一週間も終わりになって綱吉と山本は学校に姿を現したが、学校を休んでまで何をしているのか口を割ろうとはしなかった。まさか、了平の言う相撲大会が事実な訳ではあるまい。
 そして翌週の朝、また彼らの姿は教室になかった。
 ――お兄ちゃんもいない……。
 弥生は机に頬杖をつき、窓の外に目をやる。先週の数日間、恭弥は金髪の外国人と屋上で戦い続けていた。しかし、今日はどちらの姿も見当たらない。
 チャイムが鳴るまで、まだ時間がある。弥生は席を立つと、ふらりと教室を出て行った。
 道が合っているか何度か不安を抱けども、何とか見当違いな所に出る事はなく応接室まで辿り着く。しかし、そこに恭弥の姿はなかった。まだ、学校に来ていないのだろうか。あの恭弥が?
「……え?」
 教室に戻ろうと廊下を振り返り、弥生は目を瞬いた。
 何の変哲も無い、人気の無い廊下。いつもと変わらない景色だが、何だか妙な違和感があった。
 弥生は引き寄せられるように、窓辺へと近づいた。見下ろせば、登校する生徒達の姿。
 そっと窓に触れる。そして、息を呑んだ。
 ――この窓……。
 幻覚だ。視覚的にはいつも通りガラスがはめ込まれているようにしか見えないが、実体が無い。何があったのかは知らないが、この一角の窓ガラスが全て割れているのを幻術で何事もなかったように誤魔化しているようだ。恐らく、上下の階も同じだろう。
 幻術。それは、一人の人物を彷彿とさせた。
 兄の宿敵。弥生の大切な人達を傷付け、綱吉によって倒され何処かに捕縛されたはずの人物。一週間程前に、「もう直ぐ会える」と告げて行った彼。
「まさか……」
「ふーん……チェルベッロの幻術に気付いたか」
 突然掛けられた声に振り返り、弥生は飛び退き距離をとって身構えた。
 いつの間にか、背後に男が立っていた。金髪の外国人。その特徴は、連日恭弥と戦っていた謎の人物と一致していた。あの恭弥と互角、あるいはそれ以上に渡り合っていた人物。只者ではあるまい。
「あなた、一体……」
「ん? もしかして、恭弥の妹か!」
 警戒する弥生に構わず、彼はぱあっと表情を明るくする。
「話に聞いていた通り、あいつとそっくりだな。いやー、今日は山で恭弥と修業するつもりだったんだが、道を間違えちまったみたいでな」
「修業?」
 屋上で連日戦っていたのは、修業だったと言うのだろうか。やけに友好的な態度と言い、敵ではないらしい。
 そもそも、山に行くつもりで学校へ辿り着くなんて、どう道を間違えればそんな事になると言うのか。自分の事は棚に上げて、弥生は訝る。
「こんな所にいたのか、ボス」
 廊下の向こうから歩いて来たのは、黒いスーツに身を包んだ眼鏡の男性だった。
「あの坊主に待ちぼうけ食らわせたら、こっちに来ちまうぜ」
「ああ、直ぐ行く」
 スーツの男と共に去りかけた金髪の男は、思い出したように立ち止まり弥生の方へと戻って来た。
「そうだ、これやるよ。ツナによろしくな」
 そう言って弥生の手に渡されたのは、黒光りする拳銃だった。きょとんとする弥生に、今度はまた反対側から声がかかった。
「おはようございます、弥生さん。委員長に用ですか?」
「草壁」
 振り返った先に立つのは、額のリーゼントが特徴的な、どう見ても中学生とは思えない男子生徒。風紀委員副委員長、草壁哲矢だ。
「生憎、委員長はまだ登校していないようで……しかし、どうしたのですか? こんな所に立ち止まって。教室の方向ですか?」
「違う。この人達が……」
 少しムッとして、弥生は振り返る。しかし妙な二人組の姿はもう、何処にも見当たらなかった。





No.23





 その夜、弥生は学校へと向かっていた。土曜の夜に学校で綱吉達と会ったと、京子や花から聞いたのだ。京子は相撲大会の話を信じているようだが、花は疑っている様子だった。やはり、何者かと戦っていたらしい。
 今夜も同じ場所にいるとは限らない。それでも、確認する価値はある。
