せっかく買ってきたご飯も温められないんじゃどうしようもないので、私達は二人で外食する事に。私の財布の中身は洗剤や雑巾や無意味な買出しで残りが無く、杏子のおごり。あうー、結局迷惑かけるだけになっちゃってる〜。
お菓子ばかりじゃ身体に悪いって言いながらも、向かった先はファーストフード。まあ、スナック菓子よりはマシかな……? お金出すのは杏子なわけだから、私もとやかく言えないし。
平日なのか、店内は空いていた。席に着き、しばらくお互いに無言で食べる。ややあって、杏子が口を開いた。
「加奈ってさ、料理できんの?」
な、何だ突然?
「多少……。親が共働きで、夜遅い事も多いからさ」
「親、いるんだ」
そう言った杏子は、驚いた表情だった。亡くしたか何かだと思われてたのかな。まあ、生きてはいるけど……会えないよね。何とかして帰らないと。
私はこくりとうなずく。杏子は一気に、うんざりした表情。
「何、じゃあ家出か何か? あたしはてっきり、身寄りが無いのかと思ったのに。数時間経ってから通りかかってもまだいたし、『帰りたい』って呟いてたしさ」
「家出じゃないよ。私だって、帰れるのなら帰りたいもん。……でも、どうしたら帰れるのか分からない」
「迷子? だったら、警察とか……」
「警察じゃ無理だよ。むしろ、あんた達の方が何か手がかりになるかもね」
「え?」
私は「何でもない」と首を振る。
警察よりは、ファンタジー路線な魔法少女達の方が、この場合よっぽど頼りになる。だけど、このアニメの世界には異世界から来た人の話なんて無い。強いて上げるとすれば、ほむほむの時空移動能力が近いか。
あ。そうだ。
「ね、杏子は穂村明海って人知ってる?」
「人探しか? 聞いた事ないなあ」
「そっか……」
やっぱりそうだよねー。原作にあんな子いなかったもんなあ。まあ時空の管理人だか神様だかを自称していたのだから、原作とはまた違ったベクトルの話になりそうだとは思っていたけれど。
私は、上目遣いに杏子を見る。
「……杏子って、この後予定とかある?」
暇なんです。相手してくれないかなー、なんて。
「あるよ。多分、今度は帰りが遅くなる」
「それって、一緒に行っちゃ……ダメ?」
「駄目。あんたは、帰る方法探さなきゃいけないんじゃないの? 本当に帰りたいなら、そうしなよ」
うぅ、もっともです。
帰る方法かー。こっちの世界で明海に会えれば、何とかなりそうなんだけどなー……。ここは、虱潰しに探していくしかないか。わあ、すっごく気が遠くなる作業。
うーんと、まずは。
「見滝原中学校の場所って、分かる?」
No.3
杏子に学校の場所を聞いて来てみたはいいけれど、もう授業は終わってしまっていた。黄昏の中に浮かび上がる白い校舎。中に入って確かめたいところだけど、門前には警備員の人がいて入れそうにない。
授業が終わって大分経っちゃってるみたいだから、校門で張り込んだところでほむほむやまどかが通る可能性も極めて低い。
んーと。あ、こういうのはどうだろう? 上手くいくかな?
「あのー、すいませーん」
正々堂々、正面から警備員の人に話しかける。
「えっと、私、この学校への編入を考えていて……。その、校内見学って、できますか?」
「申し込み手続きはしてる?」
あうー、やっぱそういうの必要?
私はフルフルと首を振る。
「ちょっと待ってくださいよ」
警備員さんは何か紙を確かめ、備え付けの電話でどこかに連絡する。ま、まさか不審者として通報されてんじゃ……!? ど、どうしよう。逃げた方がいい? こんな所で捕まったんじゃ、明海を探すどころじゃない。
決めかねていると、校舎の方から一人の女性がやってきた。婦警さんではない。あれは……まどか達の担任ではないか?
