天気は最悪で、華恋達はびしょ濡れになりながら玄関ホールへ入って行った。各寮の席に着く同学年やその他の生徒達の流れからは外れ、マクゴナガルの後について行く。華恋もこの場で、新入生と共に組み分けとなる。
背の低い一年生の中にぽつんと紛れ込んでいる華恋は目立ち、嫌でも生徒達の目を引いていた。
帽子が歌い出す。華恋は何処に入るのだろうか。一年生の組み分けを眺めながら、色々と考えていた。
自分でも、グリフィンドールとは合わない気がしている。ネット上のチャートのようなもので調べた時は、レイブンクローだった。果たしてあの結果の通りなのだろうか。
ホイットビー・ケビン、ハッフルパフで一年生の組分けは終わる。ダンブルドアが、華恋の編入を簡単に説明をする。
「ポッター・カレン!」
名を呼ばれ、華恋は立ち上がった。
No.4
帽子を被ったが、原作のハリーのように顔が隠れる事は無かった。当時のハリーは十一歳。現在の華恋は十四歳。当然と言えば、当然の話である。
何処を向いても誰かと目が合ってしまう。目のやり場に困った華恋は、大広間の扉をじっと見つめている事にした。
「ふむ……」
本当に頭の中に聞こえて来た事に、感動すら覚える。
「君は、ハリー・ポッターと双子のカレン・ポッターだね? まさに、双子の弟と同じだよ……」
それは、華恋もグリフィンドールへの適正があると言う事だろうか。予想外の話だった。
「勇気に満ちている。頭も非常に賢い。忍耐強さも備えている。随分と狡猾でもあるようだな……。君も、スリザリンに行けば偉大になれる可能性があるね」
別に偉大になりたいとは思わない。
――あ。でも、八階まで上がるのは大儀かも。
ふと、そんな事を思う。帽子の無言の呆れが伝わってくるかのようだった。
「――ふむ、君はこの寮への適正が強いようだ」
やはり、レイブンクローなのだろうか。
しかし、帽子は叫んだ。
「スリザリン!!」
広間は、水を打ったようにしんとしていた。
――……はい?
華恋は呆然としていた。
確かに、グリフィンドールに入れるとまでは思っていなかった。だが、それにしても。この組分けを、誰が予想しただろう。
生徒達も、教師陣も、皆、騒然としている。誰もが、グリフィンドールへの組分けを信じて疑っていなかったのだ。両親も、ハリーも、グリフィンドールだったのだから。
「ポッター……席へ」
真っ先に我に返ったマクゴナガルが、スリザリンの席を示した。
華恋は、とろとろと空いている席へ着く。
スリザリンのテーブルへ向かいながら、原作の主要人物達に目を向ける。トリオも、ドラコも、唖然としている。教師陣を見た。まず、スネイプのもの凄く嫌そうな顔が目に入った。ハグリッドは、驚きのあまり口が塞がらない様子だ。
ブルーの瞳と合い、華恋は僅かに身を引いた。ダンブルドアは、心の中まで見透かすような何とも形容しがたい目で華恋を見ていた。どうにも、居心地が悪い。スネイプの憎悪に満ちた視線の方が、ずっと楽だとさえ思った。……恐らく、ダンブルドアの中では華恋の姿がリドルと重なっているのだろう。
ダンブルドアの視線は一瞬だった。華恋が席に着くと、ダンブルドアは立ち上がり、両手を大きく広げて歓迎し、微笑んだ。
「皆に言う言葉は二つだけじゃ。思いっきり、掻っ込め」
こういう校長だと、こう言った場では楽で良い。
そして、料理が現れる。
華恋はいつものように黙々と食べていたかったが、そうはいかなかった。「ポッター家からスリザリンが出た」と言う事が、大きな衝撃を与えているようだ。言わば、シリウスの逆バージョンである。尤も、シリウスの弟は双子ではなかったが。
「私、パンジー・パーキンソンよ。本当に驚いたわ。貴女はグリフィンドールだろうと思っていたから」
「どうして?」
わかりきった事だが、他にどう返せば良いのか思いつかなかった。
「だって、貴女の弟はグリフィンドールだもの! ポッター家は血を裏切る旧家で有名なだけあって、代々グリフィンドールなのよ――あら、ごめんなさい。貴女もポッターだったわね」
全く反省の色の無い、寧ろ嫌味っぽい謝り方だった。だが、こう言うものは気づかないふりをするのが無難だと華恋は知っている。
「別に構わないよ。私、今まで違う苗字だったから、自分の事を言われたような気はしないし。
私は、自分がグリフィンドールとは思わなかったなぁ……。グリフィンドールっぽくないって事は、わかってたからね」