 角を曲がった所で、弥生は立ち止まった。校門に集まる四人――いや、五人の影。
「……やっと見つけた」
「弥生ちゃん!?」
 綱吉が振り返り、驚いた声を出す。
 ずっと音信不通だった彼ら。母親の様子では家には帰っているようだが、弥生が行った時にはいつもいない。
 けれど、今は。
「ねえ、お兄ちゃん知らない?」
 四人の顔色が明らかに変わる。言葉に詰まり、張り詰めた空気。
「……知ってるんだね」
「し……知らないよ」
「嘘を吐くなら、叩くよ」
 鉄パイプを握る手に力をこめる。
「本当だよ! 本当に、俺達は知らないんだ。雲雀さんが今、何処にいるのか……」
「……」
 嘘を吐いているようには見えない。
 弥生の手が動き、綱吉はビクッと肩を揺らす。鉄パイプを持つ手は、下げられた。分かりやすいほどに、綱吉は安堵の息を吐く。
「……で? 君達も学校をサボって、何してるの? もう、授業はとっくに終わってるよ」
 再び、彼らの間に緊張が走った。一番に口を開いたのは、了平だった。
「相撲大会だぞ! 皆で、相撲の勝負をしているんだ」
「それはもういいよ」
 弥生は、ばっさりと切り捨てる。
「ファミリーの内部抗争だぞ」
「リボーン!!」
 あっさりと話すリボーンに綱吉は慌てるが、その一言で状況を理解するのは困難だった。
「ファミリー?」
「見た方が早いな。さ、行くぞ」

 真っ暗な校内で、校舎の最上階の一部だけ明かりが点いていた。階段を上って行くと、廊下の先に黒服の集団が佇んでいた。長髪の男にティアラの少年にフードを目深に被った赤ん坊に厳つい大男に更に大きなロボット。見た目も随分とキャラの濃い集団だ。
 ピリピリとした殺気を身に感じ、弥生は鉄パイプを構える。
「下ろせ、弥生。大丈夫だ」
「何なの、あいつら」
「ヴァリアー。ボンゴレの暗殺部隊だ」
「暗殺……」
 ボンゴレと言う言葉は、これまでにも何度か聞いた事のあるものだった。スキーの練習方法から大学や専門の医療機関までその活動は多岐に渡るらしいが、その実体が何なのかはよく分からない。
「ボンゴレってのは、マフィアだ。ツナはその十代目ボスになる男なんだぞ」
「ならないよ! 勝手に肯定するなよ!」
「獄寺が沢田の事『十代目』って呼んでるのって、それだったんだ」
 黒曜との戦いの時、千種が獄寺に吐かそうとしていた「ボスやファミリーの構成」、あれもこの話だったのだろう。文脈からすると、ファミリーとはマフィアにおけるチームのようなものか。
「ただ、その後継について別の人物を推す派閥が出て来たんだ。ザンザス――ボンゴレ九代目の息子にしてヴァリアーのボスである彼をな。後継者の証であるボンゴレリングを賭けて、ツナ達は毎晩決闘をしていたんだ。
 それで今夜は嵐の守護者戦、獄寺と敵のベルフェゴールの対戦のはずだったんだが……」
 この場に、獄寺の姿は無い。
「何をしているのだ、タコヘッド……」
「ぜってー来るって」
 廊下の中央に立つ色黒の女性二人組が、決闘の審査員なのだろう。その一人が、淡々とした口調で述べた。
「あの時計の針が十一時を指した時点で獄寺隼人を失格とし、ベルフェフォールの不戦勝とします」
 示された時計は、間もなく十一時を指そうとしていた。もう五分も無い。
 弥生は鉄パイプを握り締めると、前に進み出た。
「弥生ちゃん?」
「私が代わりに戦う」
「ダメだ」
 きっぱりと、リボーンは言い放った。
「これは、嵐の守護者の戦いなんだ。弥生は守護者じゃない。
 それに、お前じゃあいつに勝てない」
「何それ。獄寺が戦う相手なんでしょ? だったら、私だって――」
「今の獄寺の強さがお前の知ってるままだと思うなよ――もっとも、この場に来たらの話だけどな」
 釈然としなかった。獄寺とは、何度も拳もとい鉄パイプと爆弾を交えている。彼の強さはよく知っているつもりだ。力任せの正面突撃が多い弥生に比べ戦術を考えた動きをするが、それでも大した力量の差は無かったはず。
