私の大好きなアニメ、『魔法少女まどか☆マギカ』。中でも大好きなキャラクター、暁美ほむら。
 ひょんな事から私は、まどマギの世界にトリップさせられてしまった。そして何やかんやあって、私はほむほむと出会う事に成功した。今、私はほむほむの隣を歩いている。ほむほむと一緒に、見滝原の町を歩いている。
 まるで夢のようなお話。問答無用でトリップさせられた時は不安でいっぱいだったけれど、こうなると話は別だ。トリップ万歳! ほむほむ万歳!
 昨晩は冷たく感じられた町並みも、今は物珍しくうきうきと心が弾みさえする。
「わーっ。あの公園、噴水きれい!」
「あのケーキ屋さん、美味しそう〜っ。毎週金曜日は、女の子二割引だって! 今日って何曜日?」
「あ、この道知ってるー。ここ真っ直ぐ行って左に曲がると、見滝原中だよね。私、昼間言って来たんだ〜。昼間じゃなくて、もう夕方だったかなー」
 ほむほむの袖を引っ張って、私はきょろきょろと辺りを見回す。
 こうして見ると、見滝原っていいもんだ。初めての町を歩くのって、わくわくする。
 私は、ほむほむのセーターの袖をくいっと引っ張った。
「あ、ねえちょっと待って。今のお店の服かわい――」
「上月加奈。あなた、邪魔する気は無いんじゃなかったの?」
 ぴしゃりと冷たい声で、ほむほむは言い放った。
 私は言葉を返せなくなってしまう。……また、はしゃぎ過ぎた。
 だって、無茶だよ。ほむほむと一緒にいて冷静でいろなんて、絶対無理。二次元嫁とリアルデートだよ?
 でも、そんな言い訳なんてできるわけない。私はしゅんとうなだれる。
「十分邪魔になっているわ。あなたが度々立ち止まるせいで、どれだけ遅いペースで歩いていると思う? 邪魔をしないと言うなら、黙ってついて来て」
「……ごめんなさい」
 ほむほむの中での私の印象、最悪だろうなあ……。ほむほむに罵られたい……! とか思ったことも無くもないけど、それでもやっぱり、好きな子には嫌われるより好かれる方がいい。
 暫く歩いて、私たちは大きなマンションの前まで来た。……マンションだよね? これが一軒家とか言わないよね?
 何にせよ、私はここを知っている。――美樹さやかの家だ。
 辺りに、さやかやまどかの姿は見えない。ほむほむは変身すると、近くの木やらマンションの外壁やらを伝って、恐らくさやかの部屋を目指し始めた。
 うん……もうちょっと、人目気にしようよ。
 少しして、ほむほむは戻って来た。
「どう?」
「出かけてるみたいね」
 ……これやっぱ、私が足引っ張ったせいもあるのかなあ……。改めて、罪悪感。
「行くわよ」
 ほむほむは変身を解き、ソウルジェムを掲げる。ほむほむのソウルジェムは淡く、紫色に光っていた。
「他に当てあるの?」
「キュゥべえとの契約云々を知っているなら、魔法少女の役割も知っているんじゃないの?」
「んー……ああ! 魔女狩り!」
 そう言えば、そんな話もありましたね。
 ソウルジェムの輝きで、魔女の居場所が判るって。
 ほむほむは髪を払い、歩き出す。私は慌てて、その後を追いかけた。





