昼間にも関わらず、外は薄暗い。空には暗雲が垂れ込め、時折稲妻が走っていた。
一陣の風が、足元を吹き抜ける。と、突如突風が木々を大きく揺らした。
私は川の方を振り返り、地面を強く蹴った。
ワルプルギスの夜が出現したんだ。雷鳴の音が消える。間があって、再び鳴り出す。ほむほむが戦い出した。
割れるような稲妻の音。突然の静寂。それらが繰り返される中を、私は強い気配の方へと駆ける。ビルの合間から、響き渡る笑い声と共に巨大な姿が現れた。青い服を着た、逆さまの人形のような魔女。くるくると回転しながら、橋の方へ向かう。
「……あっ」
橋の上を走っていくロードローラー。その上にある紫色の光。――彼女だ。
ロードローラーを当てて爆破させるも、何の効果も無い。続けて、銃撃。ワルプルギスの夜は人気の無い工場地帯へと追い込まれる。
そして、大爆発。
ほむほむは地上に降り立ち、銃を下ろした。安堵も束の間。爆風の中から、紅い光線が飛び出してくる。
私は、ほむほむの前へと飛び出していた。宙に出現した沢山の短剣が、攻撃を弾く。
「加奈……っ!?」
私はほむほむを振り返る。彼女は、驚愕に目を見開いていた。
「あなた……その格好……」
「キュゥべえと契約しちゃった」
私はへらっと笑う。
私が着ているのは、小豆色の魔法少女服。穂村明海と同じ物。同じ武器。
だけど私は、顔を変えてはいない。変える必要なんて無いから。
「私も一緒に戦うよ、ほむほむ」
No.24
「あなた、どうして……!」
ほむほむは、揺れる瞳で私を見つめる。
私はぽりぽりと頭を掻いた。
「ほむほむが広げてた地図、見ちゃった。二箇所広く丸してたから、それが出現予測箇所なのかなーって。杏子との相談は、アニメで知ってたし。もう一箇所の方行ってて遅くなっちゃった。ごめんね」
「そうじゃないわ。魔法少女になる必要は無いって……鹿目まどかの傍にいてって……そう言ったはずよ」
「私も、まどかと一緒に安全地帯にいるように?」
ほむほむは口を噤む。
「ありがとう。ほむほむ優しいから、私の事も守ろうって、巻き込まないようにしようって、考えてくれたんだよね。
でもね、私にも叶えたい願いがあったの。ほむほむが強がってるって、解ってたから。まどかが魔女になっちゃうの、私だって嫌だから。
一緒にいたいの。お願い」
「加奈……」
「大丈夫。私は死んだりしないから。言ったでしょ? ほむほむを一人にしたりしないって」
私はスッと短剣を手に出し握る。そして、上空を見上げた。
「今はとにかく、こいつを倒さなきゃ。行こう」
ほむほむは力強くうなずく。
私達は共に、飛び上がった。
ワルプルギスの夜を中心に、宙に浮かび始める周囲の建物。時間が止まる。私は大量の短剣を出現させる。ほむほむは、重火器を。時間が動き出し、短剣がワルプルギスの夜へと飛んでいく。それらは途中で形を変え、銀の檻となって彼女を包み込む。そこへ、ほむほむの銃撃が浴びせられる。
再び時間が止まって、私達は十分に距離を取って。時が動いて、爆発に等しい炎と風が渦巻く。
爆風の中から、笑い声と共に彼女は姿を現した。うわあ、何の効果も無い。ほむほむのあの爆撃で笑って反撃するぐらいだもんなあ……。私の短剣なんて、何の攻撃にもならないだろう。マミさんのティロ・フィナーレを連射するぐらいじゃないと、何の役にも立たないよ。
周囲が瓦礫に囲まれて、私は辺りを見回す。抜け出そうと跳んだ私に、声が掛かった。
「加奈っ、後ろ!」
「はう゛っ!?」
振り返り様に短剣を出して、直撃は免れた。勢いに押され、私は地面に叩きつけられる。
直ぐに立ち上がる。上空では再び、ほむほむによる爆発が起こっていた。
