――あのトラックだ。
 私は駆け出した。トラックはぐんぐんと遠ざかっていく。
 ぴたりと、突然トラックは停車した。トラックだけではない。全ての自動車が、走行を停止する。私は車の合間を縫って、トラックの走る車線へと近付く。
 再び時が動き出す。また引き離される。停車。近付く。少ししたら、また動く。
 三歩進んで二歩下がるような、そんな感じで距離を縮めて行く。前にも横にも、他に走る者の姿は見えない。先頭を切っているのは、私。
 あと五メートル――四メートル――三メートル――じわじわとトラックに近付いていく。
 トラックが動き出す。残りは一メートル程度。私は一息に地面を蹴って飛び上がった。魔法少女の跳躍力、舐めんなよっ!
 周囲の音が消える。――え゛。
 ドーンと威勢の良い音を立てて、私はトラックの荷台にぶつかりひっくり返った。……うぅ、突然止まんなよ〜。
 でも、やっと辿り着いた。私は荷台をよじ登り、その上に乗っかる。再び動き出したトラックから振り落とされないよう、バランスを取りながら。
 四つんばいになって這って行って、何とか青いソウルジェムを拾い上げる。……ふぅ。なかなか大変なもんだな。
 歩道に寄って、ほむほむを待つ。トラックがたくさんの車の向こうへと姿を消して、ほむほむは通りかかった。
 私は手にある物を高く掲げ、声を張り上げた。
「お求めはこれ?」
 ほむほむは横目でちらりと見て、そしてソウルジェムに気付き足を止めた。
 時間を止めて車の間を渡り、後はそのまま動かしてこちらへ歩み寄る。
 ああっ。そんな怖い顔しないでよ〜。私、別に敵じゃないって。ほむほむは、私が交換条件でも出すんじゃないかって表情。
 とりあえず、ここはへらっと笑って誤魔化す。
「久しぶり。また会ったね、暁美ほむら」
「あなた、一体――」
「なん、で……あんたが、ここにいんの……?」
 息絶え絶えな割には大きな声が、ほむほむの言葉を遮った。
 ようやく追いついた加奈が、膝に手をつき肩で息をしていた。……お疲れ様。





No.19





 夕方。バイトを終えた私は、町中を彷徨っていた。商店街と、杏子や加奈の泊まるホテルとの間。
 ソウルジェムの事を知った翌日。杏子は、さやかを教会まで連れて行って、話をして。私はと言えば、買物帰りにまどかと会って話をして。そして、その帰りに魔女に襲われたんだ。確か、この辺りだったはず。
 しかし、日が暮れ、辺りが夕闇に包まれる頃になっても、ソウルジェムは輝き出さない。
 私は空を見上げる。真っ赤な西の空。東からは、闇が侵食してきている。
 ……もしかしたら、必ずしも同じ場所に現れるとは限らないのかも知れない。ほむほむだって、ワルプルギスの出現範囲を複数ヶ所述べていた。どの周回でも、異なるエンドを迎えている。
 同じ世界であっても、そこにいる私やほむほむは過去の自分と違うから。過去の記憶を持ち、それを変えようと行動するのだから、どこかに分岐点が生じても何らおかしくはない。
「弱ったな……」
 と言う事は、だ。あの魔女は、別の所に出現するわけだ。
 なーんか嫌な予感がしてならない。私は携帯電話の時計を確認する。上月加奈がここへ来ていないと言う事は、彼女はまだ公園にいるわけだ。もう、こんなに時間が経っているのに。
 私は公園へと駆ける。案の定、ソウルジェムは淡い光を放ち出し、公園前で強く輝いた。
 私は、魔女の結界へと入り込んでいく。
 結界に入った途端、そこは空中だった。浮かび上がっていく幾多の風船。私は、その一つに着地する。そのまま上へ飛び去ってしまいそうになるのを、風船を渡り歩く事で防ぐ。時折風船のてっぺん部分から壁のようにせり上がって私を包もうとする使い魔を、ナイフで蹴散らして。
 少し行くと、爆音が聞こえて来た。
 私は風船から風船に移るスピードを緩め、前方を伺い見る。そこには、風船を移り渡りながら下方の闇へ爆弾を投下するほむほむの姿があった。そっか。ほむほむはまどかを見張ってたんだ。私が表に出なくたって、彼女なら魔女を倒してくれるだろう。ここにはQBもいる事だし、私は大人しくしてようかな。
「ほむらちゃん! 後ろっ」
