それから一ヶ月、華恋は何をしていただろう。
殆ど、誰とも口を利かない毎日が続いた。
魔法薬や魔法生物飼育学は、グリフィンドールと混合だ。その中でハリー達を見かけたが、全く言葉を交わさなかった。
華恋は、ハリーを避けていた。
ハリーも、華恋を避けていた。
それ以外は、第三の課題の前と何も変わらない毎日。ただ違うのは、ハリーは他の生徒達にも避けられているという事。あの記事で、皆、勝手な想像を語り合っている。
ずっと避けていたけど、明日からはそうもいかないだろう。明日からは、プリベット通りで暮らすのだから。
No.22
パンジー率いるスリザリンの女子達に紛れて大広間へ行き、スリザリンの席の一番後ろに座った。
ここから出たい。この大広間から。この学校から。
……逃げ出したい。
それは、卑怯だって分かっているけれど。でも、耐えられない。
樋口家では、あの家族は華恋の本当の家族ではないから、溶け込めないのだと思っていた。本当の家族ではないから、あの家に華恋の居場所は無かったのだと。
でも……違った。
ここでも、華恋には居場所が無い。
当たり前だ。華恋は、何もしていないのだから。
何もしようとしなかった。あちらでも、こちらでも。
華恋はまた、殺してしまったのだ。
ダンブルドアが立ち上がり、大広間には水を打ったかのような静けさが広がった。
ダンブルドアは生徒達を見回す。
「今年も、終わりがやってきた」
ダンブルドアは、じっと一箇所のテーブルを見つめている。
華恋はそちらを見る事が出来ない。
「今夜は皆に色々と話したい事がある。
しかし、まず初めに、一人の立派な生徒を失った事を悼もう。本来ならここに座って、皆と一緒に宴を楽しんでいる筈じゃった。
さあ、皆起立して、杯を上げよう。セドリック・ディゴリーの為に」
全員が、起立した。スリザリンも、例外ではない。中には、泣いている生徒もいる。
「セドリック・ディゴリー」
どの声も沈んでいて、それは低く大広間に響いた。
「セドリックはハッフルパフ寮の特性を多く備えた、模範的な生徒じゃった。忠実な良き友であり、勤勉であり、フェアプレーを尊んだ。セドリックをよく知る者にも、そうでない者にも、セドリックの死は皆それぞれに影響を与えた。それ故、わしは、その死がどのようにしてもたらされたものかを、皆が正確に知る権利があると思う」
俯いていた生徒達も、ぱっと顔を上げた。
「セドリック・ディゴリーはヴォルデモート卿に殺された」
生徒達の表情が凍りついた。恐怖に駆られたざわめきが広がる。
再び沈黙が訪れてから、ダンブルドアは続けた。
「魔法省は、わしがこの事を皆に話す事を望んでおらぬ。皆のご両親の中には、わしが話したという事で驚愕なさる方もおられるじゃろう。その理由は、ヴォルデモート卿の復活を信じられぬから、または、皆の様にまだ年端もゆかぬ者に話すべきではないと考えるからじゃしかし、わしは、大抵の場合、真実は嘘に勝ると信じておる。更に、セドリックが事故や、自らの失敗で死んだと取り繕う事は、セドリックの名誉を汚すものだと信ずる」
「……ダンブルドアは、これで終わりだ」
沈黙の中、幽かに声が聞こえた。
見れば、ドラコがクラッブとゴイルに何やらコソコソと話している。気がつかなかったが、隣に三人が座っていたようだ。
「これでダンブルドアはおしまいだ。こんな事を言えば、信用を失うだけさ。父上がそうするに決まっている。
いいか? ポッターはいかれてるって皆、思ってるんだ。それなのに、ダンブルドアはその言葉を聞き入れたって事だからな」
「――ハリー・ポッターの事じゃ」
ドラコは自分がたった今口にした名前が出てきて、ぎくっとダンブルドアの方を見る。他の生徒達は、ハリーの方を見ているようだった。
これを機に、ドラコは話を中断させる事にしたようだ。
「ハリー・ポッターは、辛くもヴォルデモート卿の手を逃れた。自分の命を賭して、ハリー・ポッターはセドリックの亡骸をホグワーツに連れ帰ったのじゃ。ヴォルデモート卿に対峙した魔法使いの中で、あらゆる意味でこれほどの勇気を示した者は、そう多くはない。そういう勇気を、ハリー・ポッターは見せてくれた。それが故に、わしはハリー・ポッターを讃えたい」
