「もしもし。高松英一君のお宅ですか? 私、四年C組の佐藤忠行の姉です。忠行がいつもお世話になってます。
あの、忠行がそちらへ行ってませんでしょうか――そうですか……失礼しました」
 ここも、違う。これで、もう私の思い当たる家は無い。
 一体何処をさまよっているの?
 私は、外へと飛び出した。





No.4





 無事、到着!
 うわーっ、初めて一人で電車に乗ったー。
 俺ん家や学校の最寄り駅。そこから二駅の所で、俺は降りた。
 ここまでは順調。後は、家が見つかるか如何か……。まぁ、いざとなったら交番で道を尋ねればいいし。自分の現在地さえ把握しとけば、問題無いだろ。
 レッツ・ゴー!





 公園。大型スーパー。図書館。思い当たる所は、全て捜した。でも、見つからない。
 如何しよう。学校に連絡入れたほうがいいのかな。
 如何しよう……忠行が、このまま帰ってこなかったら。お父さんがいなくなって。お母さんもいなくなって。忠行まで。嫌だ。お母さんがいなくなっても、忠行がいてくれたからそんなに寂しい思いはせずに済んだ。
 一人は嫌だよ。
 忠行、何処へ行ってしまったの? 如何してリドルの為にそこまでするの? 私は如何しろって言うの?
 家に帰ってたりしないかな……。
 そう思い、家へと帰る。もう、何処を捜したら良いのか分からないから。家へ帰っても、きっと忠行は帰っていないのだろうけれど。





 腹が減ったから、コンビニに立ち寄った。そう言や、夕食まだだったんだっけ。
 ポケットから小銭を取り出して、所持金を確認する。うん、おにぎり二個は買えるかな。何にしよっかな〜?
「……君の家は、学校の傍だと思っていたんだけど」
「うわっ!!?」
 突然声をかけられ、飛び上がりながら振り返った。
 そこにいるのは、捜していた人物だった。
「見つけた――――――!!」
「何だよ」
「今日、泊めて!」
「……はぁ?」





 家に帰っても、やはり忠行はいなかった。私は荷物もそのまま、椅子に座って途方に暮れる。
 如何しよう。
 忠行まで、出て行ってしまったの?
 如何して? お父さんも、お母さんも、忠行も、皆、何処へ行ってしまったの?
 如何して。如何して、私はここに残されるの。



 どれぐらい、そうしていただろう。
 突然、家の電話が鳴った。私はのろのろと受話器を取る。
「……はい、もしもし」
「夕紀? 僕だよ」
 リドル!!
 まさか……。
「まさか、貴方が忠行をさらったの!? 狙いは何!!?」
「まさか。彼が自分から来たんだ。やっぱり、夕紀は知らなかったんだね。知ってたら止める筈だもんね」
 それは、本当に忠行の意思なのか。それとも罠なのか。
「忠行、リドルの家にいるの……?」
「そうだよ。駅前のコンビニで会ってね。地図はファックスで送るから」
 それだけ言って、電話は切れた。
 如何すればいい?
 決まっている。
 忠行が自分の意思で行ったのだとしても。リドルの罠だとしても。

 行かなきゃ。





 トムの家に行くと、誰もいなかった。親は今、出かけているらしい。
 そうか。だから、俺が親の事を聞いた時奇妙な間があったんだ。
 それから暫く、お喋りして。俺が寝たふりをしていると、玄関のチャイムが鳴り響いた。
 来たか?
「忠行は!?」
 夕紀の声だ。
 心配させちゃったな。でも、こうでもしないと夕紀はトムを避けてばっかだし。
 トムが何か話している。それから、夕紀の声。とりあえず、無事だという事は分かったらしい。
 部屋の扉が開いた。
「寝ちゃったみたいなんだ。明日は休みだし、仕方が無いから僕が預かるよ」
 何だよ、トムだって同い年のくせに。
「……そう。……何が目的なの?」
 まったく、夕紀はまだトムを警戒しているのか。
「何も目的なんかないさ。僕だって、こんな餓鬼を預かるなんて不本意だ」
 ……何だ?
 トムが、おかしい。
 そうだ。口調だって、夕紀やその友達の千尋には敬語だったじゃないか。
 それに、「餓鬼」って。同い年なのに。

 同い年……なのか?

 扉は閉じた。
 二人は居間へと行ったらしい。俺は、こっそり起き上がった。





「あの子から聞いたんだけど、夕食の買出し中に出て行ったそうだね。って事は、夕食、まだなんだろう? コンビニ弁当しかないけど」
 リドルに差し出された弁当を無視し、私はリドルから目を離さない。
「如何いうつもりなの? どうしてこの世界に来たの? 何が目的?」
「それ、本当に聞きたいかい?」
「脅しで誤魔化されたりなんかしない。何が目的なの? 如何して、私達姉弟に近付いたの?」
「勇気があるね。君、絶対グリフィンドール向きだ。まぁ、言い換えれば無鉄砲だけど」
「はぐらかさないで」
 奥歯を食いしばりながら、目の前に座る小さな男の子を睨み付ける。そうでもしていないと、震えだしてしまいそうだから。
「リドル、お母さんの名前を知っていたよね? お母さんと何か繋がりがあるって事? 『時空管理人』って何?」
 リドルは口の端をきゅっと持ち上げて笑った。

