『やっぱり・・・・・・貴女は化け物だったのね』

『酷いわよね、お母様も、お父様も。私はマーガレットの味方よ? 例え、勘当されたって』

『お姉様は、化け物の仲間なんです!』



『出せ!! 如何いうつもりだ! 私はお前が仕える家の者だぞ!!』
『ご主人様の命だ』



『マーガレット。出なさい。お前に、学校への入学許可がきた』
『入学許可……?』



『では私、杖を買ってきますね! お姉様、行きましょう!!』

 あの時だ。
 あの時、別れたから。
 それで、お父様は――





No.6





 目を覚ませば、やはりそこは医務室だった。
 布団が、僅かに右に引っ張られているのを感じる。
 見れば、誰かがベッドの横の椅子に座り、ベッド上に突っ伏していた。羨ましくなるような、黒い、サラサラの髪。
「リドル……?」
 彼は、ぱっと飛び起きた。
 反応がよろしい事で。
「何やってるの? また、断れなかったって訳?」
 でも、今は夜中。校医は、医務室の隣の事務室で眠っている筈。態々リドルに頼む必要もないだろうし……?
 リドルは答えない。それどころか、全く違った質問をしてきた。

「マーガレット、病気なんだってね」
「ええ」
 如何して。如何して突然、名前を呼ぶの?
「校医から聞いた。本当は、一年生で死んでたんだってね」
「ええ、そうよ」
「如何して、生きたんだ?」
「……如何いう意味?」
 それは、死んでいれば良かった、ってそういう――
 そうね。リドルは私の事、嫌っているものね。
「勘違いするな。ただ……家族に捨てられ、その状況で、如何して生きてこられたんだ? よほど生きる事に執念が無い限り、こんなにも生きる事は出来ないだろう?」
「だって、死ななかったんだもの。それに、一年生の頃は友達がいた。彼女達は悲しむわ。
言ったでしょう? 悲しむ人がいるから、殺しちゃいけないって。それは、自分の命も一緒よ。
それにね……夢が、あったから」
「夢?」
「ええ。九月……だったかしら。戦争が始まったでしょう? その時、にね。例え、お偉いさんを殺してでも、非国民と言われても、どんな手段を使っても、戦争をやめさせようって。
……なんか、矛盾してるわよね。でも多分、本当に『殺してでも』なんて思ってなかったんだわ」

 そう言うと、リドルはクツクツと笑い出した。
 カーッと赤くなるのが自分でも分かる。
「笑わなくったっていいじゃない! 確かに何も考えちゃいない、幼稚な夢だけど!」
 リドルの笑いは止まらない。
 ……あ。
 リドルが、笑っている。心から。素で、笑っている。
「いや、ごめん。別に、それで笑ったんじゃないんだ。ただ、如何してマーガレットがスリザリンなのかなって思っててね。マーガレットは如何考えても、スリザリンには合わないと思っていたから」
「ええ。そうね。『穢れた血』だものね」
「そういう意味じゃないよ。マーガレットは、どうも狡猾だとは思えなかったからさ」
 ……え?
「でも、違ったんだ。君は、スリザリンにピッタリだよ。そっか。そんな事でも『どんな手段を使っても』は当てはまる訳だ。
それに、考えてみれば、君の仮面もスリザリンらしい考え方だよね」
「え……」
 気づかれた。

 駄目。
 やめて。
 私は貴方が好きだわ。でも、貴方は私を殺すのでしょう? そんな人に、ばれてはいけないの。
「マーガレットは、弱い自分を闇で隠していたんだね」
 駄目――
「僕は君を、己の闇を隠す事の出来ない愚か者だと思ってた。でも、違ったんだ。

仮面をはがした君は、ただの弱くて優しい女の子だ」

「違う!!」
 やめて。
 お願い。
「違う! 違う! 違う!! 私は――――――っ!!」
「ミス・ルイス、如何しました!?」
 医務室の扉が開いた。そこに立っているのは、ホグワーツの校医。
 校医は、リドルをじろりと睨んだ。
「ミスター・リドル。寮へ帰りなさい。この子には、休養が必要です。あれほど頼むから、貴方なら大丈夫だろうと許可したのに、病人を興奮させるなんて――」
 リドルは、つまみ出されるようにして医務室を出て行った。私は苦い薬を飲み、ぐっすりと眠らされた。





 目が覚めて、朝食を食べ、検査を受ける。
 医務室から解放されたのは、昼過ぎだった。

 大広間へ向かう足取りが重い。
 リドルに、ばれた。仮面をはがされた私は弱いって事。どうなってしまうのだろう。病気の事も、リドルは知ってしまった。殺す為の時間がもうそんなに残っていない事を、リドルは知った。近い内に、私は殺されるのでしょうね……。





