「えっ……ええぇぇ!? 十年後の獄寺さんと弥生ちゃんって、付き合ってるんですか!?」
「そーだぞ。ボンゴレ内外公認の熱々バカップルだ」
「あつあ……ええぇ!?」
「三浦さん、本気にしないで。かなり話盛られてるから」
夕飯のカレーに手をつけながら、弥生がムスッとした顔でリボーンの話を訂正する。そんな彼女を、獄寺は油断なく見据えていた。
ボンゴレアジトへ着いた翌日には、十年後の山本と弥生と共に、京子、ハル、ランボ、イーピンを迎えに行った。ミルフィオーレに見つかり、戦いの最中、あろう事か弥生以外の五人まで十年前と入れ替わってしまった。
獄寺と綱吉がボンゴレリングに火を灯し、どうにか敵は退けた。気絶していた綱吉をボンゴレアジトまで運び、回復を待ってラル・ミルチにリングを使った戦いの特訓を頼み、今に至る。
――敵の襲撃に遭っても、弥生は戦おうとしなかった。
そもそも、京子とハルを迎えに行くのすら弥生は留守番しようとしていた。リングを持っていないから、戦う術が無い。そう言って。
道案内が野球馬鹿一人じゃ心配だ、そう言って弥生もアジトから連れ出したが、どんなにからかわれた事か。どうやらこの時代の彼女は、獄寺と恋人関係にあったらしい。
(んなの、認めねぇ……)
そもそも、彼女は――
「……どうしたの、隼人? 口に合わなかった?」
黒い瞳がこちらに向けられ、獄寺はギクリと肩を揺らす。
「……隼人、ずっと手が止まっていて食べてないから」
「美味しくなかったでしょうか!?」
「そんな事ないよ! すっごく美味しいよ!」
不安げにする弥生とハルに、綱吉がフォローを入れる。
「笹川さんも三浦さんも料理上手だから、すごく助かったよ」
弥生の言葉に、ハルがくすぐったそうに笑う。
その光景がどうにも気に食わなくて、獄寺はスプーンを動かしつつ吐き捨てるように言った。
「カレーなんて誰が作ってもかわんねーだろ」
「おかわりよそいませんよ!?」
ハルがムッとして叫ぶ。いきなり十年後に飛ばされて、命を狙われて、悲惨な未来を知らされて。マフィアのいざこざとは無縁だった女子二人も最初こそショックを受けていたが、今やいつもと変わらない調子だった。綱吉、獄寺、山本の三人がラルに修行をつけてもらう間、いつまでも嘆いている訳にいかないと、弥生と共に子供たちの面倒を見ながら食事の準備をしてくれていた。
(こいつが子供の世話や食事係ってタマかよ……)
獄寺はハルからカレーのおかわりを受け取りつつ、弥生を横目で盗み見る。
喧嘩の腕はそこそこあるという事は認めるが、あくまでもカタギだ。ボンゴレファミリーに入れるのだって反対した。守護者には選ばれず、ヴァリアーとの戦いも蚊帳の外で。しかしそれでも、どうにかして戦いの場に出てくるのが雲雀弥生だった。
リングを持たないから。
そう、十年後の彼女は言った。寂しそうに。
だけど、そんなはずは無いのだ。獄寺は見たのだ。十年後で。帰れなくなる前、祝勝会の最中、一度飛ばされたあの時に。
皆の皿も鍋の中も空になり、女三人は片付けに取り掛かり始める。弥生も重ねた皿を手に、京子の隣に並び流しの方へと向かう。
「笹川さん、大丈夫?」
「え? うん……」
彼女達が離れたのを見計らって、獄寺は綱吉を振り返った。
「十代目、少しお時間良いですか? お耳に入れておきたい話が……」
弥生がリングを持たない? そんなはずは無い。
獄寺は見たのだ。彼女による襲撃を。ボンゴレファミリーに属する者達の、恐怖に駆られた叫びを。
――雲雀弥生のマーレリング。そう、十年後の彼らは言っていた。
No.33
翌日もやはり、綱吉達は登校して来なかった。笹川京子の失踪は、昨日の内にクラスの垣根を超え、他のクラス、他の学年へも知れ渡っていた。同じく休みが続いている綱吉、獄寺、山本の三人についても、彼らは警察へ届出がされていない様子ながらも、同じく行方不明なのではないか、何か関係があるのではないかと実しやかに噂されていた。
昨日の帰宅後、花は京子にメールをしてみたそうだ。しかし、何の返事も無かったらしい。
「それで今日は、携帯、学校に持って来ててさ。もしかしたら、京子から返事が来るかもしれないから……。もし先生とか風紀委員に見つかったら、口添えしてくれる?」
「うん。と言うか、お兄ちゃんに話通しとくよ」
「え。見つかったらでいいんだけど……怒られないかな……」
