煙が晴れ、獄寺は黒服の男達に取り囲まれていた。
「……ッ」
 咄嗟にダイナマイトを構える。
 祝勝会の最中、弥生との喧嘩中に飛んできた十年バズーカ。獄寺はそれを諸に食らってしまった。恐らくここは、十年後の獄寺がいた場所だ。
 男達も、戸惑った様子ながらも一斉に拳銃を向けてくる。
「な……!? 何者だ、どこから出て来た!?」
「獄寺さんをどこにやった!?」
 叫ばれた言葉に、獄寺は着火を留まる。
「獄寺は俺だ。てめーら、何モンだ?」
「若き獄寺氏!?」
 間の抜けた声に、振り返る。十年後のランボが、蒼ざめた顔で立っていた。
「そんな……こんな時に……!?」
「誰のせいだと思ってんだテメェ!!」
 胸ぐらに掴みかかってやりたいところだったが、銃を持った男達に囲まれ、ランボとも距離のある状況では怒鳴りつけるのが精一杯だった。
「ボヴィーノの……この少年はそちらの一員か?」
「あ、いや……その、お宅の上司です……十年前の……」
 黒服の男達はどよめいていた。小さいランボは事ある毎にバカスカ撃ちまくっているが、一応、十年後では使用を控えているのだろうか。十年バズーカの存在は、公になっていないようだ。
 上司。ランボが発した言葉を、胸の内で反芻する。
 歩いてくるランボに、獄寺は問いかけた。
「おい、アホ牛。もしかして、この時代のボンゴレボスって十代目なのか? それで、その右腕は――」
 言い終わる間もなく、ズゥンという重い振動が響いた。
「何だ……!? 爆発か?」
 獄寺は辺りを見回す。
 暗い一室に、獄寺達はいた。いや、部屋なのだろうか。壁や天井に露わになっている岩肌は、洞窟のようにも見える。
「見つかったか……!」
 黒服の男の一人が、銃を構え頭上を見据える。
「獄寺さんは、隠れていてください。逃げる準備を。十年前のあなたを失う訳にはいきません」
「ちょ……っ!? アホ牛! 何が起こってんだ!? 十代目は無事なのか!?」
 ランボは口を真一文字に結び、目を逸らし黙り込んでいた。
「おい、なんで答えねーんだ!?」
 獄寺はランボに掴みかかる。天井が崩落したのは、その時だった。
 ガラガラと崩れる轟音、衝撃。濛々と上がる土煙に、目の前のランボの姿すら見えなくなる。
 瓦礫と砂塵の中、どうにか上体を起こしながら、誰かが叫ぶのを聞いた。
「これが、雲雀弥生のマーレリングの力か……!」
「な……」
「みーつけた」
 意味を問う間も無く、頭上から幽かに声が聞こえた。
 白く煙る中を、黒いシルエットがこちらへと飛来してくる。獄寺は、チビボムを投じた。

「――以上が、俺が十年後で見聞きした事です」
 人気の無い廊下。弥生を含め皆がいる食堂も、ここから少し離れている。
 正式に右腕になっているかもしれないという状況に少し浮かれた事は伏せつつ、獄寺は祝勝会の日の五分間の出来事を綱吉に話して聞かせた。
 綱吉は蒼ざめ、戸惑っていた。
「それって……それじゃ、まるで……」
「ええ……あの襲撃は、弥生によるものでしょう。……最後に聞いた声も、間違いありません。弥生のものでした」
「じゃあ、獄寺君がこの時代の弥生ちゃんをよく睨んでたり、外へ出る時一緒に来るように誘ったのって……」
「ファミリーを裏切ってるかもしれない奴を、野放しになんて出来ませんから。決して、リボーンさんや野球馬鹿が言ってたような理由じゃありません!」
 獄寺は力いっぱい宣言する。
「弥生となんてあり得ませんし、裏切り者だっていうなら尚更ですよ! たぶん、何か探るために近づく作戦とかだったんじゃないかと……!」
「あ、うん……」
 力説する獄寺に気圧されつつ、綱吉は言った。
「でも……戦えないって言ってた弥生ちゃん、本当に辛そうだったし、裏切ってるようには……あっ、もちろん、獄寺君が嘘吐いてるなんて言う訳じゃなくて! 何かの間違いだったんじゃないかなって……襲撃は他の人の仕業で、助けに来たとか……事故だったとか……」
「……助けに来た奴が、あんな殺気放って来たりしません」
「……」
 姿こそ確認していないものの、迫り来る彼女は確かに殺気を放っていた。いつもの喧嘩などではない。……本気で、殺りに来ていた。もしあそこで時間が来なかったら、あるいは現在のように帰れない状況になっていたら、果たして獄寺は今、ここにいるだろうか。
「それに、リングの事だってあります。襲撃の場にいた部下の口ぶりでは、弥生もリングを持っている様子だった。なのに、あいつはリングも匣も持っていない、戦えないと言い張っている。