 時計の針は、刻一刻と進んで行く。今や、全員の視線が向かいの校舎の壁面にある時計へと集中していた。「絶対来る」と一人笑顔だった山本でさえ、表情に焦りの色を浮かべている。
 一分を切った。獄寺の姿は無い。足音も聞こえない。
 残り一秒と言うその時、飛んできたダイナマイトによって文字盤が爆破された。
「お待たせしました、十代目! 獄寺隼人、行けます」
「獄寺君!」
「タコ頭!」
「約束の時間に間に合いましたので、勝負への参加を認めます」
 色黒の女達が、淡々と話す。遅刻による不戦敗は免れたようだ。
「焦らせやがって。元気そうじゃねーか。寝坊か?」
「んな訳あるか! ――って、なんでテメーがここにいるんだ!?」
 山本の暢気な問いに突っ込み、そして獄寺は山本の隣にいる弥生に目を留めて叫んだ。
「君達が夜に学校で何かしてるって、黒川さんから聞いたから。ボンゴレとか指輪とかの話も、君が遅刻している間にリボーンから聞いたよ」
「んなっ!? まさかリボーンさん、弥生なんかをファミリーに入れるつもりじゃ……」
「そうか。もしかして、残る霧の守護者って……」
「弥生じゃねーぞ。第一、リングはもうそれぞれの守護者の手に渡ってるんだ。さっき事情を知ったばかりの弥生が守護者な訳ねーだろ」
「あ、そうか……」
 綱吉の予測は、あっさりと否定される。
「遅れてすみません、十代目! 色々準備に手間取りまして」
「そーだったんだ……」
 獄寺の登場に一同が安心する中、綱吉はやや複雑そうな表情だ。弥生がその表情の意味を知ったのは、勝負が始まってからだった。

 フィールドは、隣接する東棟や教室内も含む、校舎の三階全て。そしてその至る所に、四方向に突風を発生させるハリケーンタービンが置かれると言う。突風に煽られた机や椅子が窓ガラスを割り、廊下を越えて外まで吹き飛んでいく。
 これには、黙って聞いている訳にはいかなかった。
「ちょっと待ってよ。そんな事したら、学校が」
「ご安心ください。破損した内装や備品は、我々チェルベッロが責任をもって修復します」
「『チェルベッロ』……じゃあ、応接室の辺り一帯の窓ガラスも、君達だったんだ。直ってないよね」
「昨日の雷の守護者の勝負によるものですね。一部、間に合わなかったため応急処置を施していますが、必ず修復を完了させます」
「え……直ってない所なんてあったっけ……?」
「そして、今回は勝負に制限時間を設けます」
 綱吉の呟きに答える声もなく、話は進む。
 制限時間は十五分。時間になると、タービンに仕掛けられた爆弾が爆発する。それまでに決着がつかなければ、二人とも爆発に巻き込まれて死ぬ事となるのだ。
 会話の最中、弥生の肩がびくりと揺れた。気付くや否や、瞬時にバックダッシュで距離をとる。
「何だ、今のガラスの音は? 怪我人はいねーか?」
 そう言ってチェルベッロの背後に現れたシャマルの両手は、彼女達の胸を鷲掴みにしていた。
 二人からの肘鉄を顔面に食らい、シャマルは吹っ飛び尻餅をつく。それでも反省の色も無いどころか、満足げな表情だ。彼の姿を見て、ヴァリアーの者達が何やらざわめいていた。しかし、綱吉達よりも更に離れた弥生の位置からは、彼らが何を話しているのかまでは聞き取れない。聞こえたのは、獄寺の怒鳴り声だった。
「何してんだよ、おめーは!!」
 シャマルはヴァリアーに軽く手を振り、綱吉達の方へと加わる。彼のスピードは侮れない。弥生は鉄パイプを握り締め、階段の踊り場から青い顔を覗かせ様子を伺っていた。
 綱吉達は円陣を組むようだ。獄寺は猛烈に拒否ししていたが、例によって綱吉の説得によって受け入れていた。円になる四人に、リボーンが何か投げ渡す。
「何だこれ……?」
「それは昨日の戦いでちょん切れたアホ牛のしっぽの布だ……。それを見ると、思い出すなあ。アホ牛の在りし日の姿を」
「えっ? ランボ死んだの」
「死んでない! 死んでないよ……って、弥生ちゃん遠っ!?」