「大丈夫だと思うよ。非常事態だし、私もいつも持ってるし。そうだ、黒川さんの連絡先教えてよ。せっかく携帯持ってるなら、何かあった時すぐ連絡取れた方がいいでしょ」
「え、ええ……」
連絡先を交換し、携帯電話を閉じる。教室で堂々と使う姿にチラチラとこちらを見る視線はあるが、雲雀弥生に文句を言うほど骨のあるクラスメイトはいない。
回答におおよそ予想はついていたが、弥生と花は三年生の教室へと向かった。もしかしたら。そんな一縷の望みをかけて。
しかし了平のクラスで知ったのは、今日は笹川了平も休みだという事実だった。
「そんな……あのアニキまで……!?」
「あ、いや……笹川は、妹を探してるらしいよ。片っ端からクラスメイトに電話掛けたり、家を尋ねたりしてるみたいで……」
「そうそう。俺ん家にも今朝来たわ。何か知ってるほどお近づきになれるもんなら、なりたいよなあ。……あ、いや、その、早く見つかるといいな」
弥生と花の冷ややかな視線に気付き、了平のクラスメイトは慌てて取り繕う。
弥生と花は、了平のクラスを後にした。
「私はこのままお兄ちゃんの所寄ってみようと思うけど、黒川さんも来る?」
「え……風紀委員は、さすがにちょっと……」
花は身じろぎし、それから言った。
「私も教室で、クラスの皆に何か知らないか当たってみるわ。私達も、何もせずに落ち込んでばかりではいられないものね」
「分かった。そっちは任せる。私がやると、ビビられそうだし」
「あっはは、確かにね」
花は屈託なく笑う。
「京子もだけど……あいつらも、早く帰って来るといいわね。あんたにビビらず接してくれるのなんて、あいつらぐらいなんだから」
「……うん」
「公園はこちらでも調べてみたけど、茂みは気付かなかったな。改めて調べてみるよ。弥生の目の高さ辺りと言うと……160……余裕を見るなら、150センチ代半ばくらいまでかな」
応接室の皮張りの椅子に座り、ヒバードに餌をやりながら恭弥は問う。弥生はうなずいた。
「うん。それぐらいまでなら、屈まずに隠れられるんじゃないかな。風紀委員で公園を調べた時には、何か分かった事あった?」
「目撃証言通りに、公園の入り口を入った所で硝煙反応が出たぐらいかな」
「そっか……」
「それから、三浦ハルという女子生徒だけどね。そちらも、捜索願が出されていたよ。やっぱり月曜の目撃情報を最後に、家に帰っていないらしい。向こうの学校でも、騒ぎになってる」
「緑中だっけ」
「そう」
弥生は窓際に歩み寄り、外を見つめる。
並盛に来る前、通っていた学校と同じ地域。緑中は、この辺りでも進学校として有名だ。不良や喧嘩とは縁が無さそうな学校。ハルの安否が心配されているだろう事は、想像に難く無い。
ふと校庭に視線を落とすと、小柄な男子生徒と目が合った。いかにも気が弱そうな眼鏡の生徒は、ぎょっとした表情でそそくさと立ち去る。
「沢田の方は獄寺のお姉さんが住んでるみたいで、親御さんに事情を誤魔化してるみたいだけど……獄寺と山本は? 獄寺は一人暮らしなんだっけ」
「そう。だから、そもそも通報する人がいない。山本武も、捜索願は出ていないね。学校には沢田綱吉と同じ、家庭の都合と言う事で欠席の連絡が入っている」
「ふぅん……」
――山本の家は、寿司屋だったか。
弥生は携帯電話を開く。一番上は、土曜日に着信した恭弥からのメール。祝勝会の知らせと、地図の添付。
「へい、らっしゃい!」
店に入るなり、威勢の良い掛け声が響き渡る。
放課後になってすぐ――と言うには、少し道に迷ってしまったが――夕食には早いこの時間、まだ店に客はいなかった。
「――おや、武の友達かい。確か、土曜にも来ていた……」
「雲雀弥生です」
「そうそう、弥生ちゃん! 武からよく話は聞いているよ。男なら野球部に誘ったのにってね!」
愛想の良い大きな声。人好きのする笑顔は、息子とよく似ている。
弥生は、静かに問う。
「――その息子さんについて、話を聞きたいんです」
弥生の真剣な声音に、彼の表情も一瞬、真顔になる。
「まあ、とにかく座って。ゆっくり話そうや」
言って、彼は戸口の看板を準備中に裏返す。そして、カウンターの内側の厨房に立った。
「好きなネタはあるかい」
「いやあの、食べに来た訳じゃ」
「まあまあ。武の友達が遊びに来て、何もおもてなしせずに帰す訳にはいかないだろう」
「いや、遊びに来た訳でも」
「良いから座りなさい」
弥生は渋々と、カウンター前の席に座る。
「好きなネタは?」
