「遅いよ。修行の成果って、そんなものなの?」
「このアマ……手抜いてやってたら調子に乗りやがって……!」
 いつもの如く、ちょっとした嫌味からの口論は、鉄パイプとダイナマイトのぶつかり合いへと発展する。
 爆発を掻い潜り、弥生は路地裏へと獄寺を誘い込む。
「狭い所なんてこっちのモン――」
 後を追って駆け込もうとした獄寺は、通路の前に立ち尽くす。
 薄暗い路地の奥は行き止まりで、その手前に弥生の姿は無かった。ふっと、頭上に影が差す。
「――上か!」
 気付くと同時にダイナマイトを放る。
「残念。下だよ」
「なっ……」
 上から舞い落ちてくるのは、弥生の着ていたカーディガン。弥生は物陰から飛び出し、獄寺の顎下目掛けて鉄パイプを振るう。
「ちっ」
「くっ……」
 鉄パイプが獄寺に届く事は無かった。咄嗟に放られたチビボムに、弥生は身を引く。
 ゆらりとカーディガンが落ちてくる。弥生はそれを掴み、袖に腕を通した。
「ロケットボム、使いなよ。せっかく弱点だった速さを克服したんでしょ。私も、今の君の全力と戦ってみたい」
「てめー相手なら、これで十分だぜ。生身のカタギ相手に本気なんて出せるかよ」
「まだ言ってるの。私はボンゴレに入る。だからカタギじゃない」
「俺は認めてねーよ」
「ぐぴゃっ」
 曲がって来た通りの方から、短い悲鳴が聞こえた。……この声は。
「げっ……」
 角の所に立つ獄寺は横を向き、青褪める。そして、横から飛んできたバズーカ砲が、炸裂した。
 煙が獄寺を包む。
「え……」
「ラ……ランボさん、知ーらないっと」
 やはりランボの仕業らしい。転けた拍子に、手が滑ったと言ったところか。
 弥生は鉄パイプを握り締め、もくもくと上がる煙を見つめる。
 煙が晴れる。弥生は思わず、目を見張った。
「獄寺……何か、大きくなった?」
 獄寺本人は身長172センチを自称しているが、弥生と変わらない背丈だったはずだ。それがどうした訳か、弥生よりもずっと背が高くなっていた。山本よりも大きいのではないだろうか。
 服装も今の一瞬で着替えたのか、スーツに変わっている。髪もやや短い。顔は確かに獄寺なのだが――その瞳は何処か憂いを含んでいて、普段よりもずっと大人びて見えた。
「……弥生」
 彼は目を丸くして、弥生を見つめた。殺気は無い。
 獄寺はダイナマイトを投げるでもなく、弥生の方へと歩み寄って来た。伸ばされた手にびくりと弥生の肩が揺れる。
 獄寺は伸ばしかけていた手を止める。そして再度、躊躇いがちにそっと手を伸ばす。弥生の髪を掬い取り、頬を寄せた。
「……っ!?」
 弥生は口を真一文字に結び身を固くする。何が起こっているのか解らなかった。髪には神経が無いのだから、触れられている感覚は無い。それでも、目の前の彼が触れているのが自分の髪だと思うと、どうして良いのか判らなかった。
 獄寺……の、はず。しかしその柔らかな物腰も、弥生を愛しむような態度も、憂いを帯びた瞳も、あの獄寺と同じ人物だとは到底思えない。いったい何が起こったというのか。
「……わりぃ」
 短く言って、獄寺は弥生の髪を放した。
 真っ直ぐに見つめる双眸から、目が放せない。
「十年前のお前は、まだ男苦手だったんだよな……」
「十年前?」
 弥生は、きょとんと問う。それから、恐る恐る尋ねた。
「獄寺……だよね……?」
 よもや、骸辺りが幻術でからかっているのではないかとさえ思えて来る。それほどにも、彼の動作は「らしく」なかった。
「え? ああ。そんなに俺、いつもと違うか?」
「違いすぎ。どういうつもり? 気持ち悪い」
 暴言にすら、ただ苦笑するだけ。……まるで、怒る気力も無いような。
「――今思えば、もっとこのときを大切にしてりゃ良かったな」
 獄寺は正面を向いている。彼の視線は弥生に向けられている。しかし彼は、弥生ではなくどこか遠くを見ているかのようだった。
「喧嘩ばかりして……。それはそれで楽しかったけど、もっと早く、お互い素直になってりゃ良かった。今更後悔しても、どうにもならないけどな」
「いったい……?」
「弥生」
 強い眼差しが、弥生を射抜く。
「てめーのそばにいるのは、兄貴だけじゃねぇ。皆がいるんだ。俺だって、十代目だって、山本だって、クロームやハル達だって、てめーを信じてる。――それを、忘れんなよ」
 どこか寂しげに言ったその瞬間、ボンっと弾けるような音がして獄寺の姿は掻き消えた。
 同時に眼前に現れたのは、またもチビボム。
「……っ」
 弥生は息を飲み、腕で顔を覆うようにして飛び退く。突然過ぎて、完全には避けきれなかった。衣類に覆われていない手や手首が、ヒリヒリと痛む。
 獄寺は元の姿に戻っていて、その場に尻餅を着いていた。
「弥生……? それじゃ、もう戻って来たのか?」
「何、今の」
 きょろきょろと辺りを見回していた獄寺は、弥生の言葉に身を硬くする。
「……間の悪い所に飛んじまった。それだけだ」
 獄寺は立ち上がると、じっと横目で弥生を見据えていた。
「……何」
「……別に」
 獄寺は短く吐き捨てると、立ち去る。弥生は後を追って路地裏を出た。
「ちょっと。まだ途中――」
「あっ、いたいた、獄寺君、弥生ちゃん! もう皆帰ったよ。俺達も帰ろう」
「はい!」
 泣きじゃくるランボを抱えた綱吉が、山本の家の前に立っていた。さっきまでの剣呑な視線はどこへやら、獄寺は元気に返事をして綱吉の元へと駆け寄る。
 弥生は軽くため息を吐く。こうなってはもう、継続はできない。それに、綱吉の向こうには、一緒に来た弥生がいなくてどうしたものか困り顔のクロームの姿があった。
 弥生も、彼らの元へと駆けて行く。今のが何だったのかは、また月曜日にでも学校で問い詰めるとしよう。