 弥生が壁に身を寄せている階段の踊り場は、綱吉達から教室一つ分は離れた廊下の端にあった。対戦相手の方へと進み出る獄寺の背中を、遠くから見守る。
「なお、今回のフィールドは広大なため、各部屋に取り付けたカメラで校舎端の観覧席に勝負の様子を中継します」
「えっ」
 見れば、頭上に三つのモニターがあった。当然、シャマルも含め皆こちらへと集まって来る。弥生は即座に綱吉を捕獲し、シャマルとの間の盾にする。
 そうこうしている内に、獄寺とベルフェゴールの戦いは始まった。

 ――何、これ。
 弥生は目を見開き、モニターを凝視していた。画面の向こうでは、吹き荒ぶ突風の中を獄寺とベルフェゴールが戦っている。
 喧嘩は慣れている。兄に倣い、弥生も幾人もの相手を叩きのめしてきた。数多の血を流してきた。獄寺とも、何度も本気でぶつかり合っている。――でも、これは。
「喧嘩じゃない……殺し合いだ……」
 弥生がいるのとは、違う世界。学校に姿を見せなかった一週間、毎晩こんな戦いを繰り広げていたと言うのか。
 ボムはハリケーンタービンからの風に流され当たらず、しかし敵のナイフは確実に獄寺を仕留めに来る。圧倒的劣勢を強いられていたが、獄寺は敵のからくりを見抜いた。
 繰り出されるのは、ロケットボム。獄寺の弱点と言えば、スピードだった。大火力が特長である彼の攻撃を、いかに彼より速く動いて防ぐか。それが、獄寺との喧嘩の場合のポイントだったのだから。ロケットボムは、その弱点を克服するものだった。推進用火薬の噴射により、方向を変えつつも一直線に目標を捕らえる。
 黒煙の中から現れたベルフェゴールは、笑っていた。
「なんだあの人……なんか、やばいよ!」
 弥生も眉根を寄せる。
 獄寺の攻撃をまともに食らい、流血した姿。それでもなお、彼は笑っている。戦いの最中、相手の実力を目の当たりにし、高揚感を覚えた経験は弥生もある。しかし、彼の笑顔はその類のものとは思えなかった。
 好敵手との出会いへの喜びでもなく、戦いへの高揚感でもない。
 言うなれば、血そのものへの興奮。
 再び投げられたロケットボムに、彼は一直線に突っ込んで行く。彼の得物は小さなナイフ。それも投擲に特化した軽いものだ。正面から受けて弾き返す術など無いはず。
 弾き返す術など、必要なかった。彼はわずかな動きで的確にボムをかわし、獄寺へと襲い掛かる。投げられたナイフは獄寺に当たる事無くすり抜けていったが、しかし次の瞬間獄寺は切られたように数箇所から血を噴き出し尻餅をついた。
 戸惑う間にも、ベルフェゴールは距離を詰め、最後の勢いをつけて獄寺へと飛び掛る。目元を隠すほど長くかかった前髪の下、唯一見えている口元の笑みが濃くなる。
 今の獄寺の体勢からでは、起き上がり逃げるのは間に合わない。綱吉の腕を掴む弥生手に、思わず力が入る。
 チビボムを間近で爆発させる事で、獄寺は難を逃れた。相手も爆発をまともに食らったが、自分自身もダメージを受けたはずだ。
 二人とも、よろめきながらも立ち上がる。爆発まで、あと六分。
 獄寺は図書館の中に逃げ込んだ。入口は一つ。後を追って来たベルフェゴールに、ダイナマイトが一斉投下される。しかしまたしても、先端が切断された。
「ああ! また、当たってないのに……!」
「あんな事が……まるで、かまいたちだ……」
「反撃開始ぃ〜っ」
 再びナイフが投げられ、獄寺は逃走を余儀なくされる。
 戦闘が開始した時と同じだ。こちらの攻撃は相手に届かない。ベルフェゴールの怒涛の攻撃に手も足も出ず、逃げ惑うしかない。
「だが、妙だと思わねーか?」
 モニターを見つめながら、ぽつりとリボーンが言った。シャマルがうなずく。
「ああ……敵はわざと外しているようにも見える」
 弥生は改めて、モニターに映るベルフェゴールの動きに注視する。言われてみれば、その通りだった。いくら狂っているとは言え、獄寺のダイナマイトをあれほどにも無駄の無い動きで避け切ったのだ。この距離で、こうも全て外すだなんておかしい。当たらなくても切れるとしても、当てられるならナイフを直接当てた方が効果も大きいだろうに。
