ディーノ達のいる部屋には、いつの間にか了平も増えていた。弥生が眠っている間に来たのだろう。ディーノと一言二言交わした後、綱吉はいつもの如くリボーンに修行へと引き立てられて行った。
 弥生は獄寺と山本と共に学校へと登校したが、授業中もほとんど上の空だった。
 綱吉が見たと言う、骸の記憶。
 六道骸が同情を引くために見せた幻覚と言う線は――無いだろう。彼は幻覚には素直に騙されるようだが、その辺りの直感は利く。
 それに、骸もその手の同情を買うのはむしろ嫌いそうだ。骸自身も意図していなかった事故か、あるいは手っ取り早く信用してもらうためにも見せざるを得なかったか。
 いずれにせよ、彼が信用のために作るなら別のストーリーになっていただろう。

 放課後を告げるチャイムが鳴り、弥生は席を立つ。スポーツバッグを背負った山本が、横を通り抜けて行った。
「えっ……山本、部活出るの?」
「ん?」
 山本は振り返り、ニカッと笑う。
「ああ。とりあえず俺の番は終わったし、野球の方もナマっちゃいけないからな」
「身体、大丈夫なの……?」
「ヘーキ、ヘーキ」
「お前、今夜の時間忘れんなよ!」
「おー」
 獄寺の声に片手を上げて答えながら、山本は教室を出て行った。
「……今夜もあるの? 相撲大会」
 かけられた声に、弥生と獄寺は揃って飛び上がる。
 振り返れば、京子が不安そうな顔で二人を見上げていた。
「えっと……」
「相撲大会は終わったよ。ずっと休んでて宿題溜まってるから、今夜獄寺の家にでも集まって片付けようってだけ」
「本当に?」
 すらすらと答えた弥生の嘘に、京子はまだ心配そうな様子だった。
「獄寺君と山本君は学校に来たけど、ツナ君は今日もお休みだし……」
「沢田の事だから、溜まり込んだ宿題の事を思って頭痛でも起こしたんじゃない」
「十代目がそんな事で寝込む訳ねーだろ! 今日だって、特訓――」
「あー、そーそー、授業の遅れを取り戻すために、家庭教師の猛特訓の方かもね。ほら、行くよ、獄寺」
「あっ、おい……!」
 弥生は獄寺の鞄の紐を掴むと、ぐいぐいと引っ張り教室から連れ出した。





