盗む? 一体、何を?」
ロンが、訳が分からないという風に言う。
華恋は肩をすくめる。
「だって、スネイプの個人用材料棚には、そこらじゃ手に入らないような物があるんでしょ? ポリジュース薬の材料とかさ」
「ハリー! 一体、何処までカレンに話してるんだ!?」
「えーと……」
ハリーは恨めしげに華恋を見るが、華恋は別に脅しや嫌味で言った訳ではない。
これは、ヒントだ。ハーマイオニーなら気づくだろうか。
シリウスが顔を上げ、ロンを見た。
「君の兄さんがクラウチの秘書だと言ったね? 最近クラウチを見かけたかどうか、聞くチャンスはあるか?」
「やってみるけど。でも、クラウチが何か怪しげな事を企んでいる、なんていう風に取られる言い方はしない方がいいな。パーシーはクラウチが大好きだから」
「それに、序でだから、バーサ・ジョーキンズの手掛かりが掴めたかどうか聞き出してみるといい」
「バグマンは僕に、まだ掴んでないって教えてくれた」
ハリーが口を挟んだ。
「ああ。バグマンの言葉がそこに引用されている」
シリウスは新聞の方を向いて頷く。
「バーサがどんなに忘れっぽいかと喚いている。まあ、私の知っていた頃のバーサとは変わっているかもしれないが、私の記憶では、バーサは忘れっぽくは無かった――寧ろ逆だ。ちょっとぼんやりしていたが、ゴシップとなると、素晴らしい記憶力だった。それで、よく災いに巻き込まれたものだ。いつ口を閉じるべきなのかを知らない女だった。魔法省では少々厄介者だっただろう……。だから、バグマンが長い間探そうともしなかったのだろう……」
シリウスは大きな溜め息を吐き、目を擦った。
「何時かな?」
「三時二十六分。この時計では」
「もう学校に戻った方がいい。結局、カレンとちゃんとした自己紹介は出来なかったね」
そう言って、立ち上がる。
「いいか。よく聞きなさい……。
君達は、私に会うために学校を抜け出したりしないでくれ。いいね? ここ宛にメモを送ってくれ。これからも、おかしな事があったら知りたい。しかし許可無しにホグワーツを出たりしないように。誰かが君達を襲う格好のチャンスになってしまうから」
「僕を襲おうとした人なんて誰もいない。ドラゴンとグリンデローが数匹だけだよ」
「そんな事じゃない……この試合が終われば、私はまた安心して息が出来る。つまり六月までは駄目だ。
それから、大切な事が一つ。君達の間で私の話をする時は、『スナッフル』と呼びなさい。いいかい?」
シリウスはナプキンと空になったジュースの瓶をハリーに返し、バッグビーグを撫でる。
「ちょっと出かけてくるよ。
――村境まで送っていこう。新聞が拾えるかもしれない」
ハリー、ロン、ハーマイオニーの順で洞窟を出て行く。
華恋が続こうとすると、シリウスが呼び止めた。
「カレン――君は、開心術が出来るのかい?」
華恋はきょとんとシリウスを見上げる。
「さっき、犬の姿の時、カレンは私の話したい事が分かるようだった」
「別に、開心術じゃないよ。私はそんな難しい魔法、使えないもの。その人が何を考えているかは、その人を見ていれば漠然となら分かる。完全になんて本人以外は分かる筈ないけどね」
だから、だ。
相手の感じている事――特に負の感情に気づくから、人とは距離を取ってしまう。欠点の無い人なんて何処にもいないって分かっていても。
「それから、カレンはスリザリンだそうだな」
やはりこの話題が来たか。
「そうだけど……それが? 家系と寮は関係ないって、シリウスも分かっているでしょう?」
言ってから気付く。華恋は、シリウスの家系を知らない筈だ。
「……スネイプから聞いたの」
ばれない事を祈りたい。
シリウスとスネイプが必要事項以外に話す事はないだろう……恐らく……。
「カレン、シリウス、如何したの?」
ハリーが顔を覗かせた。
「今、行く」
声を揃えて答えると、二人は洞窟を出て行った。
2010/01/30