並盛中学に転入してきて数日。その日は一年から三年まで含めた縦割りのクラスで、話し合いが行われていた。明日の体育祭に向けた打ち合わせである。
 弥生は一人、教室の一番後ろの窓際の席に座っていた。自由席であるため、心配せずとも苦手な男子生徒が隣に来る事は無い。
 ――あ、お兄ちゃん。
 向かいの校舎の屋上には、昼寝する人影があった。
「この勢いならいずれ過半数だろう。
 決定! 棒倒し大将は沢田ツナだ!!」
「嘘ー! 何それーっ!!?」
 ――五月蝿いな……。
 クラスの騒ぎを他所に、弥生は窓の外しか見ていなかった。





No.3





 空は青く晴れ渡り、絶好の体育祭日和だ。花火の音が二、三発、グラウンドの方から聞こえる。
 弥生が校舎内をうろついていると、少し前の教室から見慣れた顔がフラフラと出てきた。普段なら決して弥生の方から声を掛ける事は無い。だが、この時ばかりはそうもいかなかった。
「――沢田」
 綱吉はびくっと肩を揺らして振り返る。心なしか、少々頬が赤い気がする。
 相変わらず、綱吉は弥生に対して怯え気味だった。
「な、何? 弥生さ――弥生ちゃん」
「さん」と言いかけ、綱吉は言い直す。気を使うなと言われても、流石に呼び捨ては気が引けるらしい。
「更衣室って何処」
 ――この人、また迷子だ!
 綱吉の心の声は、弥生には届かない。
「えっ。えーと、女子は上の階の……」
 普段なら怯えながらも案内してくれる綱吉だが、今日は妙に歯切れが悪い。早く話を終わらせようとしているようにも見える。
「あっ、ツナ君! 探したよー。弥生ちゃんも一緒だったんだね」
 やって来たのは、クラスの女子生徒だった。綱吉の顔の赤みが、先程までとは別種の物になる。
 京子は、手にした何かを綱吉に差し出す。
「はい、コレ!」
「へ?」
 綱吉が受け取ったのは、鉢巻だった。綱吉の名前が刺繍されている。
 京子は無邪気な笑顔を綱吉に向ける。
「頑張ってね!」
「あ、うん……がんばろーね」
 そう言う綱吉の笑顔は、引きつっていた。
 京子は、弥生の方に目を向ける。
「弥生ちゃんもまだ着替えてなかったんだ。一緒に更衣室行こう」
 こくんと弥生は無言で頷く。
 呆然と立ち尽くしたままの綱吉を残し、二人はその場を立ち去った。

「あの刺繍、笹川さんがやったの? なんで沢田に」
 更衣室へと向かいながら、弥生は尋ねた。
「あれ、総大将の鉢巻だよ」
「総大将?」
 弥生はきょとんとする。
「うん。並中ではね、男子の行う棒倒しが名物なんだ。普通の棒倒しとは違ったルールで、棒の天辺に乗った総大将を落とした方が勝ちなの」
「その総大将が沢田って事? それって大丈夫――」
「まあ、不安になるのも解るわよ。棒倒しの配点は高いし、その総大将がダメツナじゃあねぇ……」
 やって来たのは、黒川花。京子とよく一緒にいるクラスメイトだ。
「いや。そう言う事じゃなく――」
「あんた達、これから着替え? 急がないと、皆グラウンドに集まり始めてるわよ」
「本当? 先行ってて、花。弥生ちゃん、急ごう」
「え、ちょっ……」
 京子は弥生の腕を引き、駆け出した。
 ――まあ、いいか……。
 大した事はなさそうだった。乱闘でもしない限り、問題ないだろう。





「雲雀さん、足速〜い!」
「ナイス雲雀さん! こっちはアンカーに山本がいるし、巻き返せるぞ!」
 賞賛するクラスメイト達を無視して、弥生は走り終えた列の後ろに回る。着席の指示を受けながらも、生徒達は興奮して立ち上がりクラスメイトを応援している。弥生は、ムスッとした表情で最後尾に腰を下ろした。
 クラス対抗リレーは待ち時間が長い。雲雀を探しに行けない。
 今のところ、どの競技にも雲雀は出場していない。誰に聞いても、雲雀の出場科目や居場所を知っている者はいなかった。
 また、屋上で昼寝でもしているのだろうか。応接室にいない場合、三年校舎の屋上で寝ている事が多い。
 漸くアンカーがゴールし、一年生達は競技場を退場する。女子の徒競走は既に終わっている。後はもう、弥生の出場する競技は無かった。散開するなり、一人三年生の辺りをうろうろする。
 雲雀の事だ。クラス毎に応援する集団の中にはいないだろう。そもそも、弥生は彼がどのクラスなのか知らない。
 集団を避けるように捜していると、自然、人気の少ない体育倉庫の辺りへと来た。辺りを歩いているのは、逆立ったような黒髪の男子生徒とその少し後に続いているスーツを着た赤ん坊ぐらい。
 ――スーツを着た赤ん坊?