 不意に、ぴたりと獄寺の動きが止まった。本棚の間で立ち止まったまま、動こうとしない。
「獄寺殿、止まってはダメです!」
「早く逃げないと!!」
「逃げないんじゃなくて、逃げられないのさ」
 スピーカーから、子供の声がする。恐らく、ヴァリアーの中にいたあの赤ん坊だろう。声は確かに子供だが、子供らしからぬ淡々とした話し方だ。
「モニターではかすかにしか見えてないけど、彼の周りには鋭利なワイヤーが張り巡らされている」
 その通りだった。目を凝らせば、モニター越しでも獄寺の周りに張り巡らされるワイヤーを視認する事が出来た。一歩でも動けば、鋭利なワイヤーはたちまち獄寺の身体を切り裂くだろう。
 ベルフェゴールはナイフを外していると見せかけて、ナイフに付けたワイヤーを辺りに張り巡らせていたのだ。ナイフに当たっていないのに切れたのも、後に続くワイヤー部分が触れていたため。
 獄寺は手にしたライターを取り落とす。
 ベルフェゴールがにんまりと笑った。
「ししししっ。おっしまーい」
 万事休す。しかし、獄寺の目から闘志は消えていなかった。
「お前がな……」
 見れば、獄寺の足元から周囲の本棚まで火薬が導火線のようにこぼされていた。落としたライターによって点火され、火はじわじわと本棚まで進んで行く。本棚に達した途端、それぞれで爆発が起こった。本棚を支えに張り巡らされていたワイヤーは、当然緩む。
「たわんだ糸じゃ切れねーぜ」
 彼は気付いていたのだ。ただ逃げ惑うのではなく、これを見越して仕掛けを施していた。
 獄寺は取り出したダイナマイトに、煙草から引火させる。
「そしてこのボムの行き先は、てめーのワイヤーに案内してもらうぜ!」
 フックの付いたダイナマイトはワイヤーを辿り、全てベルフェゴールへと向かう。凄まじい大爆発の中に、ベルフェゴールの姿は見えなくなった。これをまともに受けて、無事なはずがない。
「やりやーったな……いいんじゃねーか? あいつが嵐の守護者で」
 爆風に煽られながら佇む獄寺を、弥生はぼうっと見つめ続けていた。

 相手の持つリングを手に入れなければ勝利は認められないらしい。ふらふらと倒れそうになりながらも、獄寺は横たわる敵の傍へと歩み寄る。
 獄寺がしゃがみ込んだその時、完全に伸びていると思われていたベルフェゴールが動いた。
 獄寺の首から下がるリングに掴みかかり、もぎ取ろうとする。獄寺は相手を殴り振り払おうとするが、ベルフェゴールの執念は凄まじくリングを手放そうとはしない。
 二人とも床に転がりもみ合ったまま、ハリケーンタービンの爆発が開始された。爆発は徐々に、二人のいる図書館へと近づいて行く。
「そ……そんな……! このままじゃ、獄寺君が!」
「敵もろとも死んじまうぞ」
「何をしているタコヘッド! 急がんか!」
「るせー! やってんだよ!!」
 互いにダメージを受け過ぎたがために、相手を完全に落とすような力は残されていない。このままでは、決着がつかないまま爆発に巻き込まれるだろう。
「ツナ、どーすんだ?」
 こちらのボスである綱吉に、リボーンが指示を仰ぐ。
 戸惑う綱吉の向こうで、シャマルが叫んだ。
「リングを敵に渡して引き上げろ、隼人!」
 弥生も、綱吉達も、シャマルを振り仰ぐ。
 リングを渡す事は、敗北を意味する。しかし、このままでは爆発に巻き込まれかねないのも確かだ。互いに動く事も出来ないこの状態で巻き込まれれば、命はないだろう。
 しかし、獄寺は素直に受け入れようとはしなかった。
「ふざけんな! 俺が負けてみろ! 一勝三敗じゃもう後がねえ! 致命的敗北なんだ!」
「お前の相手はいかれちまってんだ! 最早勝負になっちゃいねえ! 戻るんだ!!」
「手ぶらで戻れるかよ!! これで戻ったら、十代目の右腕の名がすたるんだよ!!
