「絶対、ルイスよ」
「いくら何でも、殺さなくったっていいじゃない」
「次は誰が殺られるんだろう」
「わからないよ。だってルイスは、あんなに性格が悪いんだもの。誰だって狙われかねないさ」
「ちょっと! そんな事言ったら貴方、危険よ!」
「大丈夫だよ。僕は純血だし、スクイブでもないから」
「如何してルイスは退学にならないんだ? 退学どころじゃない、普通はアズカバン送りだ!」
 今日も、マグル出身の男子生徒が一人襲われた。
 彼は昨日、私が襲撃事件の犯人だと言いがかりをつけてきていた。皆の前で。それで、私は手をつけようとしていたスープをぶっ掛けてやって。私がしたのは、それで終わり。
 なのに。
 誰かが――誰かが、私を嵌めようとしている。





No.2





「最近、辛いみたいだね」
 私の斜め後ろの席に座ったのは、トム・リドル。スリザリンの監督生。
「態々近くに座る事ないんじゃない? うざったいわ。他の所へ行って頂戴」
「生憎、君から離れた所は、全て埋まってしまっていてね。ここでも空いた席の中で、最も君から離れているんだよ?」
 教室を見渡せば、確かにその通り。私の周りだけが、ぽっかりと空席だらけになっている。
「……それなら、仕方ないわね。でも、話しかけないで。何も、近くだからって授業が始まるまでは会話しなきゃいけない訳じゃないでしょう」
 女子生徒達はリドルの隣に座りたいんだろうけど、私が近くにいるから寄ってこない。なるほど、私は虫除けって訳ね。

 ガラッと扉が開き、ダンブルドア先生が入ってきた。
 一瞬、先生と目が合う。それから、先生の視線が唯一私の傍に座っているリドルに注がれた。
 その目。今までに、見た事のない目。
 先生は、リドルを警戒している。

 それは、一瞬の出来事だった。
 先生は出席を取り、授業を進める。





「――では、マーガレット、この部分を読んでくれるかね?」
「はい、先生」
 私は教科書を手に、立ち上がる。

 ダンブルドアだけよ。
 私を信じてくれているのか、私を恐れたりしない。他の教師達は生徒と同じく、私が「スリザリンの継承者」だと思っている。そりゃあ、普段の素行を見たら疑いたくなるのだろうけど。
 でも若し私が継承者なら、隠れてコソコソとなんてやらないわ。堂々と排除していく。
 それに、私は殺しなんてしない。絶対に。
 私が死にたくないから。だから、他の人だって同じだと思うもの。
 将来が、卒業後も生きている事が、本来なら約束されている人達を殺すなんて、私は決してしない。
 でも、そんな事他の人達には分からないの。ただ、表だけを見る。
 私なんかより、今斜め後ろで真面目なふりをしているリドルの方が余程怪しいと思うけど。

 私が退学にならないのは、アズカバン送りにならないのは、証拠が無いから。
 でも。
 こんな卑劣な事をする奴の事だ、いつ証拠を偽造されるか分かったもんじゃない。

 その前に、私自身が捕まえなくては。





 ノートを写している時だった。不意に、発作が私を襲った。
 羽ペンが私の手から落ちる。羊皮紙に広がっていくインクのシミを見つめながら、ただ耐える。
 大丈夫。少ししたら、楽になるんだから。
「……っ」
 私の席の横に、誰かがしゃがみ込んだ――ダンブルドアだ。
「医務室へ行くかね?」
 私は首を振る。
 ここで教室を出て行って、その間に誰かが襲われたら。若しも私がその現場に居合わせてしまったら。そしたら、私は確実に犯人に仕立て上げられる。
 そんなの嫌だわ。
 そうでなくったって、授業を途中で抜け出すなんてしたくない。逃げてるみたいで。

 ダンブルドアはしつこくは言わなかった。立ち上がり、再び生徒達の間を徘徊する。
 ベルが鳴ってその日の授業が終了し、私は医務室へと向かった





 医務室に入ってきた私を見て、校医は明らかに動揺した様子だ。私が、石にされた人達に止めを刺しに来たとでも思ってるんでしょうね。
 その為だろう、私が寝かされたベッドは他の人達から一つだけ離された所にあった。
 私はカーテンを閉め、ベッドに潜り込む。
 校医までも、私を信用しなくなった。
 如何して私が、マグル出身の私が、他のマグル出身者を襲わなくちゃいけないのよ。誰もその事に気づかないのかしら。

