練習を手伝ってもらえるような相手はおらず、華恋は物を相手に「失神の呪文」やら何やらの練習をした。本に記述されているような赤い光は出るようになったが……これが人や動物相手に有効かは、分からない。
 あれからまた、同じ日々が戻ってきた。誰ともつるまず、一人で過ごす日々。
 時々、ハリー達を見かける。如何やら、確信を持っている訳では無いが華恋を疑っているらしい。あの状況では、無理も無い。その為か、ハリーやハーマイオニーは華恋に何も聞こうとしない。二人は、華恋が未来――つまりは真相を知っているかも知れないと気付いているだろうに。
 そうして、六月二十四日はあっという間に訪れた。





No.19





 当日の朝、スリザリン席にはクスクス笑いが広がっていた。
 誰も彼もが「日刊予言者新聞」を手にしている。前のめりになって、グリフィンドールのテーブルを覗こうとしている人もいる。
「おーい、ポッター! ポッター! 頭は大丈夫か? 気分は悪くないか? まさか暴れだして僕達を襲ったりしないだろうね?」
 ドラコが叫んでいる。今日だったか、例の記事は。
 結局、原作と何も変わっていない。
 来年はこの記事が利用され、ハリーは迫害される。ヴォルデモートの復活を目撃し、主張するからだ。
 そして、華恋も。
 偽ムーディは、華恋もヴォルデモートの元へ送ろうとする可能性が高い。
「ポッター」
 突然声を掛けられ、ビクッとして振り返った。
 スネイプだ。
「朝食後、大広間の脇の小部屋に行きたまえ。代表選手の家族に挨拶をする事になっている」
「はい」
 短く返事をすると、席を立った。
 その際、一瞬、偽ムーディと目が合った。
 奴はあの後、何も仕掛けてこない。だから、ヴォルデモートの元へ送るのだろうと考えたのだ。
 ――あんた達の思惑通りになんて、なるものか。
 奴を睨み付け、くるりと背を向け、小部屋へ向かった。

 ディゴリー、フラーに続いて入っていく。
 暖炉の前に、ウィーズリー夫人とビルがいた。華恋がスリザリンに入ったと聞いたのだろう、二人は無理に笑顔を作っているように見える。
「こんにちは」
「久しぶりね、カレン! ――ハリーは?」
 入ってきた代表選手は、華恋、ディゴリー、フラー、クラム。ハリーの姿が無い。
 ハリーは、呼ばれるのはダーズリー一家だと思っている。当然、彼らがここへ来る筈が無い。誰も来ていないだろうと思っているのだ。
 扉の側にいたディゴリーがこちらの様子に気がつき、扉から顔を出した。
「ハリー、来いよ。皆君を待ってるよ!」
 ディゴリーが大広間に向かって叫んで暫くして、ハリーが部屋に入ってきた。
 ハリーは華恋の傍のウィーズリー夫人とビルを見て、目を丸くする。華恋はどきりとする。そうだ、普通は驚く筈だった。
 けれど、誰も華恋が平然としていた事を気にしなかった。ハリーが来て、二人はホッとしたような笑みに変わった。
「びっくりでしょ! 貴方を見に来たかったのよ、ハリー!」
「元気かい?」
 ハリーとビルは握手をする。
「チャーリーも来たかったんだけど、休みが取れなくてね。ホーンテールやアイアンベリーとの対戦の時の君達は凄かったって言ってたよ」
「本当に嬉しいです。僕、一瞬、考えちゃった――ダーズリー一家かと――」
 ウィーズリー夫人はダーズリー一家を批判したくとも、抑えているような様子だ。
 ビルは小部屋を見回した。
「学校は懐かしいよ。もう五年も来てないな。あのいかれた騎士の絵、まだあるかい? ガドガン卿の?」
「ある、ある」
「『太った婦人』は?」
「あの夫人は母さんの時代からいるわ。ある晩、朝の四時に寮に戻ったら、こっぴどく叱られたわ――」
 三人の会話を、ぼんやりと聞く。
 それから学校を案内する事になって、華恋は特に話もせず、三人の横を歩いていた。





