ハリーは翌日から、引き篭もりと化した。
 でも、それが一番良いだろう。今のハリーでは、ダーズリー親子とあまり長く顔を合わせると、また言い争いになるに決まっている。そして今度こそは、魔法を使ってしまうかもしれない。
 この夏休み、華恋の方が部屋にいる時間が長かったが、それが明らかに逆転した。
 部屋にいるからといってハリーは何をする訳でもなく、やはり衝立の下から教科書ははみ出てくるし、室内の悪臭は酷い。
「ハリー。どうせ部屋にいるなら、ほんと掃除してくれる?」
 夕食を終えて二階に上がって、華恋は右側へ入っていった。ハリーの方へ行くのは初めてだ。
 そこは、目も当てられない状況だった。本は殆ど全部床に散らばっているし、開けっ放しのトランクからはローブやマグルの服が溢れ出している。当然その中で、華恋は某黒褐色の昆虫を発見した。
「ハリー! ロックハートの本!」
 ハリーの返事を聞く前に、華恋は部屋の隅に追いやられているナルシスト教師がウィンクしている教科書を取り、「奴」を叩き付けた。
 表紙のロックハートはヒーヒー言って逃げ惑う。教科書の表紙は、ロックハートではなく「奴」の死骸になった。……気持ち悪い事、この上ない。
 蜘蛛の存在にも気付いたが、華恋はもう諦める事にした。
 ハリーはと言うと、無気力状態でベッドの上で仰向けになっている。ヘドウィグの籠は空っぽだ。
「未来が変わるって事が無ければ、ハリーが退学になる事は無いよ」
 華恋は、そう言った。もう、見ていられなかったのだ。
 ハリーは僅かに動き、こちらを見た。
「ハリーが魔法を使ったのは、立派な正当防衛でしょうが。あれに有罪判決を下すなら、大人しく吸魂鬼にキスされてれば良かったのか、って話だし」
 そこへ、ダーズリー氏が入ってきた。
 ダーズリー氏はその体系には似合わない一張羅の背広を着込んでいる。
「わしは出かける」
「え?」
 ハリーだ。
「わしら――つまり、お前らの叔母さんとダドリーとわしは――出かける」
「いいよ」
 テンションの低いハリーとは対照的に、華恋は密かに胸を弾ませていた。騎士団からの偽招待状だ。
「わしらの留守中に、自分達の部屋から出てはならん」
「オーケー」
「テレビや、ステレオ、その他わしらの持ち物に触ってはならん」
「ああ」
「冷蔵庫から食べ物を盗んではならん」
 それはダドリーの仕業だ。あの子は、毎晩冷蔵庫を漁っている。
 ハリーは律儀にも、全てに返事をしている。ただ無気力なだけかもしれないが。
「この部屋に鍵をかけるぞ」
「そうすればいいさ」
 顔がにやけそうになるのを押さえるのに、一苦労だ。これから騎士団のメンバーが来るのだ。
 ダーズリー氏は一言も文句を言わない華恋達を怪しむようにじろじろと見て、部屋を出て行った。
 ドアが閉まり、鍵のかかる音、そしてドスドスと階段を下りていく音がする。外からエンジンの音が聞こえ、遠ざかり、華恋はやっと口を開いた。
「ハリー。荷物をまとめといて。出来る限り、早くした方がいいだろうから」
「え? 何処か行くの? でも、部屋には鍵がかかって……」
「別に、皆、ハリーを仲間はずれにしてる訳じゃないんだから。マグルの鍵なんて、魔法で一発だし」
「如何いう事? でも、魔法を使ったらまた魔法省から――」
「魔法を使うのは、私達未成年じゃなくて、大人。だから問題無し。今日の事はね、本に書いてあったよ」
 ここまで言って、ハリーは理解したようだった。
 それでも半信半疑といった様子で、散乱した本を拾い始める。
「確かカレンは、荷物はホグワーツから帰ってきた時のままの状態でつかってたから、何の準備も無いよね? 良かったら、手伝――」
「やだ! 私、ゴキブリやら蜘蛛やらと戦うつもりは無いから!」





No.25





 華恋は出しっぱなしにしていた本だけ仕舞う。それから、その中の一冊をベッドに腰掛けて読んでいた。
 聞こえるのは、ハリーが部屋を片付けている音のみ。どれくらい経っただろう。階下で、何かが壊れる音がした。ハリーもそれが聞こえたらしく、片付けの音が止まる。
「来たね」
 一瞬、様子を伺うかのようにしーんとなり、それから人声が聞こえてきた。
 ハリーは片づけを再開している。
 途端、鍵が大きな音を立てドアがパッと開いた。誰も入ってこない。
 何も知らなかったら、まるで心霊現象だ。やめて欲しい。ポルターガイストやら血みどろやらがいる学校へ行っておいて、今更かもしれないが。
 華恋は立ち上がり、衝立の向こうに顔を覗かせる。
「ハリー。行こう。荷物はそのままでいいから」
 部屋は大分片付いていて、荷物の半分はトランクに入っている。これなら、残りはトンクスの魔法で問題なく入るだろう。
 部屋を出て、階段の踊り場まで来て、ハリーが息を呑むのが分かった。
 いくら何でも、こんなに来るとは思わなかったようだ。
「何の警戒もせずに出てきたな」
「……ムーディ先生?」
 低い唸り声に、ハリーが半信半疑で問うた。去年は偽者だったのだから、無理も無い。
「『先生』かどうかはよく分からん。なかなか教える機会が無かっただろうが?
