六道骸と戦った時に比べ、いっそう増した火力と機動力。戦いの場に現れた綱吉はゴーラ・モスカを引きつけ、その全ての攻撃をかわし、圧倒的な強さでその機体を一刀両断にした。
そして。
焼き切られた機体から崩れ落ちるようにして出て来たのは、一人の年老いた人間だった。
「よくも九代目を!!」
ボンゴレ九代目。現在のボス。それが、ゴーラ・モスカの動力源にされた老人の正体だった。
崩れ落ちた綱吉の背中に、男の言葉が突き刺さる。
「九代目へのこの卑劣な仕打ちは、実子であるXANXUSへの、そして崇高なるボンゴレの精神に対する挑戦と受け取った!」
(本当に汚い……!)
どちらが卑劣なものか。
九代目をロボットの動力源にし、何も知らない綱吉に手を下させる。そうして仇討ちを口実に、綱吉を屠り、自らが次期後継者となる。それが、彼の企みだったのだ。
「XANXUS」
彼の名を呼ぶ綱吉の目に、もう涙はなかった。
静かに、しかしはっきりと彼は宣言した。
「そのリングは返してもらう……お前に九代目の跡は、継がせない!」
No.28
波乱の戦いが行われた翌日、派手に破壊された校舎は、案の定直っておらず、幻覚で誤魔化された状態だった。意外と皆気付かないものらしく、生徒や教師達の中に校舎の様子を訝る者はいなかった。
(実際には壁が無いのって、結構危ない気がするけど)
実際には崩壊し虚空となっている壁へ、弥生は手を伸ばす。するり、と手が壁を抜ける。これは外からどう見えているのだろう。弥生の手も幻覚の対象に含まれ、外にいる生徒達からは見えていないのだろうか。
確か、戦いの中では幻覚による攻撃でも、拘束や衝撃など物理的なダメージを与えられていた。すると、壁を本物と認識している者は触れてもすり抜ける事はないのかもしれない。
(本物……あ)
気付いてみると、幻覚のはずの壁に触れる事ができた。本物と認識すれば触れられ、幻と認識すればすり抜ける。少し面白い。
「ちょっ……何してんのー!?」
聞き慣れた叫び声に振り返る。
恭弥がいたら咬み殺したがりそうな大所帯が廊下を歩いて来ていた。綱吉を中心に、京子、ハル、ビアンキ、イーピン、フゥ太。学外の者達も皆一様に並中の制服を身に纏っているが、ハルはともかく他は中学生を名乗るにはかなり厳しい。
綱吉が慌てて駆けて来て、ヒソヒソ声で話す。
「こ、ここの壁、幻覚……!? 皆に見られたら……!」
「……」
弥生は、すっと壁の幻覚に手を突き抜けさせる。
「だから、弥生ちゃん!! まずいって!」
「どう見える?」
弥生は、京子達を振り返る。彼女達はきょとんとしていた。
「どうって……壁に手をついて……?」
「え?」
綱吉は目を瞬く。弥生は声を落として、綱吉に言った。
「大丈夫。壁を本物と認識している人には、そう見えるみたい」
それから、ハル達の方を振り仰いだ。
「ところで三浦さん達はどうして並中に?」
「お兄ちゃんに聞いたらね、相撲大会まだ続いてるんだって! だから、皆でお守り作ってツナ君に渡したの」
「え、あ……そうなんだ」
咄嗟の嘘で、彼女の兄とは口裏を合わせられていなかった。しかし幸い、弥生が意図的に嘘を吐いたとは思っていないらしい。
「えっと、それじゃあ、見に行ったりは……」
「行ってないよ。参加者以外は立ち入り禁止だって聞いたから。だからせめて、安全祈願のお守りで応援できたらなって」
「獄寺さん達の分も作ったので、渡しに行くところなんです」
「だから、教室はまずいって!」
青ざめた顔で綱吉は叫ぶ。久しぶりの光景だ。
「や、弥生ちゃんが笑いました!」
「え」
弥生は口元を手で覆う。特に意識していなかったし、そう驚かれるとどうにもむず痒い。
「初めて見ました! 可愛いです! もっといつも笑えばいいのに!」
「弥生ちゃんが笑うの、そんなに珍しくないよ。ハルちゃんもいる時だと、夏祭りとかお花見の時とか」
「えっ、ハル、見てません!」
「最近はツナ君達いなくてちょっと寂しそうだったけど、もしかして今日は皆そろったかな? 獄寺君、来た?」
「来てない。今日はまた休みなんじゃない」
「そっか。残念だね……」
「別に……」
昨日の帰りも、放課後はまた修行すると言っていたくらいだ。昨日もあんな事があった後だ。また、授業をサボって修行に当てているのだろう。
むしろ、昨日来たのが不思議なくらいだ。今日なら綱吉が登校していると知れば来たかも知れないが、昨日は綱吉もいなかったのに。
「何だね、君たちは!」
「はひっ! 見つかりました!」