 昼食の時間になって、華恋は三人と別れてスリザリンの席に着いた。
 食事を食べ終わると、図書館で午後を潰した。それも飽きて寮で読書でもしようかと思い、人気の無い廊下へ来た時だった。
 角を曲がった所に、二人の人がいた。一人は図体の大きな女性。一人はでっぷりとした体つきに、くしゃくしゃの白髪頭。――マダム・マクシームと、コーネリウス・ファッジ。
 華恋はそのまま二、三歩後退し、曲がり角の陰に隠れた。
 随分珍しい組み合わせだ。あの二人が、こんな所で一体何の話だろうか。
「もうご存知だろうと思うが、ホグワーツの校内にクラウチが現れた。正気を失っていたらしい。そして、ダームストラングの生徒が失神術を掛けられ、クラウチは失踪した」
「何が言いたいのでーすか?」
「場所は、禁じられた森の側――ボーバトンの馬車を過ぎた辺りだったそうだ」
 途端に、マダム・マクシームの話し方が刺々しくなったのが分かった。
「それは、私を疑っているという事でーすか?」
 ファッジは恐らく、身の危険でも感じたのだろう。うろたえた様に言う。
「別に、そういう訳では……何か、見なかったかと……」
「私を、アグリッドと同じだと言うのでーすか!? 私は、少しおねが太いだけでーす!」
「その点に関しては、それは嘘だ。貴方が何者なのか、こちらには分かっている。――半巨人だと」
 ――ウワ。
 華恋は眉を顰めた。こいつ、最悪だ。
 マダム・マクシームは怒りながらも、涙声になっている。
「だから、何だと言うのでーすか!!? 私があん巨人だから、疑うのでーすか!!?」
「貴女が半巨人だからではなく、場所が、ボーバトンの馬車を過ぎた所であるから――」
「それが、如何して私に繋がるのでーすか!? それは、私が、あん巨人だからではないのでーすか!!?」
「ああ、そうだとも。貴女は半巨人だ!! 半巨人のいる側で、事件が起こった。我々が疑わない筈がないだろう!?」
 ファッジは、あろう事か開き直って怒鳴った。
「おお、なんてこと!! 私が、私が、いとを襲ったなんて! あん巨人だから!! だから、私を差別する!!」
 マダムは、今にも掴みかかりそうな勢いだ。
「貴女がここで私に襲い掛かれば、確実にアズカバンですぞ――」
「――コーネリウス、わしは言った筈じゃ。彼女がクラウチを襲ったとは思わぬ」
「うわっ!?」
 華恋は飛び上がり、振り返る。
 背後からダンブルドアが現れた。いつの間に来ていたのだろう。
 ダンブルドアは、二人の間に割って入る。
「ホグワーツ内での諍いはやめてくれんかのう。
コーネリウス、貴女はクラウチの失踪とバーサの失踪を結びつける証拠は無いと仰いましたな? それと同じく、マダム・マクシームがこの件に関与していると考える証拠も皆無じゃ」
「だが――」
「もう直ぐ、晩餐会の時間じゃ。大広間に行きませんかの? カレンも」
「あっ、はい!」
 マダム・マクシームは俯き加減に、スタスタと廊下を歩いて行ってしまった。ファッジも居心地悪そうに、態々遠回りをして、マダムとは違った道で大広間へ向かった。
 廊下には、華恋とダンブルドアが残される。
「――カレン」
「はい?」
 ダンブルドアは、深々と頭を下げた。
「証拠も無く、疑ってしまってすまんのう」
「――え?」
「クラウチの失踪の件じゃ。恐らくカレンも気がついておると思うが――わしは、カレンを疑った。ある人物と重なっての」
「……トム・リドルですか」
 ダンブルドアは僅かに目を見開く。
「ハリーから、二年生の時の事は聞きました。だから、私がスリザリンに入って、リドルとかぶったのですよね。
私も傷がありますから、蛇語を話す事も出来ますし――それに、開心術が効かないから――でも、何故?」
 トリップしてきて直ぐの頃、スネイプは華恋に対して開心術が出来た。その後、華恋が見せまいとしたら、出来なかったが……でもこの間は、見せまいとなどしていない。
「それは分からぬ。ただ、これはわしの憶測じゃが――カレンは、普段から閉心術を使っておるのではなかろうか」
「……普段から? よく分かりません」
 普段から魔法使えるほど、華恋は凄い人間ではない。
「……そうか。再び聞くが、あの日、あの場所で何をしておったのじゃ?」
「それは、あの時言った通りです。偽ムーディに呼び出されて、取引しようとかぬかしていました。それで、断って――後は失神術ですよ」
 ダンブルドアは黙り込んでしまう。
 ――ああ、そうか。
 華恋は気がついた。
 ダンブルドアだって、人だ。友人を疑いたくない。生徒や教師を疑いたくないのと同じだろう。
 でも――
「誰かが犯人なのです。誰かを疑わない限り、真実は分かりませんよ。生徒達を危険な目に合わせたくないと言うのなら、疑う事だって必要なんです」
 だから、華恋は疑われたが、彼を恨みはしない。それは、必要な事だから。
 例え、この世界が「作り話」の世界だとしても。
 甘い事ばかり言っていては、世界は成り立たない。