No.27





「おい、そんな引っ張るなって……!」
 校門を出た所で獄寺の手が弥生の腕を掴もうとして、弥生はパッと彼の鞄を手放し手を引っ込めた。
「お前……」
 露骨に身を引いた弥生の態度にだろう。呆れとも苛立ちとも取れる獄寺の声。
 弥生だって、普段ならこんな自ら触れかねないような事はしない。だけど。
「……だって、沢田がまだ特訓してるって知ったら……今夜もあるって知ったら……絶対来るよ、彼女」
 京子はマフィアの内部抗争どころか、喧嘩とも程遠い世界の子。
 そんな彼女を巻き込むような事はしたくない。戦いの場に来させたくない。
「だからって、十代目を貶めるような作り話は聞き流せねーだろ。それに、あの様子じゃどの道、納得してなさそうだったぜ」
「念のため、草壁にも連絡入れておくよ。今夜、関係者以外が学校に近寄らないように……」
 弥生は携帯電話を取り出し、電源を入れる。
 特に今夜は、雲の守護者の戦いだ。委員長の戦いを部外者に邪魔させないように、という事なら彼らも動いてくれるだろう。
 草壁へのメールを送信し、携帯を閉じる。獄寺は、じっと弥生を見つめていた。
「……何?」
「えっ、いや……」
 顔を上げた弥生と目が合い、獄寺は気まずげに視線を逸らして歩き出す。弥生も彼の隣に並ぶ。
 二人での下校と言うのも、何だか妙な気分だ。山本は部活があるため別の事も多いが、獄寺との間にはいつも、綱吉がいた。
「……それじゃ、弥生は今夜も見に来るのか?」
「当然。だって、お兄ちゃんの戦いでしょ」
「たぶん、黒曜の連中も来るぜ。クローム髑髏って名乗ってたあの女も……」
 ぴたりと弥生は足を止める。
 人気のない住宅地。放課後の喧騒も、もうここまでは聞こえない。獄寺も、一拍遅れて立ち止まる。
「……やっぱり、お前、あの女と何かあるんだろ。昨日、髑髏が出て来た時、知ってるような顔だったし、あの後からずっと様子がおかしいし――あいつは、何なんだ? 一応、味方ではあるようだけど……」
「……知らない」
「いや、お前、知らないって顔じゃ」
 弥生は首を振る。
「あの子が幻術を使える事とか、六道骸との関係とか、私は何も知らなかったの。たまたま会った事があって、友達になれるかもって勝手に思っていただけ……」
 友達になれるかもしれないと思っていた。
 だけど彼女は、六道骸と繋がっている。
「友達になれると思ったのにな……」
 あの子は、六道骸の所業をどこまで知っているのだろう。
 一日中、気付けば彼女や六道骸の事ばかり考えていた。
『私は、必要としてくれた人の期待に応えられない方が、恐い』
 彼女と何度か会った中で、唯一彼女が示した、彼女自身の意志。あれは、彼女の本心だ。本心であり、行動原理。
 六道骸には、彼女が必要だった。だから彼女は、期待に応えたいと思っている。不慣れであろう、戦いの場に身を置く事になってでも。
「……クローム髑髏と六道骸は、一応、別人なんだな? リボーンさんは分けて考える事はできないって言ってたけど……」
「……うん。今朝、沢田から聞いた話も踏まえると、六道骸の別人格とかそう言う事ではないみたい。あの子自身がいて、六道は彼女の身体を借りてる――憑依弾でもなくて、彼女自身にも貸せる能力があって、って事のようだけど」
「今朝!? 十代目、俺にはそんな話、何も……!」
「話す前にリボーンに連れて行かれたんじゃない」
 面倒臭いので適当に答えたが、実際のところ、彼が話すつもりだったかは分からない。
 弥生に話したのは、弥生自身も名前を出された当事者だったからだろう。
「まあ、六道骸の仲間とあっちゃ、複雑だよなあ……。お前にとっては兄貴の仇だろうし」
「お兄ちゃんが負けたみたいな言い方やめて。ちゃんとお礼参りして終わってるから」
「ほんと、めんどくせーなお前……」
 六道骸という人物が分からない。
 傷付いた仲間の身体を駆使したり、駒だと言ったりする癖に、逃すために自分が囮になったりもする。酷い扱いが口先だけならば、ただの照れ隠しとも取れるだろうが、黒曜で見たあの戦い方はやはり受け入れられない。
「お兄ちゃんの事もあるけど……その後が、嫌だったの。君が乗っ取られた時が、凄く、凄く……嫌だった」
「はっ!? え……お前、それって……??」
『つまり、この身体は僕のものだ』
 獄寺の顔で、挑発するように薄く笑う彼。思い出す度にこみ上げる嫌悪感。
「……獄寺は、あんな顔しない」





 答えは出ないまま、雲の守護者戦の時は来た。
 今日は校庭に集まっているらしい。校門の前でも、獄寺の声がよく聞こえて来た。
「んなこた分かってんだよ! 十代目は俺らを信頼して留守にしてんだ」
(また騒いでる……)
 放課後はまた修行すると言っていたが、どうやら皆、もう集まっているようだ。
 校庭へと出る前に、背後から声が掛かった。
「弥生」
「あ、お兄ちゃ……」
「こんな時間に何してるの?」
 問い詰めるような声色に、弥生は身をすくませる。
「あ、えっと……今日、お兄ちゃんの戦う番だって……」
「番……」
 雲雀は、ポケットから指輪を取り出し見つめる。あれが、恭弥の――雲の守護者の指輪だろうか。
「……毎日来てるの?」
「毎日って訳じゃ、ないけど……」
 ディーノから受けているだろう説明をどこまで覚えているか知らないが、守護者の戦いが複数である事、つまりは恭弥以外にも毎晩戦いが行われている事を思い出したのだろう。
 警察にでも見つかれば、補導されかねない時間。戦い自体、危険なものだ。説教を覚悟したが、恭弥は軽く溜息を吐いただけだった。
「……まあ、いいや。すぐに終わらせるから、終わったら真っ直ぐ帰りなよ」
 言って、校庭の方へと歩き出す。
「うん」
 こくんと頷くと、弥生は彼の後へと続いた。