通りがかった教師に呼び止められ、ハル、ビアンキ、イーピン、フゥ太の潜り込み組は目にも止まらぬ速さでダッシュして行く。
「あ……それじゃあ、獄寺君の分は俺、預かっとくよ」
「うん。よろしくね」
綱吉はドギマギしながら、お守りを京子から受け取る。
――沢田。話したい事が。
次に会ったら言おうと思っていた言葉は、発する事なく飲み込んだ。
ボンゴレに、入りたい。
言えば、きっと彼は迷う。友達を巻き込んでしまう事を。そして九代目の仇として陥れられた今、彼自身、ボンゴレファミリーにいられるか危うい。そんな立場でうなずく事は、彼はできないだろう。
今は、余計な考え事を増やさない方が良い。
「沢田」
ボンゴレでなくても良いのだ。結局のところ、弥生の望みは同じ。
「相撲大会の結果がどうだろうと、私は沢田の味方だからね」
答えを待たず、背を向け、弥生はその場を立ち去る。今は、これ以上話さなくていい。それよりも、日常を与えてくれる彼女との大切にした方がいいだろう。
覚悟はできている。どんな戦いだろうとも。
失う方が、何万倍も恐いから。
「獄寺は、どうして昨日は学校に来たの」
「んな……っ」
夜。並中へと向かう道で合流するなり、弥生は質問を投げかけた。
出会い頭の急な質問だったためか、獄寺は言葉に詰まる。
「な、何だっていーだろ! 行っちゃ悪いかよ!?」
「なんでキレてるの……」
返って来たのは、怒鳴り声だった。何が着火剤になったのか分からず、これには弥生も困惑するしかない。
「嫌味とかじゃなく、不思議に思ったから聞いただけだよ。沢田が来ていた今日ならともかく……」
「えっ。今日、十代目学校にいらっしゃってたのか!?」
「やっぱり知らなかったんだ。
それで、どうして? 今日来なかったって事は、自分の戦い終わったからって訳じゃなかったんでしょ」
「ぐっ……別に意味なんてねーよ」
獄寺は吐き捨てるように言う。そして、溜息を吐いた。
「ったく、締まらねぇな……これから、十代目とボンゴレの行く末を決める大事な決戦だってのに……」
「えぇ……私、そんなにおかしな質問した……?」
「『理由』が、今話すには主に獄寺の心境が乱れると言う事だろうな」
「え。笹川さんのお兄さん、知ってるの」
「おい芝生頭! 適当な事言うんじゃねー!」
「まだ隠してる事あるんだ」
綱吉や山本ならともかく、了平まで知っているのに隠されると言うのは、どうにも面白くない。またボンゴレや守護者絡みだろうか。リボーンの説明で全てではなかったのだろうか。
「別に戦いとは何も関係ねーし、お前とも関係ねーから、気にすんな」
そう言って、獄寺はそっぽを向く。
明らかに何か嘘を吐いているが、ヴァリアーとの戦いを控えた今はこれ以上つつかない方が良いだろうか。
「皆さん!」
夜道をバジルが駆けて来る。
弥生は目を瞬く。彼はリボーンの下、綱吉の修行を手伝っていた。当然今日も、彼らと一緒だと思っていたのだが。
そう思ったのは弥生だけではなかったらしい。山本が尋ねた。
「ツナ達と来るんじゃなかったのか……?」
「ええ……イタリアにいる仲間と交信してて……」
結局、連絡はつかなかったらしい。ボンゴレ本部でも何かあったらしく、外からの味方は来られそうにない。
「なーに、ツナが勝つさ」
「ったりめーだ!! 第一、十代目以外にボンゴレのボスが務まる奴なんていねぇ!」
「あの……ディーノ殿から聞いた話なのですが」
おずおずと、バジルは切り出した。
かつて、ボンゴレの後継者候補は綱吉を含め、五人いた。その内、年長の三人は誰もがボスの器として適する才能を持っていた。しかし上層部の票が割れるような事はなく、九代目と門外顧問を除く全員が、XANXUSを支持していたのだと言う。
「それほど、XANXUSのボスとしての資質は、圧倒的だと……」
「その恵まれた三人に十代目は……?」
「入っていません……」
予想通りの答えだった。
綱吉はどう見ても、マフィアからボス候補として担がれるタイプとは思えない。弥生がその手の映画や小説も興味がなくマフィア周りの用語に疎かった事を抜きにしても、綱吉関連の謎の人脈をマフィアと繋げられなかったのだって、彼が一般的なマフィアのイメージからは遠くかけ離れていたからだ。
それに――
「十代目ってお人は凄過ぎて、分かる奴にしか分かんねーのさ」
「は……?」
獄寺の言葉に、バジルはきょとんとする。山本は笑っていた。
「ツナはそんなわかりにくかねーだろ? どっちかっつーと、あいつの凄さって分かりやす過ぎて見過ごしちまうんじゃね?」