再び、起立して杯を上げる。
今度は、スリザリンの席で立ち上がった者は少なかった。四年生なんて、華恋しかいない。
座っている人達からの視線が痛い。
再び席に着くと、ダンブルドアは話を続けた。
「三大魔法学校対抗試合の目的は、魔法界の相互理解を含め、進める事じゃ。
この度の出来事――ヴォルデモートの復活じゃが――それに照らせば、その様な絆は以前にも増して重要になる」
ダンブルドアは視線を客人達へと移していく。
「この大広間にいる全ての客人は、好きな時に何時でもまた、おいでくだされ。皆にもう一度言おう。
ヴォルデモート卿の復活に鑑みて、我々は結束すれば強く、バラバラでは弱い。ヴォルデモート卿は、不和と敵対感情を蔓延させる能力に長けておる。それと戦うには、同じくらい強い友情と信頼の絆を示すしかない。目的を同じくし、心を開くならば、習慣や言葉の違いは全く問題にはならぬ。
わしの考えでは――間違いであってくれればと、これほど強く願った事はないのじゃが――我々は暗く困難な時を迎えようとしている。この大広間にいる者の中にも、既に直接ヴォルデモート卿の手にかかって苦しんだ者もおる。皆の中にも、家族を引き裂かれた者も多くおる。一週間前、一人の生徒が我々の直中から奪い去られた。
セドリックを忘れるでないぞ。正しき事と、易き事のどちらかの選択を迫られた時、思い出すのじゃ。一人の善良な、親切で勇敢な少年の身に何が起こったかを。たまたまヴォルデモート卿の通り道に迷い出たばかりに。
セドリック・ディゴリーを忘れるでないぞ」
その夜、スリザリンの談話室には妙な空気が流れていた。
スリザリン生の多くは、親もスリザリン出身だ。そして、死喰人。
だが、そうでない子もいる。
自分の親は、これからどうなってしまうのか。自分達の生活は、どうなるのか。
不安――そんな言葉が、浮かんでくるようだった。
華恋は早々に、寝室へと引きこもった。
寝室に戻ったところで、生徒はいる。何の話をしていたのやら、華恋が入ってくると、同室の子達はぞろぞろと出て行った。
部屋に残ったのは、華恋ともう一人。パンジー。
パンジーは躊躇いもせず、口を開いた。
「ねぇ、カレン……あの夜、あれは一体何だったの? 如何して、ムーディが貴女を襲撃していたの? それに、それなのに、ムーディはあの後もずっと教鞭を取っているし……」
「ああ、あれね。あの時のムーディ、偽者だったの。死喰人がポリジュース薬で化けてたんだよ」
出来る限り軽く言ったが、パンジーは目を見開き、息を呑んだ。
「嘘……ホグワーツに、死喰人が入り込んだなんて……」
「パンジーはダンブルドアの話、信じていないの?」
華恋の言葉に、パンジーは目を泳がせる。
「分からないわ……信じたくないの。でも、一年生の時から、着々と『例のあの人』が何かしていたのは確かだわ。そして、今年はとうとう死人が出た……でも……」
パンジーの親は、四巻で集合した死喰人の中に含まれていなかった。と言う事は、本当に何を信じれば良いのか分からないのだろう。
「それにしても、随分とタイミング良くやってきたよね。お陰で助かったよ」
「ごめんなさい……私、最初からついていってたの」
華恋はポカンと口を開ける。
「貴女とムーディが『禁じられた森』の方へ行くのが見えて……それも、カレンは引きずられてるって感じだったし。それで、ついて行ったのよ。私、少し離れた所に隠れてて。
何を話しているのか聞こえないから近付こうとしたら、カレンが叫んでムーディに飛び掛って――
それで、無我夢中で『失神呪文』を唱えたの。何とか二回ともカレンに当たらなくて良かったわ」
「そうだね」
苦笑する。
自信がないのに唱えたのかと突っ込みたいが、それは心の中でだけにして置く。
「――カレン」
「ん?」
「如何して、嘘を吐くの?」
――何が?