地面に打ち付けた痛みはあるけれど、そんな弱音言ってらんない。私は再び、短剣を手に立ち上がる。
ほむほむが時間を停止して、私の短剣で周囲を覆って、その密封空間にほむほむが銃撃を浴びせて。
どんなに攻撃しても、ワルプルギスの夜は怯みもしない。笑い声を響かせながら、爆風の中から姿を現す。宙を漂って、まるで風に流れるように進んで行く。
――この先は、避難所になっているドーム。
「これ以上先へ進まれたら……! どうにかして、ここで食い止めないと……!」
ほむほむの声は、焦燥に駆られていた。
短剣で使い魔を蹴散らしながら、私はワルプルギスの夜の向こう側へ回り込む。こっちには進ませない。絶対に。何とか――何とか、進路を変えないと。
短剣を飛ばして、形を変えて。銀色の柵が、ワルプルギスの夜とドームとの間に作り出される。
向きを変えたワルプルギスの夜は、ほむほむの残る方へと向かった。ビルが宙に浮かぶ。そしてほむほむは防御する事無く、彼女の攻撃を受けた。
「ほむほむ!?」
嘘だ。そんな、ほむほむが。
頭が真っ白になって、私は彼女の飛ばされた方へと駆けつける。ほむほむは頭から血を流して倒れていた。
「ほむほむ!!」
声を掛けると、ほむほむは目を開けた。……良かった。生きてる。
ほむほむは直ぐに立ち上がろうとしたけれど、それは叶わなかった。足が……。
ほむほむは拳を握り締める。
「どうして……! どうして! 何度やってもあいつに勝てない!」
ほむほむは左腕を上げた。きっと、時間を巻き戻そうとしたんだと思う。
丸い銀盤についた、砂時計。中の紫色は、残り僅か。
ほむほむはそのまま、動きを止める。
「ほむほむ……? 時間を巻き戻すんじゃ……」
「繰り返せば……それだけ、まどかの因果が増える」
そうだ。
キュゥべえに指摘された事。ほむほむの巻き戻しが、まどかの魔女としての力を増幅させていたって。もう、巻き戻す事は出来ない。
ほむほむの頬を、雫が伝う。
「そんな……私がやってきた事って、結局……」
がくりと下ろされた腕。その手の甲を見て、私は目を見開いた。
ソウルジェムが、黒ずんでいく。
「駄目……!」
思わず、ほむほむの手を取っていた。
「駄目だよ。お願い。魔女になんてならないで……! 絶望なんてしないで。私、負けたりしないよ……!」
「……加奈……」
弱々しい声。涙に濡れた瞳で、私を見上げる。
「私が倒すから。絶対、まどかの事守るから。だから……ほむほむ……」
言いながら、私自身も絶望を感じていた。あんな化け物、どうやって倒すって言うの? 私の攻撃力じゃ、何の効果も得られない。ほむほむの時間停止ももう使えない。
私はほむほむに背を向けると、ワルプルギスの夜の方へと飛び立つ。
がむしゃらだった。とにかく、倒さなきゃ。でも、どうやって? こんな戦い、意味があるの? 疑問が渦巻く。
短剣を投げても、投げても、何の効果も無くて。ワルプルギスの夜は笑いながら、回り続ける。酷ければ、短剣が届く前に赤い光で焼き尽くされる始末。
やっぱり、駄目なの? やっぱり私じゃ、何の力にもなれないの? 私じゃ、ほむほむを救えないの?
気が付くと、赤い光が目の前まで迫っていた。
「……っ」
かろうじて残っている外壁を突き破りながら、瓦礫の中へと叩きつけられる。
手を突いて起き上がり、下方の瓦礫の中にいるほむほむを振り返る。
紫色のソウルジェムは、もう殆ど黒に侵食されていた。
「駄目……駄目……!」
視界が潤む。雫がぽたりと、手元を丸く濡らした。
私じゃ、駄目なんだ。私じゃ、彼女の希望になれない。
お願い……助けて……ほむほむを助けてよ、まどかぁ……!
