一日中家の中にいて、読書や宿題をして時間を潰した。
ふと思う。元の世界で、華恋の存在はどうなったのだろう。どうなっても構わない。ただ、宿題が残っているとしたら、それは何となく嫌だった。
本を閉じ、ベッドに仰向けに寝転がる。
下へ降りたら、また何か言われるだろう。ハリーのように面と向かって対抗はしないものの、彼らは華恋の事も決して良くは思っていない。
ぼんやりと天井を見つめていると、不意に玄関のベルが鳴った。
ハリー達が、帰ってきた。
No.24
階下へ降りてみると、ダーズリー夫婦がダドリーの様子を見て騒いでいる所だった。
ハリーは「二階へ戻れ」と私に手で合図しながら、自分もこっそりと抜けようとする。
「坊主、誰にやられた? 名前を言いなさい。捕まえてやる。心配するな」
「しっ! バーノン、何か言おうとしていますよ! ダドちゃん、なあに? ママに言ってご覧!」
華恋は階段の途中に立ったまま、その様子をじっと見ていた。
ハリーは階段の一番下まで到着した。しかし、ダドリーが意識を取り戻した。
「あいつ」
ハリーは凍りつく。
「小僧! こっちへ来い!」
ハリーはぎこちなく回れ右をして、ダーズリー親子についていった。
華恋は行かない方が良いだろうか。野次馬根性で見に来たものの、この後、とばっちり食らうのは御免だ。ハリーに口添えしようとも思っていたが、考えてみれば、その場にいなかった華恋がその時の状況を知ってたらおかしい。逆に、ハリーの立場が悪くなる可能性もある。
居間からは、ダーズリー氏の怒鳴り声が聞こえてくる。
それが突如、更に大きくなった。
「ふくろうめ!!」
そして、窓ガラスが割れてしまうのではないかと思うような、窓を閉じる大きな音。
「またふくろうだ! わしの家でこれ以上ふくろうは許さん!!」
魔法省からの連絡か。
それからまた、喧騒。
華恋は腕を組み、考える。これは、華恋が行った所でどうにもならなそうだ。
ハリーまで怒鳴りだした。
そして暫く、静かになった。
今、会話は何処まで進んだのだろう。気になって、でも、居間まで行って巻き込まれるのは嫌で、華恋はその場に腰を下ろす。
どれくらい経ったか、再びダーズリー氏の喚き声が聞こえてきた。
「何たる事だ! ここにふくろうは入れんぞ! こんな事は許さん。分かったか!!?」
ダーズリー氏は喚き続けていたが、次第に、それは嬉しそうな調子へと変わった。
そして、再び静かになる。
こう言うのは、充分、隣近所から「おかしな」家だと思われるのではないだろうか。これが外まで聞こえていないとは思えない。この人達の「まとも」の基準は、訳が分からない。
ぼーっと、何を言っているかまでは聞こえない声に耳を傾けていると、不意に、それは怒鳴り声となった。突然の事で、何と言ったか聞き取り損ねる。
そして、何故かダーズリー氏は居間から出てきた。階段の途中に腰掛けている華恋を見て、顔を怒りで更に真っ赤にする。
明らかに、不味い状況だ。
「小娘! お前もだ!! 出て行け!!」
「……は?」
思わず、そう言った。あまりにも、突然すぎたのだ。
どうやら、ハリーを追い出そうとする所らしい。
「出て行け! 二人とも出て行くんだ!! もうおしまいだ! お前らの事は全て終わりだ! 狂った奴がお前らを追けているのならば、ここに置いてはおけん。お前らの所為で妻と息子を危険に晒せはせんぞ。もうお前らに面倒を持ち込ませはせん。お前らが禄でなしの両親と同じ道を辿るのなら、わしはもうたくさんだ! 出て行け!!」
居間と階段の下との間の廊下を行き来しながら、ダーズリー氏は喚き続ける。兎に角、五月蝿い。早く、ダンブルドアの手紙は来ないだろうか。
そう思った途端、来たようだった。ダーズリー氏は手紙の方へ行ったらしい。
言い争う声が聞こえ、そして、はっきりと「吼えメール」の内容が聞こえた。
「私の最後のあれを思い出せ。ペチュニア」