「カレンの笑顔って、偽者じゃない。適当に合わせてればいっか、とでも思ってるの? だから貴女、嫌われるんじゃない!!」
「別にいいよ」
「……嫌われていいって言うの?」
「うん」
近藤にも言われた事があった。
別に、嫌われる事で傷つきはしない。華恋自身、人間を好きではないから。
人は汚らわしい。もちろん、華恋も同類だと分かっている。だから、自分が嫌だ。
今更人に嫌われたって、別に何とも思わない。
――だって……。
華恋を最も嫌っているのは、華恋自身だ。
華恋は一人で、コンパートメントを独占していた。混んでない筈がないのに悪いとは思う。けれど皆、中にいるのが華恋だと確認すると、そそくさと他の所へ行ってしまう。周囲の方から避けていくのだ、一人で占領する事になっても仕方が無い。
今年、華恋は選手になったから。
特に目立った行動はしていなくても、それなりに皆、顔は知っているのだろう。
絡みづらい事だろう。ポッターでもあり、スリザリンでもある生徒。その上編入生で、この一年間、特に友達も出来なかった。暗い子だとでも思われているのだろう。尤も、強ち間違いでないかも知れないが。
でも誰が、自分が何もしなかった所為で人が死んだというのに、ヘラヘラしていられるだろう?
そんな事、到底出来ない。
華恋はまた、殺してしまったのだ。確かに何を如何すればいいなんて直ぐには思いつかない。でも、時間はたっぷり一年もあった。考えれば、何か方法が見つかった筈だ。ディゴリーが殺されずに済む方法が。なのに華恋は、何もしようとしなかった。如何すればいいか分からない事を言い訳にして。
その上、華恋はこの世界の人達を「人」として見ていなかった。最低だ。
がらりと、コンパートメントの扉が開いた。
入ってきたのは女の子。
――あ……。
「ここ、いい?」
華恋は無言で頷く。
ルーナは、目の前に腰掛けた。目の前の私には目もくれず、「ザ・クィブラー」を読み耽っている。
列車が発車した。
窓の外の景色は、後ろへと流れていく。
「……意外と、皆気づいてるんだね」
ルーナは返事も何もしない。
でも本を閉じたから、聞いてくれるようだ。
「私が嘘を吐いてるって事。そんなに分かりやすいもんなの?」
「誰か、他にも気づいたの?」
ルーナは飛び出したような目で、じっと華恋を見る。
「同室の子がね。私の笑顔、偽者だって」
「ふぅん」
確かに、華恋は無理に笑っている。自分でも分かっている。
つまらない事でも、取り合えず笑っておくか、そう思っている。
パンジーの言うとおりだ。気味が悪いぐらいに当たっている。
華恋は、リアクションが薄いらしいから、相手の話は笑って聞いているしかない。
「えーと、君、ルーナ・ラブグッド、だっけ?」
「うん」
「珍しいよね。本人に面と向かってああいう事いうのって、ルーナぐらいじゃない?」
「あんたもだよね。それも、本人に向かってだもん。別に、いいけど」
「あ」
やはり、華恋は未だにこの世界の人達を「人」として見れていないのだろうか。「登場人物」としてしか見ていないのだろうか。
それとも。
――若しかしたら……似たもの同士、って奴?
本を読んで、何となくそう感じた事はあるから。華恋も、あの世界で「変わってる」と言われた事がある。
少し笑みが漏れた。
ルーナは既に、再び「ザ・クィブラー」を読み始めている。
華恋も鞄から本を取り出した。
来年は、殺してはいけない。
ホグワーツ特急はキングズ・クロス駅に到着した。
荷物をまとめながら、ルーナは華恋を見上げた。
「来年、一緒に座る? あたしも、いつも一人で占領する事になっちゃうんだもん」
「うん。じゃあ、十分前にホームの看板の下で」
お互いに、特に話したりもしない。会話したり、一緒に騒いだり、そういう目的ではない。
でも、その方が楽でいい。
「じゃあね」
「うん」
柵の向こう側に出て、ダーズリー氏は一目で分かった。
兎に角、この人達は「まとも」が好きだ。魔法使いと言う事は変えられなくても、せめて礼儀正しくしておかなくては。
華恋が真っ直ぐそちらへ近付くのを見て、彼は全身を強張らせている。
華恋は誠心誠意の礼儀正しさと愛想笑いを浮かべた。
「初めまして。バーノン・ダーズリー氏ですよね? カレン・ポッターです。よろしくお願いします」
2010/03/08