私は見滝原中を駆けずり回った。学校、公園、商店街、駅前、私のわかる限り、全部。路地裏も縦横無尽に走り回って。
 もう誰を探しているのか、何を探しているのか分からなかった。さやか? ほむほむ? 杏子? それともキュゥべえやまどか?
 きっとさやかは、魔女や使い魔を倒して回っている。私にもソウルジェムがあれば、その輝きが手がかりとなっただろう。だけど、私は魔法少女じゃなくて。私は契約してはいけない。私が魔法少女になってしまったら、また同じ事を繰り返す事になってしまうから。ほむほむを永遠の迷路に閉じ込め続ける事になるから。
 何処にも誰も見つける事ができなくて。
 夜も更けた頃、携帯電話のバイブ音が鳴った。時計を見れば、もう三時を回っている。
「……はい。もしもし」
 我ながら、凄く沈んだ声。……だってもう、何を宣告されるのか予想はついていたから。
『帰って来なさい、加奈。もう、探す必要は無いわ。
 それよりも、気をつけて。今、野放しになっている魔女がいるのだから』
 オクタヴィア。かつて、美樹さやかだったもの。
 杏子はこれを、戻そうとする。QBに唆され、ありもしない望みに賭けて。
 そして杏子は、さやかと共に逝ってしまう。ほむほむは、一人になってしまう。私は、どうすればいい? 私は――





No.22





「……どういうつもりかしら」
 無表情で淡々と問うほむほむに、私はへらりと笑って見せる。
「まー、気にしない気にしない。ほむほむについて来てるって言うより、私もまどかを探しているだけだからさ」
「だから、それがどうしてと言っているのよ」
 さやかを探しに行ったまどかと杏子。私は学校前でほむほむを待って、まどかを探す彼女について行っていた。
「だって、ほら。二人はさやかを探してるんだからさ。その後を追って行けば、さやかに遭遇できるかもしれないじゃん?」
 ほむほむは、二人に追い着くから。だから、彼女と一緒にいれば私も会えるかなって。私一人じゃ、見付けられない可能性の方が高いから。
 まどかを探すってのは、例え杏子を見失ってもまどかの方は私でも追えるかなって、ただそれだけ。
「美樹さやかにはもう、言葉が届かない。そんな彼女と会って、あなたに何ができると言うの?」
「分からないよ」
 そんなの、分からない。私は無力で。邪魔者でしかなくて。私がこの世界に来た意味って、あったのかな。
 分からない。分からないから。
「私は、賭けてみたいんだ。本来ならいないはずの私の存在が、一つでも絶望の運命を変える事ができるのかどうか」
 私がこの世界に来た意味。そんなの、考えてたって分からない。動いて、流れを変えてみなきゃ。だから。
「大丈夫」
 私は、無表情のほむほむの頭にぽんと手をやった。
「ほむほむを一人になんてしないよ。ほむほむがまどかを守ると言うならば、私も彼女を守る。私は、ほむほむの力になりたいから。ほむほむの事、好きだから」
「……あなたって、バカね」
「よく言われる」
 へらへらと笑う。心なしか、ほむほむの口元も僅かに緩んだ気がした。

 日も西に傾く頃、私達はとある工事現場の前で立ち止まった。工事のシートに囲まれたまま、放置された建物。ほむほむが取り出したソウルジェムは、紫色に光っている。
「……ここみたいね」
 私達は慎重に、中へと入っていく。蹴破られた扉。きっと、杏子だ。
 階段を上がって行くと、魔女の影響なのか足場が崩れていた。途切れた道。その先に、結界が見える。弾き合う、赤と青の光。結界の外側からでも、苦戦しているのが分かる。杏子、あんなに強いのに。いつも、あんなにあっさりと魔女を倒していたのに。
 ――相手が、さやかだから。