 晩餐会では、マダムとファッジは隣同士の席だった。変える事は出来なかったのだろうか……。華恋の席からでは遠くてよく見えないが、マダムの目は薄っすら赤いように思える。
 ハグリッドは心配そうにちらちらとマダムを見ている。
 外と同じ様子に魔法をかけられている天井が紫色に変わった頃、ダンブルドアが立ち上がった。
「紳士、淑女の皆さん。あと五分経つと、皆さんにクィディッチ競技場に行くように、私からお願いする事になる。三大魔法学校対抗試合、最後の課題が行われる。代表選手は、バグマン氏に従って、今直ぐ競技場に行くのじゃ」
 席を立ち、大広間の扉へ向かう。
 パンジー達のグループの横を通り過ぎる時だった。
「頑張ってね」
 パンジーが囁くように言った。
 返事や笑顔を返す前に、華恋は通り過ぎてしまった。
 ――良かったのかな……。
 華恋は明らかに、スリザリンの女子たちに嫌われているのに。それなのに、あんな事言ってしまって……。





 生徒達が到着し、皆がガヤガヤと席に着いている間に、説明をされた。
 生徒達も席に収まり、持ち場に着くように言われる。バグマンが、声を拡大させた。
「紳士、淑女の皆さん。第三の課題、そして、三大魔法学校対抗試合最後の課題が間もなく始まります!
現在の得点状況をもう一度お知らせしましょう。同点一位、得点八十五点――セドリック・ディゴリー君とハリー・ポッター君。両名ともホグワーツ校!」
 大歓声と拍手が起こる。それに驚き、森の鳥がバサバサと飛び去った。
「三位、八十三点――カレン・ポッター嬢、ホグワーツ校!
四位、八十点――ビクトール・クラム君、ダームストラング専門学校!
そして、五位――フラー・デラクール嬢、ボーバトン・アカデミー!」
 拍手が治まってから、バグマンは続けた。
「では……ホイッスルが鳴ったら、ハリーとセドリック! いち――に――さん――」
 ピッと笛が鳴り、ハリーとディゴリーは迷路へと入っていった。わーっと歓声が上がる。
 そして、あっと言う間に二分が経った。
「続いて、カレン!」
 笛が鳴り、華恋は迷路へと入っていった。
 ――さあ、ヴォルデモートの手下、偽ムーディとの戦いだ。

 「四方位呪文」で着々と、北西へと向かう。問題は、行き過ぎて目指すべき方位がずれていないか。
 本当に、何にも会わない。偽ムーディは、主に華恋の方についているのだろうか。華恋とハリーならば、華恋の方が実績が無い。当然、その分心配だろう。
 暫く歩いていると、悲鳴が聞こえた。
 ――フラー・デラクール、脱落。
 華恋は軽く唇を噛む。……偽ムーディが、動いている。
 偽ムーディがそちらへ行っている為か、初めて何かの気配を感じた。
 杖を取り出し、振り返る。そこにいるのは、何の魔法生物でも無かった。
「……近藤?」
 ――如何して。
 如何して、マグル界にいる筈の彼女がここにいる。
 その上、あの世界はこことも違った異世界。
 なのに、何故?
「靖枝ちゃん……如何して、ここに?」
「華恋、今、あたしの事苗字で呼んだね」
 ……聞こえていたのか。
「珍しいねー。華恋があたしを苗字で呼ぶのって。――華恋、あたしの事、やっぱり『親友』だなんて思ってなかったんだね」
 返す言葉が無い。
 華恋は、近藤を信用していなかった。
 作り笑いを浮かべていた。本心は決して見せなかった。
「最低……あたしは、親友だと思っていたのに」
「……っ」
 ずっと、怖かった。
 裏切っているのは、華恋の方だったら如何しよう……と。
「華恋って性格悪いよね。話し方うざいし、暗いし、その上、人の事信用してなかったんだ――裏切り者」
「な……っ。
……待てよ。あんた――ボガート?」
 杖を振り下ろし、叫ぶ。
「リディクラス!」
 ポンという大きな音と共に、近藤は消えた。後に残るは、霞のみ。
 そう、ここは異世界。近藤がいる筈が無い。近藤だけではない。他の人たちもだ。もう、あんな奴らに会う事も無い。
 華恋は、図らずもあの世界から逃走した。
 でも、こちらに来ても何も変わっていない。

 暫く歩いていくと、再び、悲鳴が聞こえた。今度は――ディゴリー。
 離れた所だ。離れ具合からして、どうも華恋は中央部を通り過ぎて反対側にいるらしい。
 四方位呪文を使用し、来た道を戻っていく。
 前方の上空に、赤い火花が上がった。――ビクトール・クラム、脱落。迷路に残るは、華恋、ハリー、ディゴリーのホグワーツ生だけになった。
 原作二人と、華恋。

