一人でコンパートメントを独占して。
 迎えのいないホームに降り立って。
 私は、誰もいない家へと帰っていく。





No.4





 特に何もしない日々。
 いつも思う。こんな時に何かあったら、私は死ぬのだろうと。周りには、助けてくれる人なんて誰もいないから。私の病気に薬なんて無いし。
 いつか。その「いつか」は、何れやってくる。近い内に。
 五年、もった。一年と言われて、五年。あと一年、一日、一秒でももつか如何かという毎日。

 開け放された窓から、すいーっとふくろうが入ってきた。
 ふくろうは手紙をぽとりと私の足元に落とすと、窓から飛び去った。
 あぁ、OWLの結果ね……。あんな状況でもOWL試験を行ったのは奇跡的な事だわ。
 結果なんて、見なくても分かっている。だって、外で走り回ったりする事も出来なければ、つるむ相手もいないから、いつも勉強してたもの。
 皮肉な事だわ。
 将来がある人達は、今、楽しむ。何かに落ちた人だって当然いるだろう。その反面、テストの結果なんて関係無い人が、全てに合格。
 私の中のもう一人の私が、疑問を投げかける。

 私は如何して生きるのだろう?

 ……生きたいからよ。

 こんな人生を?
 ……そうよ、黙って。

 たった独りの人生を生きたいと言うの?
「黙れぇぇっ!!
……っ」
 また、発作。

 私、もう直ぐ駄目なのかしら……。

 嫌だ。死にたくないの。
 生きたいの?
 そうよ。こんな人生でも、生きたいの。たった独りでも。死ぬのは、嫌だから。
 それに、ね。
 死ぬと、もうリドルに会えないのよ。

 学期の最後、彼の寂しそうな笑顔。

 彼は、これからも生きるのよ? なのに、あんな寂しげで。そんなの、悲しいじゃない。
 私の孤独は、短くて済む。もう直ぐ終わる。
 でも、彼は。
 彼はそれが、ずっと続くんだわ。そんなの、悲しいじゃない。私に何か出来るとは思わないけれど。でも、傍にいたい。いてあげたいんじゃないの。
 変なの。彼は、私を嫌いなのに。彼は、私を殺したがっているのに。
 私は、彼を好きなんだわ……。





 赤い汽車。
 今年も、ホグワーツへ向かう。
 六年目……。今年が終わって、私はまた、このホームに立っているかしら。私はまだ、生きているのかしら。

 ……あ。
 リドルが、ホームに入ってきた。早速、女子生徒達がわっとリドルに駆け寄る。私は、あの中に加われない。だって、私は嫌われているもの。マグル出身だから。まぁ、純血主義者以外にも嫌われている訳だけど。でも、大元は親がマグルだったからだわ。
 だから、私は――





 今年も組分けで、新入生が入ってくる。
 私の席の周りは、私が「スリザリンの継承者」だと思われていなくったって空いている。自然、私の周りは新入生ばかりになる。
「ねぇ、あの先生、なんて言うの?」
 一年生が、私に話しかける。
 示す先には、派手な紫のローブを着た鳶色の髪の先生。
「ダンブルドアよ」
 そして再び、食事に戻る。然し一年生は、再度私のローブを引っ張った。
「何の教科の先生?」
「五月蝿いわね。授業が始まれば分かる事でしょう」
「……」

 毎年。毎年。こうやって、人は私から離れていく。
 いいのよ、離れていけば。
 私はもう直ぐ死ぬ。そうすれば、孤独も終わり。
 でも、誰かが傍にいたら。その人は私が死んだ時、少なくとも寂しさを感じてしまう。

 ――そうだわ。
 だから。
 だから、私は誰の傍にもいる事は出来ない。

 リドルは今年も、優等生の仮面を被り、愛想を振り撒いている。
 私は。
 私は彼の幸せを願う限り。私は、これからも彼の傍にいてはいけないんだわ――





 入学前。まだ、私の命が短いものだと知らなかった頃。私に家族がいた頃。私の夢は、不穏になりつつあるこの世界の皆に、幸せになってもらう事だった。
 別に、そんなに素晴らしい子だった訳ではない。私の家は、少なからず裕福だった。でも、その反面、厳しい生活をしている人もいる。そんな人達に、学校で妬まれ、関係も無いのに八つ当たりをされるのが嫌だった。だから。
 ただ、それだけ。
 でも、その為には何でもしようって思った。例え、それによって命が奪われる事でも。生きている人達が私に害を与えなければいい、なんて。

 自分が魔女だと知った時。私は、心の中でガッツポーズをした。
 だって、他の皆よりも、私には力がある。

 そして家に帰れば、誰もいなかった。

 独りになった。
 そして新学期が始まって直ぐ、戦争が始まった。この年が終わって帰れば、きっと近所の人達からの八つ当たりが学校の頃よりも酷い事だろう。
 嫌だ。もう、嫌なの。
 だから、戦争を無理矢理でも終わらせてやる。
 非国民だと言われても。