 まどかの悲痛な声が聞こえた。ほむほむの背後に伸びてきた太い管。管の動きと風船の上昇が止まる。ほむほむが安全な風船に移ってから、それぞれは動き出した。金属製の管が、ほむほむの乗っていた風船を叩き割る。
 ほむほむは爆弾を放ったが、それは闇から放たれた大量の風船を破裂させただけだった。同時に再び管が現れ、ほむほむに巻きつく。
 私は、風船を強く蹴り、戦いの渦中へと飛び出していた。
 手にしたナイフを、ほむほむの方へと投げる。管が割れ、ほむほむは解放される。
 ほむほむは驚き顔だが、直ぐに周囲を警戒するように構える。私は、その背後に背中を向けて降り立った。
「君にしては随分と手間取ってるんじゃない? 暁美ほむら」
「そんな事無いわ。この魔女は、確実に仕留める」
「でも、拘束されちゃお得意の技も使えないでしょ?」
「抜け出す策なら、あった」
 まあ、ほむほむには手榴弾も銃もあるもんね。でも、あれは数に限りがあるわけだし。
 私はタンッと軽く地を蹴り、飛び上がった。
「何にせよ、逃げ隠れてばかりの魔女さんをおびき出さなきゃね。ほむら、後よろしく!」
 闇へと飛び込んでいく私を、押し退けるように放たれる大量の風船。私はそれを割って、風船を放った元へとナイフを投下する。あの管が現れ、ナイフに当たって割れる。
 そのまま管は、私の方へと襲い掛かってきた。寸での所で、時間が止まる。私は、少し高い風船の上へ。再び時間が動く。管は空を掻き、穴の部分を私に向けた。強い風に煽られ、私は風船から転げ落ちる。……ヤッベ。
 ほむほむが、時間を停止してくれた。私は再度、上の風船に上る。なるほど、あの管は通風孔なわけだ。強風にも注意しないと。時間が動き、管は再び私へ。またほむほむが時間を止めて、同じようにして私は上へと逃げる。
 そうして誘導を繰り返して、とうとう闇の中から大きな丸いタンクのようなものが姿を現した。フッ、バカめ。
 時間が止まる。ほむほむが、彼女の背後から手榴弾を投下した。私は、爆発の範囲から逃げる。時間停止が終わり、タンクが弾け飛ぶ。管は動きを止め、爆破と共に砕け散った。
 空中だった辺りは歪み、結界が消え去る。私達は、地上に立っていた。私、ほむほむ、加奈、まどか、――そして、キュゥべえ。
「小豆色の魔法少女――君だね。マミやさやかが言っていたのは」
 QBはまどかの足元から、紅い瞳で私を見上げる。
「あんた……魔法少女、だったの……!?」
 驚いたように声を上げたのは、加奈だ。
 わたしは、苦笑する。
「……まあ、ね。ワルプルギスの夜に対抗するには、数が多い方がいいかと思って。――君も、ほむらを一人で戦わせたくはないでしょ?」
 加奈は迷うように目を伏せってしまう。隣にいる、まどかまで。
 えっ、ちょっ、まどかはいいのよ。ほむほむの視線が痛い。私は慌てて言った。
「別に急かすわけじゃないよ。それに、ほら。今は別に、一人じゃないわけだし」
「……」
 若干納得してくれたまどかに比べ、加奈はまだ、浮かない顔。そりゃそうだ。私は、ほむほむが一人になるって知ってるもん。
 まどかはきょとんと、首を傾げる。
「ワルプルギスの夜?」
「ちょっと大きめな魔女の通称。そろそろ見滝原に来るからね、倒そうかなーって思ってるんだ」
 私は簡単に、まどかに説明する。
「まあ、君の出る幕じゃないよ」
 心配そうな顔で何か言おうとしたまどかを制し、私は言った。
「ほむらもいる。私もいる。杏子も、きっと。ほむらや杏子はベテランだし、私だって私にしかできない戦い方があるから。ほむらの力にはなれるんじゃないかなって思ってる」
 ほむほむは無表情で、私を見定めている。んー、相変わらず、警戒されてるな、私。いつかは信じてもらえるかな。
 私は彼女達に、背を向けた。
「まあ、そう言うわけで」
 ひらりと手を振って、私はその場を後にした。

 公園を出て、家――というか、ホテルへと帰っていく。戦いの緊張から解放されると、一気に眠くなってきた。んー、もう七時来るのかー。三時からはまたバイトだし、そろそろ寝た方がいいかな。今夜は確か、何もイベント無いよね。
 私はふと、立ち止まる。振り返った先には、上月加奈がいた。
「何? まだ何か用?」
 加奈は、言葉を選ぶように視線を泳がせる。
