六月一週目の出来事。
ホグワーツには、夏休みが近付いている。それとも、閉鎖か。
とりあえず、今年だけは閉鎖せずに済んだ。
場所は、三階女子トイレ。
私はそこへ来た。
このトイレには、いつも泣いている子がいる。マートルという彼女は苛められっ子みたいで、誰もこのトイレに近付かない。だから私は、ここを利用していた。
そこで私は、横たわった死体を見つけた。
「マートル……!!」
それは、マートルの死体だった。目は恐怖に見開かれ、そして……そして、眼球は焼けて無くなっている。
彼女とはお互い、顔を合わせた事は無かった。でも、マートルに違いない。だって、他にここへ来る生徒はいないもの。
首筋に手を当てるが、もう脈は無い。
冷たい。
「リドルめ……っ!」
トム・リドル。お前は、私を殺すのではなかったのか。
「私を殺すと……そう言ったじゃない……!! リドル……!!」
私を殺すって……そう、言ったじゃない! 如何してそれなのにマートルなの!? 彼女には、未来があった。私よりももっと長い寿命があった。なのに如何して!!
「う……あ……っ」
胸が苦しい。悲しみが、怒りが、発作を引き起こす。
私は、マートルの遺体に折り重なるようにして倒れこんだ。
No.3
目を覚ましたら、医務室だった。
その場にいるのは、ダンブルドア先生だけ。彼は、悲しげな顔をしている。
そして、私は犯人が捕まった事を知らされた。捕まったのは、リドルでは無かった。捕まったのは――グリフィンドールの問題児として有名な、三年生。
リドルは逃げたのだ。
学校との戦いからも。私との戦いからも。
「如何いうつもり?」
医務室から復帰して、私は即座にリドルを探した。
リドルの周りには、取り巻きがいる。でも、そんな事関係ない。私は背後から近寄ってその背中を足蹴にすると、睨み付けてそう切り出した。
「ちょっと、ルイス!? トムに何て事をするのよ!!」
「そうよ! トムが犯人を捕まえたお陰で、貴女の無実が証明されたのよ!? それを!」
「ちょっとは感謝したっていいんじゃないの!?」
「黙りなさい! 私はあなた達に話しかけてるんじゃないのよ」
「まあっ! 濡れ衣を着せられていたからって同情してたら、いい気になって!」
「覚悟しなさい!」
それはあなた達ね。遅いわよ。
私は杖を彼女達に向けた。
ぎゃーぎゃーと喚いていた女子生徒達は後ろ向きに吹っ飛ぶ。私は取り上げた杖を、寮まで追い払った。
「ほぅら。取りに行ったら? それとも、素手なら魔法に勝てるか試してみる?」
彼女達は悔しそうに私を睨み付け、罵詈雑言を浴びせながら寮へと駆けて行った。
フン、負け犬共めが。
「随分手荒いね」
リドルがクスクスと笑いながら言う。
今度は、リドルに杖を向けた。
「答えなさい。如何して私を殺すと言いながら、他の生徒を襲ったの? 如何してそれで終わりにしたの?」
リドルは顔を顰める。
「僕だって不本意さ。あの『穢れた血』を殺したのは、計画に無かった。事故だったんだ。でも、事故にしたって死んでしまった事に変わりは無い。ダンブルドアの監視が厳しくなった」
「ダンブルドアは貴方が犯人だって、気づいていたんだわ」
「だろうね。でも、結局は何も出来なかった。とうとう死人が出たのさ。
あの女が死んで、僕は急いで君を捜した。彼女の遺体が発見されたら、君が疑われ、隔離されるのは間違いないからね。それは、君が守られる事に繋がる」
そして、リドルは悔しそうに顔を歪めた。
「でも、如何やら入れ違いになってしまったようだ。君は、現場にいた。
ずっと寝たままで正解だったよ、君は。起きていれば、否応無くアズカバンに放り込まれていたろう。僕があのウスノロのルビウス・ハグリッドを犯人に仕立て上げる前にね」
「私が起きるまで待てば良かったじゃない」
「そうも行かなかったのさ。君が眠っている間に一度、ホグワーツの閉鎖が決定されたんだ。そのまま放っておく訳にはいかなかった。
君だって、運良く良い弁護士に当たれば、アズカバンを逃れるかもしれないからね。殺す予定で、証拠を準備してなかったから」
「……それで、こんなおかしな終わり方をしたって訳ね」
「そうだよ。君を殺すのは、もっと先になったって訳だ。でも、まぁ、いいさ。時間はいくらでもある。ホグワーツを卒業して、最初に手をかけるのは君にするつもりだよ」