 どんな手段を使っても。

 だから帽子の判断は、正しい。
 私は、自分を守る為に、どんな手段を使ってもって思ったのだから。
 家族はいない。もう、守ってくれる人はいない。私は、自分で自分を守らなきゃ。
 だから、仮面を被った。己を守る為に。





 デザートが消え、夕食が終わった。生徒達は次々に席を立つ
「一年生は僕について来て! 寮へ案内します!」
 リドルの声だわ。いくら優等生を演じているとは言え、よくやるわよ……。
 席を立つ。
 途端に、またしても発作が襲った。私はその場にしゃがみ込む。
 周囲はざわついていて、誰も私の異変になんて気がつかない。
「如何したの!? 大丈夫!?」
 誰……? 私に気がつく人がいたの……?
 視界はぼんやりしていて、顔を上げてもよく見えない。
 音もよく聞こえなくなってきた。
 私……もう、駄目なのかしら……。





 目を覚ました場所は、やっぱり医務室。
「やっと目を覚ましたね。本当に、よく倒れる奴だ」
 声がして横を見れば、そこにはリドル。
「なっ!? リドル!? 如何して!!?」
 リドルは薄く笑う。
「へぇ。君が慌てる所なんて、初めて見たな。やっぱり、女の子として他人、それも男に寝顔を見られたってのは嫌なのかな?」
 私の場合、それがリドルだから慌ててるんだけど……。
 でも、そんな事言えない。

「別に。私を殺すって言ってた貴方がこんな所にいるから、驚いただけよ。ベッドの横になんて座って、殺すって言うより、まるで看病をするかのようじゃない?」
「僕だって君の看病なんてしたくもないね。ただ、校医が急用で呼び出されたんで、たまたま医務室の前を通りがかった僕が代わりに見とくよう頼まれたんだ」
「八方美人っていうより、寧ろヘタレね」
 私の言いように、リドルはあからさまに顔を顰める。

「でも、別に横の椅子に座る必要は無かったんじゃない? 別に、校医が帰ってくるまで医務室にいとけばいいのでしょう?」
「君がうなされていたから」
「……え?」
 リドルは、明らかに後悔をするような表情。
「君がうなされていたからだよ。だから、本当に大丈夫なのかって……」
「目の前で苦しんでいる人がいるから気になったって言うの? そんなんで本当に自分の手で殺せる訳?」
 マートルを殺したのは、スリザリンの怪物。恐らく、バジリスク。
 それに、苦しむ姿は見ないで済む。苦しむ前に、その人は死ぬから。
「まさか、私を殺すって言うのも、バジリスクを使う訳?」
「そこまで気づいてるんだ? でも、違うよ。君、ここが魔法界だって事を忘れてないか?」
「あぁ……そうね」
 ここは、魔法界。殺すのだって、魔法を使えば一撃。「アバダ ケダブラ」その一言。「磔の呪文」は別にあるから、きっと「死の呪文」は一瞬なんでしょうね。

 会話が途絶える。
 私は、気になっていた事を聞いてみた。
「私が倒れた事に気づいたのは――リドル?」
「違うよ。一年生だ。名前は何て言ったかな……。その一年生が僕に知らせて、寮監と一緒にここへ運んだ」
「……そう」
 落ち込んでいる私がいる。
 馬鹿な私。リドルが、私なんかを見てくれていたと思ったの?
 馬鹿よ。
 そんな筈、無いのに。
 私は嫌われているのよ? 「殺す」とまで言われているのよ? なのに、そんな筈無いじゃない。本当に、馬鹿だわ……。

 ガラリと戸を開ける音がして、校医が入ってきた。
「ああ、起きたのですね、ルイス。リドル、ありがとうございました。もう行っていいですよ」
「はい」
 リドルは立ち上がり、出口へ向かう。
 ……あ。
「……ありがとう!」
 突如叫んだ私に、リドルは不可解な顔をして振り返る。
 あ。
 そりゃ、そうよ。私、仮面を被ってるんだもの。その私がお礼を言うなんて、変な顔をするに決まってるわ。
「た、頼んでなんかいなかったけど! でも、貴方だって私なんかを見なきゃいけなくて、不愉快だったろうから!」
「別に。僕は監督生だから」
 リドルは笑顔で言う。今、この場には、校医がいるから。
「お大事にね」
 リドルは笑顔でそう言って、医務室を出て行った。

 如何してかしら。好きな人の笑顔なのに、嫌なの。
 あれは、偽物だからだわ……。
 校医がいるから、偽の笑顔を見せる。
 そう。
 リドルは、私と二人でいる場合、本当の表情をしてくれる。それは、闇に包まれているけれど。でも、私には本当の表情を見せてくれてるんだわ。他の女子生徒は知らない顔を。
 ほんの少し、優越感を感じる。本当の顔を知っていても、嫌われていたら元も子もないのだけれど。
 それでも。
 その、本当の表情で笑ってほしい。私はそう思えるんだわ。


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「 闇の仮面と光の仮面 」 目次へ

2006/12/16