これは、答えるまで繰り返されそうだ。
「じゃあ、ヒラメのエンガワ……」
「おっ、渋いねぇ」
嬉しそうに言って、彼は魚を捌き始める。
「……山……息子さん、ずっと学校を休んでいるみたいですが」
山本、と言いかけて弥生は言い直す。
「ああ。ちょっとごたごたがあってね。まあ、あいつも男だ。自分で解決して、その内帰って来るだろう」
弥生は、カウンターの向こうの男を見上げる。
山本武は、今、この家にいない。そう告げているも同然だった。山本の家は、いつもこういうスタンスだったのだろうか。――ヴァリアーと戦っていた時も。
「心配じゃないんですか」
「心配の要らない男に育て上げて来たつもりだよ」
飄々と彼は答える。
弥生はじっと彼の手元を見つめる。目の前で捌かれるヒラメ。あっという間に、寿司となって、板へと乗せられ弥生の前に出される。
「はいよっ。エンガワ一丁!」
「……手慣れてますね」
「そりゃあ、これで商売してるからねぇ」
「そうじゃなくて、刃物の扱い――魚だけじゃなくて、戦える人の腕ですよね」
じっとりと重みを増した空気が、弥生の周りにまとわりつく。
ただの寿司屋だと思っていた、土曜日に初めて会った時は。息子とよく似た、愛想の良い父親だとしか思わなかった。
しかし、息子が行方不明となってのこの心持ち、刃物を握った時の身構え、只者ではない。
「――なるほど。武が一目置いている訳だ」
「息子さんがどこにいるのか、何かご存知なんですか」
「……月曜日の夕方だったね。武は庭で、素振りをしていた。それが突然、爆発音がしてね」
――爆発音。
京子達と同じ。
「何事かと見に行ったら、武はいなくなっていた。それっきりだよ」
「それじゃあ、何も分かってないじゃないですか……」
「まー、リングはちゃんと持ってったみたいだし、何とかなるだろう」
息子とよく似た笑顔で話す彼を、弥生はマジマジと見つめる。――今、この男は何と言った?
ヴァリアーとの死闘の後でも、「マフィアごっこ」と言っていた山本武。だけど、この父親は。
「あなた……知っているの? ボン――」
「おっと」
彼は、手のひらを広げて弥生の言葉を静止する。
「どこで誰が聞いているか分かったもんじゃない。こんな一介の寿司屋で、裏社会の話なんてするもんじゃないよ」
リボーンや、綱吉絡みの人物と思われる人々は、何も知らない弥生やクラスメイトの前でも散々ボンゴレの名を口にしていたのだが。
しかし彼には、そんなツッコミはさせない気迫があった。
そしてころりとまた笑顔になる。
「ほら、食べた食べた! うちの寿司は美味いよ! ……って、この前来たんだから知ってるな」
目の前に置かれた寿司を、弥生は手に取り、少し醤油をつけて口に運ぶ。
「……おいしい」
「そうだろ、そうだろ! どうせならもう、夕飯も食べて行っちまいな! 弥生ちゃん、一人暮らしなんだろう?」
「でもこれ高いんじゃ……」
「もちろん、おじさんの奢りだよ。武の友達なんだから」
「えっ、そこまで甘える訳には……」
「気にしない、気にしない。美味いもんを食うと、疲れだって忘れられるだろう。ずっと武たちの事、探してくれてるんだろ? その年で相談できる大人もそばにいないんじゃ、色々大変だろう。ゆっくりできる時に、ゆっくりしていきな」
「山本はどう言う話をお父さんに聞かせてるの……」
弥生はぼやく。
いつもニコニコと何も考えていないようでいて、弥生を慮っていたのか、それともただ一人暮らしという話からの父親自身の考えか。
「ごちそうさまでした」
店を出て、弥生はぺこりと頭を下げる。結局彼に押し切られ、出されるままに寿司を平らげざるを得なかった。――どうにも、この親子の押しには弱い。
「良いって事よ。また、いつでもおいで。何なら、兄ちゃんも一緒に」
「……気が向いたら」
弥生は視線を逸らし、短く答える。寿司は美味しかったし、何だかんだで居心地も良かったが、そう甘えてしまうのは気まずい。
逸らした視線を戻し、山本の父親を正面から見据える。
「次に来る時は、息子さんの行方について、何か持って来られるようにしますね。それか、息子さん自身を連れてきます」
「おっ、良い顔するようになったねぇ」
「え」
来た時、そんなに弥生は暗い表情をしていたのだろうか。
山本の父親は、カラカラと笑う。
「楽しみにしているよ」
「――はい」
弥生は口の端を上げ、微笑んだ。
2022/01/02