「へぇ。なかなか鋭いじゃないか。――そうだよ。君達の母親、佐藤有紗がこの件に深く関係している。僕は、彼女の所為でこの世界に来たんだ」
「……お母さんの、所為……?」
「そう。この世界に来たのは、僕の意思じゃない。有紗は時空管理人だ。でも、本人はそれを望んでいなかった」
「待って。その『時空管理人』って何なの?」
「その名の通り、時空を管理する人々の事さ。僕だって詳しくは知らない。ただ、時空を移動したり曲げたりする事が出来る」
「つまり……お母さんが、リドルをこの世界へ送ったの? 『召喚』?」
「それとはちょっと違うと思うけど。それどころか……そう、恐らく事故だろうね。考えてご覧よ。彼女が、我が子の元にヴォルデモートを送ったりなんてすると思うかい?」
 私は首を振った。そんな事、する筈がない。
 って言うか、お母さんは何者なの?
 私の心を読んだかのように、リドルは言った。
「彼女は、元々この世界に住んでいた。そして、この世界で言う『ハリポタの親世代』にトリップしたんだ」
「え……!」
「それが何故だかは分からないけど、多分、彼女が時空管理人である事と関係しているんだろうね。こちらにある本を読んだけど、僕はボージン・アンド・バークスをやめたんじゃない。その日に、1970年代――君達が言う親世代に飛ばされてしまった。
……彼女がトリップした際、時空が歪んだからだ」
 えーと。
 つまり、お母さんがトリップして、それと同時刻へとリドルもトリップしたと?
「彼女は、僕の存在に気がついた。そして、僕は元の時代へと送り返されたんだ」
「それが如何してここにいるのよ?」
「それから直ぐ、再びここへと来てしまった。今年の四月の事だ」
「え……」
「分かるだろう。有紗が消失した時、僕はその時の時空の歪みに巻き込まれ、この世界へ来てしまったんだ」
 つまり……。
「お母さんは、再び異世界トリップしたって事……?」
「恐らくね」
 だから。
 だから、何の手掛かりも見つからなかったんだ。

「もちろん、お母さんの意思じゃないんだよね?」
「そりゃあそうだろう。彼女が自分の意思でトリップしたのなら、僕が歪みに巻き込まれるなんて事は無かった筈だ。これで、僕が君達に近付いた理由も分かっただろう? 君たちは彼女の子供だ。同じように力を受け継いでいるだろうと思った。でも、如何やらその思惑は外れたようだね」
「なら、如何してまだ忠行の傍にいるの?」
「君達の傍にいれば、有紗が戻ってきた時、分かるだろう? もしかすると、その時の歪みで元の世界に帰れるかもしれない。だから、暫くは君達の周りにいるつもりだよ」
 それじゃあ、リドルは何もこちらに危害を加えるつもりは無かったんだ……。寧ろ、忠行の世話はしてくれるし。こうして、自分のために買った筈のお弁当もくれるし。
 そんなに悪い奴でも無いのかな……。
 あれ?
「先週、文化祭に来たのは如何して?」
「それはただ、夕紀の反応が面白いだろうと思ったからだよ。それから、有紗が僕を元の世界に返さないようなら、君たちを人質にするつもりだからそのつもりでね」
 前言撤回!
 こいつ、最低!!
「僕が汚らわしいマグルなんかに善意だけで近付く筈が無いだろう?」
「勝手に開心術使わないでよ!!」

「それと、もう一つ情報があるんだけど。情報って言うより、思い当たった事がね」
「……何?」
「君達の父親の事さ」
 お父さんの事……?
「でも、私には何の記憶も無い。なのに、何が分かるって言うの?」
「記憶が無い、って事が一つの情報になるんだ。父親がいなくなったのは何歳の頃?」
「私が六歳の頃。忠行がお母さんのお腹にいた頃だもの」
「普通、六歳の頃まで一緒に住んでいた父親の記憶を失うかい?」
「でも、思い出せないんだもの」

「若しかすると、君は『忘却術』をかけられたのかもしれない」

 ……はい?
「何の為に?」
「もしかすると、君達の父親は僕達の世界の人物なんじゃないかな。もっと言えば、『本』の登場人物」
 如何いう事……?
「幼い子が、自分の父親が『本』の登場人物なんて知っていたら、危なっかしいだろう? ましてや、その本人はいなくなってしまったと言うのに。だから、父親も元の世界へと帰ったのかもしれない」
「じゃあ、私と忠行はハーフ?」
「その可能性は高いね。父親が日本人だったら別だけど。でも、それ以上は分からないな。君達はどちらも母親似だから」
「そう……」
 暫く俯いて黙り込み、私は顔を上げた。
「じゃあ、私、帰る。忠行の事、本当に頼んで大丈夫なんだよね?」
「大丈夫だよ。無意味に殺すなんて、ただ単に人質が減ってしまうだけだしね」
「……じゃあ、お願いね」
 大丈夫だ。
 そう、直感した。何となく、だけど。

 リドルは、忠行を信頼している。

 本人は、そうと気づかぬ内に。ただ、目的の為に傍にいるだけじゃなくて。友情……って言っていいのかな? それに近いものが、あの二人の間に生まれつつある。そんな気がした。





 夕紀が席を立って、俺は即、部屋へと戻っていった。
 如何いう事だよ。何、トリップって?
 リドルって……ヴォルデモートって……。
 それは、外国のベストセラーの本に出てきた悪役。本は読んでいないけど、映画は夕紀と千尋に連れて行かれて見た。
 トムが、あのリドルやヴォルデモートだって? 異世界からやってきたって? お父さんは本の登場人物だって? こんなの、予定外だ。
 だから、夕紀はあんなにもトムを警戒していたんだ。トムは、ヴォルデモートだから。
 ヴォルデモートって……悪者じゃないか、殺人者じゃないか。
 嘘だろう!?


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2006/12/15