私は目を瞬いた。
まるで心の声が聞こえたかのように、まどかがその場に姿を現したのだ。ほむほむの手を取るまどか。そして立ち上がり、ワルプルギスの夜を見上げる。彼女の足元には、白い姿。
……まさか。
まどかはほむほむを振り返り、苦笑した。
「ほむらちゃん、ごめんね。私、魔法少女になる」
私は、どんな顔をしているんだろう。
まどかなら、まどかならきっとこの状況を打開出来る。まどかなら、ほむほむをこの戦いから救ってくれる。
だけどそれは、ほむほむの望む事じゃなくて。思わずまどかに助けを求めてしまったけれども、それはまた同じ事を繰り返す事になるだけ。ワルプルギスの夜を倒したまどかは、魔女になってしまう。それだけは、避けなければいけない。だから、まどかは魔法少女になってはいけない。
涙するほむほむを、まどかはそっと抱き締めていた。
「ごめん……ほんとにごめん。これまでずっと、ずっとずっと、ほむらちゃんに守られて望まれてきたから、今の私があるんだと思う。本当にごめん。
……そんな私が、やっと見つけ出した答えなの。信じて。絶対に、今日までのほむらちゃんを無駄にしたりしないから」
「まどか……」
「待って」
私は、彼女達のいる下の瓦礫へと飛び降りた。着地と同時に、ふらりと足元が揺れる。……ああ、私も限界なんだ。
「加奈ちゃん」
慌ててまどかが駆け寄ろうとするけど、私は横の瓦礫に手を突いて何とか立ち上がった。
「……願いを、見つけたの?」
何を言っていいかわからなくて。口をついて出たのは、そんな言葉だった。
まどかは、うなずく。今までの、気弱な表情なんかじゃなかった。真っ直ぐに前を向いて、その瞳には強い意志が見られる。
「加奈ちゃんも、私のために頑張ってくれてたんだよね。私、ほむらちゃんと加奈ちゃんの頑張り、無駄にしたりしないから」
「……そっか」
ああ。私が何を言ったって、この子の決意は変わらないんだ。
そして――彼女には、考えがある。信じていい。その強い瞳が、私に確信を抱かせた。
「数多の特異点となり因果の糸を束ねた君なら、どんな途方も無い願いも叶えられるだろう」
キュゥべえが、まどかに語りかける。まどかはキッと、彼を見下ろした。
「本当だね」
「さあ、鹿目まどか。その魂を代価にして、君は何を願う?」
「私……」
まどかは大きく深呼吸する。
そして、一息にその願いを言い放った。
「全ての魔女を、生まれる前に消し去りたい。全ての宇宙、過去と未来――全ての魔女を、この手で」
私は目を瞬く。ピンク色の光が彼女を包み込む。
キュゥべえは息を呑んだ。
「その祈りは……! そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない! 因果律その物に対する反逆だ!
