「あででででで!!」
「大丈夫っスか!?」
時は週末まで遡る。
事故でランボの十年バズーカを喰らったリボーン。十年後のリボーンが現れるかと綱吉は身構えたが、代わりに現れる人影はなく、更には五分どころか翌日になっても帰って来なかった。
何が起こったのか確認しようとランボを問い詰める間に綱吉自身も十年バズーカを喰らい、更には獄寺までこれまた同じ経緯で十年後へとやって来た。
どう言う訳か時間が経っても現代へ帰る事はできず、知らされたのはボンゴレ壊滅という絶望的な未来だった。
家光の組織に属するラル・ミルチという女、更には十年後の山本とも合流し、辿り着いたボンゴレアジト。そこでは、懐かしい顔と強烈な蹴りが綱吉を待っていた。
「何なんだよ、このふざけた再会は!! こっちは、死ぬ思いでお前を探してたんだぞ……! また変な格好して!」
リボーンは、真っ白な、スーツというよりもはや全身タイツと形容した方が近しい服に身を包んでいた。
綱吉の文句に、彼はいつものけろりとした表情で答える。
「しょうがねーだろ? このスーツを着てねーと、体調最悪なんだ。外のバリアも俺のために作らせたんだしな」
「え? それってどう言う……」
「隼人!」
女性の声と共に開いた扉に、獄寺が身構える。
しかし、そこに立つのは亜麻色の髪のイタリア女性ではなかった。
戸口に立ち尽くす彼女のつり目気味の瞳が、大きく見開かれる。
「うそ……ツナ……?」
身に纏うは、金糸で描かれた蝶が目を惹く黒い着物。結い上げられた、柔らかそうな黒髪。
今よりずっと大人びてはいるが、その顔には面影があった。
「え……まさか……」
「――弥生……!?」
No.32
「リボーン!!」
沢田家を訪れた弥生、花、了平の三人を出迎えたのは、ビアンキだった。チャイムを鳴らした主がリボーンでは無い事を知り、見目明らかに消沈する。
「ああ、あなた達……何の用かしら。ツナならいないわよ」
「どこにいるのか知らんか? 京子――うちの妹が、昨日から帰っとらんのだ」
「そんなの、私だって聞きたいわよ! あの男、私のリボーンをどこに――」
殺気を漲らせるビアンキに、弥生は花を後ろ手に庇う。
「だっ、だめだよ! お客さんを脅しちゃ」
聞こえて来た声は、綱吉よりも幼かった。玄関から出て来たのは、小学生くらいの男の子。フゥ太と呼ばれていたか。
「ごめんなさい……リボーンがいなくなって、荒れちゃってて」
「お客さん?」
更に顔を出したのは、綱吉の母親だった。
「あら、弥生ちゃん……そちらの二人も、ツナのお友達かしら? ごめんなさいね。ツナ達、お出掛け中で……」
「ママン。彼ら、私たちに用があって来たの」
ビアンキがしれっと答える。実際のところ、綱吉達の状況を確認に来たのだ。家にいないにしても、わかっている事は確認しておきたい。あながち嘘ではなかった。
「あら、そうなの? どうぞ、上がって」
案内されるままに、弥生達は家へと上がる。今、沢田家に残っているのは、母親とビアンキとフゥ太の三人だけだった。一般家庭としては平均的な人数だが、いつも大人数で溢れかえっていたこの家には、随分と少なく感じた。
綱吉の母親が台所へと去って、弥生はビアンキへと尋ねた。
「沢田のお母さんは、どこまで知ってるの?」
「ボンゴレの事は何も。今回も、リボーン達と出かけている、とだけね。大らかで器の大きい人だから、これまでも詳しい事は話さずにそれで凌いでるわ」
いくら何でも大らかすぎる気もするが、それぐらいでないとマフィアと関わりながら普通の民間人としての生活なんてできないだろう。
「沢田達の姿が見当たらないと、月曜の朝に京子が言っていた。学校へも来ていなかったようだが――」
「ええ、日曜から行方不明よ。最初はリボーンが帰って来なくて、隼人とツナとハルで探していたそうなの。そのまま、ツナが帰って来なくなって――昨日、京子とハルが様子を聞きに来たわ。隼人とツナが学校にも来ていないと言って。それから、皆で探して……夕方になったらここに集合するはずだったのに、戻って来たのは私とフゥ太だけだった。京子とハルはもしかしたら帰ったのかもしれない、とも思っていたけれど……」