 相手を倒すための戦いなら、杏子は強い。でも、杏子はさやかを殺そうとなんてしない。あきらめようとなんてしない。戦っている内に元に戻るんじゃないかなんて、淡い期待を抱いて。
「杏子……」
 ぶわっと青い光が弾けた。ぞわりと鳥肌が立つ。
 私はほむほむを振り返る。
「お願い、連れて行って!」
「……危険よ。死ぬかもしれない」
「解ってる」
「あなたとまどかが危険に晒されれば、私は迷わずまどかを助けるわ」
「もちろん、そうして」
「……」
 ほむほむは無言で私を見つめていたかと思うと、不意に私を抱きかかえた。
 う、うわっ、ほっ、ほむっ、ほむほむに抱きっ。
「しっかり掴まってるのよ」
 ほむほむの真剣な声に、私も表情を引き締める。
「オーケー!」
 ほむほむは地を蹴った。大きく跳躍して、結界の中へと飛び込んで行く。
 結界に入り込んだ途端に、辺りに響く轟音。オーケストラと、それからまるで、唸り声のような。
 視界に飛び込んできたのは、今にも握り潰されそうになっているまどか。ほむほむの顔色が変わる。しかし次の瞬間には、杏子の槍がオクタヴィアの腕をぶった切っていた。
 私達は、端の方へと着地する。
「あんた、信じてるって言ってたじゃないか! この力で、人を幸せに出来る、って……!」
 彼女は聞く耳も持たない。残ったもう一方の腕が床に剣をつき立てる。
 地響きがして、床が抜けた。ほむほむは前へと飛び出す。――お、わ。落ちる!
 世界が真っ青になる。反射的に、私は頭を持ち上げた。腕を開いて。
 バーンと大きな音を立てて、開いた腕が床を叩いた。背中……背中痛いいぃ……。内臓が腹突き破って飛び出ちゃいそうな、凄い振動。これで頭を打たなかったのは奇跡だ。
 背中を擦りながら身体を起こすと、ほむほむがまどかをお姫様抱っこしてゆっくりと隣に降り立つところだった。カシャンと音がして、私達の背後に槍が落ちてくる。
「杏子!」
 私の叫んだ声は、ほむほむと重なった。
 振り返った先には、青い炎。私達と杏子の間を、分かつように。
 杏子は脇腹を押さえながら、ふらりと立ち上がる。
「……よぉ」
「あなた……」
 ほむほむが呟く。
 私も直感していた。杏子は随分と疲弊している。……もたない。
「……良かった。神様ってのは、本当にいるのかな。最後に、会わせてくれるなんて。
 その子を頼む。あたしの馬鹿に付き合わせちまった……。加奈、あんたも逃げろ」
「何……何言ってるの!?」
 嫌だ。嫌だよ。また、私は何もできないの? そんなの……それじゃあ私は本当に、何のために……。
 ほむほむが身を乗り出す。しかし、格子状の赤い柵がそれを阻んだ。
「足手まといをつれたまま戦わない主義だろ? いいんだよ。それが正解さ。ただ一つだけ、守りたいものを最後まで守り通せばいい」
 杏子は笑う。いつもの強気な笑みじゃない。自重するかのような、悲しい笑み。
「なんだかな……あたしだって、今までずっとそうしてきたはずだったのに」
 杏子は髪を解く。落下する十字ピン。それをキャッチして、膝を突き手を組んだ。まるで、神に祈るかのように。
「行きな。こいつはあたしが引き受ける」
「嫌だ! 杏子が死ぬ必要なんて無いじゃない! 諦めないでよ……一緒に、帰ろうよぉ……!」
 大粒の涙が頬を伝う。
 帰ろう。
 杏子は、私を振り返った。
「ありがとう、加奈。まだそう言ってくれるんだな。あたしは、あんたを殺したのに」
 私の表情は強張る。
 どうして……どうして、知ってるの。
「魔法少女はいずれ魔女になる――さやかが変わるのを見るまで、あたしは知らなかったんだ。知らなかったからって、許される事じゃないけれど……そりゃ、怖いよな。辛いよな。自分自身が殺されたんじゃ」
「なん、で……」
