ぴちゃん、と水音がする。ぴちゃん、ぴちゃん。小さな水溜りに水滴が落ちるように、一定の間隔で音は続く。
辺りは暗い闇。ごぽ……と水泡の浮くような音がする。音の出所を辿ると、下方に何かあるのが分かった。ぼんやりとしか見て取れないが、管のようなものが複数絡み合っているようだ。ごぽ、とまた音がして管が揺れ動く。管と管との間に出来た隙間から、ゆらりとたゆたう深い藍色が覗いた。
瞬く間にそれは消え、強い風に闇が吹き飛ばされる。突然の明るさに思わず目を瞑り、再度開く。景色は一転して緑の地面と青い空が広がっていたが、やはりぼんやりとしか認識出来なかった。
少し離れた所には、小柄な人影。長い髪の毛に、着ているのは白いワンピース……だろうか。
――女の子……?
もう一人誰かいるようだ。しかしその形を認識する前に、電子音で響く校歌がその世界を掻き消した。
弥生は目を閉じたまま枕元をまさぐり、携帯電話を手に取る。兄から貰った着信メロディ用の校歌を止めると、眠い目をこすりながら上体を起こした。服を着替え、顔を洗い、髪をいつもの二つ結びにする。校則に書かれているとは言え厳しく言われる訳ではないと分かったが、すっかりこの髪型に慣れてしまって授業のある日は毎日結ぶようになっていた。結んでいた方が動きやすいというのも、理由の一つだ。雲雀恭弥の妹として人質に狙われるような事はほとんど無くなったが、今もある一人のみとは喧嘩が絶えない。その他にもランボの手榴弾やリボーンの気まぐれ、直接関わる事は少ないが二年生から同じクラスになった男子生徒の命を狙う他校生らしき女子などトラブルは多く、動きやすいに越した事は無かった。
洗面所を離れようとして、弥生は動きを止めた。
ぴちゃん、と水音が聞こえた気がしたのだ。
弥生の他に誰もいない部屋。貯めていた小遣いと押しに負けて僅かながら受け取っている仕送りで支払えるような安アパートは大した防音もされておらず、耳を澄ませば隣近所の生活音も幽かに聞こえる。隣の部屋では、洗濯機が回っているようだ。テレビの音も聞こえる。
再び、今度ははっきりと「ぴちゃん」と言う音が聞こえた。隣の部屋ではない。
記憶も朧な今朝の夢。水音だけは、現実のものだったのか。洗面台を確認するが、蛇口はしっかりと閉められていた。風呂場も、台所も、閉め損ねている様子は無い。ぴちゃんと言う音は、まだ聞こえる。この部屋内と言うのは気のせいで、隣近所の音なのだろうか。よくよく聞いてみれば、下からの音に聞こえなくもない。
あまり深く考えず、弥生は鞄を抱え部屋を後にした。遅刻だけは御免だ。
No.21
「出所の分からない水音……怪談にでもありそうな話ね」
言って、花はニヤリと笑った。パックのカフェオレを飲んでいた弥生は、顔を強張らせてストローから口を離す。
「やめてよ、黒川さん……」
「弥生ちゃん、怖かったら今日はうちに来る?」
「だ、誰が怖くなんか!」
京子の言葉に慌てて否定して、背後の席を振り返る。それから、いつもなら絡んで来るであろう本人は休みである事に気付いた。獄寺のみならず、綱吉も、山本も。そもそも、そのために京子が一緒に昼食をとろうと声を掛けてくれて今に至るのだ。
顔を正面に戻すと、黒川花のにんまりと笑う顔が目に入った。
「……何」
「やっぱり休んでると気になるんだね」
「別に獄寺が学校サボろうと、私には関係ないよ」
「ん? 私、名前なんて言ってないけど? 休みは三人いるのに……」
「な……っ」
弥生は返す言葉も浮かばず、口をパクパクさせる。
「何だかんだ仲良いものね、あんた達。喧嘩するほどって奴? 一昨日なんて、授業中にまで……」
「土曜のは違っ……あれは六道が……」