「……京子は帰って来ていない」
重い沈黙が、五人の間に流れる。
「三浦さんのご家族には……?」
弥生の問いに、ビアンキは首を左右に振る。
「あの子、いつも直接家に来るから。こんな事なら、電話番号だけでも聞いておくんだったわ……京子なら、知っていたかも知れないけど……」
「今朝、雲雀の所へも行ってみたが、特に情報は掴めていないとの事だった」
「あ……」
声を上げ、弥生はちらりと花を見る。
謎の爆発。ボンゴレ絡みかも知れないし、違うかも知れない。花の前では、どの程度話して良いだろうか。
とは言え、伏せておく訳にもいかない。弥生は躊躇いつつも述べた。
「えっと、昼休みに目撃情報が入ったよ。公園で……謎の爆発と共に、消えたって……」
「爆発!?」
花が悲鳴に近い声を上げる。
「爆発って言っても、そんなに大きな物ではなかったみたいだけど。すぐに煙が晴れるような……。その場にいたのは、笹川さんの他にも、三浦さんと、ランボと、イーピンだって……」
「やっぱり、何か事件に巻き込まれたんだ……! だからヤバいって言ったのに……!」
花は了平を見上げる。
「夜の学校で集まってた、あの人達と関係してるんじゃないの!? どうして京子が……!」
ヴァリアーとの戦いは終わった。XANXUS達はボンゴレが見張っているはずだ。それとも、また何かあったのだろうか。リボーンもいない現状では、どうやってボンゴレと連絡を取れば良いのかも分からない。
どうすれば良いのだろう。何をすればいい。手詰まりだ。
弥生達はただここで、待っている事しかできないのだろうか。
「――よし! 極限に現場調査だ!」
了平が立ち上がる。弥生達は彼を見上げた。
「互いの知っている事がこれで全部なら、ここで鬱々と話していても埒が明かん。最後に目撃されたという、公園へ行ってみよう」
公園には、何も変わった様子はなかった。せめて当日中なら、火薬の匂いでも残っていたのかも知れないが、本当に小規模な爆発だったようで、爆発の痕すら残っていない。あるいは、警察を投入すれば硝煙反応ぐらいは調べられるだろうか。
砂場やブランコなどの遊具にはまだ小学生にもならない幼い子供達がいて、日曜日に起こった事件など微塵も知らない様子で遊んでいた。
ブランコを漕ぐ子供達。いつだったろう。ここで、獄寺と会ったのは。初めて、互いに武器を出さず会話して、初めて笑顔を向けられた日。
「おい! ここ、ちょっと見てくれ!」
了平の声に、我に返る。陽は傾き始め、赤みがかった花壇の前に了平は立っていた。
弥生は彼の後ろから、花壇を覗き込む。顔ほどの高さに四角く刈り込まれた、ツツジの低木。その奥に一部、枝の折れた箇所があった。猫や犬にしては、やや高い位置。
「人が当たったように見えんか?」
「どうしてこんな所に……」
花が気味悪そうにつぶやく。
茂みの裏。まるで、そこに誰かが隠れていたかのような。京子達全員が隠れるには、狭過ぎる。ここに隠れられるとしたら、せいぜい小柄な子供が一人。
「ちょっと、弥生!?」
ビアンキが声を上げる。
弥生は茂みと塀との間に身を入れていた。横向きになってやっと通れるような隙間。ちょうど目より上が茂みの上に出る形だ。屈もうとすると、ここに残った痕以上に枝を折る事になりそうだ。
「……私ぐらいの身長だと、ここに隠れるのは無理だね」
爆発物という証言から、弥生と同じ期待を抱いていたのかもしれない。ビアンキが、弥生の言葉に歯噛みする。
この位置からなら、公園の入り口から近い。遊具とも離れたその空間に四人が集まっている時に爆発物を投じるなら、格好の隠れ場所だろう。――だけど。
(獄寺じゃない……)
彼の背丈では、ここには隠れられない。
2021/12/19