ざわつく観客達。
優勝杯に触れた者があった為か、迷路は消えた。如何いう仕掛けなのか、迷路の中にいた筈のスクリュートやらスフィンクスやらも消えている。
競技場には、ただ一人。
中央に立つは華恋だけ。
教師陣が駆け寄ってくる――きょろきょろと二人を目で探しながら。
中に、偽ムーディを見た。明らかに驚き、動揺しているその表情。
華恋は、奴らの謀略を砕いてやった。
――勝った。
思わず、笑みが漏れた。
No.20
「ポッター! 二人は一体……!?」
マクゴナガルが猶も辺りを見回しながら叫ぶように言う。
華恋がいるのは、中央。しかし華恋の手に優勝杯は無く、迷路の何処かにいる筈のハリーとディゴリーの姿も無い。それで、先生方は狼狽しているのだろう。
生徒達もざわついているのが分かる。
ダンブルドアが進み出た。
「カレン――何があったか、話してくれるね?」
――ああ、そうだ。
言っておけば良かったのかもしれない。今更気づいても、後の祭りだけれども。
「優勝杯がポートキーになっていたようです……三人、ここに辿り着いて、三人、同時に優勝杯を掴もうという事になりました。そして――二人は――私は、少しタイミングが遅れてしまって。二人は、何処かへ行ってしまいました」
ヴォルデモートの名前は出さない。この場には、コーネリウス・ファッジがいるから。
ここでヴォルデモートが如何のこうのと言ってしまえば、華恋が行かなかった意味がなくなってしまう。
「何処かへ、だと――!?」
「何者かがポートキーに手を加えていた、という事じゃな」
「恐らく、ポッター二人の名前をゴブレットに入れた人物ではないかな。奴は、こうして二人を殺すつもりだったのだ」
華恋は、人知れず鼻で笑う。
事の発端が何を白々しい。
「殺す!? 何かと思えば、全く……誰がこんな子供二人の命を狙うと言うのかね!」
「それは、貴方にも予想がつくのでは?」
「何を――そんな、それで、彼女の代わりに、うちのセドが連れて行かれたと言うのかね!!?」
「ディゴリー。貴方も、分かっているだろう。今年の夏にも――あー――?」
ファッジは語尾を誤魔化しながら言った。侵入者と間違えてゴミ箱を攻撃したという件だろう。確かその時、クラウチJr.が本当に襲ってきたのだった。それで、本物ムーディはやられて――
あのムーディを倒せるのだから、偽ムーディ=クラウチJr.は意外と強いのだろうか。それとも実際に手を下したのは、ヴォルデモートだったろうか。
ぼんやりとそんな事を考えている間に、教師陣は三々五々散っていく。ダンブルドアは――その何もかもを見透かすような目つきで、こちらを見ている。
どうも、悩んでいるようだった。
ダンブルドアの視線は、華恋、それから偽ムーディを見ている。
どちらを怪しむべきか。それを悩んでいるのだろうか。
ダンブルドアと見詰め合うと言うのも嫌なので、他の所をきょろきょろと見回す。すると、今度はスネイプと目が合った。
スネイプは眉間に皺を寄せ、こちらを睨むようにして見ている。尤も、眉間に皺が寄っているのも、華恋を睨むように見るのも、いつもの事だが。
不意に、スネイプは右腕を押さえた。それと共に、華恋から視線が逸らされる。
とうとう、死喰人の呼び出しか。
「カレン」
マクゴナガルに呼びかけられ、我に返る。
「あちらへ。マダム・ポンフリーが、怪我が無いかを診ます。他の選手達もそこにいます」
示す先は、救護用テントのようなものだった。
観客の雑踏の向こうだ。もっと落ち着いた所に設置できなかったのだろうか。
短い返事をして、そちらへ歩いていく。