「あ、そう」
じゃあ、私はもう殺される事は無い訳ね。
「時間はいくらでもある」? 無いわよ。だって私は、卒業後まで生きてる筈が無い。死ぬと、リドルの悔しがる顔が見れないのは残念だわ。
「でも……如何して、こんな事をしたの? 例え噂通りスリザリンの末裔だとしても、それがマグル出身者を排除する理由になるとは思えないわ」
本当は、これが聞きたかった。
如何して、こんな事をしたのか。
人を襲うなんて。その人の時間を、一時でも奪うだなんて。理由も無くこんな事をするなんて、ありえないわ。
「そうだね……僕の仮面を見破った褒美として、教えてやろうか。
僕がハーフだという事は知っているだろう? そして、両親がいない事も」
「知ってるわよ。だから、入学時から同情されて、ハーレム状態なんだものね。有名な話だわ」
「……母さんは、僕を産んで、死んだんだ。僕を育てるよりも、父さんの元へ行く事を選んだ」
「……えっ!?」
「魔女だったのは僕の母さんだ。生きようとすれば、生き延びる事が出来た筈だ。病気ではなかったみたいだからね。孤児院へ来たのは、母さんだけだって聞いた。恐らく、父さんはその前に死んだんじゃないかと思う。母さんは、僕よりも父さんを選んだ」
言葉が出なかった。
そんな生い立ちだったなんて。
考えてもみなかった。両親がいないという事は、それなりの理由がある筈だって事なのに。
でも、口をついて出たのは、感情とは正反対の言葉だった。
「だからマグル出身が憎いって? そんなの逆恨みでしょう。馬鹿じゃないの? そんな話で私が同情するとでも思ったって訳?
貴方は人殺しなのよ! 貴方が殺したのは、貴女の母親が貴女を捨てた理由の男じゃないわ。何の関係も無い子供よ。未来の長い者を殺したのよ!!」
リドルは一瞬、目を伏せた。演技ではなく。
でも、彼が被害者だと主張する権利は無い。彼は間違いなく、殺人者だから。
でも彼は、その事に傷ついたのではないだろう。
彼を傷つけたのは、私の言葉。
彼の仮面は、周りの人々が懐いてくる。
私の仮面は、人を傷つける。
それを分かっても、この仮面を外す事が出来ない。
学期が終了した。
リドルは特別功労賞を受賞した。濡れ衣を着せられ捕まった生徒は、ダンブルドアの計らいで森番になった。でも、もう加わる事の出来ない授業を校庭の掘っ立て小屋から見ているのは辛い事だろう。まぁ……アズカバンと比べれば天国だろうけど。
リドルの特別功労賞受賞もあって、寮杯を獲得したのは、スリザリン。リドルはワッと皆に囲まれる。
リドルは笑顔。
私はついこの間リドルを足蹴にし、取り巻きを攻撃した事で、やっぱり嫌われ者。別に、慣れてるけど。これくらい、あの日の寂しさに比べれば何ともない。
あの日……ホグワーツの一年目が終了し、家へ帰った。
一年生の頃は、スリザリンでも純血主義じゃない人達と上手くやっていた。スリザリンにも、リドルのように混血はいるし。それどころか、他の寮生とも仲が良かった。流石にグリフィンドールとはそうもいかなかったけど。
「ただいま!」
そう言って帰った家には、誰もいなかった。
床には埃がたまっていて。
お父様も。お母様も。おじい様も。おばあ様も。お姉様も。弟も。執事も家政婦も。誰もかも、いなかった。
マグル界は今、戦争中だ。魔法界では、グリンデルバルトが権威を振るっている。私が魔女だから、私達の家はどちらにも関わる事になる。だから、何かあったのだろう。
私はそう、考えた。そう、考える事にした。
私以外の荷物が無くなり、私専用の貯金だけがグリンゴッツに振り込まれていたけれど。
私には持病がある。ホグワーツ入学前、余命一年だと言われた。
お父様とお母様は、私を多額のお金をかけて入院させた。全てを病院に任せていた。お金だけを払って。
その時から、気づいていたわ。私は厄介者なんだって。
それに今は戦時中。生活は多少なりとも厳しかった。その中で、私がいれば入院費がかかる。
それに、私は魔女だった。
異端。
もう、子だとは思われなかった。
そして、余命一年。
彼らには我慢できなかったのかもしれない……。
ふと、リドルと目が合った。何事も無かったように、リドルは目を逸らす。
笑って。
でもその笑顔は、寂しげに見えた。
2006/12/14