 ドタバタと駆けてくる足音がした。
 あぁ、また。また、誰か襲われたのね。
 二、三人の教師達が医務室に飛び込んできた。
「如何しました」
 如何したかより、誰がといった感じで校医が尋ねる。
「またよ。生徒が襲われたわ。今回は複数。ベッドの準備を。足りるかしら……」
「わかりました」
 私のベッドのカーテンが開けられた。
 駆けつけてきた教師二人は目を丸くしている。
「ミス・ルイス。悪いですが寮の寝室で休んで下さい」
「はい」
 私はベッドを抜け出し、教師達の横を通って医務室を出ようとする。

 すれ違い様、教師の片方に呼び止められた。
「ルイス。君は医務室に来る前、何処にいたかね?」
「授業が終了して、直ぐにここへ来ました」
 私の返事に、校医が叫んだ。
「そんな筈ありません! 貴女は、本来かかる時間より少々遅かったと思いますよ」
 なんて事。
 私は本当に、信用が無い。
「時間がかかったのは、廊下が混んでいたからです。授業終了と共に、どの教室からも生徒達が飛び出してくる訳ですから」
 三人は私の言い分に眉を顰める。明らかに疑っているのがわかる。

 遠くから、再びドタバタと足音が聞こえてきた。今度は教師の半数が来てるんじゃないかってぐらいの人数。
 医務室に現れた教師達は、それぞれが石のように固まった生徒を抱えている。――全部で、六人。皆、ハッフルパフ生。それは、今朝、私の噂を大声で話していた人たちだった。
「如何して、ルイスが――?」
 教師の一人が、怯えるように言った。
「何故、ルイスがここに!?」

「彼女は持病がある。ここにいてもおかしくはない。午後の授業の時、発作が起こったようだしね。それは私が証明する」

 ダンブルドアだ。
 ダンブルドアは私と目が合うと、にっこりと微笑んだ。
「具合は如何かね?」
「ありがとうございます。この通り、大丈夫です」

「ダンブルドア先生。ミス・ルイスにはアリバイがありません」
「ミス・ルイスが犯人だという証拠でもあるのかね?」
 それを言われ、校医は言葉に詰まる。
 私は未だ疑いの眼で見ている教師達を睨み付けた。
「私はマグル出身です。その私が『スリザリンの継承者』だなんて、ありえない事だと思いますが? 私にはマグル出身者を襲う理由なんてありません」
「ルイス。君は確か、両親に捨てられたのではなかったかね?」
「捨てられてなんかないわ!!
私は捨てられてなんかいないわよ! 家族には何かあったんだわ。だってこんな時代だもの。勝手な事を言わな――っ」
 苦しい。
 発作だ。
 でも、この場でしゃがみ込むなんて嫌だ。
 顔は苦しさで歪んでいるかもしれない。でも、事情を知っている寮監と校医とダンブルドア以外は、怒りからだと思う事だろう。否、事情を知っている彼らでさえ、怒りで歪んでいると思うかもしれない。実際、私は今、非常に怒っているから。

 だが、ダンブルドアは気がついたようだ。
「マーガレット。寮へ戻りなさい。私が送っていこう」
「……は、い」
 何とか、返事をする。
 医務室を出ようと教師達の間を通り抜けると、そこにはリドルがいた。
「トム。一体、如何したのかね?」
「監督生として、何か手伝える事は無いかと思いまして――」
「では、リドル。こっちにきておくれ」
 教師の一人に呼ばれ、リドルはそちらへ行った。
 ……一体、何処から聞いていたのだろう。





 それから数ヶ月の間で、何人もの人が襲われた。
 このままでは、ホグワーツは閉鎖してしまう。そんな噂までもが囁かれるようになった。
 犯人の足取りは未だ掴めない。ただ分かるのは、犯人が襲撃しているのは、決まって私にアリバイの無い時。だから尚更、私が疑われる。如何して私を嵌めるんだか知らないけど、今更だわ。
 でも……アズカバン送りは嫌ね。

 そして私は、疑わしい人物に気がついた。如何して今まで気がつかなかったのかしら。
 疑うべき人物。
 いつも、優等生の仮面を被っている人物。
 スリザリン生達に「スリザリンの末裔に違いない」と崇められている人物。