君は本当に神になるつもりなのかい!?」
「神様でも何でもいい。今日まで魔女と戦ってきた皆、希望を信じた魔法少女を、私は泣かせたくない。最後まで笑顔でいて欲しい。それを邪魔するルールなら、壊してみせる。変えてみせる。
これが私の願い。――さあ! 叶えてよ、インキュベーター!!」
光が強まる。余りにも眩い光に、私は手を翳した。
辺りが、光に満ちた。
光が収まり、そこにはまどかが佇んでいた。ピンクと白の魔法少女服に身を包んだ、まどか。
まどかはきっと上空を見据える。彼女の手にした弓幹に花が先、弦が現れる。
空へと放たれた弓。その一矢で、暗雲は吹き払われ青空が姿を現した。
陽の光を浴びて、まどかは白く淡く輝いて見える。
「きれい……」
思わず、呟いた。
青空を、ピンクの光が幾つも飛んで行く。それらはきっと、時空の彼方へ。全ての宇宙、過去と未来――全ての魔法少女の元へ。
そして、目の前にいるワルプルギスの夜にも。
あんなに強くて絶望に満ちた魔女が、笑いながら崩れ消失して行く。
まどかは優しく、語り掛けていた。
「もういいの。もう、いいんだよ。もう誰も恨まなくていい。誰も呪わなくていいんだよ。
そんな姿になる前に、あなたは私が受け止めてあげるから」
強い風が吹く。目も開けられないような強い風。
そして辺りは、消え去った。
目覚めた場所は、奇妙な場所だった。真っ白な地面。真っ黒な空。なあに、ここ。
あ、ほむほむ発見。私は手を振り、彼女の所へと駆け寄った。
「ほむほむ〜!」
ほむほむの傍まで言って、私はもう一度辺りを見回す。
「ここ、何処だか分かる?」
「さあ……私も何が起こったのか……」
「まどかが作った新しい法則に基づいて、宇宙が再編されているんだよ」
感情の無い声。キュゥべえだ。
「そっか。君達もまた、時空を越える魔法の使い手だったね。一緒に見届けようか。鹿目まどかという存在の結末を」
ほむほむが空を見つめ、息を呑んだ。
その視線の先を辿って、私も言葉を失う。暗い空を飛んで行く一つの光。色々なものを吸収して肥大化して、そして黒く濁っている。元はピンク色だと、かろうじて分かった。
「あれは、彼女の祈りがもたらしたソウルジェムだ」
「そんな……!」
ほむほむが絶句する。一方、キュゥべえはやはり何の感慨も無い。
「その壮大過ぎた代価に、まどかが背負う事になる呪いの量が解るかい? 一つの宇宙を作り出すに等しい希望が遂げられた。それは即ち、一つの宇宙を終わらせるほどの絶望をもたらす事を意味する。当然だよね」
明るくも聞こえるその声に、胃がムカムカしてくる。
ピンク色の光の濁りは増し、その大きさも増して地球を包み込む。黒ずんでいく地球。
顔を覆ったほむほむを、私は抱き締めた。
こんなの……こんなの、酷い。まどかは皆を守りたかったのに。絶望を消し去りたかったのに。なのに、こんな。
「ううん。大丈夫」
声がして、私もほむほむも顔を上げる。
空にピンクの強い光があった。そして、その光は一人の少女へと姿を変える。ピンクの長い髪、白いワンピースのような姿。その美しい姿に、私もほむほむも思わず見惚れていた。
まどかは微笑み、黒ずみから現れた使い魔を撫でる。
「私の願いは、全ての魔女を消し去る事。本当にそれが叶ったんだとしたら――」
彼女の手に現れる弓。
まどかは矢を、強く引いた。
「私だってもう絶望する必要なんて、無い!」
矢が放たれる。
地球を覆っていた黒い渦が取り払われる。同時に強い風が吹いて、私達の足が地面から離れる。
私は咄嗟に、ほむほむの手を掴んだ。
次に目覚めたのは、何も無い世界。
ううん、逆かも知れない。色んな物があって、色んな物が、この世の全てが混ざり合った世界なのかも。
どちらかなんて、私には解らない。感覚としては、この世界に連れて来られた時と似ていた。似ているってだけで、同じではないのだけど。
ただ、手の平にほむほむの温もりがあった。全てが溶け合う空間で、キュゥべえの声が聞こえた。
「まどか。これで君の人生は、始まりも終わりも無くなった」
まどかが生きた証。記憶。それらが全て消え去った。まどかは一つの概念と成り果て、誰とも交わる事のない領域に行ってしまった。
ほむほむの手が離れた。彼女は、何処にいるとも知れないキュゥべえに食って掛かっていた。
こんな結末じゃ、まどかが報われない。そう言って、ほむほむは泣き崩れる。
「これじゃ、死ぬよりももっと酷い……!」
「ううん。違うよ、ほむらちゃん」
声がして、まどかがほむほむの後ろに現れた。泣き伏すほむほむを、そっと抱き締める。