「ろくどう?」
きょとんと京子が目を瞬く。同じく、花も聞き慣れない名前にきょとんとしていた。
弥生は口を噤む。彼女達は、六道骸を知らない。もちろん、彼の幻術などと言う現実離れした能力も。
そもそも彼が夢の中や――先日は起きている時にまで話しかけて来たなんて、綱吉達にさえ話していない事だった。
あれは、先週の土曜日の事――
「その後、『大好きなお兄ちゃん』とはどうですか? 弥生」
「!?」
弥生は辺りを見回した。
授業中の事だった。隣では綱吉がうとうとと船を漕ぎ、後ろでは獄寺が堂々と眠っている。教室の後ろの方では、山本が前の席の人の陰でこっそり眠っていた。いつもの風景。窓の外にも、教室の出入口にも、人影は無い。
慎重に辺りを見回すが、どの生徒の瞳も両目とも日本人らしい黒や茶色だった。
「クフフ……怖がる事はありませんよ。僕は今、確かに獄中ですから」
「怖がってなんかないよ」
弥生は小さな声で囁く。
しかし、彼は人の話を聞かない。
「まあ、無理もありません。今まで、お兄ちゃんを負かす人物なんていなかったでしょうからね。――ああ、アルコバレーノがいましたっけ。けれども彼は、君にもお兄ちゃんにも友好的だ。尤も、僕も弥生には友好的なつもりですが」
弥生をからかっているつもりなのだろう。骸はしつこい程に、恭弥の事を『お兄ちゃん』と呼ぶ。
弥生は無視を決め込んだ。黒板の板書が終わりに近付き、弥生は隣で眠る綱吉の脇腹を突いて起こす。次のトピックの音読に入る。眠っている生徒は当てられやすい。
無視程度で、骸は黙らない。
「近い内、また会えると思いますよ。君がもっと友好的なら、手っ取り早かったのですがね……まあ、仕方ありませんね。君は極度のツンデレですから。そう簡単にデレを見せてくれる事は無いという事は覚悟しています」
鬱陶しい。
鬱陶しい事この上ない。
しかし、無視は出来なかった。彼の言葉には、一つ、気になる点があった。
「……どう言う事?」
綱吉が驚いた表情でこちらを向く。そして、当てられないよう教科書の後ろに首をすくめた。
弥生が問うたのは、もちろん、授業の問題に対してではない。
また会う事になるとは、一体どう言う事なのか。彼は獄中にいるはずなのに。
「僕は、力になってくれる子を見つけました。もう君達の近くまで来ていると思います。可愛い僕のクロームを、よろしくお願いしますね」
「私が君の仲間なんかと仲良くすると思う?」
「仲間? 手駒の間違いでしょう。まあ、クロームは可愛がっているのも確かですがね」
「その子に同情するよ」
「クフフ……嫉妬とは可愛いですね」
弥生のシャープペンシルがばきっと音を立てて壊れた。綱吉が弥生の表情を見て、「ひぃっ!」と小さく叫び声を上げる。その声に獄寺が目を覚まし、ガンッと弥生の椅子の背を後ろから蹴る。
「おい、暴力女。十代目を脅してみろ、俺が黙っちゃいねーぞ」
「鬱陶しいよ。話しかけてこないでくれる、変態」
「何だと!?」
話しかけてもいない獄寺が声を荒げる。教師が、先程の綱吉みたいな叫び声を上げた。
一方、話しかけられた相手は笑っていた。
「クハハハハハ! 図星でしたか!」
「果てろ!」
「うわあああああっ!? 教室でそんな物投げたら――」
獄寺のダイナマイトの先端を、弥生は鉄パイプのひと払いで全て叩き潰す。
教室は戦場と化す。ダイナマイトと鉄パイプの応酬から逃げるように、未だ眠っている山本を除く全ての生徒が教室を飛び出して行った。勇気があるのか危機感が無いのか、一部の生徒は廊下側の窓から二人の戦闘を見物する。徐々に、他のクラスからも生徒が集まってくる。弥生と獄寺の戦闘は、最早並盛中学の名物風景だ。