 雲の守護者戦の舞台は、鉄柵で囲まれただけの見た目はシンプルな物だった。
 見た目こそシンプルなものの、柵は有刺鉄線。柵沿いには八門もの自動砲台が用意され、地中にはトラップが埋められているとの事だ。
 とは言え、この程度なら恭弥には何の障害ともならないだろう。地中の方は踏むと警報音が鳴ってくれるというのだから、易しいものだ。
 彼女は、校舎前の芝生に、黒曜の仲間とも少し離れて一人で座っていた。
 今なら、話せるかもしれない。だけど、弥生は彼女に何と声をかけて良いか分からなかった。彼女はただ、無表情でフィールドを見つめていた。
 ふと視線を感じて、弥生はそのまま横へと視線をスライドさせる。
 芝生とフィールドの間で、獄寺がこちらを向いていた。獄寺は弥生と目が合ったのに気付くと、慌てた様子でフィールドへと顔を背けた。いったい、何だと言うのだろう。
 校舎前の芝生にはクローム髑髏、少し離れて黒曜中の二人。そして彼ら三人より更に前、フィールド寄りに獄寺、山本、了平の三人。綱吉の姿は無かった。まだリボーンとの特訓を続けているのだろうか。何かあったのでなければ良いのだが。

 リーダーが姿を現さないまま、雲の守護者の戦いは開始した。
 相手は恭弥の倍はあろうかと言う大男。フルフェイスのマスクに覆われ、顔は見えない。
 顔にすらも砲撃してきそうな武器を備えたその姿は、戦闘のためだけに存在するかのよう。
 開幕早々、その足がジェットエンジンへと変わり、恭弥へ向かって滑空する。恭弥へと向けられた指先からマシンガンのように銃撃が行われるも、その弾が当たる事も、無事に着地する事も無かった。
 その巨大な体躯は、正面から受け止めたトンファーによって破壊された。
 露出した何本ものコードからバチバチと放電しながら地面に投げ出される。もげた腕の断面に見えるのも、コードばかり。ゴーラ・モスカと呼ばれていたか。どうやら人間ではなかったようだ。
 モスカが爆発炎上する。フィールドを囲む砲台が動きを捉える間すら無い戦いだった。
「さすが、お兄ちゃん!」
 弥生は手を叩いて跳ねる。他の者達は、ヴァリアーやチェルベッロさえも呆気に取られていた。
 恭弥は手に入れた指輪を自分の物と合わせると、唖然とするチェルベッロへとポイと投げ渡した。
「これ、いらない」
 そして、ヴァリアー――その中でも、一人だけ悠然と椅子に座る男へと向き直る。
「さあ、降りておいでよ。そこの座ってる君。猿山のボス猿を咬み殺さないと、帰れないな」
 眉一つ動かさず戦いを見守っていた男の口元が、ニッと歪んだ。
 高く跳び上がる様は、まるで猛獣のよう。有刺鉄線を軽々と飛び越え、彼は恭弥目掛けて飛び降りる。
 高所からの蹴りはトンファーに弾かれ、彼は一回転して恭弥の前に着地した。
 恭弥は本気では弾いていない。とは言え、並な相手ではこう易々と着地はできまい。男の方も、本気の蹴りではないだろう。互いに相手の力量を探る一撃。
「足が滑った」
「だろうね」
 男の足元で、トラップが発動する。彼は悠に避け、爆発に巻き込まれる事はなかった。
 男は笑みを崩さぬまま、まるで用意された言葉のように言った。
「そのガラクタを回収しに来ただけだ。俺達の負けだ」
「見えないよ」
 恭弥のトンファーが男を襲う。目にも止まらぬ連撃。しかし、トンファーは空を切るばかり。相手はただただ回避する一方だ。フィールドに仕掛けられた砲台とトラップが、辺りに爆風と粉塵を撒き散らす。