No.31





 月曜日、学校に獄寺の姿はなかった。
 獄寺だけでなく、綱吉もいない。また、何かボンゴレ絡みのトラブルだろうか。
「山本、何か聞いてる?」
「いや。まー、明日になったら来んだろ。マフィアごっこも一区切りついたんだし」
「ごっ……え……山本は、そういう認識なの……?」
 山本はきょとんと目を瞬く。
 あれだけの死闘を繰り広げて、自分自身もその渦中にいながら「ごっこ」呼びはなかなか厳しいものがないだろうか。
 守護者に選ばれた者達は以前からボンゴレに関わっていたのかと思っていたが、もしかしてそうでもないのだろうか。山本がこの認識なら、了平辺りもどう認識しているのか怪しい。ランボはあの年齢だし、もしかするとリボーンの話をまともに把握しているのは綱吉と獄寺、あとは六道骸周りだけなのではないだろうか。
 弥生は、ぽっかりと空いた席を見やる。土曜日の戦いの最中の一件について、休み明けに聞いてみようと思っていたが、どう聞くかは定まっていなかった。まだ時間がある点では、良かったかもしれない。
「あの二人いないと、ちょっと寂しいよな」
「……まあ」
 弥生は短く答えた。

 明日になったら。そう思っていたのに、翌日もまた、綱吉と獄寺はいなかった。
 それどころか、今日は山本と、更には京子もいない。
「雲雀さん、何か知ってる? 京子の休みの事」
 一限目が終わった休み時間、花が弥生の席へと聞きに来た。
「いや、何も……。笹川さんとは、黒川さんの方が親しいでしょ」
「私も何も聞いてないのよね……昨日は別に、具合悪そうでも何でもなかったのに。先生に聞いても、家庭の事情って曖昧にしか教えてくれなかったし、もしかしてあいつらのトラブルに京子も巻き込まれたのかと思って」
「あー、そっちはもう片付いたよ。だから別件だと思うけど……」
 ヴァリアーとの対抗戦は終わった。終わったはずだ。なのに、どうして昨日も今日も綱吉達はいないのだろう。
「京子はいるかー!?」
 大声と共に教室の戸口に現れたのは、笹川了平だった。
「えっと……笹川さんなら、お休みですけど……」
 戸口のそばにいた生徒が、困惑しながら返す。
 花が真っ直ぐに了平の元へと向かう。弥生もその後に続いた。休みの妹を兄が教室へ探しに来るなんて、明らかにおかしな状況だ。
「京子に何かあったの?」
「む……お前達は無事なのだな」
「何、無事って……」
 不穏な言葉に、花の声に不安の色が浮かぶ。了平は、いつになく深刻な面持ちだった。
「――それが、京子のやつ、昨日から帰っとらんのだ」
 昨日、京子も山本も変わった様子はなかった。花の話では、昨日は放課後に綱吉の家へ様子を見に行くと言っていたらしい。
 教室では目立つ。人気の無い廊下へと場所を変え、弥生と花は昨日の京子の様子を了平に話した。
「では、その後は京子と会っていないのだな」
 花はうなずく。
「ねえ、また例のやばそうな奴らじゃないでしょうね? 京子も巻き込まれたんじゃ……」
「相撲大会の事なら、もう決着は着いたぞ!」
「沢田達もいないんだよね。沢田、獄寺、山本の三人そろって、また休み。沢田と獄寺は土曜日に会ったのが最後で、昨日から」
「何っ!? まだ行方不明のままなのか?」
「知ってたの?」
「昨日の朝、京子が心配していた。あいつらの事だ、何かあってもそう簡単にくたばる事はないと思うが……」
「朝……それじゃ、日曜には行方不明だったの?」
 昨日からだと思っていた。日曜日――祝勝会の翌日から、既に行方不明は始まっていたのだ。
「……ね」
 花には聞こえぬように、声を落として弥生は問う。
「リボーンから守護者宛てで何か連絡来てたりしない?」
「いや、特に何も来ていないが……」
「そう……」
 了平も知らない。となると、先週までの修行のように意図した休みではなさそうだ。
 担任が花に「家庭の事情」と告げたのも、親が失踪として認識していると言う事なのだろう。混乱を招かぬよう、生徒には伝えないようにしていたのかもしれない。
 二時限目を告げるチャイムが鳴り響く。十分という時間は、あまりにも短かった。
「あっ、ヤバっ」
「沢田も休みなら、放課後、家に行ってみよう。何か分かるかもしれん」
「あ、それじゃあ私も」
 さすがに京子もとなると気になるのだろう。普段は面倒ごとに関わらまいとする花だが、珍しく声を上げた。
「弥生も来るか?」
「うん。それからお兄ちゃんにも、何か知らないか昼休みに聞いてみる。並盛の生徒の失踪事件となれば、風紀委員も動いてるかもしれないし」
「なるほど! よし、今、極限に聞いて来るぞ!」
「は? 授業は……」
 皆まで聞かず、了平は応接室へ向かって駆け出していた。
「とりあえず、任せましょ。私たちは急いで教室戻らないと……!」
「次、英語でしょ。あの先生なら睨めば何も言ってこないよ」
 焦る花に、弥生は悠々と返す。
 了平の来訪によってか、次の休み時間には既に、教室中に京子の失踪が知れ渡っていた。