「クフフ、楽しそうですね」
「君がこの場にいればいいのに。そしたら、直接叩き潰せる」
「クフフ……そんなに僕に会いたいですか。もう少しの辛抱です」
「後半の言葉、聞こえてた?」
風紀乱れる現場に雲雀恭弥が姿を表し、事態は収束した。校舎内では喧嘩をしないと恭弥と約束していたのに。骸のせいで、約束を破る事になってしまった。
――今度会うような事があれば、絶対に叩き潰す。
「でも、本当にどうしたんだろうね。ツナ君達。昨日の今日だから、ちょっと心配だな……」
「もしかして、商店街であったって言う騒動の中に、あんた達いたの!?」
京子と花の会話に、今度は弥生がきょとんとする。
「昨日? 何かあったの」
「そっか。弥生ちゃんは、いなかったんだっけ」
そう言って京子は、日曜日の話をしてくれた。何でも昨日、綱吉、山本、獄寺、京子にハル、そして子供達と言った大所帯で商店街へ遊びに行ったらしい。
「山本から電話入ってたのって、それか」
「うん。山本君、連絡付かなかったって言ってた」
「昨日は、お兄ちゃんと海行ってたから……」
「こんな時期に海ぃ?」
すっとんきょうな声で言ったのは花だ。弥生は頷く。
「もちろん、泳いではないけど。人いなくて良かったよ。
でも、皆で集まってたならそっちも行きたかったな……」
「じゃあ、今度の週末にでも一緒に出掛けようよ。もちろん、花も」
「あ、ごめん。私、今週は親と出掛ける予定が……」
「じゃあ来週の日曜にしよう。それなら、空いてる?」
「それなら……。でも、子供達まで一緒は嫌よ」
花はキッと京子を見て念押しする。京子はクスクスと笑っていた。
「あ、ねえ。そしたら、ハルちゃんも呼んでいいかな。新しく出来たケーキ屋さん行ってみたいんだ。ハルちゃんも、ケーキ好きだから……」
「もちろん。それで、昨日の話の方は?」
「あ、うん。皆で出かけてたんだけど、途中で爆発があって、剣を持った髪の長いお兄さんが出て来て……。もう一人いた、頭に炎のある人の方は、ツナ君の事知ってるみたいだったな」
二人は喧嘩をしていたらしい――と京子は話すが、恐らく戦闘だろう。リボーンに子供達を連れて逃げるように言われ、その後の事は分からないらしい。
「あいつらが何かトラブルに巻き込まれるのは、いつもの事だからねぇ……。何はともあれ、京子が無事で良かったよ。
あいつらの事なら、心配ないんじゃない? 何かあったなら、もっと大事になってるでしょ。九月の事件みたいにさ」
弥生も花の言葉に頷く。それに、六道骸一味を倒したらが、そう簡単にやられるとは思えない。リボーンもその場にいたのならば、尚更。
だが、何か関係がある事は確かだろう。綱吉を知っているようだったと言う人物の、額の炎――恐らく、綱吉がリボーンに撃たれた時に発しているのと同系統のものだろう。また、何か大事に巻き込まれているのだろうか。
予鈴が鳴り、寄せ合わせていた机を元に戻しながら花がふと思い出したように言った。
「水音の事だけどさ。幽霊は冗談として、どっか水漏れでもしてんじゃない? 大家さんにでも相談した方がいいかもよ」
花の予想は、正解だった。アパートへ帰ると、郵便受けに断水のお知らせが入っていた。夕方には大家が直接訪れ、近所の銭湯の回数券を置いて行った。風呂場に繋がる給水管が、のため割れてしまったらしい。台所や手洗いは問題無いが、風呂場は蛇口もシャワーも使えない。業者が商店街の方で手一杯で、修繕は二週間後になってしまうとの事だった。
風呂場以外の水道は使えるのだから、沸かした湯をバケツにでも貯めて持ち込めば自宅で入れない事も無い。しかし、せっかく回数券を貰ったのだ。久しぶりに大浴場で広々入るのも良いだろう。ここはありがたく、場所を教えてもらい銭湯に行くことにした……のだが。