 その妙ないでたちに、弥生は再度そちらを振り返る。既に、その小さな姿は無かった。男子生徒がトイレの方へ消えて行くのみ。
 気のせいだったのだろうか。
 間違って自分達の教室がある校舎の屋上へ昇る。改めて三年校舎の屋上へ昇ると、そこには雲雀の姿があった。腕を後ろに組み、悠々と眠っている。
 弥生はその隣に、膝を抱えて座り込んだ。
 起きたらきっと彼は、「何の用?」とふてぶてしく聞くのだろう。雲雀は群れるのを嫌う。それは、家族相手だろうと例外にはならない。だから弥生も、必要以上に雲雀について回る事はしない。
 でも、今日だけは。
 体育祭に興奮し、さざめき合う生徒達。クラスメイト同士での一体感。普段は恐れ遠巻きに見ている癖に、イベント事のノリで弥生にも親しげに話しかけて来る。――どうにも、苦手だ。
 ――群れたりなんてしない……。
 雲雀がぴくりと反応を示す。そして、ぱちっと目を開けた。
 弥生が声に出してしまった訳ではない。グラウンドの方の騒ぎ声が、何やら大きくなっていた。揉め事のようだ。
 雲雀は不愉快気にそちらを見下ろし、それから弥生に目を向ける。
「何の用」
 予想通りの質問だ。
「お兄ちゃんは、何か競技出ないの?」
「今のところはね」
 短く言って、立ち上がる。柵沿いまで歩み寄ると、じっと下を見下ろしていた。
 弥生もその隣に立ち、グラウンドを眺める。グラウンドの真ん中で、大柄な生徒がうつ伏せに倒れていた。特注かと思うほどサイズの大きなゼッケンが、彼がC組である事を示している。
 倒れた彼を、見覚えのある三人が囲んでいた。
 ――沢田と、「十代目十代目」煩い奴と、縦割りクラスで喧しかった奴……。
「そう言えば、弥生はあの小動物と同じクラスだっけ」
「沢田? うん」
「赤ん坊は見かけた?」
「赤ん坊?」
 ふっと弥生の脳裏に、先程見かけた奇妙な赤ん坊の姿が浮かぶ。
「……若しかして、スーツを着てる」
「そう。黒いスーツで黒い帽子。帽子にはカメレオンが乗ってる」
「カメレオンは気付かなかったけど、スーツを着た赤ん坊なら体育倉庫の近くで見たよ」
「そう」
 雲雀の口の端が、僅かに持ち上がる。嬉しがっている表情だ。
 彼は直ぐに踵を返すと、屋上から降りて行った。
 グラウンドから、また大きな罵声が上がる。どうやら、A組に対するものらしい。罵声の中心には、綱吉の姿がある。B組C組の生徒達の罵声に獄寺と了平が好戦的に立ちはだかり、綱吉はその後ろで頭を抱えていた。
 収集のつかない様子のグラウンドに、放送部の声が響いた。
「皆さん、静かにしてください。棒倒しの問題について、お昼休みを挟み審議します。各チームの三年生代表は本部まで来てください」
「お昼……」
 時計を確認し、弥生は屋上を後にした。もう、昼休みの時間になっていた。昼の購買は、直ぐに行かなければ売り切れてしまう。今日は生徒たちの父兄もいる。同時に弁当の人も増えるか、父兄も購買に流れ込んで来るか。その数は全く読めない。

 購買は既に生徒達が大勢詰め掛けていた。行列にはならないが、人気のパンはみるみる減って行く。
 弥生も、その人垣の中に入って行った。食べ物の並ぶ場所は男子達が押し合いへし合いしていて、無理矢理割り込むしか術が無い。そしてそれは、弥生には到底出来ない事だった。
 この集団は、何れいなくなる。問題は、その後の残りだ。焼きそばパン、アンパン、カレーパン――メジャーなこの辺りは、無くなっているだろう。
 弥生はポケットからがま口を出し、所持金を確認する。睨みを利かせて散らした方が良いだろうか。
「おい、あいつA組だぞ」
 隣で声がし、弥生は振り返る。言われているのは弥生ではなかった。