 そして恐る恐る、口を開いた。
「あんたは、さ……私を、魔法少女にしたいの? まどかを、契約させないため?」
「……どうして?」
「だって。さっきの……まどかにはならなくていいって話したけど、その理由……杏子は、いなくなっちゃうじゃない」
 みすみす、死なせてしまうつもりは無い。
 それでも、確実に助けられるとは限らない。だから、私は魔法少女になったのだから。
「……別に、急かしているわけじゃないよ。でもね、そう。ほら、さやかも言ってたじゃない? どうせなるなら、さっさとなっておけば救える人もいたのにって」
 加奈は迷うような表情。そして、不安げに言った。
「私、いずれ魔法少女になるの?」
「どうして?」
「あんた、未来を知ってるみたいな口ぶりだからさ。知ってるんじゃないの? ワルプルギスの夜の事とか、まどっちと二人で話していたはずのさやかの台詞も知ってるんだから」
 あ、そう言えば。
 ……そろそろ、気づき出したかな。でもあまり早くてもね。彼女は予備でいて欲しい。私がダメだった場合に。二人揃って参戦して、二人揃っておっ死んじゃあおしまいだもん。
 だから私は、へらっと笑って誤魔化す。
「さーね。君の未来は知らないよ。
 ただ、私はほむらを一人にしたくなかった。孤独な戦いに、終止符を打ちたい。ただ、それだけ」
「それじゃ、最初からあんたは私を帰す気は無かったんだ……」
「ごめんね。君が必要だったから、つれて来た。君しか、判らなかったから。
 ――君はまだ、帰りたい?」
 加奈は、答えなかった。迷うようにうつむいてしまう。そして、そのまま杏子と暮らすホテルへと帰っていった。
 加奈の姿が見えなくなり、私は踵を返す。道の端から、声がした。
「上月加奈。君は、杏子と暮らしている加奈と同一人物だね?」
 塀の上に、QBがちょこんと座っていた。闇に浮かぶ、その白い姿。
 ……今の会話、聞かれたのか。
「知り得ないはずの情報を知っていたり、暁美ほむらの能力にあやかって動く事ができたり、君の特徴は上月加奈と同じものだ。君は、未来の自分に誘われてこの町に来た。やがてその事を悟り、自らが魔法少女となって今度は自分が過去の自分を誘う側になった――そんなところかな」
「……だから、何だって言うの?」
「君の目的は、暁美ほむらの手助けかい?」
 私は身体ごと向き直り、真っ直ぐに彼を見据える。
「そう。例えこの先死ぬ運命だとしても、彼女を一人になんてしない。あの子の孤独な戦いは、私が終わらせる」
「そして、君が死んだら今度は後から来た方の上月加奈が魔法少女になるわけだ」
「……知ったからには、私と契約しない?」
「そんな事無いさ。彼女がそれを望むなら、僕は昔の君と契約するよ。僕としては、魔法少女は多ければ多いほど役に立つからね」
 この、営業マンめ。
 でも、契約拒否されないだけ良かったかな。
「そう。それなら、私も助かるよ。私がダメになっちゃったら、次は彼女だから」
「彼女が魔法少女になって――そして、暁美ほむらの時空遡行に乗っかるのかい?
 ――本当にそれで、暁美ほむらは救われるのかな」
「……何が言いたいの?」
「少し疑問に思っただけだよ。君が魔法少女になる前の時間軸では、どんな流れだった? 君は、同じ世界を繰り返してはいないかい?」
「……」
 私は目を見開いて、キュゥべえを見つめていた。
 私が死ぬ前の世界。私が魔法少女になる前の世界。それは、この時間軸と同じ流れ。
 ――まさか、私がやって来る前の時間軸も?
「暁美ほむらは、前の時間軸の記憶を引き継いだまま、次の時間軸に挑戦している。でも、君の場合は別だ。毎回、ゼロからのやり直しになる人物が関わっている。そこに歪みが生じたって、おかしくないよね。
 上月加奈というイレギュラーな存在が、この世界に無限のループを引き起こしたとしても」
 ほむほむを一人にしたくない。彼女の孤独な戦いに、終止符を打ちたい。ただ、それだけを願っていた。それが、私の願いだった。
 その願いは迷路の出口を塞ぎ、ほむほむを迷路に閉じ込め続けていたんだ。


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2011/06/29