「その話なら、今朝、笹川了平も聞きに来たよ。授業も放り出して何してるんだろうね、彼は。まだこれと言った情報はないって話したら、こっちの話は聞く耳も持たずにまたどこかへ探しに行ったよ」
 押し切られてしまった事が腹立たしいのか、恭弥はイライラとした口調だった。
「笹川さんの事が心配で授業どころじゃないんだよ、きっと。私だって、黒曜の並盛狩りで風紀委員ばかり襲われてるって聞いた時は、病院行ったもん……」
 恭弥はフッと息を吐く。
「それで、いつも群れてる草食動物達も来てないんだって?」
「うん。笹川さんのお兄さんは特に守護者としての連絡は来てないって言ってたけど……お兄ちゃんの方はどう? リボーンとか、ディーノだっけ? 屋上で戦ってたあの人とか」
「別に。校外の人は誰も来てないし、連絡もないよ。もっとも、もし彼らも消えてるようなら、連絡のしようが無いだろうけどね」
「彼らを消すって、相当の手練れじゃないと無理でしょ……」
 弥生は苦笑する。
 コンコン、と応接室の扉が叩かれる。入って来たのは、草壁だった。
「昨日の笹川京子の足取りについて、関連のありそうな目撃情報が得られました」
 弥生は椅子から腰を浮かして草壁を振り返る。
 恭弥は無言で続きを促した。
「黒川花が本人から聞いていた通り、昨日、沢田綱吉の家の近くで笹川京子と友人達の姿が目撃されています。そして午後四時半頃、公園前で連続した爆発があったそうです。現場には笹川京子の姿もあり、爆発の煙が晴れた頃には、いなくなっていた……と」
「爆発元は?」
「それが、不明なようです。煙が晴れるのも数秒で、普通の人が移動できるような時間ではなかったようで……」
「煙幕……あるいは、獄寺隼人のダイナマイトに近いのかな」
「沢田達は、何かから逃げるために身を隠した?」
 あの程度の爆発なら、普通の人なら煙が晴れるまでに移動なんてできない。だけど、綱吉なら可能かもしれない。大空戦で見せた、あの機動力なら。
「断定はできないね。彼らの意思で行方をくらましているなら、笹川了平には事情を伝えて、親にも理由をつけて失踪届けなんて出させないだろうし」
「あ……」
 京子の行方は、了平すら知らない。家族にも連絡なしに行方をくらますなんて事、彼らがするだろうか。もしやむを得ずそうしたのであれば、それは連絡すらままならない、追い込まれた状況と言う事ではないか。
「ちなみに、その時一緒にいたのは?」
「はい。笹川京子と共にいたのは、緑中の三浦ハル、それから沢田綱吉の家に居住している子供達です。名前は、イーピン、ランボ。いずれも同じく煙が晴れた時には、いなくなっていたそうです」
「四人……同時? 連続した爆発って……」
「四発のようですね。ほぼ同時だったと」
「あの草食動物一人だと、不可能ではないだろうけど厳しそうだね」
「……」
 弥生は、膝の上の拳をぎゅっと握りしめる。
 連絡できずに自ら行方をくらましている場合も心配ではあるが、まだ幾分か安心できる。しかし、これらの失踪が綱吉達自らのものではないなら、考えられるのは最悪のケースだ。
 ――何者かによる拉致。それも、戦う事のできない京子やハルまで。
 ぽん、と頭に手が載せられる。恭弥が、弥生の前に立っていた。
「心配いらないよ。すぐに解決する。並盛の風紀を乱させはしない」
 力強い言葉。
 小さい頃、何度も聞いて来た声。何度も撫でてくれた大きな手。
 弥生は胸中にもたげる不安を振り払い、強くうなずいた。


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2021/12/05