 最前列で、人気商品を獲得し百円玉を支払っている男子生徒。彼のゼッケンには、Aと書かれていた。見回してみると、辺りには彼と弥生の他にA組の姿は無い。ここへ来るまでは見かけたが、どの生徒も数人で群れて肩身が狭そうに他のクラスの生徒を避けていた。
 話しかけられた友達が同調する。
「本当だ。A組じゃねーか。よく、堂々とこんな所に来られるよな」
「A組は買っちゃいけないって言うの」
 弥生は静かな声で問いかける。
 彼らは険悪な形相で弥生を振り返り、誰なのか見て取って口を噤んだ。そして、そそくさと道を譲る。
 弥生は特に気にせず、商品棚に視線を戻す。
 しかし、A組の悪口を言うのは、彼らだけではなかった。数少ない人気商品をA組の生徒が買っている事も、彼らには気に食わないようだ。聞こえよがしに、前方の生徒に対して文句を言う。
 弥生の声が、その中に割り込んだ。
「君達、五月蝿い。買わないなら退いてくれる」
「喧嘩なら買ってやらぁ! かかって来やがれ!」
 前方の生徒も目的の物を買い終え、振り返る。二人の目が合った。
 弥生は冷たい目を彼に向ける。彼は、先程の罵声の中心にいた一人だった。
「……君達一体、何やったの」
「十代目の作戦で、敵の総大将を葬ってやったぜ」
 何故か、獄寺は誇らしげだ。
 そこへB組の生徒が駆け込んできた。その場にいる仲間達に、大声で叫ぶ。
「A組の総大将の奴、今度は毒盛りやがったぞ! B組とC組の生徒が複数やられた!」
「さっすが十代目!」
 獄寺は目を輝かせている。
 弥生は混乱に乗じてアンパンの最後の一個を取り、百円を支払う。B組C組の生徒達は、口々に打倒A組を叫んでいた。しかし叫ぶばかりで、直ぐ傍にいる獄寺と弥生に喧嘩を吹っかけようとはしない。
 ――馬鹿馬鹿しい……。
 弥生が購買を離れると、獄寺が後を追って来た。
「おい、テメー! 暴力女テメーだよ、待て!」
「何の用」
 弥生は不快感を露にして振り返る。
 獄寺の方も、嫌悪感を露にしていた。
「テメー、応援もしないで何処行ってやがんだ?」
「君に何か関係ある?」
「棒倒しも応援しないつもりならな。A組の癖に十代目を応援しないなんて、この俺が許さねー」
「へえ」
 弥生は挑発的な笑みを浮かべる。
「許さないなら、どうするの」
「このクソ女……っ」
 獄寺は両手にダイナマイトを取り出す。
「やっぱりテメーとは相容れねぇ。――果てろ!!」
 くわえた煙草で点火し、ダイナマイトを放り投げる。弥生は咄嗟に、身を伏せた。
 爆風を掻い潜り、鉄パイプを構えて突進する。振り払った鉄パイプを、間一髪彼は避けた。窓から外へと飛び出す。弥生も後を追って、飛び出した。着地しようと足元に目をやると、そこに飛んできた複数の筒。
 ダイナマイトだ。気付くと同時に、それらは爆破した。
 咄嗟に鉄パイプで身を庇う。爆風に飛ばされる。地面を一回転、その勢いのまま片膝をついた状態に起き上がる。正面には、次のダイナマイトを持った獄寺隼人。
「……なかなかやるね、君」
「あれを食らっても平気でいられるなんて、お前もなかなかのもんじゃねぇか」
「それはどうも」
 言いながら、弥生は一気に間合いを詰める。獄寺は飛び退いたが、元々目的は彼ではない。
 獄寺は再び飛び上がった弥生にダイナマイトを投げようとして、その先端が叩き潰されている事に気付く。次のダイナマイトを出した時には、目の前まで弥生が迫っていた。
「遅いよ」
 鉄パイプを振り下ろす。獄寺は地面へと叩き付けられた。しかし直ぐに彼は立ち上がる。急所への直撃は避けたらしい。
 弥生は鉄パイプを構え直す。
 偉そうな口を叩くだけあって、それなりに出来るようだ。
 ――草壁と同じ……否、彼より強いかも……。