 俺が遭遇した状況が誤解を招く状況だっただけだとしても、おかしいでしょう。あいつが、そんな事で戦いの前線から身を引きますか? ヴァリアーとの戦いすら、観覧席ぶち破って出て来たような奴ですよ」
 綱吉はうつむいている。弥生が裏切り者だなんて思いたくない。そう思っているのが、ありありと伝わって来た。
 十年前に比べて雰囲気が柔らかくなっていたり、違うところはあっても、弥生なのだ。近しい人物を疑うなんて、獄寺だって気分の良い物ではない。
「あれ……?」
 黙り込んでいた綱吉が、ふと呟いた。そして、ハッと思い出したように顔を上げる。
「でも、ランボは無事で……獄寺君も……。十年後の獄寺君も、消せって言ってたのは入江正一って人だけで、弥生ちゃんの事は何も言ってなかったよ? 身近な人が裏切っていたら、そっちを警告するんじゃ……」
「今、この時代は九年と十ヶ月ちょっとなのでしょう? 俺が行った未来は、ぴったり十年後で、この時代にとってはこれから先の事なのかもしれません。あの時は、普通に五分で帰れましたし……」
「じゃ、じゃあ、今一緒にいる弥生ちゃんは、まだ裏切ってないのかも! 未来が変わる可能性も――」
 希望にすがるように話す綱吉に、獄寺は目を伏せた。
「……未来が変わる可能性はあるかもしれません。――でも、あの弥生の事は信じ過ぎない方が良いと思います」
 獄寺は、廊下の向こうを振り返る。キッチンの喧騒は、こちらまでは聞こえて来ない。
 戦おうとしない弥生。ミルフィオーレの者達に見つかった時も、弥生の方は獄寺達を逃がそうとするばかりで、十年後の山本のように立ち向かおうとはしなかった。
「どうしても腑に落ちないんです。リングや匣が希少な物だったとしても、倒した敵の物を奪うなりできそうじゃないですか。
 ――あいつは、何か隠してますよ」





No.34





「へえ。山本武の父親と話せたんだ」
 弥生の報告を聞いた恭弥は、珍しく少し驚いたような口ぶりだった。
「誰の差金も無いのに捜索願を出していない彼の判断は、興味深かったからね。風紀委員も何度か行かせていたけど、適当にはぐらかされてばかりで、僕が出向かなきゃならないかと思っていたところだったんだよ」
「そうだったんだ。山本のお父さん、ボンゴレリングの件も知ってるみたいだった。話せる人が来るのを待っていたのかも」
「あの派手な指輪か……持っていれば、また強い人と戦えるんだっけ」
「あー、うん、まあ……たぶん、そう……?」
 ディーノ辺りがそう言いくるめたのだろうか。まあ、嘘ではないだろう。
 恭弥は風紀委員を使って町内を捜査したり、警察の捜査情報を引き出したりして。花は並中生を中心に、目撃情報の聞き込みをして。弥生は恭弥、花、沢田家の間の情報を連携したり、放課後には綱吉の家の周りや街中を調べて。
 月曜日に失踪した五人が爆発とともに消えたと言う事以外は、何も掴めぬまま、週末が訪れようとしていた。
 昨日、今日は、公園で隠れていた人物をどうにか割り出せないものかと聞き込みをしてみたが、例の爆発を目撃した人達を当たっても、皆一様に爆発に気を取られて、他にその場にいた人物など覚えていなかった。
 明日、明後日は学校は休み。日曜日はクロームとの約束があるが、この状況でショッピングなんて気分にはなれない。骸にも頼るみたいで癪だが、少なくとも綱吉達の失踪については彼女にも話しておいた方が良いだろう。
 考え事をしながら家路を歩いていた弥生は、不意にぴたりと足を止める。
 ――殺気。
 気付くや否や、弥生は飛び退いた。弥生のいた場所に投擲されるナイフ。そして、ナイフには当たっていないのに切れる脚。
「……っ」
 この武器には、覚えがある。忘れもしない、初めて見た殺し合い。
「しししっ。結構遊べそうじゃん」
 物影からゆらりと姿を現したのは、目元の隠れた金髪の少年。
 ――ベルフェゴール。ヴァリアーの、嵐の守護者。

 襲い来るナイフ。避けても、アレにはワイヤーが付いている。ならば。
 弥生は鉄パイプでナイフを弾き返す。続けて来るのは、上からのナイフ。――これは、ワイヤーを張るのが目的か。
 残らず、弥生はナイフを叩き落とす。彼の思う場所に刺させはしない。
 この急襲は、綱吉達が姿を消した事と関係あるのだろうか。やはり、ヴァリアーが何か絡んでいるのか?