「キュゥべえから聞いた。あずきの奴――あれは、あんただって事。そういう事だったんだな。あんたが色々知ってたのってさ」
 杏子は、くしゃりと微笑った。
「ごめんな。――バイバイ」
「杏――」
 槍が大量に降ってきて、私達は下がらざるを得なかった。
 槍の向こうに、杏子の姿が消える。遠くに見える光は、きっと杏子のもの。
 爆風のように強い風が来て、私は煽られる。辺りは歪み、崩れていく。
 壊れた結界の中心に膝をつき、私は呆然としていた。
 ――私は、何もできなかった。
 賭けの結果は、絶望。私は、何も覆す事ができなかった。単なる、邪魔者以外の何者でもなかった。
 足元に落ちたガラスの破片は、工事で出たものか、今の戦いで出たものか。拾い上げた破片に、暗い瞳が映る。
 月明かりに、白い刃が光る。夜闇に鮮血が散った。
「加奈!?」
 私は地面に崩れ落ちる。首筋に走る鋭い痛み。首を伝い、地面を流れて行く赤い液体。
 失敗。一発で致命傷を与えられなかった。力が弱かったのかな。息をすると、喉に染み入るような痛みが走って。……でも、大丈夫。きっと、直ぐだから。
 地面に横たわる私の傍らへと、ほむほむは駆け寄って来た。見れば、まどかは地面に丁寧に降ろされている。ほむほむはソウルジェムを取り出そうとする。
「や……めて……治さないで……」
「何を言っているの? このまま放置なんてしたら、あなた、死――」
「いい、の」
 いいんだ、それで。このまま時間が経てば私は失血死するだろう。
 つうっと、血とは別のものが顔を横に流れた。私はくしゃりと笑う。
「ごめんね、ほむほむ……私のせいで、ごめん、ね……」
「加奈……」
「わた、し……この世界、いちゃ、ダメ、だからさ。嫌、なの……私のせい、なんて、それだけは……嫌なの……」
 あの時。未来の私が魔女化したあの時、私は助けられちゃいけなかったんだ。私は、あの場で死ぬべきだったんだ。私は、この世界から消えなくちゃ。だってもう絶望しかない。私の存在は、皆を――ほむほむを、絶望の迷路に閉じ込めるだけだから。
 ほむほむ、泣いてるの?
「あなたが責任を感じる事なんて一つもない……! あなたは、消える必要なんて無いのに……!」
「優しいんだね、ほむほむ。ありがとう……」
「違うわ。本当に一つも無いのよ。……だって私は、あなたのせいで繰り返してなんかないもの!」
 霞んだ視界。ちらちらと焦点が合っては外れて。ほむほむの濡れた瞳は、真剣な眼差しで私を見つめていた。
「あなたをかばって言ってるんじゃないわ。ただ……あなたが更に辛いだろうからって、言えなかった……。
 あなたは私の時間軸に何の影響も与えていないの。だって……だって、私はあなたを知らない」
 ほむほむの声がだんだん遠くなる。必死に何かを伝えようとしているんだって、解る。
 ほむほむの言葉に、妙な引っかかり。でもそれを考えられるほど、今の私の頭ははっきりしていなくて。
 ぼんやりと堕ちて行く闇に身を委ねながら、私はその言葉を聴いた。
「私が過ごしたこれまでの時間軸に、あなたはいなかったわ」
 ……え?
 つまり、それは。
 思い起こせば、初めて会った時ほむほむは凄く私に不信感を抱いていた。前の時間軸で人となりを知っていれば、少なくともそんな事は無い……と、思う。多分。
 何にしたって、彼女のあの反応は初対面の不審人物に対するもの。
 ――ああ、バカだ、私……。
 そんな事にも気付かないなんて。気付かずに、こんな取り返しのつかない事をして。
 ほむほむの呼ぶ声を遠くに聞きながら、私の意識は闇に落ちていった。


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2011/07/17