二人とも、ここに降りて来るんだ。おまえさん達の顔をちゃんと見たいからな」
 華恋が階段に足をかけたのを見て、ハリーは恐る恐るだがついて来た。
 その様子を見て、再び、今度は別の声がした。
「大丈夫だよ、ハリー。私達は君を迎えに来たんだ」
「ル、ルーピン先生!? 本当に?」
「私達、どうしてこんな暗い所に立ってるの?」
 この声は誰だろう。トンクスだろうか。
「ルーモス!」
 その場がパッと明るくなった。
 やはり、杖を掲げているのは紫色の髪の女性だった。
 一番手前にいるのが、確かリーマスだったか。本当に、ちゃんと生活しているのか心配になる外見だ。ローブはつぎはぎだらけだし、三十代半ばにしては、白髪が多い。余程苦労が多いのだろう。
「わぁぁあ、ハリー、私の思ってた通りの顔をしてる」
 トンクスが目を輝かせて言った。
「よっ、ハリー! カレン!」
「うむ、リーマス、君の言っていた通りだ――ジェームズに生き写しだ」
 シャックボルトだったか。
 この辺りは、頭の中で名前と容姿の描写が一致していない。
「目だけが違うな。二人とも、リリーの目だ」
 ムーディは左右の目を細め、疑るように華恋とハリーを見ている。
「ルーピン、確かにポッター達だと思うか? 二人に化けた死喰人を連れ帰ったら、いい面の皮だ。本人達しか知らない事を質問してみた方がいいぞ。誰か真実薬を持っていれば別だが?」
「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」
「牡鹿」
「マッド‐アイ、間違いなくハリーだ」
「カレン・ポッターは」
「カレンも、確かに本物ですよ。入れ替わる機会なんて無かった」
 ハリーが口添えした。確かに、さっき「未来の本」に関わる話をして、その後は部屋から出ていない。それで、確認完了だ。
 リーマスが手を差し伸べ、ハリー、華恋、と順に握手をした。
「元気か?」
「ま、まあ……」
「はい」
 これだけ魔法使いがいると、なかなか迫力がある。それに、彼らは皆貪るように華恋とハリーを見ている。
 ハリーが、口ごもりながら言った。
「僕は――皆さんは、ダーズリー一家が外出していて、本当にラッキーだった……」
「『ラッキー』?」
 そう言って、トンクスは鼻を鳴らす。
「私よ。奴らを誘き出したのは。マグルの郵便で手紙を出して、『全英郊外芝生手入れコンテスト』で最終候補に残ったって書いたの。今頃授賞式に向かってるわ……そう思い込んで」
 トンクスは架空請求も上手そうだと、勝手に失礼な事を思う。
「出発するんだね? 直ぐに?」
「間もなくだ。安全確認を待っている所だ」
「何処に行くの? 『隠れ穴』?」
「いや、『隠れ穴』じゃない。違う」
 リーマスはキッチンから手招きしながら言った。
 華恋達も、騎士団のメンバーも、後に続く。
「あそこは危険すぎる。本部は見つからない所に設置した。暫くかかったがね……」
 ムーディは食卓の前に腰掛け、携帯用酒瓶からグビグビ飲んでいた。魔法の目はぐるぐると回り、ダーズリー家の台所用品を眺めている。
「ハリー、カレン、この方はアラスター・ムーディだ」
「ええ、知ってます」
 ハリーは気まずそうに言った。
 華恋も、何と言って良いか分からない。
「そして、こちらがニンファドーラ――」
「リーマス、私の事ニンファドーラって呼ばないで。トンクスよ」
「ニンファドーラ・トンクスだ。苗字の方だけを覚えて欲しいそうだ」
「母親が『可愛い水の精ニンファドーラ』なんて馬鹿げた名前を付けたら、貴方だってそう思うわよ」
「そしてこちらは、キングズリー・シャックボルト」
 先程の予想は当たっていたらしい。
「ディーダラス・ディグル――」
 確か、一巻冒頭の流れ星の人だ。
「エメリーン・パンス」
 肩に布を巻いた魔女だった。ショールと言うのだったか。
「スタージス・ポドモア」
