クィディッチ競技場に駆けつけた時には、既にハリーと偽ムーディはいなかった。
ダンブルドアもいない。マクゴナガルも、スネイプも。
華恋は踵を返し、城へと走る。
ダンブルドアを呼ばなくては。ファッジを止めなくては。
ファッジと共に、吸魂鬼を入れてはいけない。
No.21
三階まで来て、前方にハリーとダンブルドアを見つけた。
「先生!」
ダンブルドアはゆっくりと振り返った。ダンブルドアが立ち止まり、ハリーも立ち止まった。
華恋は駆け寄る。
「ファッジ大臣がクラウチの元へ行く際、先生も同行して下さい。大臣は恐らく、吸魂鬼を護衛につけます。先生なら、止められますよね?」
「それは、何としても拒否するが――何故、そう思うのじゃ?」
「去年、生徒達がいるというのに、それでもシリウス・ブラック逮捕の為に学校に吸魂鬼を遣わしたと聞いたからです」
それでもダンブルドアは釈然としない様子だった。
それからふと、言った。
「そうじゃ――わしは、君に再び謝りたい。そして、お礼を言いたい。
君は、大切な情報を握っておった。そしてそれを、教えてくれていたのじゃからのう。君の話が無ければ、奴がハリーを連れて行った事にさえ気づかなかったかもしれん」
「いえ……」
「カレン、君も来てくれるかの?」
「嫌です」
言ったのは、華恋ではなかった。――ハリーだ。
そして、気がついた。ハリーは、華恋と目を合わせようとしていない。明らかに、意図的に違う方向を見ている。
「カレンには、ロンやハーマイオニーと同じく後で話します」
「……そうかの。カレンは――」
「私は構いません。では、これで」
言って、背を向けて階段へ向かった。きっともう、皆も寮にいる事だろう。
廊下を曲がった時、幽かにハリーの声が聞こえた。
「……ディゴリーさんご夫妻は何処に?」
辛そうな声だった。
そして、華恋は気がついた。
如何して、ハリーが視線を逸らしていたのか。如何して、ハリーは私を避けたのか。
――華恋は、ディゴリーを見殺しにしてしまったのだ。
失念していた。自分の身を守る事ばかりを考えていた。
一人の死。
彼が主要登場人物じゃないだの何だのなんて、彼の命の重さには関係ない。でも、華恋が忘れてしまっていたのは、きっと彼を「登場人物の一人」として見ていたからだ。
――私、最低だ。
この世界に来た時点で、既にこの世界の人達は一人一人の「人間」なのに。命があって、感情があって、ちゃんとその場に「存在」している。
最悪だ。
彼がこの年に死ぬと、分かっていたのに。確かに助けようともしていなかった。「登場人物」としてしか見ていなかったから。
でも、彼は存在していて、彼は死んでしまって、それによって、悲しむ人々がいる。
華恋は、知っていたのに。
本当に、何も変わっていない。
あの時に後悔したのに。如何して、ここでも繰り返してしまうのだろう。
「馬鹿だ……」
『華恋! 何しにここに来たの』
『なかなか来る事は出来ないんだよ。なんでそれなのに寝るかなぁ〜』
『あんな状態を見てショックなんだろうけど、お願い。もう一度会ってあげて』
ショックだからではなかった。
ただ、居心地が悪かった。「面倒」だった。
それだけの理由。そんな、幼稚な理由。
祖母が病気にかかり、入院した。
面会はなかなか出来ず、漸く会える日だった。手術前、唯一見舞いに行ける日だった。
その時に華恋は、その階の椅子や机のある所で、寝てしまっていた。完全に寝てはいなかった。あまり頻繁に皆が来るもんだから、そうそう眠る事なんて出来なかった。
行って直ぐ、たった一回、その個室に入って顔を見ただけ。
弱々しかった。話す事も出来ない状態。
その一回で、華恋は見舞わなかった。個室へ入る前に殺菌しなければならないのが、面倒だった。そして、会話も無く、妙な雰囲気が漂うその室内が、居心地が悪かった。
今はこんな状態でも、その内に退院するだろうと思っていた。手術をするという事は、助かる見込みがあるという事だから。それに、もう片方の祖父も同じ種の病気を患っていた。それでも入院はしていないし、元気に仕事だってしている。だから――
でも、祖母が退院する事は無かった。
手術が失敗した訳ではない。その手術に、体力が持続しなかったのだ。
通夜でも、葬儀でも、華恋は涙が出なかった。
あの感情を何と言うのか、華恋には分からない。後悔。寂しさ。悲しさ。――否、違う。そんな簡単な物ではなかった。
母も、姉も、父でさえ泣いていたというのに、華恋は泣かなかった。泣かまいとしていた。
それで本当に泣かなかったのだから、華恋は自分に心があるのか疑った。
側に誰かいれば、元気付けてくれたら、特にお年寄りの場合、病気に打ち勝つ事も出来るという。
祖母は、華恋が殺したようなものだ。
あの時、ちゃんと元気付けていれば。せめて、側にいたら。
もう、二度と会う事は無い。例え、元の世界に戻ったとしても。
特におばあちゃんっ子だった訳では無いけれど。それでも、華恋は「命の重み」を本当の意味で解っていなかった。死という物が、如何いう物なのか。
華恋は、何かをしようともしなかったのだ。
そして、今回も。
華恋は、セドリック・ディゴリーの死を知っていた。
なのに、何もしようとしなかった。今回で、ディゴリーは死ぬというのに。
あの時と同じだ。
今更気がついても、もう手遅れ。
スリザリン寮は、妙にざわついていた。
華恋が優勝できなかった事など、大した問題ではない。
ディゴリーが死んだ。その話で持ちきりだった。
「カレン!」
ドラコがこちらへ駆け寄ってくる。
その後に、同級生がわらわらと続いている。
「カレン、何があったか知らないかい? ディゴリーの死について――」
「貴女、ポッターとディゴリーが戻ってきた後、再び競技場に戻っていたわよね?」
他の生徒達が口を挟んでくる。
「それから、何処へ行っていたの?」
「どうして、あの時他の二人は消えてしまったんだ?」
――やめて。
今は話したくない。
でも華恋には、拒む権利も無い。見殺しにしたのだから。
「優勝杯が、ポートキーになってたみたい――三人で同時にって事になったんだけど、私、遅れちゃって」
何が「さよ〜なら〜」だ。どうしてあの後、笑みが漏れる。
自分の言動に後悔する。
でも、もう、手遅れ。
2010/02/28