「ししっ、速い速い。でも残念ー」
 ベルフェゴールの言葉と同時に、グッと鉄パイプに負荷が掛かった。
 叩き落としたはずのナイフから伸びたワイヤーは、いつの間にか弥生の鉄パイプを絡め取っていた。
「落とす先もちゃーんと計算してたんだよね。だって俺王子だもん」
「そう。こっちもこれを待ってたよ」
 鉄パイプを握る手に力を込める。手足の側に張られたワイヤーが身を刻むのも構わず、力いっぱい鉄パイプを引く。
「ウッソ」
 ベルフェゴールがつぶやく。ワイヤーと共に引き寄せられる彼の身体。逃げる間も与えず、弥生はワイヤーを掴み残りを一気に手繰り寄せた。
 離脱しようとする彼の腹を鉄パイプで突き、地面へと叩きつける。そして、彼の顔の横へ鉄パイプを突いた。
 ワイヤーで切れた手のひらから流れる血が、鉄パイプを伝っていく。
「何の用。沢田たちについて知ってる事、全部吐いてもらうよ」
 ベルフェゴールは、笑っていた。ぞわりと怖気が走る。
 彼はボンゴレの暗殺部隊。獄寺があれだけてこずった相手だ。タネを知っていたとは言え、弥生がこうも簡単に負かせる相手なはずが無い。
「しししっ。ちょっとからかってみるだけのつもりだったけど……楽しくなって来ちゃったなあ」
「う゛ぉおおい!! そこまでだぁ!!」
「やっぱりここにいた」
 新手だ。弥生はベルフェゴールから離れ、鉄パイプを構える。相手は三人。綱吉達は行方不明。果たして、弥生一人で捌き切れるか。
「邪魔するなよ。これから楽しくなるところだったのに」
「お前、何しに来たのか忘れたんじゃないだろうなあ!?」
「何だっけ」
「案の定だね」
「まあいいや。つまらない仕事なら、そっちで済ませといてよ。俺はアイツの女で遊んでるから」
「は!? 誰の……っ!?」
 聞き捨てならない言葉が聞こえて、弥生は抗議の声を上げる。
「あれ? 違うの? 仲良さそーだったじゃん。アイツ死にかけた時、泣いてたって聞いたし」
「泣いてない! 君達、本当に何しに来たの!?」
「そうだあ!! 九代目からの伝言を伝えに来たぞお!」
 弥生は構えていた鉄パイプを下ろす。今の彼らに殺気は無かった。
「……伝言?」

 ボンゴレ十代目、沢田綱吉とその守護者を含む周辺人物が複数行方不明になっている事件については、イタリアのボンゴレ本部まで話が届いていた。
 本部の方でも行方を捜索しているが、手掛かりは掴めていない。いずれも自ら消息を断つ準備は見られず、何者かに拉致された可能性が高い。
「――あるいは、消滅だなあ」
「消、滅……」
 ヴァリアーは、ホテルの一室を仮の拠点にしていた。一室と言っても最上階、複数の部屋からなる、いわゆるスイートルームだ。
 罠の可能性も考えたが、杞憂だったらしい。弥生は応接間のように大きな机と椅子の用意された部屋へと通され、意外とまともな招待を受けていた。
 応接間には、ヴァリアーの守護者の面々。XANXUS自身はここにはいないのか、どこかの部屋に引きこもっているのか、姿が見えない。
「紅茶で良かったかしらぁ」
 大空の戦いでベッドごと運び込まれていた男が弥生の前にカップを置いたが、手をつける気にはなれなかった。
 消滅。
 その二文字が、頭の中で点滅する。思い出されるのは、恭弥の話。街中で、煙と共に突然複数の少女達が消えたという、目撃情報。
「ボスの炎以外に、彼らを瞬時に消す事ができるとは思わないけどね。それくらい、誰も彼も突然消えて足取りが掴めない」
「確認するけど、君達じゃないんだよね?」
「ハイハイ、この流れ何回目ー」
 ベルフェゴールが、離れた椅子で不機嫌そうに足を投げ出して揶揄する。
「私、一回目だけど」
