選択教科は、夏休みの間にマクゴナガルからふくろう便が来て、予め決めておいた。華恋が選択したのは、「魔法生物飼育学」と「数占い」。ハーマイオニーが何度も「いい授業だ」と言うものだから、どんなものなのか気になったのだ。
初日の一時限目は、変身術だった。難しく、厳しい。それが、華恋が感じた印象だった。元の世界のように、授業中に絵を描くなんて論外だ。とは言っても、眠気覚ましに、羊皮紙の端に少々書き込んだが。
二時限目は、呪文学。フリットウィックは本当に小さい。ハグリッドが半巨人ならば、フリットウィックは半小人だったりするのだろうか。教科書の内容を予習していたのは正解だった。魔法は、わりと書物で何とかなるようだ。
そして、グリフィンドールと合同の「魔法生物飼育学」。
No.5
「カレン。一緒に行きましょう」
「うん」
華恋は、パンジーと並んで歩く。少し前には、ドラコの後姿が見えていた。
「カレンったら、どの授業も先に行っちゃうんだもの……。よく、道がわかったわね?」
「早い人たちについて行ってたから」
「貴女、もう少し誰かといた方がいいわ。孤立するわよ」
「別にいいよ」
元の世界でも、移動教室は一人だったり近藤がいたりだった。一人には慣れている。寧ろ、誰かと一緒の方が面倒なぐらいだ。普段、誰かと一緒に行ると、待ってればいいのか、先行った方がいいのか、分からなくなってしまうから。
だが、パンジーには分からないようだった。
「よくなんかないわ。それでグリフィンドールの人達なんかと一緒にいるようになったら……」
「今学期は放課後、ハーマイオニーに勉強を教えてもらう約束をしてまーす」
「何ですって!?」
「そんなに驚くような事でもないでしょう。私は純血主義者じゃないんだから」
「ホント、カレンって『いい子』なのねぇ」
また、嫌味だ。この言葉は、元の世界でも言われた事がある。
「そんな事ないよ。マグルの所にいた時は勉強サボり気味だったし、手伝いなんて頼まれてもやらなかったし……」
またしても、気付かないふりをして謙遜した言い方でもしておく。
だが、こう何度も嫌味を言われては言い返さなくては腹の虫がおさまらない。
「パンジー。一つ、忠告してあげる。ドラコに好かれたかったら、私なんかといる訳にはいかないと思うよ」
「どういう事?」
「私、ドラコには嫌われてるっぽいし。それに貴女、忘れてない?」
「何をよ?」
態々言わなければわからないのか。
華恋から言うつもりはない。自慢のようで言いたくない。
ドラコの家は皆、死喰人。ポッター姉弟を恨んでる筈ではないか、と。
「ねぇ、何を?」
こんなに頭の鈍い子だったのか。
失礼な事を思いながら、華恋は話を逸らした。
「あ、着いたみたい。あれかな? 最初の授業の生物は」
「ちょっと、話をそらさな――」
今だけは、尻尾爆発スクリュートが素晴らしいと思う。
ドラコはまたしても憎まれ口を叩いていた。呆れを通り越して、感心する。よく、そこまで憎まれ口が思いつくものだ。
「おやおや。何故僕達がこいつらを生かしておこうとしているのか、これで僕にはよくわかったよ。火傷させて、刺して、噛み付く。これが一度に出来るペットだもの、誰だって欲しがるだろ?」
「可愛くないからって役に立たないとは限らないわ。ドラゴンの血なんか、素晴らしい魔力があるけど、ドラゴンをペットにしたいなんて誰も思わないでしょ?」
ハグリッド以外はね、と華恋は心の中で呟く。
「それに、今年はTTTがあるから、何が役に立って何が役に立たないかなんて、わからないと思うけど?」
口を挟んだ華恋に、ドラコは眉を顰めた。
「君は、スリザリンだろ」
「だから何? 事実だもん。それに、役に立つって確定してもいないつもりだけど?」
「……」
微妙な言い方は結構得意だ。何せ、一学期の期末で全く勉強しなかったのに、国語だけは九十点以上だったぐらいである。
そして午後の授業はとうとう、「闇の魔術に対する防衛術」。
「そんな物はいらない」
授業が始まるなり彼の言葉に、生徒達はきょとんとする。
華恋も例外ではなかった。
「教科書だ。しまってしまえ」
――あれ? こいつもだっけ?
