「忠行。今度の休み、姉さんが仕事の休み取れたんだ。それで、遊園地連れて行ってくれるって」
「マジ? 行く、行く!」
「あと忠行さ、トムと仲良いだろ? 誘ってくれよ。姉さんが会いたいんだって」
「え……それは……」
「そう言えば最近、佐藤、トムといねーよな。喧嘩でもしたのか? 前はあんなにトムに懐いてたくせに」
「別に、そういう訳じゃないんだけど……」
ちらりと見れば、トムは女の子に囲まれていた。トムは笑顔で対応している。
感じた違和感。
トムはやっぱり、同い年じゃなかったんだ。それどころか、この世界の人じゃなかったなんて。トム・サトウって名前も偽名。
トム・リドル
――ヴォルデモート
No.5
あれから、俺は何だかギクシャクしてしまっていた。思わず、トムを避けてしまう。
だって。ヴォルデモートだったなんて。知らない方が楽だった。一体、どんな顔して話せばいいんだよ。
確か、「秘密の部屋」の五十年前、リドルが部屋を開けてマートルを殺した。若しかしたら本に載っているのは、それだけじゃなかったのかもしれない。だから、夕紀はあんなに警戒していたんだ。
多少悪い事でもしたんだろうと思っていたけど。まさか、殺人をしていたなんて。夕紀がトムへの警戒を解くように仕向けたつもりだったのに。予定外だよ。
「佐藤!」
「あっ、え、何?」
「今、聞いてなかっただろ」
「あ、うん。ごめん」
「佐藤は如何するんだ? マラソン大会、一緒に走るか? 高松は一人で走るってさ。俺達は一緒に走るつもりなんだけど」
「あぁ……俺も、一人で走るよ」
何だか、気が引けるんだ。
俺だって夕紀に言っといて、トムを避けているから。それで他の皆とつるんでるなんて、なんかズルイって言うか……ね。
十一月になった。あれから、全くトムとの仲は改善されない。
このまま離れて行っちゃうのかな……。そう思うと、少し寂しい。嫌だよ、そんなの。このままじゃいけない。だって、今はトムは何もしていないのに。こんな、絶交みたいな状況になるなんて。
そうだ。本当に友達だと思うのならば、俺がトムをこちら側に引っ張ればいい。
やり直しのチャンスを与えたっていいじゃないか!
しかし、気づくのが遅かった。
もう、俺は完全に今までの仲間の元に戻ってしまっていて。トムは女子軍団の真っ只中にいて。話す機会なんて無かったなんて言ったら、言い訳だけど。でも、そうだったんだ。
「よーい」
号砲と共に、俺達は一斉に駆け出した。
マラソン大会。殆どの家は、母親が見に来ている。俺はその観客達から目を逸らしながら、前だけを見るようにして走った。
校門を出て、ばらつき始めた時だった。誰かが横に並んだ。
――トムだ。
「話すのは久しぶりだね、佐藤君」
「……今、話す必要も……無いと、思うんだけど……」
疲れるから。
如何して、トムは息が乱れないんだ?
「でも、他の時だと確認する機会が無いからね」
そう言って、にっこりと笑った。
そして、俺の腕を掴み、強制的に回転した。
次の瞬間、俺とトムは、緑の中に立っていた。
「え……ここって……」
「そう。学校の近くの土手だよ。ここならコース外だし、人があまり来ないからね。あんまり遠くへ行くにしても、君が失敗して足だけその場に置いてけぼりになっても大変だし」
何の事だか、さっぱり分からない。
やっぱり……魔法?
「これは、一体――」
「答えろ。あの話、聞いていたのか」
いつものトムじゃなかった。
あぁ、やっぱり。
やっぱり、こいつはヴォルデモートなんだ。非日常的な事が、俺達の周りで起こっているんだ。
「……うん。聞いた」
「――そうか」
トムは、それだけ言って黙り込む。
……黙ってたら、分からないじゃないか!!
「言ってくれれば良かったのに!!」
俺は叫ぶように言った。トムは目を丸くして振り返る。
「如何して隠してたんだよ! 俺は別に、そんな事で絶交したりなんかしねーよ!」
「『そんな事』って――」
「だって、トムは今、誰も傷つけてないじゃんか! なのに、如何して!? 避けてごめん。俺、ただ、混乱してただけなんだ。――例えトムがリドルで、ヴォルデモートだとしても、俺は絶交なんてするつもり無い!!」
トムの顔には、何の表情も無かった。本当に、俺達みたいな普通の小学生とは違うんだ、って思わされる。
「今は、確かに何もしていないね。でも、これから僕は、沢山のマグルを殺す予定だ」
「させない! トムがこの世界にいて、俺が傍にいる限り、そんな事決してさせない!!」
「口では何とでも言えるさ。君なんかに僕を止められる筈が無い。この、闇の帝王ヴォルデモート卿を!」
そう言って、トムは口元をきゅっと上げて冷たく微笑んだ。
嫌だ。
トムのそんな顔、見たくない。
「トムは……如何して、マグルを殺すの?」
「マグルなんて汚らわしい。そんな奴ら、この世にいる資格も無い」
「それで、自分の手を血に染めるの? 本当にマグルを憎んでるの? だったら、如何して俺を家に泊めたりするんだよ!?」
「あの話を聞いたのなら、分かっているだろう。君はマグルじゃない」
何だって……?