警備員と先生で何やら会話。そして、先生がこちらへ来た。
「こんにちは。案内をさせてもらいます、早乙女です。よろしくね」
わーお、成功だ。
あまりに上手い事いった、我ながら驚いてしまう。私は先生に案内されて、あっさりと校舎内へ入る事が出来た。
壁がガラス張りの教室が立ち並ぶ廊下は、どうにも私の持つ学校イメージからは程遠い。黒板は一見、ホワイトボード。でも確かあれ、ウィーンって上下に画面みたいな物が動くんだよね。
慣れない学校風景は、まるで異世界に迷い込んでしまったような錯覚を覚える。――いや、本当に異世界なんだけどさ。
「あなた、お名前は?」
「あっ。上月です」
「上月さんは、何年生?」
「二年生です。中学二年生」
「あら。私が担当しているのも、二年生のクラスなんですよ。――ああ、でももしかして編入は新学期からになるのかしら」
ああ、そっか。「もう直ぐ受験生」って言ってたっけ。こりゃ都合の良い時期だぞ。
「はい。そうですね〜」
にこにこ笑顔で言っておく。実際、戸籍も金も無いのに編入なんて無理だもん。
さて……と。ここから本題。
「やっぱり珍しいですか? 途中編入って」
「そうねー……。でも、つい最近もう一人いたんですよ。正確には、長らく療養のため休学中だったんだけど」
つまり、ほむほむはもう転入して来ている、と。そら、そーか。杏子がこの町にいるのだから。
「ずっと休学していたなんて、それじゃあその子、授業に追いつくの大変そうですねぇ」
「そうね。でもその子、相当努力していたみたい。勉強も運動もよく出来る子で、担任としても鼻が高いわ」
メガほむ時間軸ではない……っと。
それで杏子がいるって事は、もうマミっちゃった後かな……。さやかはどうなんだろ。でもまさか、「今、行方不明の生徒っていますか?」なんて聞けないしなあ……。うーん。
「……他に、休学から復帰した生徒っているんですか?」
先生はきょとん顔。
「どうして?」
――上条は、戻ってない……か。
適当に話を合わせて学校内を見て回って、私は見滝原中学校を後にした。やっぱり部活の無い生徒達は帰った後で、ほむほむに出会う事はなかった。
ほむほむー、まどっちー、さやかー、会いたいよー。
「ほむほむー」
「恥ずかしいから声に出すのはやめな。後で黒歴史になるよ」
辛辣な言葉に振り返る。
そこにいたのは、髪の長い少女。同じ小豆色だけれど、コスプレではなく大人しめのワンピース。でも、その顔は忘れようもなかった。
「――明海!」
「その名前も、なかなか黒歴史だよね……」
こいつ、今になってキャラクターの名前パクった事恥じてんのか。
「じゃあ本名教えてよ」
「ま、君も無事着いたみたいで良かったよ。その様子だと、佐倉杏子に拾ってもらえた後かな」
私の言葉を無視して、明海は淡々と話す。
あ、あんたねーっ! 誰のせいでこんな事になってると思ってんの!? いきなりつれて来て、そのまま放置しやがって!
「一体どこ行ってたわけ!? 私、あのまま餓死するしかないかと思ったんだから!!」
「大げさな。何日も彷徨い続けた訳じゃないでしょう。
――でも、まあ謝るよ。君には、何の準備もさせてやれなかったわけだから。君が怒る気持ちも解るし」
「解ってない! 解るもんか! 今日なんて部活あったのに……春休みの宿題も終わってなくて……見たいアニメもあって……お、お母さんにも、何も言わないで外泊しちゃって……」
じわっと目頭が熱くなってくる。
なんで? なんでこいつは、そんな冷たい表情をしていられるの? なんで私なの?
「もう帰してよぉ……私には私の生活があるんだよ。家族だって、友達だっているのに……ずっとこのままなんて嫌だよ……!!」
答えてよ。どうして答えないの?