 トム・マールヴォロ・リドル。


 調べてみれば、彼もアリバイは無かった。それでも疑われないのは、彼が優等生だから。私は、仮面の選択を間違えたという事ね……。
 彼は私を嫌っている。尤も、殆どの者が私を嫌っているけれど。でも、彼はそれ以上に。そして、彼なら「スリザリンの継承者」だとしても頷ける。
 彼がこの状況を延々と続ける筈が無い。私はじりじりと追い詰められている。
 ……再び、あの仮面を剥ぎ取ってみようか。





 「魔法薬学」の教室から、リドルが出てきた。彼はそこに立っている私を見て、あからさまに顔を顰める。
 扉を閉じると、私の方を一瞥した。
「態々そんな所で待ち構えて、一体何の用だい?」
「こういう時、『優等生』って楽ね。行動範囲が掴みやすくて」
「質問に答えてくれないかな?」
「思い当たる事は無いのかしら?」
 私は逆に聞き返す。
 リドルは笑った。
 仮面の優等生面の笑顔ではない。黒い、笑み。闇が彼を取り巻いている。

「へぇ・・・・・・やっと気がついたって訳だ? どうだい? いつアズカバンに入れられるかも知れないって気分は」
「そうね。アズカバンってのは緊張感があるかしら。
……一体、何が狙い? 私をアズカバンに入れる事? 馬鹿げてるわね」
 そんな事の為に。こんなにも多くの人達を襲撃するの?
「ああ。馬鹿げてるね、そんな事。
僕の狙いは、君をアズカバンに入れる事なんかじゃない――この学校から『穢れた血』を追放する事だ。現に、恐れをなした『穢れた血』共が先を争って自主退学している。
そして、君は序でさ。君は目障りだ。新聞で君の名を見続ける事になるのも嫌だね。だから一度しか君の名が載らないように――

君を、殺す」

 ぞくりと背中の毛が逆立つ。彼は、本気だ。本気で、私を殺そうとしている。
 駄目、怯んじゃ。仮面を自ら外すなんて馬鹿げてるわ。
「ほんと、つくづく貴方って馬鹿ね。こんな事を続けて、ホグワーツが続くと思ってるの? それとも、友達のいない優等生さんには『ホグワーツが閉鎖するかもしれない』なんて噂、耳に入らないのかしら」
「君に『友達がいない』なんて言われたくないね。そんな噂、とっくに知ってるさ。君と違って、僕には同等の『友達』という存在がいなくても、下等である『取り巻き』の連中がいるのでね」
 あぁ、駄目。
 私のは仮面だから。彼は素だから。
 私は、こんなにも脆い。
 でも、そう簡単に外すものですか。
「あら。知ってるのね。なら、尚更馬鹿だわ。ホグワーツが閉鎖すれば、貴方はこれからずっと、大嫌いなマグルの中で暮す事になるのでしょう?」
「そうだね。一応ここへ残る願書は出したけど、このままじゃ駄目だろうな……だから、近い内に決着をつけるつもりだよ。楽しみにしていてくれ」
 リドルはにぃっと笑うと、私をその場に残し、去っていった。

 近い内に決着をつける、か……。





 死が、刻々と近付いている。それはどれほどまで近付いているのか分からないけど。
 でも。
 近付いているのは確かだ。
 そしてリドルは、私を精神的にも追い詰めているつもりでいる。
 教師達の監視が厳しくなった。私が一人で歩いているだけで、疑わしげな目を向ける。
 最早、大声で私の悪口を言う者はいない。当たり障りの無いように。それでも、悪質な方法で私を攻撃しようとする。
「ルイスさえいなければ、ホグワーツは平和なんだ」
 そう、思うから。
 そして、襲撃されている人物はその犯人。私にだって犯人が分かるのに、リドルに分からない筈が無いのよね。
 でも、リドルは知らないの。

 私は、追い詰められるほど強いって事。

 知らずに、私を追い詰める。
 私を殺す?
 そんなの、脅迫にも何にもならない。私は、死なんて怖くない。死にたくないとは思っても。だって、何れ来るものだもの。それに私には、未来が無いから。持病の所為で、いつ死ぬか分からないから。
 だから、いつ殺されるか分からない状況なんて、別に怖いとは思わない。
 ただ、悔しい。何にも対抗できずにあっさり死ぬだなんて、私は嫌だ。病気だって、折角戦ってあれから一年と言われた命を五年も生きているのに。なのに、リドルなんかにあっさりと殺られるなんて。





 そして事件は、意外な形で幕を閉じる事となる。


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2006/12/12