「今、『付き添い姿現わし』をしたんだ。これは『姿現わし』の一つだから、当然、魔法使いでなければ出来ない。君達の父親は『本』の登場人物の可能性が高いと言っただろう。あの『本』に登場するのは、殆どが魔法使いだからね。それなら、君達の父親だって魔法使いの可能性の方が高い。したがって、君も魔法使いなんだ。さっきので確信した」
「でも……本当に憎んでいるなら、態々学校に来る必要も無いんじゃない? 家に押し入ったりとかさ。近所に住むだけって手もあったよね? 本当は、マグルを恨んでる訳じゃないんじゃないの? 本当は一体、誰を恨んでるの? 何があったの? マグル全般を恨んでるんじゃなくて――」
「五月蝿い!! 餓鬼のくせに知ったような口を利くな!!」
「餓鬼だから、知ったような口を利くんじゃないか!!
本当に知っていれば、何も言わないよ!! 大人だったら、もっと考えてものを言う!! でも俺は子供だから! 子供の内しか、自分の思った事を簡単になんて言えないだろうから、こうやって遠慮なく言うんだ!」
「……言っている事が支離滅裂だという事に気づいてるかい?」
「支離滅裂で結構! 俺はトムを友達だと思ってる! トムと絶交なんてしたくないし、トムにこれ以上殺しなんてさせたくない! こんな子供で何が出来るのかって自分でも思うけど、それでもトムの為なら全力を尽くすんだ!!」
「……」
トムは無表情で、呆れているのか、驚いているのか、全く分からない。
絶交なんて嫌だ。だから、さ。
「トム……」
「……勝手にすればいい。僕は、突き放しはしないから」
!
「トムーっ!! 心の友よーっ!!」
某乱暴少年風に叫んで、トムに飛びついた。トムはひらりとかわす。
「くっつくな! 気持ち悪い!」
「えー」
「何だ、その不満そうな目は!」
わぁ……。トムをからかうのって、意外と面白いよ……!
「ほら、学校に戻ろう。きっと皆心配してる」
「うん!」
何となく嬉しくて、トムを力いっぱいど突いた。
「何をするんだ」
トムは何処からか棒切れ(杖?)を取り出して、それで俺を追いやるようにぐさぐさと突く。俺は足元にあった木の枝を拾って応戦。
俺達はちゃんばらをしながら、学校へと帰っていった。まぁ、トムはそんなつもり無いかもしれないけど。
何だか普通の友達同士みたいな感じがして、嬉しかった。
私は家に帰ると、玄関で仁王立ちになって忠行の帰りを待っていた。
家に帰ると、学校から連絡が来たから。マラソン大会中に、道に迷った? 詳しく言えば、目撃した生徒達の話によると、突然消えて、給食の時間になってから学校に戻ってきたらしい。本人は、「道に迷った」と言っている、と。
道に迷った……ねぇ?
一人でリドルの家まで行ったくせに、周りで道を誘導しているような学校の行事で道に迷う筈無いじゃない!!
帰ってきた。
玄関のチャイムが鳴る。私は鍵を開ける。
扉が開いた。
「ただい……ま……」
「おかえり? 行事の最中に、何処か行っちゃったんだってねぇ?」
怒っているのが分かったのかちょっと引いていた忠行だが、その言葉を聞くと何故か顔を輝かせた。
「うん。トムと一緒に、魔法使ったんだ」
……。
何ですと――――――!!?
「『付き添い姿現わし』って言うんだって。夕紀にそうさせたように、俺もトムとちゃんと話した。なぁ、トム!」
え? 「なぁ」って?
扉の陰から、ひょっこりとリドルが姿を現わした。
「あの話を聞いていたみたいでね。それについて、話す機会が無かったから。それとも、教室で皆の前でその話をする方が良かったかな? こんな話が公になれば、夕紀も巻き込まれるだろうけどね。寧ろ、外見では夕紀が最年長だからね。マスコミだの何だのは、夕紀を追うと思うよ」
何?
何なの、その笑顔は!
え、「お邪魔します」とか一応行ってるけど、何勝手に上がってんの!?
って言うか、ちょっと待て。なんか引っかかった言葉があるぞ。何だ……?
そうだ。
「ねぇ、忠行。『夕紀にそうさせたように』って、如何いう事?」
「え?」
忠行はくるりと振り返り、にっこりと屈託無く笑う。
「だって、俺が家出してトムの所に行けば、夕紀はトムと話をせざるを得ないでしょ? ちょっと、仕組んでみたんだ」
「……」
言葉が出ない。
私は、忠行の策略に乗せられたって事?
小学生二人は、私を玄関に残し奥へと行ってしまった。――何なの、あの子達。リドルは兎も角、忠行まで!
2006/12/17