――近くって言ってたのに……。
もう、かれこれ一時間近く弥生は夜道を歩いていた。
大家の話では、銭湯はアパートからさして遠くないようだった。口頭で道を聞き、その程度ならば一人で行けるだろうと思ったのが、間違いだった。
少し道を間違えただけ。近いのだから、その内着くだろう。
端から見れば迷っている事は明らかなのに、当の本人はそんな安易な考えで道を突き進む。
きょろきょろと辺りを見回しながら歩いていた弥生は、視界の端に映った姿にぴたりと足を止めた。
公園の横を通りかかったところだった。並盛中央公園のような大きな公園ではない。ブランコとすべり台、砂場、鉄棒、ベンチ、水道と一通りの遊具や設備はあるものの、ボール遊びには向かないだろうと思われる小さな公園だった。
こちらに背を向け、ベンチに座る人物。弥生はその後姿を凝視し、目を見開く。背もたれで頭しか見えないが、十分だった。電灯に照らされた藍色の髪、その特徴的な髪型、肩だけとは言え見えている深緑色の制服、間違いない。
「なんで……ここに……」
呟く弥生の手には、鉄パイプが握られていた。今度会うような事があれば、叩き潰す。こうも早く、その機会が訪れようとは。
問い詰めるのは、叩き潰した後でも遅くない。
「六道骸……」
弥生は目線ほどの高さしかない手すりに片手を掛けると、一気に飛び上がる。手すりの天辺を踏み台にして、更に高く飛び上がった。
「……覚悟!!」
弥生の声に、目標の人物が振り返り立ち上がった。
「きゃ!?」
――え?
空中で鉄パイプを振りかざしながら、弥生は目を瞬く。
立ち上がった人物が着ているのは、隣町の黒曜中学校の制服で間違いなかった。しかし、下にはいているのはズボンではなく。そして、身長も、顔さえも――
――人違い!?
「嘘……ど、どいて――」
慌てて鉄パイプは下ろすも、空中での方向転換は不可能。
女の子は言われるままに、慌てて身を引く。弥生はそのまま、地面へと落下した。
「痛……」
手足についた砂を払いながら、弥生は身を起こす。
「あ……ごめ――」
「ごめん。大丈夫? 怪我してない?」
少女は少し驚いた顔をして、頷いた。
へその覗く短い上着に同じく短いスカート、右目の眼帯やベルトの髑髏マークと言った服装とは対照的に、本人はふんわりとした雰囲気の子だった。年の頃は、弥生と同じ程だろうか。突然殴りかかった弥生に怯えるでもなく、大きな丸い瞳はまじまじと弥生を見つめている。
大丈夫だと頷かれながらも、弥生の視線は少女の身体に怪我が無いかを確認していた。特に外傷は見当たらない。どうやら、本当に避け切ったらしい。
そして弥生は、彼女の背後へと目を留めた。ベンチに置かれた鞄は、もちろん彼女のものだろう。その上に置かれたチラシ。
「それ……」
「……?」
指差した先を、彼女はきょとんと振り返る。
弥生は、地面に放り出された自分の鞄から銭湯の回数券を取り出していた。彼女の持つチラシと、弥生の持つ回数券。そこに明記された銭湯の名前は、同一だった。
「もしかして、その銭湯に行く……?」
少女は、無言のまま頷く。
「道、教えて」
眼帯に覆われていない左目がぱちぱちと瞬かれる。そして、彼女は頷いた。鞄を抱え、弥生に背を向ける。
「こっち……」
少女の案内によって、弥生はようやく銭湯に辿り着く事が出来た。途中からは弥生もよく知る道で、大家の言うとおりアパートから銭湯は迷わず行けば五分とかからないであろう距離だった。
「……こんなに近かったんだ」
