人が倒れる音、ガラスが割れる音。フィールドである並盛中学校内を監視していたヴァリアーの者達は、次々と正体不明の侵入者によって撃沈していく。
物音は徐々に近付き、ついに、弥生達のいる三階の廊下へと姿を現した。
「――お兄ちゃん!」
「ヒバリさん!」
綱吉は歓喜の声を上げる。しかし、恭弥は加勢に来た訳ではなかった。
「校内への不法侵入及び校舎の破損。連帯責任でここにいる全員咬み殺すから」
「なっ……俺達もかよ!」
「あの人、校舎壊された事に怒ってるだけだー!」
「あいつ本当に、学校好きな」
ふと、恭弥と弥生の目があった。
「……弥生、なんで泣いているの」
泣き腫らして真っ赤になった目を、恭弥は見つめる。
「えっ、こ、これは、獄寺が……じゃなくて、別に、泣いてな――」
「ちょっ……変な意地張って中途半端な言い方するな! 誤解生むだろ!」
「そう……君が……」
恭弥の冷たい視線が、獄寺を射抜く。
「誤解だ、誤解! 俺は、何も――」
「言い訳なら、咬み殺してから聞くよ」
ヴァリアーの者が襲い掛かり、獄寺は難を逃れた。突進して来る大男をいとも容易くあしらい、トンファーを構える。
「まずは君から咬み殺そうか」
「あのバカ、出てくるなり滅茶苦茶しやがって……」
「でもやっぱり凄いよ。ヴァリアーの攻撃をいとも簡単に」
「ああ、流石だな」
「お兄ちゃんだからね」
「オメーがどや顔すんな」
誇らしげに胸を張る弥生に、獄寺が呆れたように突っ込む。
大男があしらわれた事で他のヴァリアーの者も興味を持ち、けしかけて来たが、リボーンの「近い内に六道骸とまた会えるかもしれない」と言う言葉に恭弥は武器を収め、去って行った。
ヴァリアーもその場を去り、シャマルも「男は診ない」と言って去る。
入れ替わりに現れたのは、外国人の二人組だった。ディーノと呼ばれた金髪の外国人は、連れの男に獄寺の治療を指示する。歳は若いが、彼の方が立場は上のようだ。
「あなた、昼間の……」
「え! 弥生ちゃん、ディーノさんと面識あるの?」
「今日、学校で会った。拳銃をくれた人」
「拳銃!? ディーノさん、何渡してるんですか!?」
「仮にも守護者の妹だろ? 危険な事に首を突っ込んだりせず待っていてくれるような子ならいいが、そうもいかないタイプだって聞いてたからな。それなら護身用の武器ぐらい持たせておいた方がいいかと思って」
「弥生ちゃんには、鉄パイプがありますから……!」
「毎日お兄ちゃんと戦ってたよね。沢田の知り合いって事は、お兄ちゃんもこの件に関わってるの?」
「そこからか」
ディーノは軽く頭をかく。
「関わってるなんてレベルじゃない。あいつも渦中の一人だぜ。――雲雀恭弥は、雲の守護者なんだ」
No.24
中山外科医院の前の道を、弥生は行ったり来たりしていた。
「あれ? 弥生ちゃん」
背後から掛けられた声に、弥生はギクリと肩を揺らす。振り返った先にいるのは、京子とハルだった。
「弥生ちゃんも、ランボちゃんのお見舞いですか?」
「ランボもここに入院してるの?」
「え? 弥生ちゃん、ランボ君のお見舞いに来たんじゃ……」
「えっ、あっ、そう! ランボのお見舞いに来たんだけど、本当にここで合ってるか不安で……!」
弥生は両手を振り、慌てて話を合わせる。
どうやら二人とも、獄寺の怪我については知らないらしい。夜中の戦い自体知らされていないのだから、当然の事だが。ランボについても、戦いについては知らない様子だった。
呼吸器を嵌められ、ベッドに横たわるランボ。人形のように小さな身体には、呼吸器もベッドも不自然なほど大きく感じられた。
(こんなに小さな子も、戦っているのに……)
京子とハルが話す横で、弥生は膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめた。
ボンゴレ。守護者。ヴァリアーとの戦い。昨晩、リボーンやディーノから聞いた、話の数々。
弥生は今まで、何も知らなかった。知らされなかった。
――私だって、皆と一緒にいたいのに。
ランボの部屋に、獄寺の姿はなかった。京子とハルの後ろできょろきょろと廊下を見回していると、窓の外に見覚えのある顔が見えた。
「あっ……」
「弥生ちゃん?」
京子とハルが、キョトンと振り返る。
「ごめん。ちょっと私、用が……」
「うん、じゃあまた学校でね」
「ハルもまた来ます!」
門を出た所で京子とハルに別れを告げ、弥生は再び門の中へと戻る。建物には入らず、窓のあった方へと建物を回り込む。
ディーノはまだそこにて、きょろきょろと辺りを見回していた。
「何してるの、こんな所で」
「弥生! 良かった、それじゃやっと並中に着いたんだな」
「着いてないよ」
どうやら、また迷子らしい。
ディーノを連れて建物の正面へと戻ると、ちょうど廊下の途中の扉が開いて大柄な外国人男性が出てきた。
「ボス! 何してんだ、こんな所で」
「ロマーリオ!」
昨晩、ディーノと一緒に学校に現れた男性だった。シャマルに治療を放棄された獄寺は、彼に診てもらっていた。と、言う事は――
「ああ、ボスが鍛えているあの坊主の妹か。お友達なら、あの部屋だぜ」
ロマーリオは背後の扉を、親指で指し示す。
「獄寺の容体は?」
「若いからな。四、五日もすれば治るだろう。とは言え、絶対安静だけどな」
「そうか。それじゃ、行くぞ、ロマーリオ!」
あたかも部下を迎えに来たかのように言って、ディーノは今度こそ学校方面へと去って行った。どうやら、部下と一緒にいれば見当違いな方向へ行く事はないらしい。
弥生はロマーリオが出て来た部屋の前へと向かったが、その場で立ち止まった。
この扉の向こうに、獄寺がいる。しかし、この扉を開けて、何と言えばいい? 重傷を負った獄寺に、まさか喧嘩を吹っ掛ける訳にはいかない。そして、喧嘩をけしかける以外の接し方が分からない。
取っ手を見つめじっと立ち尽くしていると、ポンと肩に手が置かれた。
「弥生じゃないか! タコ頭の見舞いに来たのか!?」
弥生は、鉄パイプを薙ぎ払った。
「半径一メートル以内に近寄らないで」
「おっと!」
(――避けられた!?)