「意味分かんねーんだよ! 野球バカが!」
「というかそもそも、沢田はすごいのかも分からん時がある。だが、そこが奴の並だが並ではないところだ!」
「て、てめーら、こんがらがる事言うんじゃねえ!!」
「ねえ」
コントを始めた三人は置いておいて、弥生はバジルに問う。
「君が言う『ボスとしての資質』って何?」
「え……」
「君じゃなくて、ボンゴレの上層部か。まあ、どっちでもいいけど。
――私は、沢田がボスのボンゴレなら、入りたいと思う」
「なっ!? お前やっぱりファミリーに入る気かよ! 俺は認めねーからな!」
山本や了平と会話していたはずの地獄耳が絡んで来るが、弥生は素っ気なくあしらう。
「別に君に認められる必要はないし、認めてほしいとも思ってない」
「こいつ……っ。だいたい、兄貴はあんなでもテメーはカタギだろ? マフィアってのは、ただのチンピラとの喧嘩とは違うんだぞ!」
「分かってるよ」
「分かってねーだろ! これまで何見て来たんだ!? 昨日みたいな胸糞悪い戦いだって――」
「その戦い方を、沢田は認めてない!」
いつになく語気を荒げる弥生に、獄寺は押し黙る。
汚い手口。人の命を削り、陥れるやり方。マフィアの間では、よくあるのかも知れない。これからもあるかも知れない。
だけど、綱吉はそれに対し怒っていた。例え彼がマフィアのボスとなろうとも、彼がそういうやり方を認める事はないだろう。
「沢田は認めず、立ち向かった。君だって、胸糞悪い戦いだって思ってる。そういう沢田だから、君だって慕ってるんじゃないの!?
同じだよ。カタギだからとか、何も関係ない」
突如、カッと空が明るく光った。
弥生と獄寺も問答を忘れ、空を仰ぐ。
「並中の方向だ!」
四人は学校へと走る。
光の源は、中庭だった。中庭に近付くだけで感じられる熱風。充満する煙。その中心に立つのは、XANXUS。これが、彼の炎なのだろうか。
「向こうも体調はいいみてーだな」
リボーンの声に、振り返る。制服に身を包んだ綱吉が、そこにいた。その目に灯る意思は強く、真っ直ぐにXANXUSを見据えている。
学校へは、クローム、恭弥、更にはまだ入院が必要なランボも来ていた。ヴァリアーの方も、重傷者を含めて生存する守護者全員が招集されたらしい。
戦いのフィールドは、学校全体。守護者はカメラとモニター付きのリストバンドを装着し、リングと共に、自分たちが戦ったフィールドへと移動する。守護者の命と全てのリングを賭けるのが、大空戦との事だった。
「まさか、また奪い合えってのか……?」
ディスプレイに映し出された獄寺が苦々しげに問う。一方、彼の対戦相手の方は嬉しそうだった。
「って事はさー……俺達も戦えちゃうって訳?」
「ご自由にどうぞ」
チェルベッロは無感動に答える。そして、続けた。
「ただしできれば、の話ですが」
彼女がそう言った途端、ディスプレイに映し出された守護者の面々が一斉にうめき声を上げた。敵も味方も皆一様に膝をつき、倒れ込む。
「何したの」
弥生はキッとチェルベッロを睨む。彼女達は平然としていた。
「只今、守護者全員に、リストバンドに内蔵されていた毒が注入されました」
「な……っ」
「何だって!?」
「デスヒーターと呼ばれるこの毒は、瞬時に神経を麻痺させ、立つ事すら困難にします。そして全身を貫く燃えるような痛みは徐々に増して行き、三十分で――」
――絶命します。
無慈悲に告げられるルール。
毒を止める方法は一つだけ。各守護者のリストバンドに同じ種類のリングを差し込む事。同じく内蔵された解毒剤が投与されるのだと言う。
そして、全てのボンゴレリングを獲得する事が大空戦の勝利条件となる。
「じゃあ、さっさと始めてよ」
「そうだよ! 早くしないと皆が!!」
「では最後に一つだけ。勝負開始後は、一切の部外者の外部からの干渉を禁止します。特殊弾も然りです」
「了解したぞ」
リボーンが頷くや否や、XANXUSが綱吉に殴りかかった。何も構えていなかった綱吉は軽々と吹っ飛び、校舎の壁を突き抜けて地面へと叩きつけられる。
「ザ、XANXUS様! まだ……!」
「どこまで汚い……!」
「早く始めたいと言ったのは、そっちだぜ」
XANXUSは、不敵な笑みを浮かべるばかり。
「それとも、特殊弾を撃つ前はまずかったか?」
「舐めんなよ。俺を誰だと思ってる」
そう言ったリボーンは、拳銃を手にしていた。
校舎に空いた穴。その奥の闇に、オレンジ色の炎が灯る。
――大空戦の、始まりだ。
2021/09/09