「あれ」って、何だろう。何か、魔法をかけたのだったか。確か、彼女はリリーと姉妹だから、リリーのお陰で助かったからここなら大丈夫、みたいな話だった気がする。でも、それで何故ダーズリー夫人がその通りにするのか疑問だ。解決された謎だったろうか。それとも、最終巻に謎として引っ張っていただろうか。あとでまた、読み返すとしよう。
部屋に戻って「謎のプリンス」を読んでいると、ハリーがまたしても衝立のこちら側に入ってきた。
「一言言おうよ。時間が時間なんだから、パジャマに着がえてる所だったりしたら如何すんの」
何の為の衝立だか、解ったものではない。
「カレン、ずっと部屋にいたの? でも、聞こえてたよね? さっきの『吼えメール』」
「んー。言っとくけど、『最後のあれ』ってのが何なのかは分からないよ。それは本にも書いてない。最終巻かなー……」
「最終巻?」
「言ってなかったっけ? 私が読んだ本は、六巻まで。つまり、来年の出来事までしか知らないんだよ」
「ああ、そう言えば……。じゃあ、手紙の送り主は? 分かる?」
「それは分かってるけど。でも、別に大した事じゃないから気にする必要はないよ」
「気にする必要は無い、か……。吸魂鬼の事も? 大した事じゃないから言わなかった、って事か?」
「え?」
「僕は、ホグワーツを退学にされるかもしれない! 魔法省から手紙が来たんだ。魔法を使ったから。守護霊だ。カレンは知っていたんだろう?」
華恋は目を瞬く。言われて、気がついたのだ。ハリーも家にいるように言えば良かった。
しかし、次いでまた別の事に気がついた。
「若し、ハリーも私も家にいて、吸魂鬼がこの家に入ってきてたら? そしたら、三人も守るなんて事、出来た?
この家を離れるな、って言われてるのはね、ここに絶対的な守りの魔法をかけられているからなの。でも、それはヴォルデモートから。その他からだと如何なのか、私には分からない。そんな実験、するべきじゃないしね。
若しも吸魂鬼がこの家に入り込んで、それで、私達で守る事は不可能で、ダーズリー夫婦がキスされてしまったら? そしたら、私達を守るべきこの家の家主がいなくなる訳だから、ここにはいられなくなる。直ぐにヴォルデモートに見つかって、殺されるよ」
ここに魔法をかけてあるってのは、本当は来年の情報だったが……別に良いだろう。
ハリーは、それよりも別の事に気がついたようだった。
「待って……それってつまり、吸魂鬼を仕掛けたのはヴォルデモートじゃないって事だよね?」
「……」
墓穴と言う二文字が華恋の頭で派手派手しく点滅する。
「じゃあ、誰が仕掛けたんだ!? ヴォルデモートや死喰人以外にも狙われてるって事?」
「……」
これを言うのは、流石に不味い。ハリーの事だ、絶対に尋問の時「魔法省のアンブリッジが仕掛けてきた!」と言ってしまうだろう。証拠も無いのにそんな事を言えば、絶対都合の悪い事になる。
「一体、何が目的で、誰が仕掛けたんだ? ヴォルデモートじゃないなら、誰が!?」
「おやすみ。着がえるから、あっち行って」
「カレンも叔母さんと同じようにはぐらかすつもりか!? 知ってるなら、如何してそれを言わないんだよ!
今日の事だって、言ってくれれば何か対策を考えられたじゃないか! 未来を知っている分、こっちは闇の陣営より有利なのに」
「いや、これは闇の陣営との攻防とは関係ないので。おやすみ。じゃあね」
「それは例えばの話だよ! 別に闇の陣営じゃなくったって、そうだ。誰かが危害を加えようとしているんだろ? ダドリーがキスされかけたんだよ!?」
しつこく尋ねてくるハリーに、華恋は舌打ちする。
そして、ハリーがいるのにも構わず着替えだした。案の定、ハリーは焦る。
「カレンっ!?」
「ほら、ほら。あっち行けよ。ここに留まるんだったら、これから変態呼ばわりしてやるから」
ここまで言われては、ハリーも退却するしかない。華恋は勝ち誇ったようにガッツポーズをする。
自分のテリトリーに戻ったハリーの怒りの矛先は、トランクやヘドウィグ、更には手紙の送り先であるロンやハーマイオニーに向いたようだった。
2010/03/28