 この人も聞いた事がある。だが、この場所以外で何処に出てきたのか思い出せない。
「そしてヘスチア・ジョーンズ」
 こちらも魔女だ。髪は黒い。
 華恋とハリーは、紹介される度に軽く頭を下げた。
「君達を迎えに行きたいと名乗りを上げる人が、びっくりするほどたくさんいてね」
「うむ、まあ、多いに越した事は無い。わしらは、お前達の護衛だ」
「私達は今、出発しても安全だという合図を待っている所なんだが、あと十五分ほどある」
 リーマスは、キッチンの窓に目を走らせながら言った。
 トンクスは、興味深げにキッチンを見回している。
「すっごく清潔なのね、ここのマグル達。ね? 私のパパはマグル生まれだけど、とってもだらしない奴で。魔法使いも同じだけど、人によるのね?」
「あ――うん。
あの――いったい、何が起こってるんですか? 誰からも何も知らされない」
 言いながら、ちらりと華恋を見た。気にせずとも、別に華恋以外の人に聞くのは構わないのに。
「一体、ヴォル――」
「黙れ!」
「えっ?」
「ここでは話す事が出来ん。危険過ぎる」
 そして魔法の目をぐるぐる動かし、「動きが悪くなった」と文句を言う。目をはずす様子は、本当に気持ち悪い。
 行くのは箒だ。……箒。
 しかし、華恋は乗った事が無い。今更その事に気付き、華恋は焦りを見せる。慌てる華恋に構わず、話は進んでいく。
「兎に角、ハリー、カレン。部屋に戻って荷造りした方がいい。合図が来た時に出発出来るようにしておきたいから」
 トンクスが、ハリーについて行く。
 リーマスが、怪訝そうに首を傾げた。
「如何したんだい? カレン」
「私は、荷物、ホグワーツから帰ってきた時のままになってあるので。それで、えーと……私、箒に乗った事が無いんだけど……」
 なんだか、凄く恥ずかしい。
 どうして、飛行訓練は一年生だけなのか。こんな所でホグワーツの教育課程を恨んでも、どうしようもない。
「ああ……そうすると、誰かの後ろに乗せてもらった方がいいかな?」
「その方がいいだろう」
「じゃあ、私が」
 ヘスチア・ジョーンズが名乗り出た。
「じゃあ、カレンは彼女と一緒に。荷物は私が持とう。これで決まりだ。カレンも荷物を持っておいで」
「はい」
 これで、箒の操作の心配は無くなった。無事落ちないで乗っていられれば、の話だが。別に高所恐怖症ではない。でもやはり、足場が無い状態で一本の細い棒の上に乗って高度何メートルってぐらいまで飛ぶなんて、不安がある。
 箒で空を飛ぶのは楽しみだ。でもいきなりこれは怖い。
 兎に角、厚着をしておかなくては……。

 ハリーとトンクスと共に再びキッチンへ戻ると、ムーディの目が高速回転している所だった。
「よし」
 華恋達が入って来たのを見て、リーマスが言った
「あと一分だと思う。庭に出て待っていた方がいいかもしれないな。
ハリー、カレン、叔父さんと叔母さんに、心配しないように手紙を残したから――」
「心配しないよ」
「君達は安全だと――」
「皆がっかりするだけだよ」
「――そして、君達が来年の夏休みに帰ってくるって」
「そうしなきゃいけない?」
 リーマスは微笑んだだけだった。
 華恋は内心、首を捻る。どうにも、リーマスのイメージが違う。もっと黒い姿が見たいものだ。
 ムーディに「目くらまし」をかけられ、ハリーは自分の箒、華恋はジョーンズについて外へ出た。
 ムーディの随分と不吉な計画説明に笑いを噛み殺している内に、遠くで明るい真っ赤な火花が噴水のように上がった。合図だ。華恋はジョーンズの後ろに跨り、彼女のローブをしっかりと握る。
「初めて乗るなら、お腹の方まで手を回した方がいいわよ。バランスを取りにくいだろうから」
 華恋は言われた通りにする。体育祭のムカデリレーを思い出す体勢だ。
「第二の合図だ。出発!」
 リーマスが合図した。ジョーンズが地面を蹴り、一気に夜空へと高く舞い上がる。