 厄介なのはダイナマイトだ。投げられた石などを避けるのは訳無いが、彼の武器は直撃を避けても爆発する。その射程距離は広い。スピードだけなら、弥生の方が僅かに上だ。だが、全てのダイナマイト投下を防げるかと言えば、それは厳しいだろう。
 二人が戦闘を再開しようとしたその時、アナウンスが鳴り響いた。
「お待たせしました。棒倒しの審議の結果が出ました」
 二人は思わず動きを止める。
「各代表の話し合いにより、今年の棒倒しはA組対B・C合同チームとします!」
 A組から悲痛な叫び声、B組C組からは歓声が上がる。男子生徒達に棒倒しの準備を促し、放送は終わった。
 弥生は鉄パイプを下ろし、獄寺もダイナマイトをしまう。
「仕方ねぇ。今日はこの辺にしといてやる。俺も準備しないといけないからな。お前、棒倒しは――」
「言われなくても、最後ぐらいは見るつもりだよ。君がどんな無様に負けるか、見物だしね」
「んだと!?」
「早く行きなよ。沢田も待ってるんじゃないの」
「チッ」
 綱吉が待っていると言われ、獄寺はダッシュで棒倒しの集合場所へと駆け去って行った。

 弥生は一年A組の応援席へ行き、買ってきたアンパンを開ける。周りの女子生徒達は、ハラハラとグラウンドの中心を見守っていた。笑顔で応援出来ているのは、京子ぐらいなものだ。二本の長い棒が準備され、男子生徒達がその周りを取り囲んでいる。その数や、圧倒的な差だった。
 B・C合同チームは、何やら話し合っている。大将が決まらないようだ。
 その時、B・C合同チームがざわめいた。体操服を着た生徒達の間から、制服を来た生徒が棒へと昇り始める。アンパンを食べる弥生の手が止まった。
 ――お兄ちゃん!
 雲雀が棒の頂上へと上り詰め、開始の合図が出される。
 弥生は素早い動きで応援席の最前列へと出ていた。
「お兄ちゃん、頑張ってー!」
「あの馬鹿女! 敵の応援してんじゃねえ!!」
 余程耳が良いらしい。獄寺の怒鳴る声が聞こえた。
 一対二では、圧倒的な人数差。B・C合同チームは雲雀の乗る棒を支えつつも攻撃に転じる余力があるが、A組の方は防ぐ事もままならない。
「やっぱり、一対二じゃ厳しいわよねぇ……」
 花が言った途端、A組の棒が大きく傾いた。綱吉の身体が空中に放り出される。
 A組の間から残念そうな声が上がる。
 ――あー……これは負けかな……。
 しかし、地面に落ちたのは体操服だけ。一同は目を瞬く。
 C組の生徒を踏み台に、綱吉は大きく飛び上がっていた。額には炎、パンツ一枚の姿だ。彼は敵の頭を踏み台に、次々飛び移って行く。
「ツナ君、すごーい!」
「地面に着かなければ、良いから……考えたわね、沢田の奴」
 競技を行う男子生徒たちも気付き、山本が綱吉を呼んだ。山本、獄寺、了平は騎馬を組み、綱吉を乗せる。
 綱吉が叫んだ。
「ゆけー!! 目指すは総大将!」
 敵の生徒達を蹴散らし、B・C合同チームの棒へと突進して行く。
 これに、雲雀はどう出るか。やっと活躍が見られそうだ。
 弥生の喜びも束の間、獄寺と了平が揉め出した。山本の制止も聞かず、互いを殴る。当然騎馬は崩れ、綱吉は地面に転げ落ちた。
 呆気無い幕引きに、学校中が静まり返る。
 A組の負け。これだけで、総大将や仲間をやられたB組C組の気が済む筈が無かった。
「おいおい、敵軍の大将がただで帰れると思うなよ」
「ヘボヤロー」
「オラ、やっちまえ!」
 綱吉の悲鳴が上がる。彼の姿は、B組C組の生徒の中に埋もれ見えなくなった。
「何してんだコラー!! てめーら皆殺しだ!」
「暴れ足りん奴は来い!!」
 獄寺と了平が先陣を切り、綱吉をリンチする生徒達の中に突っ込んでいく。グラウンドはもう、乱闘騒ぎだ。獄寺が投げたのだろう。ダイナマイトが飛び、爆発する。父兄達は、出し物としか思っていないらしい。
 弥生はふと、今朝の綱吉の様子を思い出した。
 ――これは不味いかもな……。