「ウィーズリーの所と違って、双子でも全然ちがうのねぇ」
フレッドとジョージのような双子の方が、なかなかいないタイプだと華恋は思う。
役者の演技もあるが、アズカバンの囚人の映画でのあの二人には、本当に拍手ものだった。思わず「凄い!」と口に出たほどだ。思い返してみれば、その言葉がハリーの、地図に対しての「凄い!」と重なった。やはり、双子は息が合うものなのだろうか。映画の場合は、違う人だが。
「ポッター。まさか、君がスリザリンに入るとはな」
「ハアイ、ドラコ!」
パンジーはやはり、ドラコに夢中らしい。
華恋は淡々とした口調で返す。
「ポッターだとハリーもいて紛らわしいから、カレンでいいよ」
「じゃあ、カレンと呼ばせてもらおう。スリザリンの評判を落とさないでいてくれる事を願うよ」
既にスリザリンは評判が悪いと思うのだが、華恋の思い違いだろうか。
そしてそこで、思い当たった。違う。彼は、マグル出身者――例えばハーマイオニーとは、あまり付き合うなと言いたいのだ。彼女だけではない。ウィーズリー家であるロンも含まれるのだろう。
だが忠告を受けずとも、ハーマイオニーともロンともあまり馴れ合う気は無かった。お節介も、無神経も、親しくはなれそうに無い。
――でも、ね……。
「私はそこまで仲良くするつもりは無いけど、ハリーと双子だから自然と一緒にいる事になる事もあるかもね。それに、この際、ハッキリさせておくけど」
華恋はスリザリンのテーブルを見回し、声を張り上げる。
「私はスリザリン生だけど、純血主義者じゃないから。それだけは言っておく」
厳然と言い放った彼女の声は、朗々と響き渡った。華恋の、学校生活の幕開けだ。
食事の味付けはどうにも濃くて辟易したが、デザートはおいしい物ばかりだった。この時には皆も話しかけるのを止めてくれていて、華恋は黙々と食べ続けた。
デザートが終わると、ダンブルドアが立ち上がった。確か、クィディッチは無いと言う連絡だったか。
ダンブルドアの話を適当に聞き流しながら、華恋は教員席を見回す。偽ムーディの姿が見当たらない。いつ来るのだろう。
「さて、皆よく食べ、よく飲んだ事じゃろう。いくつか知らせる事がある。もう一度耳を傾けてもらおうかの。管理人のフィルチさんから皆に伝えるようにとの事じゃが、城内持込禁止の品に、今年は次の物が加わった。『叫びヨーヨー』、『噛み付きフリスビー』、『殴り続けのブーメラン』」
華恋は原作を思い出し、はっとする。六巻でハーマイオニーが「『噛み付きフリスビー』は禁止されているわ」と言っていたのは、ここの部分の事だったのか。つくづく、ハーマイオニーの記憶力に感心する。
禁止品は四百三十七項目。一応、後で見に行こう。
そして話は、「禁じられた森」へと移る。入るなと言われると、入りたくなるものだ。迷路の時期は、近付こうとも思わないが。第一の課題の前も同様。ドラゴンの餌になるのは、真っ平御免である。
「先生方も殆どの時間とエネルギーをこの行事の為に費やす事になる。しかしじゃ、わしは、皆がこの行事を大いに楽しむであろうと確信しておる」
「君はさっき、何も答えなかったな。エントリーするのか?」
――ダンブルドアの話し中に話してるの、君だけだよ、ドラコ……。
呆れながらも、華恋は小さな声で答えた。
「しない。まだ十四歳だから」
それから、ダンブルドアをちらりと見て「黙れ」と軽く合図する。
ドラコは年齢制限の事は知らないらしく、少し首をかしげつつ、また視線をダンブルドアに戻した。ダンブルドアは、ちょうど話を遮られたところだった。
偽者のご登場だ。
「『闇の魔術に対する防衛術』の新しい先生をご紹介しよう。ムーディ先生です」
華恋は一応、音の出ない拍手をする。周りに合わせるつもりだったが、逆に拍手をした方が目立ってしまった。この年は、こんなに反応悪かっただろうか。
数少ない動きを捉えた偽教師と目が合ってしまう。
スリザリンに入った華恋を見て、死喰人はどう思うのだろうか。ありえそうなパターンは二つ。一つは、「計画は変更せず。ヴォルデモートの元へ」。もう一つは、「スリザリンなら話がわかるだろう。仲間に引き入れようとする」。どちらにしても、面倒臭そうだ。
華恋も選手にされてしまうのだろうか……。憂鬱になりかけ、華恋は気がついた。
――……サボれば良くない?