弥生は目を見開く。了平は、確かにボクシングの腕は随一だ。当然、反射神経も良い方だが、それでもスピードだけなら弥生の方が速かったはずだ。ましてや彼は今、怪我をしていてハンデがあると言うのに。
了平は気にする様子もなく、笑顔で言った。
「すまん、すまん。男は苦手なんだったな。タコ頭! 弥生が見舞いに来たぞ!」
「ちょっ、待っ……」
了平は扉を押し開く。小さな部屋に、ベッドが一つ。その上に、包帯でぐるぐる巻きにされた人間のような輪郭が横たわっていた。
「ご……獄寺……!? え……そんなに、悪いの……!?」
「ちげーよ! これは、ロマーリオのおっさんが適当に巻きやがって……!」
ベッドの上の包帯の塊が、ぐねぐねと動きながら抗議する。
弥生は、ホッと息を吐いた。
「そっか……」
「弥生も心配していたんだな!」
「な……べっ、別に、心配なんか……! むしろ、多少血が抜けた方が、静かになるんじゃないの」
「んなっ。このアマ――」
「……でも、獄寺がいないと、つまらない」
身を捩るようにして何とか起き上った獄寺は、ピタリと動きを止める。
弥生はうつむきがちに、そっぽを向きながら言った。
「だから、ちゃんと休んで、早く治してよ。私と戦えるのなんて、君ぐらいなんだから」
「……おう」
一瞬の沈黙が部屋に落ちる。それを破ったのは、了平の大きな声だった。
「うむ、青春だな!」
「はっ!?」
「この芝生頭! 訳分からない事言ってんじゃねえ!」
抗議の声を上げ動こうとした獄寺は、傍らの棚に置かれた救急道具を巻き込み激しい音を立ててベッドの横へと転がり落ちた。
「獄寺!?」
「む、動くと傷口に良くないぞ!」
「テメーが変な事を言うから……ハッ! 今、何時だ!?」
獄寺は頭をもたげ、時計を見やる。あの状態で、見えているのだろうか。
「こんな事してる場合じゃねえ! そろそろ、学校に行かないと……!」
「獄寺も山本の試合、見に行くの?」
「当たり前だ! つーかお前、試合って、部活じゃねぇんだぞ」
「しかし、安静が必要だと言われたではないか」
「ちゃんと休んで早く治すって、さっき言ったばかり」
「うるせえ、それとこれとは、話が別だ! この戦いに勝負の行方が掛かってるんだ。俺一人、こんな所で寝てられる訳ないだろ!」
獄寺は立ち上がるも、ふらりとバランスを崩す。
倒れかかった身体を、弥生の鉄パイプが支えた。
「まあ、それもそうかもね」
「よし、俺が肩を貸してやるぞ!」
「いらねーよ! 誰が借りるか!」
そうは言いつつも一人で歩けるような状態ではなく、幾度となく了平や弥生の鉄パイプに支えられながら戦いの舞台である並盛中学校へと向かった。
学校には既に、綱吉達も、ヴァリアーの者達も来ていた。更にはディーノとロマーリオも姿を現す。恭弥もこれまでボンゴレリングの話を何も知らなかったらしく、ようやく昨日ディーノから話を聞いたらしい。今夜は彼も見に来ているだろうとの事だった。
半壊し、水に浸かった校舎。ここまでして中途半端な戦いを見せたら、激怒しそうだ。
(……もっとも、その心配は無さそうだけど)
弥生は、暗闇の向こうにいる敵の一陣を見やる。
剣を携えた、銀の長髪の男が、山本の対戦相手だった。動きを見ているだけでも分かる。彼は、幻術や炎などに頼らない、逆に言えば頼らずとも同等の腕を持つほどの、根っからの格闘タイプだ。
「じゃあ、しっかりな、山本!」
「負けんじゃねーぞ!」
「オッケ」
山本は、にこにこと軽い調子で答える。弥生は、思いつめた表情で彼を見上げた。
「山本。……死なないでね」
「もちろん! また弥生を泣かせたら、雲雀に怒られるしな」
「な、泣いてない!」
「ハハ、そうだったな」
「おい、弥生! 早くしろよ!」
弥生はムスッと不機嫌面になりながらも、獄寺達の後に続いて校舎を出て行く。
校舎内には水が溜められ、時間の経過と共に水嵩を増していく。そのため、今回も離れた場所に観覧席が設けられていた。
「じゃ、じゃあ……頑張って……」
「おう! 後でな」
綱吉は心配そうに何度も振り返りながら、弥生の後に続いて校舎を出た。
山本武"VS"S・スクアーロ――雨の守護者の戦いが始まる。
2015/09/09