 集中攻撃の対象になっているのは綱吉。獄寺、了平、山本が守りに行っているとは言え、綱吉は自分では乱闘の中から抜け出せそうに無い。先程の運動神経は一体何処へ行ったのやら。
 弥生は軽く溜息を吐くと、乱闘の中心へと飛び込んで行った。綱吉に掴みかかる生徒達を薙ぎ払い、綱吉を抱えてひとっ飛び。乱闘と爆発の中から抜け出す。
 気絶した彼を背負って校舎の方へ向かっていると、女子生徒が一人駆け寄って来た。
「弥生ちゃん!」
「あ……笹川さん」
 弥生の所まで駆けて来て、京子は綱吉の顔を覗き込む。
「ツナ君、寝ちゃったの?」
「気絶だと思うよ。今朝、具合悪いみたいだったし」
「えっ」
 京子は黙り込む。弥生は俯き加減の彼女を見つめ、言った。
「ちょうどいいや。笹川さん、保健室まで案内してよ」
「え……っ。う、うん。こっち」
 京子は我に返り、弥生を先導する。弥生は、その後をついて行った。

 保健室は無人だった。扉に鍵はかかっておらず、窓は大きく開いたままだ。
 弥生は綱吉の身体をぞんざいにベッドに転がす。京子が、彼に布団をかけてやった。
 弥生が消毒液を探して棚の方へ行っている内に、綱吉は目を覚ました。
「えっ……きょ、京子ちゃん!?」
 綱吉の声は裏返っていた。目が覚めるなり横に好きな子がついていれば、無理も無いだろう。
 京子は珍しく、沈んだ声だった。
「ごめんね、ツナ君……。具合悪かったのに、私気付かなくって……頑張ってなんて言っちゃって」
「だ、大丈夫だよ! 全然大した事無かったし、その……京子ちゃんの声援のおかげで頑張れたって言うか……!
 とにかく、京子ちゃんは何も気にする事無いよ! 鉢巻も、嬉しかったし……」
「本当?」
「本当だよ。ほら! この通り、元気だって!」
「そっか……良かった!」
 京子が笑顔を見せ、綱吉の表情も和らぐ。
「京子ちゃんが気付いてくれたの?」
「ううん。弥生ちゃんが気付いたの。運んだのも弥生ちゃんだよ」
 言って、京子は壁際に立つ弥生を手で示す。綱吉はぎょっと顔色を変えた。
「い、いたの……!?」
「いたよ。悪い?」
「い、いや……運んでくれてありがとう……」
 礼を言いながらも、綱吉のテンションは明らかに下がっていた。弥生は傷薬を手に、ベッドの方へ戻る。
「へえ……やっぱり、沢田は笹川さんの事好――」
「うわあああああああっ!?」
 弥生が皆まで言わぬ内に、綱吉は大声で遮る。そして、ベッドを抜け出し弥生の方まで駆け寄って来た。
 京子はきょとんと首を傾げている。
 綱吉はひそひそ声で言った。
「本人の前で何言い出すんだよ、弥生ちゃん!」
「違うの?」
 綱吉はうっと言葉に詰まる。そのまま言葉が続かない。
 弥生は無表情のまま、傷薬を綱吉の手に押し付けた。
「とにかく、これで借りは返したよ。じゃあね」
 踵を返し、保健室の扉に手を掛ける。開けようとした扉は、弥生が力をこめる前に勢い良く開いた。
「大丈夫ですか、十代目!!」
 駆け込んで来た彼は弥生と衝突、鉄パイプに払われ廊下の壁に叩きつけられる。
「ってー……またテメーか、暴力女!!」
「半径一メートル以内に入るなって言ったよね」
「よーっ。大丈夫か、ツナ?」
 弥生と獄寺の睨み合いの横を、山本がすり抜けて保健室に入って行く。ツナの無事を確認した山本は、戸口の所で喧嘩を始めた獄寺と弥生を見て笑っていた。
「元気だなー、あいつら。弥生も、棒倒し参加したかったのな」
 ――棒倒しって言うより、乱闘だと思う……!
 綱吉の心の声は、誰にも聞こえない。
 保健室に行けども、綱吉は到底休む事など出来なかった。


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2011/03/29