「君以外にも多くの人が聞いてきたのさ。あれだけの事があった後だからね。当然、僕らに疑いの目が向いた。謹慎中で監視付きとは言え、僕がいれば欺く事も可能だからね。
 だけど、僕らは誓ってこの件には関与していない。今、沢田綱吉を消したところで、僕らには何も利がない」
「腹いせって利はあるんじゃない。実際、やろうとしてたでしょ」
「疑うのも無理はねぇ。信じられないってんなら、話はここまでだあ。だが、ボスの名誉のために言っとくが、アイツはこんな準備もなく、立場が悪くなるだけの悪足掻きをする程馬鹿じゃねぇぞぉ」
「……」
 スクアーロの言う事も、もっともだった。綱吉を陥れ、十代目の座を手に入れるために、あれだけ策を弄していた男だ。このやり方は、らしくない。
「……ひとまずは、信じる事にするよ。じゃないと話が進まないからね。ただ一つ気になってるんだけど」
「何だあ?」
「君達、暗殺部隊だよね? その幹部が総出で、ただの伝言係……?」
「謹慎中だと言っただろうがあ!!」
 どうやら、地雷を踏んでしまったらしい。
「全っ然、殺しはさせてもらえなくて、俺たち溜まってるんだよねー。だから遊ぼうよ」
「遊ばない」
 ぴしゃりと弥生は切り捨てる。
「謹慎中なら謹慎中で、よく伝言なんて任せてもらえたね」
「足取りが掴めなくて、向こうも手一杯だからね。とりあえず仕事を任せてみて、成果を出せれば僕らもまた普段の仕事に戻してもらえる訳だ」
「ああ、つまり、伝言だけじゃなくて実質、現地捜索……」
「そう言う事だあ。他のファミリーだか何だかわからねぇが、あいつらの身に危険があれば助太刀に入る事になっている」
「へぇ。それは……どうも」
 数日前には殺し合った相手と思うと複雑な心境だが、マフィアとはこう言うものなのだろうか。協力体制と聞くと、彼らも同じボンゴレファミリーなのだと思い知らされる。
「俺らとしちゃ、すぐにでも動きがあって殺し合いになってくれると嬉しいんだけどねー」
「縁起でもない事言わないで」
「こっちにいるのは、雲雀恭弥、笹川了平、クローム髑髏の三人だったな。伝言は頼んだぞぉ。ボンゴレ外でも協力してる奴らがいるなら、そっちにも伝えとけぇ」
「えーっ。皆も呼んで直接話しましょうよぉ。どうせ、他に手掛かりも無いんだし」
「お前はあのガキに会いたいだけだろうがあ」
「笹川さんのお兄さんは、妹を探して学校も休んでる。今どこにいるのか分からない」
「じゃあ、場所が分かり次第、捕まえて連れて来ぉい。すぐに話せないなら、マーモン、粘写の結果もこいつに伝えとくかあ」
「もうちょっとメンタル的に耐えられそうな人物と共有したかったけど、仕方がないね。
 雲雀弥生、僕には粘写と言う能力があって、標的の位置を確認できる。行方不明の八名について、これを使って居場所の特定を試みた」
「え……!」
 重大な手掛かりだ。弥生は身を乗り出す。
 弥生の正面に座るスクアーロが目を伏せる。ベルフェゴールも、紅茶の男も、ずっと壁際で黙り込んだままの大男も、何も言わない。沈黙の中、マーモンは重々しく結果を告げた。
「結果、彼らの位置情報は『無し』。彼らは今、この地球上に存在しない」
「……え?」
 存在しない。
 それは――それでは、彼らは。
「もっとも、霧の守護者もこの方法を使った時、特定できなかった。六道骸レベルの術士または特殊な事情により防がれているという可能性もゼロではないけどね」
 フォローするように付け足された台詞は、意味を持たない音として流れているようだった。


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2022/01/23