 十代目! 俺が勝てば流れが変わります! 任せてください」
 言い争う間にも、爆発は図書館へと近づいて行く。山本や了平も戻れと声を掛ける中、弥生は声も出せずにいた。
 十代目の右腕として――獄寺が何かにつけていつも言っている言葉だ。彼に引く気はない。シャマルらの戻れと言う呼びかけに答える気はない。しかし、このままでは獄寺は……。
 ――死……。
 気が付くと、手が震えていた。刻一刻と、その時は近づいて行く。
「――ふざけるな!!」
 怒鳴ったのは、綱吉だった。
 弥生も、それまで叫んでいた山本やシャマル達も、押し黙って綱吉を振り返る。綱吉はキッとモニターを見上げると、続けた。
「何のために戦ってると思ってるんだよ!! また皆で雪合戦するんだ! 花火見るんだ! だから、戦うんだ! だから、強くなるんだ!
 また皆で笑いたいのに、君が死んだら意味がないじゃないか!!」
 ぴたりと獄寺も動きを止めていた。
「十代目……」
 小さな呟きの直後、ピーと言う電子音がモニターから響いた。ハリケーンタービンだ。次いで聞こえた爆音は図書館の方からのもので、モニターは映像を失い沈黙していた。
「獄寺君……獄寺君!」
「獄寺!!」
「あのバカ……」
 するりと弥生の手から綱吉の腕が離れ、崩れ落ちる。
「そ、そんな……うそ……こんな事って……」
 弥生はただその場に棒立ちになり、砂嵐となったモニターを呆然と見つめていた。
 最早震えも何もなく、あるのは空虚な感覚のみだった。まるで他の全てが遠ざかったかのように、砂嵐とザーッと言う音が視覚と聴覚を支配する。
「あそこ見ろ」
 ふと、リボーンが言った。
 きょとんと振り返り、彼があごで示す先に目をやる。そこにあるのは、ガラスが割れ、壁の塗装が剥げ、崩壊した廊下と黒煙のみ。
 いや、違う。黒煙の中から、ふらふらと歩いて来る人影があった。
「赤外線センサー、止まってるぞ」
 シャマルの言葉が合図になったかのように、綱吉達四人は獄寺へと駆け寄る。獄寺は煙を抜け出した所で、ばたりと倒れ込んだ。
「すいません、十代目……。リング取られるってのに、花火見たさに戻って来ちまいました……」
「良かった……獄寺君……本当に、良かった……!」
「な! 俺、負けてんスよ!」
「ありがとう、獄寺君」
「よしてください、もったいないお言葉!」
 弥生も、ふらふらと引き寄せられるように彼らの方へと歩いて行っていた。綱吉や了平の後ろで立ち止まる。
「あ、弥生ちゃ……」
 涙目で振り返った綱吉は、弥生の顔を見てぽかんと言葉を失った。
 ぽたりと床に落ちた雫は、綱吉が流したものではなかった。
「……ほ、本当に……死んだかと思っ……」
「な……なんでお前が泣いてんだよ!?」
「泣いてない!」
 弥生はごしごしと袖で目元を拭う。
 ムカつく奴だと思っていた。いつも顔を合わせれば喧嘩ばかりしていた。それでも、いなくなると思うと怖かった。
 ――でも、無事だった。
 彼は生きていた。死んではいなかった。弥生は、ただただ安堵していた。


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2013/10/08