 やはり、何事も学ぶには順序と言うものが大切だと、深く心に染み入った。





 何処を如何通っているのか、さっぱり分からなかった。ムーディやリーマスの指揮する声も、風の音でよく聞こえない。
 厚着をしても、やはり手袋は薄さ万国共通。指先どころか手全体、感覚が無い。冷気で顔も痛い。
 手だけでなく、厚着をしていても体全体が凍ってしまった頃、前を飛んでいたトンクス、そしてハリーが急降下しだした。
 華恋は、声にならない悲鳴を上げるしかなかった。

「さあ、到着!」
 トンクスは、随分と元気だ。ハリーも何事も無かったかのように、辺りをきょろきょろと見回している。
 次々と騎士団員が降りてきた。ムーディは下りてくると、「火消しライター」を取り出した。ライターをカチッと鳴らす度に、街灯が消えていく。
 芝生を横切り、歩道まで出る。
 そこで、ムーディが華恋達を呼び寄せ、ハリーの手に一枚の羊皮紙を押し付けた。そして読めるよう、自分の杖灯りを羊皮紙の側に掲げた。
「二人とも、急いで読め。そして覚えてしまえ」
『不死鳥の騎士団の本部は、『ロンドン グリモード・プレイス 12番地』に、在住する』





「まあ、ハリー! それにカレン。また会えて嬉しいわ!」
 どうにもウィーズリー夫人にとって、華恋はオマケのような扱いだ。何となくそう感じるが、彼女は出来る限り同じ待遇をしようとしている。
 ハリーは痛そうなぐらいにきつく抱きしめられた。そしてウィーズリー夫人はハリーを離し、華恋と目が合った。イギリス流のスキンシップに慣れていない華恋は、思わず僅かに後ずさった。それに気づいたらしく、ウィーズリー夫人は華恋の方へは手を伸ばしてこなかった。
 そして何事も無かったかのように、華恋達を見る。
「痩せたわね。ちゃんと食べさせなくちゃ。でも残念ながら、夕食までもうちょっと待たないといけないわね」
 ダーズリー家だと食事は必要最低限、おやつなんて食べたくても無い。おやつが無いのは残念だが、どうせこちらの物は甘過ぎる。痩せたのは、嬉しい事だった。
 ウィーズリー夫人は騎士団メンバーに向かって言った。
「あの方が今しがたお着きになって、会議が始まっていますよ」
 あの方とは誰だろう。ダンブルドアだろうか。
 ハリーは、さり気無くリーマスの後についていこうとしていた。案の定、ウィーズリー夫人に引き止められる。
「だめよ、ハリー。騎士団のメンバーだけの会議ですからね。ロンもハーマイオニーも上の階にいるわ。会議が終わるまで一緒にお待ちなさいな。それからお夕食よ。それと、ホールでは声を低くしてね」
「如何して?」
「何にも起こしたくないからですよ」
「如何いう意味――?」
「説明は後でね。今は急いでるの。私も会議に参加する事になっているから――貴方達の寝る所だけを教えておきましょう」
 まるでホグワーツ縮小版どころか、その正反対に闇っぽい奇妙な物が多い廊下を通り、二つ目の踊り場でウィーズリー夫人は立ち止まった。
「ここよ――ハリーは右側のドア。カレンは左側よ。会議が終わったら呼びますからね」
 それだけ言うと、ウィーズリー夫人は急いで階段を下りていった。
 流石はブラック家、取っ手が蛇の頭の形をしている。部屋は充分な広さがあり、ベッドが三つ置かれていた。荷物もあるから、恐らくハーマイオニーとジニーが一緒なのだろう。
 とりあえず、空いているらしいベッドの脇に荷物を置く。それから、上着を脱いだり、手袋を外して仕舞ったりとしていた。





 ――さて、何しようかねぇ。
 荷物も落ち着き、華恋はベッドに腰掛け考える。
 取り合えずハリー達の所に行った方が良いか。今華恋は、何も知らない筈なのだから。ここで話を聞いておかないと、後でハリーに口裏を合わせてもらわなくてはならず、面倒だ。
 そう思って部屋へ行くと、ちょうど、ハリーが憤慨している所だった。
 面倒な場面に居合わせてしまった。