「今の私にはね、過去と未来の全てが見える。かつてあったかも知れない宇宙も、いつかあり得るかも知れない宇宙も、皆」
「まどか……」
「だからね、全部分かったよ。いくつもの時間で、ほむらちゃんが私のために頑張ってくれた事。何もかも、何度も泣いて、傷だらけになりながら、それでも私のために。
ずっと気付けなくてごめん……ごめんね……」
ほむほむは振り返り、まどかに縋り付く。
……良かったね、ほむほむ。まどかは解ってくれたんだ。それがほむほむの一番の願いでは無いけれど、でも、解ってもらえないまま、通じ合えないままなんて、悲しすぎるから。
「ほむらちゃん、ありがとう。あなたは、私の最高の友達だったんだね」
まどかが一人になってしまうと、ほむほむは泣き叫ぶ。だけど、まどかは微笑っていた。
一人じゃない。これからのまどかは、何処へも行けるから。見えなくても、聞こえなくても、そばにいるから。そう言って。
私達は、まどかを忘れてしまうのに。そう話すほむほむに、まどかは自らのリボンを解いてほむほむに手渡した。
「あきらめるのはまだ早いよ。ほむらちゃんはこんな場所まで、ついて来てくれたんだもん。だから元の世界に戻っても、もしかしたら私の事、忘れずにいてくれるかも」
大丈夫。そう言って、まどかは微笑む。そして、私を見た。
「加奈ちゃんも、ありがとう」
「えっ……ううん。私、結局何にも出来てないし……」
へらへらと笑う。
私、何にもしちゃいない。ただ、皆の後を追い掛け回すばかりで。魔法少女になっても、何も変えられはしなかった。
そんな私に、まどかは微笑みかけた。
「ほむらちゃんの事、よろしくね」
ちょっと驚いて。
そして、私は微笑った。
「うん」
やっぱりまどかには敵わないなあ。
うなずいて、まどかを見つめる。
「また……会えるかな。まどかの事、覚えていられるかな」
「大丈夫だよ、きっと」
まどかは強くうなずく。
「だって魔法少女はさ、夢と希望を叶えるんだから。きっとほんの少しなら、本当の奇跡があるかもしれない。そうでしょ?」
まどかの姿が遠ざかって行く。
ほむほむは手を伸ばした。
「まどか! 行かないで!!」
「ごめんね。私、皆を迎えに行かないと。いつかもう一度ほむらちゃんと会えるから。それまでは、ほんのちょっとだけお別れだね」
まどかの姿が掻き消える。
ほむほむの叫び声が、悲痛に響いた。
「まどかあああ!!」
「ふーん……なるほどね。確かに君の話は、一つの仮説としては成り立つね」
「仮説じゃなくて、本当の事よ」
鉄塔の上で、一人と一匹は話していた。
少女が放ったグリーフシードを、キュゥべえは背中でキャッチする。
「だとしても、証明のしようがないよ。君が言うように宇宙のルールが書き換えられてしまったのだとしたら、今の僕らにそれを確かめる手段なんてないし。君がその記憶を持ち越しているのだとしても、それは君の頭の中にしかない夢物語と区別がつかない」
「夢物語なんかじゃありませんよーっだ!」
ほむほむとキュゥべえは振り返る。背中で手を組みキュゥべえを後ろから覗き込んでいた私は、身体を起こしてほむほむに目配せした。
「ねっ、ほむほむ。大体、まどかがいなかったなら私はどうしてここにいるのって話になるもんねーっ」
「それなんだけど、あなた元の世界はどうしたの?」
「戻れないよ。『私』は、その能力願わなかったもん」
過去に繰り返し続けた数多の時間軸の私は皆、世界と自分との繋がりを断ち切る能力を持っていた。魔法少女になると同時に、得ていた能力。
だけど私は、それを持たない。
ほむほむは何か言いかけて口を閉じ、そして再び声を発し尋ねた。
「あなた、佐倉杏子はどうしたの?」
「いつでも一緒って訳じゃないよ。私はバイト帰り。あんた達がここにいるのが、見えたからさ」
「下の道から? あなた、どんな視力をしているの?」
「ふふっ。私の目は、ほむほむ限定で素晴らしい力を発揮するのだよ」
ほむほむは呆れ返った視線を私に向ける。
キュゥべえはと言えば、何のリアクションも無く話を元に戻した。
「まあ確かに、浄化しきれなくなったソウルジェムがなぜ消滅してしまうのか、その原理は僕達には解明できていない。その点、君の話にあった魔女の概念はなかなか興味深くもある。人間の感情エネルギーを収集する方法としては、かなり魅力的だ。そんな上手い方法があるなら、僕達インキュベーターの戦略も違ったものになっただろうね」
「おいー、無視すんなよーぅ。冷たいぞ〜」
「そうね。あなた達はそういう奴らよね」
ほむほむまで無視ですと!?