競技場から出た辺りで振り返れば、スネイプがダンブルドアに何か話している。暗闇の中の人影がそれと分かるのは、他の者達は既におたおたと何かしら動いていたからだ。
二人の会話は恐らく、闇の印の事だろう。
二人は連れ立って何処かへ行った。多くの人が行きかう中で話す訳には、いかないだろうから。
「ポッター」
「ゥ、ワ!?」
突然間近から話しかけられ、飛び上がりながらも振り返る。
――偽ムーディ。
失敗した。
ダンブルドアの側から離れてはいけなかった。
リドルの館へ行かずに済んでも、ここに死喰人がいたのだ。
「来なさい」
無視して横を突破しようとしたが、それは無謀な試みだった。
華恋は強制的に、人気の無い方へと連れて行かれた。――禁じられた森の方へ。
抵抗しても、華恋の力では全く意味が無い。「禁じられた森」の縁まで来て、華恋は乱暴に突き飛ばされた。勢いで地面に倒れこむ。
――痛ぇな、おい。
この状況でこんな事を心の中で言える自分も、なかなかすごいと思う。
「ほぅ……根性はあるようだな。泣き叫ぶかと思ったが」
恐らく今、華恋は奴の事を睨んでいるのだろう。
こうなるともう、開き直るしかない。
「……如何するつもり? 失敗してしまった償いに、自ら私を殺すっての?」
ポケットの中の杖を握り締める。
果たして、ハリーとは違って実績の無い華恋が死喰人に勝てるだろうか。せめて、この状況を逃げ出す事は出来るだろうか。
「何処まで知っている?」
偽ムーディは杖を突きつけ、落ち着き払った声で言った。
出来る限り危機を後回しにしようと、タイミングを探そうと、華恋は長々と話す。クラウチJr.の逮捕の件から順を追って。所々、思い出すように、考え込むようにしながら。
そうしても、奴は隙を見せない。
華恋は心の中で舌打ちする。やはり、一騎打ちになるのか。それでは、華恋に勝算は無い。
如何すればいい。
如何すれば。
――そうだ
「……ヴォルデモートは、ハリーと私を必要としてるんじゃないの?」
「な、に?」
「だから私とハリーをリドルの館へ送るように言われたんだろ。ここで私を殺せば、ヴォルデモートはハリーは利用できても、私は利用できない。効果は半分に激減するって訳だ」
「あの方の名前を、軽々しく口にするな!!」
華恋は口の端を上げて笑う。
表情とは対照的に、手の平は汗ばみ、心臓は波打っていた。
「それで? この考え方は、結構道理にかなってると思うんだけど?」
「ああ、そうだとも。殺しはしない。元々、そのつもりだ。驚いたな。この状況で、貴様ごときがそこまで考えられるとは」
「じゃあ、如何するっての? 即興のポートキーでも作る? でもそれじゃ、私にそれを触れさせなきゃだよね。力ずくで無理強いしない限り、不可能だよ? そんな事すりゃ、当然私の腕掴んでる訳だから、あんたも一緒にワープしちゃうし。そしたらダンブルドアにバレバレよ?」
――ワープって……。
自分の言葉に、自ら呆れ返る。何か、もっと格好良い言い回しをしたかった。
突然、側の茂みがガサガサと音を立てた。
咄嗟に華恋は叫ぶ。
「来るな!!」
そして――何をしたのか、自分でも理解できなかった。
気がついたのは、偽ムーディを地面に突き倒してからだった。
華恋は、奴が振り上げた杖を押さえようと飛び掛ったのだ
誰が来たのか分からない。
取っ組み合いの末、やはり華恋の力では到底敵わなかった。奴は地面に倒れた華恋の上に馬乗りになり、その手は華恋の首にかかっている。
息が苦しい。
――結局、素手かよ……。
この状況で未だにこんな事を考えられる自分に驚く。
「う……ぐ……っ」
涙で視界がぼやける。
息が出来ない。