さして大きくもない銭湯だった。営業時間も短く、弥生らが着いた時には閉店まで一時間を切っていた。少女が料金を支払い入って行ったのに続き、弥生も回数券を取り出す。
「おっ。もしかして、家野さん所のアパートの子かい?」
弥生の差し出した回数券を見て、番頭のおばさんは言った。確か、大家の苗字がそのような名前だった気がする。曖昧ながらも、弥生は頷いた。
「水道管が破裂しちゃったんだってね。大変だねぇ。家野さんとは、長い付き合いでね。何件か風呂が使えなくなったって聞いたから、回数券をまとめて安く売ってやったのさ。さっきの子は、友達かな。うちは店閉めるの早いけど、どうしても遅くなる時は先に連絡くれれば開けておくから。もしかして、まだ後から家の人も来るかい?」
「来ない。私、一人暮らしだから。他の家は知らないけど」
簡潔に答え、脱衣所へ入る。弥生が足止めを食らっている間に、少女はもう服を脱いで浴室に入るところだった。閉店時間が近いためか、元々客が少ないのか、女湯には彼女の荷物しかなかった。弥生も適当な棚のかごを表返し、衣類を脱いでタオル、シャンプー、リンス、洗顔料を手に浴室に入る。
先に入った少女は、右手奥で髪を洗っていた。弥生は隣でもなく、反対側の壁沿いでもなく、入って直ぐの水道前に椅子を置く。
――あの髪、結んでるわけじゃないんだ……。
身体を洗い終え、湯船に入る。他に人はおらず、浴室は静まり返る。湯船の隅で湯が入るごぼごぼと言う音だけが響いていた。
ふと思い出し、弥生は彼女に告げた。
「ありがとう」
少女は、きょとんと弥生を見つめる。
「道案内。助かった。君、ここによく来るの?」
「近い所が、改装工事で……ここのチラシが、置かれていたから……」
「私も、暫くはここ通いなんだ。家のお風呂、壊れちゃって」
それからまた、静寂が訪れる。
次に沈黙を破ったのは、少女の方だった。
「……一人暮らしなの?」
「うん」
弥生の返答は短く終わる。
少し間があって、再び彼女は口を開いた。
「さっき……ごめんなさい」
今度は、弥生がきょとんと彼女を見つめる。
ちゃぷ、と水面が揺れる。少女は肩まで湯に浸かったまま、水中を滑るようにして弥生の横まで来た。抱えた膝に、目を落とす。
「怪我、痛い……?」
膝には、先程公園で地面に飛び込んだ時のかすり傷が出来ている。弥生はやっと、彼女が何を謝っているのか理解した。
「君が謝る事じゃないよ。私が勝手に人違いして襲い掛かって、勝手に転んだんだから。君に怪我させなくて、本当に良かった」
弥生は淡々と話す。そして、こくんと頭を下げた。
「……さっきは、ごめん」
もし、あのまま気付かずに殴りかかっていたら。彼女は、戦闘経験のある骸や獄寺らとは違うのだ。どんな酷い怪我を負わせていたか分からない。
バツの悪さを感じながら、弥生は話した。
「黒曜中に、凄く嫌な奴がいるんだ。――いた、って言う方が正確かな。君と同じ髪型だったから……」
「……」
ざばっと音を立て、彼女は立ち上がった。そして、無言のまま脱衣所へと出て行ってしまった。弥生はぽつんと一人、浴室に取り残される。
怒らせてしまっただろうか。単純に何故殴ろうとしてしまったのか話しただけのつもりだったが、取りようによっては言い訳にも聞こえたかもしれない。
――許して、なんて言える事でもないな。
流石に人違いで叩き潰しそうになる初めてだが、喧嘩の多い日々を送っていれば怖がられるのも疎まれるのも慣れている。住む世界が違うのだから、仕方が無い。トラブル慣れしている綱吉や山本はともかく、京子やハルや花が親しく接してくれるのが不思議なくらいだ。
弥生が脱衣所に出た時には、既に彼女の姿は無かった。
2012/08/21