「――そうだろう? 君達は一緒にいたんだ! 僕は、一ヶ月もダーズリーの所に釘付けだ! だけど、僕は、君達二人の手に負えないような事でも色々やり遂げてきた。ダンブルドアはそれを知ってる筈だ。賢者の石を守ったのは誰だ? リドルをやっつけたのは誰だ? 君達の命を吸魂鬼から救ったのは誰だって言うんだ? 四年生の時、一体誰が、ドラゴンやスフィンクスや、他の汚い奴らを出し抜いた? 誰があいつの復活を目撃した? 誰があいつから逃げ遂せた? ――僕だ!!」
 ロンは口を半開きにして突っ立っているし、ハーマイオニーは今にも泣き出しそうな表情だ。
「だけど、何が起こってるかなんて、どうせ僕に知らせる必要無いよな? 誰も態々僕に教える必要なんて無いものな?」
「ハリー、私達、教えたかったのよ。本当よ――」
「それほど教えたいとは思わなかったんだよ。そうだろう? そうじゃなきゃ、僕にふくろうを送った筈だ。だけど、『ダンブルドアが君達に誓わせたから』――」
「だって、そうなんですもの――」
「四週間もだぞ。僕はプリベッド通りに缶詰で、何がどうなってるのか知りたくて、ゴミ箱から新聞を漁ってた――」
「はい、はい。つまり、誰かがふくろうを送って、その手紙を途中で奪われて、敵にこちらの手の内が分かれば良かったと。若しくは魔法省でもいいかな。それでダンブルドアが更に不利な立場に立たされて、こちらの戦力が弱まれば良いと。そういう事? ハリー」
「カレン――」
 ハーマイオニーがたった今気がついたというように言った。
 ハリーも気づいていなかったらしく目を丸くしたが、それも束の間だった。
「カレンもだ! 『その内分かるから』――『今は危険だ』――結局、面倒なだけじゃないのか? 危険だからとかじゃなく、説明するのが面倒だから、何も教えようとはしないんだろ?」
「ハリー? 何の事――」
 ――おい、おい、おい、おい!!
 華恋は顔を引きつらせる。ここには、ロンやハーマイオニーがいるというのに。
「教えようと思えば、教えられたんだ。なのに何も教えてくれないで! ニュースを見ようと躍起になったり、ゴミ箱から新聞を漁る僕を見て、嘲笑ってたんだ。そうだろう?」
「かなり荒れてんね……。――そうだね。面倒だった、ってのは確かにあるかもな。私はそんな教えて欲しい人がいれば絶対教えてあげるような、優しい人間じゃないし。
それで? ハリーには、それが嘲ってるように見えたんだ? それはちょっと卑屈になりすぎだね」
「ちょっと、カレン。ハリーも――」
「君達だってそうだ! さんざん僕を笑いものにしてたんだ。そうだろう? 皆一緒に、ここに隠れて――」
「違うよ。まさか――」
「ハリー、ほんとにごめんなさい! 貴方の言う通りよ、ハリー――私だったら、きっとカンカンだわ!」
 取り合えず、ハリーを落ち着かせる事を優先したらしいのは助かった。
 ハリーが口走ってしまった事についての話になったら、なんとか逃走を試みよう。ハリー自身が何か言い訳を考えてくれる事を願う。

 ロンやハーマイオニーの知る限りの騎士団員が何をしているか、「日刊予言者新聞」がハリーの中傷記事を書きまくっている事、それらを華恋達は聞かされた。
 途中でフレッドとジョージ、ジニーもやって来た。
 そしてやはり途中途中、ハリーは怒鳴りかける。情緒不安定なのだろうか。
 話が尋問の事になってきた時、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。
「ウ、ワ」
 フレッドが「伸び耳」をぐっと引っ張った。
 そしてバシッという大きな音を立て、フレッドとジョージは消えた。ウィーズリー夫人が戸口に現れるのと入れ替わりだった。
「会議は終わりましたよ。降りてきていいわ。夕食にしましょう。ハリー、カレン、皆が貴方達にとっても会いたがってるわ。ところで、厨房の扉の外に糞爆弾をごっそり置いたのは誰なの?」