このまま、死んでしまうのだろうか。
嫌だ。
まだ、やりたい事は沢山あるのに。
だから嫌だったのだ、ポッターだなんて。
抵抗しても、何の効果も無い。
――あぁ……駄目だ。
意識が遠のいていく……。
しかし不意に、華恋の首を絞める力が緩んだ。
その隙を突いて、華恋は奴に頭突きを食らわす。額が鈍く痛む。しかしその分、相手にもダメージを与えられたらしい。
奴が怯んだ所に、横から赤い閃光が襲い掛かった。
奴は咄嗟にそれを避け、そのまま走り去っていった。
赤い閃光の出所は、先ほどの茂みの辺り。視線をそちらに転じると、その暗がりにいるのは、どうも生徒のようだ。女子生徒。男ならば、年下か背の低い子だ。
「カレン! 大丈夫!?」
駆け寄ってきたのは、パンジー・パーキンソンだった。
「パン……ジー……?」
パンジーはしゃがみ込み、華恋の顔を覗きこむ。
「大丈夫? あれは、誰だったの?」
華恋の顔を覗きこんだところで、月明かりでは顔色なんて分からないだろう。表情だって、分かるかどうか。
それでも、パンジーの心配する表情が見えるような気がした。
なのに、華恋の口から出た言葉は質問への返事でも、ましてや感謝の言葉でさえなかった。
「いいの? あなた達、私の事ハブにしてるつもりだよね? パンジーまで一緒に標的にされるんじゃないの?」
「あんなの、一時だわ。一時はそうだったけど、もう終わってるわよ。そりゃあ、カレンの悪口を誰も言わないって訳じゃないけど……そんなの、当たり前だって事ぐらい分かってるでしょう?」
「……うん。それは」
「確かに一時、貴女は私達の標的にされていたわ。でも、今は違うのよ? 最初と同じよ。貴女が私達に近付こうとしていないだけだわ」
「……」
「……ごめんなさい」
華恋はきょとんとする。
「如何して――」
「一時とは言え、貴女を標的にした事には変わりないもの」
「一時? でも、今でも殆どが私を嫌ってると思うけど。本人が気づかないと思ってるの?」
――嗚呼。
本心を、露にしてしまった。
嫌な言い方だ。華恋は、こんなにも醜い。
「――そうね。貴女が気づいているなら言うけど、貴女、嫌われ者だわ。でも――でも、私は嫌いじゃない。カレンはただ、自分の感情を表に出さないから誤解されるだけなのよ。……って、私は思ってるんだけど……違ったらごめんなさい」
違わない。
――でも、駄目だよ。
華恋は、何の努力もしていないのに。なのに、こんな華恋を認めるなんて。
優しくしないで。
甘やかさないで。
付け上がってしまうから。信用してしまうから。
そして華恋は、自分を、相手を、「親友」という言葉で束縛してしまうから。少し相手が自分を避けただけで、「裏切られた」と思ってしまうから。
でも、これだけは言いたい。
「ありがとう……」
沈黙が訪れて不意に、悲鳴が耳に入った。
競技場の方からだ。
「あ……!」
ハリーが、戻ってきたのだ。
だから、クラウチJr.は去っていったのか。小娘二人なんて、簡単に片付けられただろうに。
それよりも、ハリーが重要だから。復活をダンブルドアに話されてはいけないから。ホグワーツ内に死喰人がいると、話されてはいけないから。華恋がそれを言うのと、ハリーがそれを言うのでは、全く違う。ハリーはダンブルドアに信用がある。それは、ポッターだからでもグリフィンドールだからでもなく。この四年間、ずっとダンブルドア側として、ヴォルデモートと戦ってきたから。
咄嗟に、駆け出した。パンジーが呼び止める声も気にしない。
ただ、ハリーの所へ行かねばならない。
この時華恋は、もう一つの失念していた事に気づいていなかった。
2010/02/21