 本当に何にも会わず、華恋はとうとう中央部へ来た。
 予め知ってはいたが、どっと滝汗が噴き出るのが分かる。目の前には、巨大な蜘蛛がいた。ハリーが宙吊りになっている。
「ステューピファイ!」
 呪文は、蜘蛛に当たったが、全く効果が無かった。
 これが効かないとなると、どうすれば良いのか検討がつかない。
 ――えーと。
「サーペンソーティア」
 杖先から、蛇が出てきた。
 アイアンベリーの時と同じく、「エンゴージオ」で巨大化させる。
「蜘蛛を倒せ。ハリーやディゴリーは傷つけないように」
 蛇はスルスルと蜘蛛の方へと向かっていく。
「エクスペリアームス!」
 ハリーが叫んだ。
 ハリーを取り落とした蜘蛛に、蛇が襲いかかった。巨大な動物同士の戦いになる。
 ふと、逆にする事を思いついた。
「レデュシオ!」
 呪文は効いた。攻撃呪文では無いからだろうか。
 蜘蛛は普通サイズではないものの、二フラー程度まで縮んだ。
 蛇に追われ、去っていく。
「ハリー!」
 ディゴリーが叫んだ。
「大丈夫か?」
「ウン」
 華恋は、ハリーの方へと歩み寄った。
 ハリーは蜘蛛にやられたのか、出血が酷い。
「やあ、カレン。君も着いたんだね――」
「大丈夫? 止血しなきゃ……」
 とは言うものの、包帯も何も無い。
「大丈夫だよ」
 そう言って、ハリーは生垣に手を突いて立ち上がった。でも、それから一歩も動けない。
 振り返れば、ディゴリーの背後で優勝杯が輝いていた。
 ……そろそろだ。
「さあ、それを取れよ」
 ハリーは息を切らしながら、ディゴリーに言う。
「さあ、取れよ。君が先に着いたんだから」
 ディゴリーはじっと固まったままだ。
 背後を振り返り、それからまたこちらに向き直った。
「君が取れよ。君が優勝するべきだ。迷路の中で、君は僕を二度も救ってくれた」
「今助けたのは、カレンだよ。カレンが蜘蛛を追い払った」
「そんなの関係ないでしょ。先に優勝杯に到着したのはディゴリーだよ」
 終わりの無い譲り合いに、馬鹿馬鹿しくなってくる。
 でも、ここはこうしないといけない。
「でも、僕があの蜘蛛に殺られる所を助けてくれたのはハリーだ」
「だとさ」
「優勝杯に先に到着した者が得点するんだ。君だ。僕、こんな足じゃ、どんなに走ったって勝てっこない」
 ディゴリーはこちらへ歩み寄ってくる。
「出来ない」
「かっこつけるな。取れよ。そして三人ともここから出るんだ」
 ――出れないよ。
 冷めたように、心の中で呟く。
「君はドラゴンの事を教えてくれた。あの時前もって知らなかったら、僕は第一の課題でもう落伍していたろう」
「あれは、僕も人に助けてもらったんだ。君も卵の事で助けてくれた――あいこだよ」
「卵の事は、僕も初めから人に助けてもらったんだ」
「それでもあいこだ」
「第二の課題の時、君達は――これはカレンもだ、もっと高い得点を取るべきだった。君達は人質全員が助かるように後に残った。僕もそうするべきだった」
「私はあれ、元々その点数を狙ってだもの。泳ぐのが遅いからってね。誉められるような事じゃないよ」
「僕は馬鹿だったから、あの歌を本気にしたんだ! いいから優勝杯を取れよ! セドリックが取らないなら、カレン、君行けよ。君だって優勝するだけの事は十分にした」
 何故、そこで華恋になる。
「出来ない」
「同じく」
 ディゴリーはこちらへやってきた。断固とした表情で腕組みする。
 そして、ハリーに言った。
「さあ、行くんだ」
「歩ける?」
「……三人共だ」
「えっ?」
「三人一緒に取ろう。ホグワーツの優勝に変わりない。三人で引き分けだ」
「君――君、それでいいのか?」
「ああ。ああ……僕達、助け合ったよね? カレンも蜘蛛から助けてくれた。三人ともここに辿り着いた。一緒に取ろう」
 ディゴリーは耳を疑うような顔をしていたが、にっこりと笑った。
「話は決まった。さあ」
 ディゴリーがハリーを支える。
 華恋はその隣を歩いていった。
 ……行かない。華恋は、行かない。奴らの思惑通りになんて、なるものか。
 優勝杯の所に辿り着き、三人で取っ手に手を伸ばす。
「三つ数えて、いいね?」
 ハリーが華恋とディゴリーを交互に見て言った。
「いち――に――さん――」
 咄嗟に、手を引っ込めた。
 その手は顔の辺りに上げ、振る。
「さよ〜なら〜」
「カレン!?」
 ハリーとディゴリーは、その場からいなくなった。
 迷路が消え、競技場の中心には華恋だけがぽつねんと立っていた。


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2010/02/14