でも確かに、「禁じられた魔法」を見せるのに教科書は必要ない。
偽先生は出席簿を取り出し、一人一人の名前を読み上げる。生徒が答える度に、魔法の目がぐるりと動く。それは、直接見ると何ともおぞましい姿だった。正体を知っていると、尚更嫌悪感が込み上げる。
名前を呼び終えたとき、ドラコが注意された。机の下で、別の作業を行おうとしていたらしい。
そして、「禁じられた魔法」の実践を次々と見せる。
「インペリオ」――華恋は、対抗する事が出来るだろうか。魔法をかれられた事もなく、全く感覚が分からない。
続いて、「磔の呪文」。不意に、以前見た夢が思い出される。
ヴォルデモートに操られ、リーマスを焼殺。
あの時は、その人達は本の中の登場人物たちだった。でも、今は実在している人達だ。
――嫌だ。
絶対に嫌だ。殺しなんて、したくない。絶対に、服従の呪文に対抗できるようにならなくてはならない。あの時は夢だと知ってホッとしたが、今は不吉な予感が渦巻くばかり。正夢なんて、絶対に嫌だ。
「占い学」を取れば良かった、と思う。水晶玉に何も見えなければ、確実に才能が無いとわかれば、ただの夢だって思えるのだから。
「では、三匹目……『アバダ ケダブラ』、死の呪いだ」
ボンヤリしている内に、もう偽先生は蜘蛛を瓶から取り出している。
リリーとジェームズ、華恋の本当の両親の死に方……。
「アバダ ケダブラ」
緑色の閃光と、死の轟音。
そして光と音が途絶えた時、蜘蛛はもう死んでいた。
女子達が悲鳴をあげる。
――そっか。二人は、こんな風に死んだんだ……。
華恋はそっと、額の傷に触れる。
華恋も生き残っていると言う事は、巻き込まれたにしてもリリーは、華恋も命がけで守ろうとしてくれたと言う事だ。
華恋は、愛されていた。
樋口家の親は、本当の親では無かった。それをしみじみ感じて、何だか悲しかった。
「反対呪文は無く、防ぎようがない。これを受けて生き残った者を、わしは二人しか知らない。一人は、今わしの前に座っている」
偽者が、華恋の目を覗き込んだ。
華恋は無表情で見返す。
こうして誰かと目を合わせるのは、久しぶりだ。人と話す時でも、相手の目とは少し視線を外していた。いつ、その事に気がついたのだったか。
その後、偽教師が死喰人の癖に警告をして、「許されざる呪文」についてノートを取って、授業は終了した。
その次の授業は、魔法史。
華恋は羊皮紙の切れ端に絵を描いていたが、ビンズは気付いているのかいないのか、全く咎める事はなかった。人によっては、どうどうと眠っている者もいる。
この教科は教師の話を聞くと睡魔が襲い掛かってくる。自習に当てた方が良いだろう。
玄関ホールは、夕食を待つ生徒で溢れかえっている。
ハリー達を見つけたが、構わず後ろから並んだ。声を掛けたところで、特に話す事も無い。
「ウィーズリー! おーい、ウィーズリー!」
ドラコは気付かれるまで繰り返し名を呼ぶ。必死だな、と華恋は思う。
反応するロンの方も、敵対している相手だと言うのに優しい奴だ。
ドラコが手にしているのは、リータ・スキータの記事のようだった。低レベルな挑発にあきれ返る。
「そうだ、カレン、君は夏休みにこの連中の所に泊まったそうだね? それじゃ、教えてくれ。ロンの母親は、ホントにこんなデブチンなのかい? それとも単に写真映りかねぇ?」
話を振られたくなかった。
「ってか今、『ロン』って呼んだね。いつの間に名前で呼ぶようになったの? 喧嘩するほど仲がいいって事?」
からかってみると、ドラコはなかなか面白い反応を見せてくれた。
「つっ、つられただけだ!!」
「君に名前で呼ばれるなんて、最悪だなぁ」
後は三人でやっていて欲しい。低レベルな罵り合いが始まり、華恋はハーマイオニーの方まで下がり傍観を決め込む。
ハリーが背を向けた途端、ドラコは魔法をかけようとした。しかしそれは外れ、偽教師が現れる。
――えーと、この後、何だっけ?