「ねえ、なんで私をつれて来たの? 何が目的なの? 終わったら、帰してくれるんだよね? ――答えて!」
「……帰れるかどうかは、君次第。私には、多分もうできない」
「何……それ……? 私次第って……私、帰り方なんて分からない!」
「方法はあるよ。――ここは、願いを叶える手段がある世界。それを、君は知っているはず」
……は?
「それ……私も、魔法少女になれって言うの……?」
「私は強制しない。私も頑張るつもりでいる。でも、約束はできないから。もし私が駄目になっちゃったときは……手段がある、ってこと」
ヤダヤダヤダ、絶対ヤダ! マミったり魔女化したりなんて、絶対ゴメン!
こいつ、QBの手先なんじゃあるまいな。どう考えても営業じゃないか。
訝っていると、そいつはツイと背を向けた。そのまま、歩いて行こうとする。ちょ、ちょっと!? 私は慌てて、明海を止める。
「何?」
「何、じゃないでしょ。また放置するの? せめて家とか生活手段とか、与えてくれたっていいんじゃないの。神様なんでしょ?」
「ああいう場として、そんなようなものと言っただけ」
……は、はあ……?
「君は、『トリップものによくある神様やら時空管理人やらなのか』と聞いた。だから私は肯定した。異世界トリップというジャンルにおいて、主人公をトリップさせる存在と言う意味では、同じだから。でもだからって、全知全能の神って訳じゃない。私ができるのは、適性のある人物の楔をはずして元の世界から解き放つだけ」
んー?
「ごく稀だけど、異世界を移動する潜在能力を持っている人がいる。明晰夢と勘違いする人もいる。普通は元々の世界との繋がりが強くて、そこを離れて完全にトリップしてしまう事はできないから。それを夢のように感じるのだと思う。意識の低くなる寝ている時が最も浮遊しやすいからね。正確には、展開はコントロールできないのだから明晰夢に該当しないのだけど」
明晰夢って、夢を自由にコントロールできるって奴か。私はたまたま知っていたけど、この単語って一般的なのか? もうちょい、私が知っているかどうか気にして話してくれてもいいんじゃないかな……。
さっぱり気にする様子もなく、明海は続ける。
「私ができるのは、その人を元の世界に繋ぎとめる見えない糸のような物を断ち切る事だけ。その後は、人によって行き先が変わる。世界がその人を望んでいたり、その人がその世界を望んでいたり、その人との相性が最も良い世界にトリップする」
「な……何それ。じゃあ、まどマギにトリップする確証は無かったって事!?」
「君は間違いなくこの世界だよ。君については、それが分かっていた。言ったでしょ? 他に適性のある人物がいるか、探す時間は無いって。トリップの潜在能力自体、珍しい。その上行き先がここになるかなんて、私にはわからない――君以外はね」
「なんで、私だけ……」
「ググレカス」
!?
明海は、にっと笑った。
「――冗談。私は十分に話したよ。後は君が、自分で答えを探さなきゃ。じっくり考えればいい。時間はまだまだ、あるのだから」
「時間って……」
すっと明海は長い指を二本立てた。
「ワルプルギスの夜が来るまで、二週間」
私は押し黙る。
明海の双眸は、真っ直ぐに私を捕らえて放さない。息が詰まりそう。
「時空の移動を意図的に誘発する能力は、私にも君にも無い。ワルプルギスの夜――過去に何度も、この日に暁美ほむらは時間の巻き戻しを行っている」
「それを……利用するの?」
だってあれは、まどかのためなのに。
「どうするかは君次第。私達は特殊な能力者だから、時空の歪みを波として乗る事ができる。波に乗れば必ず、元の世界に引き戻される。一度断ち切っても、糸は再び元の世界に君を繋ぎとめようとするから。その時にどうするかは……君次第」
「糸があるのは、元の世界だけ? この世界に来た事で、この世界との間にできたりはしてない?」
「今は、この世界にあるよ。だから、それを断ち切る能力者も必要。私が持つのは、その能力。――そして君も、持つ手段はある」
「……」
明海は再び、背を向けた。
私はもう、彼女を止める事は無かった。
2011/04/24