「クルックシャンクスよ。あれで遊ぶのが好きなの」
「そう」
 ジニーの言葉にウィーズリー夫人はあっさりと納得する。
「私はまた、クリーチャーかと思ったわ。あんな変な事ばかりするし」
 それは流石に、差別と言う物ではないだろうか。
「さあ、ホールでは声を低くするのを忘れないでね。ジニー、手が汚れてるわよ。何をしてたの? お夕食の前に手を洗ってきなさい」
 ジニーは皆にしかめっ面をして見せ、母親に従いて部屋を出た。
 華恋も、さり気なくそれについて行く。会話が途切れた。ハリーが口走った事について聞かれるとしたら、今だ。





 騎士団員は皆、まだホールにいた。スネイプも発見する。
 彼は、実際はどちら側なのだろう。騎士団員側だとは思いたいが……来年、ダンブルドアを殺害する。それはドラコが殺されない為の作戦だった、と言う説もある。でも、ダンブルドア以外は誰もスネイプの事信じていない様子だ。ダンブルドアが死んでしまったら、もうスネイプは騎士団としてスパイは出来ないのではないだろうか。ダンブルドア殺した後の事も予め決めたのだろうか。だとすれば、危機一髪って所でハリーを助けでもするのか。考えた所で、結局はっきりとした答えは出ない。
 部屋からハリー、ハーマイオニー、ロンが出てきた。三人は立ち止まり、華恋の横に並んで手摺からホールを覗き込む。
 上の方からは、薄い橙色の紐が降りてきた。しかし、皆、玄関の扉に向かい、姿が見えなくなった。
「スネイプは絶対ここで食事しないんだ。ありがたい事にね。さあ」
「それと、ホールでは声を低くするのを忘れないでね、ハリー。カレンも一緒に行きましょう」
「ああ、うん」
 短く返事をし、三人と一緒に下へと降りていった。
 階段下で、ウィーズリー夫人がやってきて、小声で言った。
「厨房で食べますよ。さあ、忍び足でホールを横切って、ここの扉から――」
 バタンと言う大きな物音が響いた。
「トンクス!」
「ごめん! この馬鹿馬鹿しい傘立ての所為よ。躓いたのはこれで二度目――」
 後の言葉は、耳を劈くような叫びに掻き消された。クラス全員で黒板を爪で引っ掻いたような、それぐらい耳障りな声。
 嫌悪感が掻き立てられる。五月蝿くて仕方が無い。
 声の主は、肖像画だ。何故こんな物を残したのか、理解に苦しむ。
 他の肖像画まで叫びだして、黒板爪引っ掻きは、学年全員分になる。リーマスとウィーズリー夫人でカーテンを引き、老女の肖像画を閉めこもうとする。しかしカーテンは閉まらず、叫び声はで発泡スチロールを擦ったような状態に。
 肖像画とは言え、魔法界とは言え、人間がこんな声を出せる事に驚きだ。
「穢らわしい! 屑ども! 塵芥の輩! 雑種、異形、出来損ないども、ここから立ち去れ! 我が祖先の館を、よくも汚してくれたな――」
 トンクスは何度も何度も謝りながら、巨大なトロールの足を引きずって立て直している。ウィーズリー夫人は諦め、ホールのその他の肖像画に「失神術」をかけてまわる。
 ここは任せて、先に行くか。
 扉を開けた所で、誰かと正面衝突しそうになった。飛び出てきたのは、シリウス・ブラック。
「黙れ。この鬼婆。黙るんだ!」
 頑張っているが、どうも逆効果だ。
「こいつぅぅぅぅぅ! 血を裏切る者よ。忌まわしや。我が骨肉の恥!」
「聞こえないのか――だ――ま――れ!!」
 まさに吼えると言う表現がピッタリな辺りは、やはり犬だ。
 そして、シリウスとリーマスの二人でようやく、カーテンを元通り閉じた。
 叫び声が無くなり、しーんと言う音が本当に聞こえてきそうなぐらい、静まり返る。息を弾ませながら、シリウスはこちらを向いた。
「やあ、ハリー、カレン。どうやら私の母親に会ったようだね」


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2010/03/28