 あの恭弥の攻撃を、ここまで回避し続けるなんて。そして、それだけの力量がありながら、攻撃する様子は無い。……何を企んでいる?
 チラリと視界の端で、何かが光った。それに目を留め、弥生は息をのむ。
「お兄ちゃん、左!」
 恭弥が咄嗟に身を引く。レーザーのような砲撃が、恭弥と男の間を掠めていった。
 シュルルルと上空から鼠花火のような音がして、弥生は空を仰ぐ。――ミサイル弾だ。
 認識するや否や飛び退く。弥生は元々離れた位置だった事もあり容易に爆撃範囲を逃れたが、獄寺達やクロームらは爆風の中だ。
 次の投下が、校舎を襲う。爆風の合間に、逃げ惑う獄寺、山本、了平、それから黒曜の三人の姿が見えた。
 弥生はフィールドへと視線を戻す。
 あれは、ゴーラ・モスカの攻撃だ。破壊されたと思われたあの機体は、まだ動けたらしい。
 爆風の中、男が抜け抜けと独りごちる。
「なんてこった。俺は回収しようとしたが、向こうの雲の守護者に阻まれたため、モスカの制御がきかなくなっちまった」
 弥生はギリ……と歯を食いしばる。
 彼は、最初からこのつもりだったのだ。勝っても負けても、ゴーラ・モスカが暴走し、こちらを一掃する。暴走なのだから、彼らの意思ではない。そう言い張るつもりだろう。
(なんて汚い……!)
 正々堂々と戦わないどころか、恭弥を利用するなんて。
「こいつは大惨事だな!!」
 フィールド内はモスカの圧縮粒子砲とミサイルに加え、フィールド自体の仕掛けも発動して最早何が起こっているのか分からない有様だった。
 爆音すらも上回る大声で、男の笑う声が聞こえる。
「おい! フィールド内は危険だぞ!!」
 了平が叫ぶ。
 爆風の切れ間に、クロームの姿があった。爆発の中、フィールドの境を見失ったのか、フィールドの範囲へと踏み込むところだった。
 ビーと彼女の足元から警告音が鳴る。
 間一髪、彼女は爆発を逃れた。
「千種……! 犬……!」
 自分を両脇から抱えて伏せる仲間の名前を、彼女は呼ぶ。
「ったく、世話のかかる女らびょん」
 安堵した三人の表情が凍る。ゴーラ・モスカの砲口が、三人へと向いていた。
 立ち上がり逃げるには、到底間に合わない。せめて的を狭めようと、彼らは咄嗟に顔を伏せる。
 ……飛んできたのは、爆風のみ。鉄パイプの風圧に払われ、光線は散開する。
「……」
 弥生は、じとっとした目で足元の二人を見下ろす。
「君達は別に死んでも良かったんだけどね。間に、私の友達がいたから」
「弥生……」
 大きな瞳が、弥生を見上げる。昨晩の戦い以降、初めて彼女と目が合った瞬間だった。
「えっと……」
「弥生の奴、照れ屋なのな」
 聞こえた声に、弥生はキッと彼らの方を見る。
「山本、叩き潰されたいの」
「おっと。暴走の原因を近付かせる訳にはいかないな」
 白々しく話す男の声。彼は、こちらへ来ようとする恭弥の前に立ちはだかっていた。
「馬鹿野郎!! 後ろだ!」
 獄寺の叫びに振り返る。ゴーラ・モスカは、いつの間にかそちらにいた。弥生達に向かって次の光線を吐き出している――間に合わない。
 粒子砲が四人へ向けて放たれる。
 刹那、オレンジ色の炎が目の前に広がった。
「……っ!?」
 熱くはない。温かな炎。それは、まるで盾のように弥生達を砲撃から守っていた。
 そして、その炎を展開しているのは。
「……沢田」
「十代目!!」
 額に炎を灯した綱吉が、ゴーラ・モスカとの間に佇んでいた。


Back  Next
「 絆の距離 」 目次へ

2021/07/16