No.5





 しばらくの間、私たちは無言で歩いていた。
 我ながら、よく頑張ったと思う。一切ほむほむに話しかけずに、私は彼女のきれいな横顔を見つめて歩いていた。何度か電柱と正面衝突しそうになった。
 その度にほむほむが手を引いて回避してくれて、その手がまたすべすべで、役得とか思ってしまったのは内緒の話だ。
 その度に話す「ありがとう」と、一言、二言。会話を続けようにも、ほむほむが拒否を示すのだから、続けられない。一人でぺらぺら喋り続けたら、また邪魔だと言われかねない。
 だから、頑張った。話しかけないよう、頑張った。
 でも、もう限界。
「ねえ、ほむら……ちゃん」
 さん付け続けると親しくなれないよなと思って、かと言って呼び捨ても何だか気が引けて、まどかと同じ呼び方になってしまった。「それはまどかだけの呼び方よ!」とか言わないでね。
「何?」
 良かった。流石にそこまでまどっち狂ではなかった。
「えーと。あの。メアドとか、知りたいなーって……」
「……」
 ほむほむはじっと私を見つめている。
 そしてふいと視線を外し、言った。
「ごめんなさい。携帯を持っていないのよ」
 嘘だ。私は直ぐ分かってしまった。教えられるほど信用していないから、断るための口実。
 ……なんだか、ナンパに失敗でもしたかのような気分。別に、変な下心あるって訳でも無いのに。
 ふと、ほむほむは足を止めた。一拍遅れて、私も立ち止まる。
「ほむ――」
 尋ねかけて、私は口を噤んだ。
 ほむほむのソウルジェムの光は、淡いまま。それどころか、立ち止まった事で徐々に光が弱まっている。魔女が遠ざかって行っているのだ。
 私達が立ち止まった原因は、音。
 路地裏から、僅かに金属音が響いてきていた。ガキン、ガキン、と金属同士がぶつかり合う音。――まさか。
 ほむほむはタッと駆け出す。私はその後に続いた。
 電灯が少なく、薄暗い路地裏。進むごとに、金属音は大きくなっていく。
 やがて、前方に人影が見えてきた。大きな得物が、街頭の明かりを受けて仄かに紅く輝く。
「杏子……」
 そこにいるのは、杏子とさやかだった。二人の戦いを眺める、まどかとキュゥべえ。このシーンを、私は知っている。
 ほむほむは、キッとQBを睨む。毎度お馴染み、QBは営業真っ最中だ。
 痛々しい音がした。血飛沫が舞う。
 杏子は、空高く跳び上がった。
「これで、終わりだよッ!!」
「わたし……!」
「それには及ばないわ」
 ほむほむは、曲がり角を離れ、まどかの横を駆け抜けて行く。さやかの所まで駆け寄ると、軽々と彼女を抱え上げた。
 ……え?
 私は、上空を見上げる。杏子は、その場に停止していた。――時間が、止まっている。
 直後、時間は再び動き出した。杏子は獲物を掲げて地面へと飛び降りる。しかしもう、そこにさやかの身体は無い。ほむほむは、杏子の着地点からずれた所にさやかを下ろし、少し先に佇んでいた。
 私はようやく、理解した。
 まどかの家に忍び込んでいたとき。「ついて来られるのね」と言ったとき。さやかの家に忍び込んだとき。――彼女は、時間を停止させていたのだ。
 けれども私は、何故か止まらなかった。私の時間は、流れたまま。だからほむほむは、私が危険因子になる可能性があるのではないかと危ぶんだのだろう。
 私にだって、理由は分からない。理由は分からないけれど、私にはほむほむの時間停止能力は効かないらしい。明海は、私にはトリップの潜在能力があると言っていた。だからだろうか。
 さやかがほむほむに襲い掛かって、寸での所で動きを止める。ほむほむは後ろに回り込み、彼女を強く殴りつけた。その時にはもう時間は動いていて、まどかが咄嗟に駆け寄る。
「おい。あんた、一体誰の味方なんだ?」
「私は冷静な人の味方で、無駄な争いをする馬鹿の敵。あなたはどっちなの、佐倉杏子?」
 初対面のほむほむからフルネームを呼ばれて、杏子は驚き顔。……ほむほむ、あなた私と同じ事やってるよ。
 杏子は溜息を一つ吐き、頭に手をやる。
「……まるで手札が見えないとあっちゃねぇ……。今日の所は、退いた方が良さそうだ」
「賢明ね」
 杏子は、彼女らにふいと背を向ける。そして、歩き出した……は、いいんだけど。
 やばい! こっち来る!
 そう思ったも、逃げる時間など無く。杏子が角を曲がって来たところで、私達はばったり鉢合わせしてしまった。私ってば、壁に両手付いて寄り添って、明らかに不審な体勢。
「加奈……」
「あ……あははははっ。こっ、こんな所で会うとは奇遇だね〜ぇ!」
「……見てたのか?」
 真顔で言われて。私は、頷くしかない。
「……そうか」
 短く言って、杏子は背を向け歩き出してしまった。……およよ?

 かける言葉も見付からなくて、ただ黙って杏子の後をついて行く。闇に包まれた町を、ただ無言で私達は歩く。……あ、あれ? 杏子ー。こっち、家の方向じゃないよー。
 心の中でかけた声が届いたみたいに、杏子はぴたりと足を止めた。
「……なんで、ついて来るんだよ」
「えっ」
「なんでついて来るんだよ! 見てたんだろ? さっきの、あたしとあいつの殺し合い! あたしが妙な力を持ってるって、見たんだろ!?」
「え……あ……うん。でも、えーと……帰るんじゃないの? あっ、そっか。若しかして魔女探し?」
 ぽんと手を打ち、私は言った。
 杏子は唖然とした表情。……へ?
「まさか、あんた……知ってたのか?」
「魔法少女とか、魔女とかなら、まあ。別に、妙な力じゃないよ。すっごいじゃん? 要は悪い奴倒してる訳でしょ? ――ああ、うん。あんたは使い魔見逃して魔女だけ狩ってるってのも、聞いたよ」
 そこは聞いてないけど、聞いてた事にしちゃえ。
「でも、それって仕方ないんでしょ? グリーフシード落としてくれないと戦えないし、命に関わるもんねぇ」
 えへら、と笑ってみる。
 杏子は大きく溜息を吐いた。なんでだよぅ。
「――あんた、ほんっとバカだわ」
 言って、杏子は微笑った。


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2011/05/06