「君が言う魔女のいた世界では、今僕らが戦ってるような魔獣なんて存在しなかったんだろう? 呪いを集める方法としては、余程手っ取り早いじゃないか」
「そう簡単じゃなかったわ……。あなたたちとの関係だって、かなり険悪だったし」
「ふーん……。やっぱり理解できないなあ、人間の価値観は」
ほむほむは浄化に使ったグリーフシードを全て後ろに放り投げる。キュゥべえはちょろちょろと動き回り、一つも余す事無く背中にキャッチした。
「おおっ。お見事!」
パチパチパチー。拍手なんかしてやったりして。
ソウルジェムを見つめるほむほむの背中に、私は呼びかけた。
「それで、バイト終わったら杏子からメール入っててさ。マミさん家で、夕飯食べないかって。ほむほむも行こう。もちろん、マミさん了承済み。メール自体、マミさんの携帯からだもん」
「そうね……たまには、いいかも知れないわね。
でも、こっちが先みたい」
ほむほむは髪を払い、立ち上がる。彼女の髪には、赤いリボン。まどかから貰った物だ。
私はソウルジェムを出して変身し、ほむほむの隣へと飛び移る。キュゥべえもやってきて、ほむほむの肩に乗った。
「今夜はいつになく瘴気が濃いね。魔獣どもも次から次へと沸いてくる。いくら倒してもキリが無い」
「見ろ! 魔獣がゴミのようだー、って? こりゃあ、マミさんのご飯食べられるまで時間掛かりそう」
「ぼやいたって仕方ないわ。さ、行くわよ」
ほむほむと私は夜の街へと飛び降りて行く。地上に着地して、ほむほむは弓を、私は短剣を出す。
私の願い。
雨の降りしきる暗い夜道で、私はキュゥべえと契約した。もう、逃げるのなんて嫌だから。もう、ほむほむが苦しみ続けるのは嫌だから。
『私は、ほむほむのそばにいたい。他の時間軸なんかじゃない。今の、この私がずっと一緒にいる。ほむほむを救えるようになりたい。ほむほむが戦う限り、私も一緒に戦い続ける。ほむほむを一人になんてしない――それが、私の願い』
辛いときも、悲しいときも、いつでも私がそばにいる。楽しいとき、嬉しいとき、それをほむほむにも分けてあげたい。
世界の全てがなくなっても、世界の誰もがいなくなっても、私だけはほむほむのそばにいる。ほむほむと共に戦い続ける。
「加奈」
魔獣に弓を放ったほむほむは、背中越しに呼ばわった。
「んー、なーにー?」
短剣を飛ばしながら、私は尋ね返す。
「……ありがとう」
「え?」
「あなたがいるから、私はまどかの記憶に自信が持てる。一緒に来てくれた事……感謝してるわ」
「言ったじゃん。私はほむほむを一人にしないって」
「あなた、馬鹿よね」
「よく言われる」
へらっと笑う。ほむほむも、口元に笑みを浮かべていた。
何があっても。どんなに戦いが続いても。
――ずっと、一緒だよ。
2011/08/19