結局は、自分の意思だ。
「今年、ホグワーツで、三大魔法学校対抗試合を行う」
「ご冗談でしょう!」
叫んだのは、フレッドか。それともジョージか。
「ミスター・ウィーズリー、わしは決して冗談など言っておらんよ。
とは言え、せっかく冗談の話が出たからには、実は、夏休みに素晴らしい冗談を一つ聞いてのう。トロールと鬼婆とレプラコーンが一緒に飲み屋に入ってな――」
マクゴナガル先生の大きな咳払いが響く。
「フム――しかし今その話をする時では……ないようじゃの……」
ダンブルドアはやや拗ねたような素振りを見せながらも、話を戻す。
軽口は良いが、余談で話が伸びるのは嫌いだ。
「どこまで話したかの? おお、そうじゃ。三大魔法学校対抗試合じゃった……。
さて、この試合がいかなるものか、知らない諸君もおろう。そこで、とっくに知っている諸君にはお許しを願って、その間、知っている諸君は自由勝手に他の事を考えてよろしい」
考えてよろしい。つまりは、喋るのは駄目だと言う事。当然だろう。私語が飛び通っては、話が聞こえなくなる恐れもある。
しかし、スリザリンには近くの席の子とコソコソ話しだす生徒が多々見られた。反ダンブルドアの生徒達だろう。
ダンブルドアは、三大魔法学校対抗試合について話し出す。代表選手の最終候補生が来るのは、十月。ハロウィーンの日に選考。賞金は千ガリオン。そして、年齢制限。
顔を顰めるドラコを見て、華恋は心の中で笑っていた。
そして話は終わり、華恋はスリザリン生の流れに乗って寮へ向かった。
スリザリンの寮への入り口は、地下室にある。どうにも陰気な雰囲気の漂う入口だ。
中は、落ち着いた緑をベースにしたデザイン。真っ赤だと描写されているのグリフィンドールではなくて、良かったかも知れない。
華恋の荷物は、階段をずっと上がった所にあった。
――ちょっと待て。
確か、一巻でのハリーの部屋も、階段をずっと上がった所だった。グリフィンドールの談話室は、八階にある筈だ。ホグワーツは、一体何階まであるのだろう……。
「カレンも同じ部屋なのね。よろしく」
既に中にいたパンジーが言った。
「うん、よろしく」
濃緑の天蓋付きベッドが部屋の中に五つ置かれていた。恐らく、どの寮も形は同じで、色違いなのだろう。
「ねぇ、カレン、本当にエントリーしないの?」
「しないよ。それに、ダンブルドアだって言ってたでしょ。年齢線を引いてるって。貴女も、止めといた方がいいよ」
「私はエントリーするつもりないわ――でも、ドラコはきっとエントリーするわよ。だって、ダンブルドアなんかが何かしたくらいで怖気づいたりしないもの」
「まぁ、髭ドラコってのも見てみたいけど……」
「え? 何?」
「別に。おやすみ」
「ええ、おやすみ」
窓の外から、嵐の音が聞こえる。外は、華恋達が来た時より更に酷くなってるらしい。
ふと思った。
年齢線を無理に越えようとした際のペナルティを髭にしたのは、仲間が欲しかったのだろうか……。
2009/11/23