華恋はドラコの吹っ飛ばされた先を見た――白いケナガイタチがいる。なかなか可愛らしい。ドラコには勿体無いぐらいだ。
そこで、華恋は思い出した。弾むケナガイタチだ。
気がついた途端、ドラコは弾みだした。
華恋はドラコが天井にぶつかった瞬間に真下へ行き、キャッチする。腕の中のイタチを見下ろす。……ドラコと言うのが嫌だ。
華恋はそれを、クラッブに押し付けた。
「……絶対に、あの先生の杖が直接させる所にドラコを出すなよ」
クラッブはノロノロと、ドラコを背中に隠す。
「邪魔をするな!!」
「……恨むなら、親を恨んだらいいじゃないですか。親と子供は同一人物ではありません。一緒にしないで下さい」
華恋だって、ジェームズと一緒にされて、スネイプに憎まれるのは嫌だ。
スネイプは、樋口の方の母と重なる。あの人も、親で子供を判断した。近藤なんて大して「友達」とは思ってなかったが、それでも嫌だった。親が自慢話をするからと、子供も同じような目で見るなんて。どうして、大人にはこんな人が多いのだろう。
「ムーディ先生!」
マクゴナガルが慌てて駆け寄って来る。
クラッブが差し出して、ドラコは元の姿に戻る。
華恋は開いた大広間へ、そそくさと入って行った。ハーマイオニーに、勉強を教えてもらう約束をしている。約束の時間に遅れる訳にはいかない。
こちらへ来てから、何故か英語を喋る事も読む事も出来るようになっている。マグルの学校では、あれ程英語に苦心していたと言うのに。
ハーマイオニーが図書館に入ってくるのが見え、華恋は「ホグワーツの歴史」にしおりを挟んで閉じる。ハーマイオニーは華恋を見つけると、足早にこちらまで歩いてきた。
「ごめんなさい、カレン! 待たせちゃったかしら? ロンが五月蝿くって……」
「『スリザリン生なんかに教える必要は無い!』って?」
「うん、まぁ……そんな所。それに貴女、マルフォイを助けたでしょう? それも、怒ってて……」
「あれ以上やったら、死んじゃうと思うけど……」
「私だってそう思うわ! でも、貴女も危ない事はしないでちょうだい! マクゴナガル先生がいらっしゃったから、助かったものの……ああ、恐ろしい」
「そうだね。じゃ、ハーマイオニー先生。お願いしま〜す」
説教よりは勉強の方がずっといい。
今日は、「魔法史」を集中的にやった。ビンズよりも、ハーマイオニーの方が分かりやすい。
「じゃあ、これで三年生の十二月までの『魔法史』は完璧ね」
「えっ? これだけだったの?」
四年生のビンズの授業を聞く限り、三年生の授業も大変だとばかり思っていた。やはり、あの教科はやっぱビンズの所為もあるようだ。
「あと、『闇の魔術に対する防衛術』の事なんだけどね。この教科、去年は実技ばかりだったのよ。私はルーピン先生みたいに魔法生物を手に入れる事は出来ないし……ごめんなさい」
「いいよ、別に。何とかなるって! 今年のだけでも、結構凄いしね」
「今年? 私達、木曜日まで『闇の魔術に対する防衛術』の授業が無いのよ。どんなのだった?」
「実技。って言うか、実際の魔法を見せてもらった」
「禁じられた呪文」を。
華恋の本当の両親の死に方を。
華恋は異世界にいた分、ジェームズやリリーが親だと言う実感が未だに無い。けれど、ハリーは大丈夫だろうか。
……否、関係ない。他人の事だ。他人の事までいちいち気にしていたら、きりが無い。ハリーを心配するなら、ネビルも同じなのだから。華恋が知らないだけで、他にも多くいる事だろう。
「ねぇ、ハーマイオニー」
「何?」
「もし、ムーディの授業の後でロンが無神経な事を言うようだったら……直ぐに止めてね」
「え、ええ……」
頷きつつも、ハーマイオニーは怪訝気な表情だった。
寮へ帰ると、パンジーが飛んできた。
「カレン! また、授業の後一人で行動して……でも、聞いたわよ! ドラコを助けたんですってね!!」
「え、助けたって言うのかな……?」
「あのムーディ相手に、睨みを利かせたそうじゃない!! 流石よ! やっぱり貴女、スリザリンだわ!」
一体、どういう基準なのだろう。パンジーにとってはドラコが基準か。
そこへ、ケナガイタチもといドラコがやって来た。
「カレン」
「何?」
本当、何なのだろう。この威圧的な言い方は。
「……まぁ、頼んだ事ではないのだが……一応、礼を言っておく。ありがとう」
華恋はぽかんとしていた。予想外の事だった。まさか、ドラコが礼を言うとは思わなかったのだ。
「余計な事をするな」とでも言われるのだろうと思った。
「……何を驚いているんだ」
「いやぁ……君が『ありがとう』なんて言うとは、何とも意外で」
「僕だって旧家であるマルフォイ家の長男だ。礼儀ぐらい、わきまえている」
確かに、躾は厳しそうだ。
「それに、それだけじゃないしな」
意味深なドラコの言葉に、華恋は目をパチクリさせる。
「でも、まあ、君の事は見直した。これからよろしく頼むよ、カレン・ポッター」
ドラコが手を差し出した。
華恋はきょとんとした顔でその手を見つめる。そして、握手を求めているのだと思い当たった。どうも、慣れない。
華恋はぎこちなくドラコの手を握った。
「こっちこそ、よろしくね」
やはり同じ寮なのだから、仲良くとはいかずとも、穏便に過ごすに越した事は無い。
2009/11/29