 大広間へ入ろうとすると、誰かに肩を掴まれた。そのままあっと言う間に囲まれ、私は大広間から少し離れた隣の物置へと連れて行かれた。
 「誠実」である筈の、ハッフルパフ生までいる。七年生の首席や、同学年の監督生達も。
 杖。
 ……無い。そうだ。昨日、「日刊予言者新聞」を見て、大広間を飛び出した。その時、鞄を置いてきてしまった。恐らく、今は寮監が預かっている事だろう。
 如何しよう。
 私は、なんて無力なの。杖が無いと、何も出来ない。
 でも……。でもまだ、仮面が残っている。

「何の用? こんな所に連れてきたりして。如何いうつもり?」
 リーダー格の女の子が、私のこめかみに杖を当てる。
「あら。杖が無いのに、随分強気じゃない? 以前、貴女が私に言った言葉を、そのまま返してあげるわ。
素手ならこの大勢に勝てるか、試してみる?」
 クスクスと、他の女子生徒達が笑う。
 多勢に無勢。絶体絶命だわ。
「理由は何? 今までは、無視が貴方達の手法だったと思うけど」
「まぁっ!! 白けるつもり!? トムに色目を使ったでしょう!!」
「そうよ! おかしな行動をとって、トムの気を引いたりして!」
 ああ……そうか。リドルは、女子達に人気だ。忘れていた。リドルが気にかけてくれて、舞い上がっていて気がつかなかったんだわ。
 何て、愚か。

「さて、と……手始めに、何がいいかしら? やっぱり、これかしらね。――インセンディオ!!」
 私のローブの裾に火がつく。私は慌てて、それを消そうと踏みつける。その様子を見て、笑い転げる女子生徒達。
 悔しい。でも、何も出来ない。
 逃げようと走り出せば、足が縄で縛られた。
 次々と、呪いや、本来人に使うべきでない呪文を唱えられる。
 発作が起こる。苦しさが倍増する。
 朦朧とした意識の中で、聞こえてきた呪文。
「クルーシ――」
 駄目っ!!



 しかし、その続きは聞こえてこなかった。
 その他の呪文も、ピタリと途絶える。
 何……?
 視界が悪く、よく見えない。聞こえてきたのは、リドルの声だった
「君達、僕のマーガレットに何をしているんだい?」
「な……っ! そんな、嘘でしょう……!?」
「ルイス! 貴女、トムに『愛の妙薬』を飲ませたのね!?」
「そこまでするなんて!!」
「僕が、そんな物を簡単に飲まされ、騙されると思ってるのかい?」
 黙り込む、女子生徒達。
 発作がいくらか治まり、視界が戻ってきた。
 リドルが戸口から、一歩踏み出す。
「これ以上マーガレットを傷つけると言うのなら、僕が容赦しない」
 闇を隠していない。

 女子生徒達は怯え、先を争って物置を出て行った。
 私は、よろよろと立ち上がる。リドルが私を支えようとしたが、私はその手を払った。
「如何いうつもり? 何が狙いなの? あんな事言って、変な誤解を招くわよ。それよりは、例え音が聞こえても、気づかないふりをして部屋の前を素通りした方が賢明だったんじゃない?」
「今更だよ、その仮面を僕の前でかぶるなんて」
「放っといて!! もう仮面じゃないわよ! 乱されてるだけだわ! さあ、如何いうつもりか言いなさい!! 私を殺すんじゃなかったの!? あのまま放っておけば、私は発作と呪いで死んだじゃないの!!」
「君を殺しはしない」
「……何を、言っているの……? まさか……っ、ホークラックス……!?」
 しかし、リドルは首を傾げる。
「何だ、それは?」
「違うの?」
「違うも何も、それが何なのか分からないな」
「じゃあ一体、如何いうつもり?」
「別に、ただ、君を助けたいから助けた。それだけだよ」
「気味悪いわ。その優等生面はやめて頂戴」
「じゃあ、単刀直入に言おうか。

マーガレット、僕の彼女になれ」

「……は?」
 何。
 何を言っているの、彼は。
 私に彼女になれ? それは一体、如何いうつもり?
「僕はマーガレットを好きなんだ。優しくて弱いマーガレットを、守りたいと思う。だから――」
 私の両肩に、リドルの手が乗る。
 私は思わず、勢いよくリドルを突き飛ばした。
「何、言ってるの!? いきなりそんな事言われて、信じられる訳ないじゃない! 貴方は私を嫌いなんじゃなかったの!? 私を殺すんじゃなかったの!? こんな、私なんて、可愛くないし、性格だって悪いし――」
「性格は仮面だ。僕が君を嫌いだったのは、仮面をかぶった君を、それが素だと思っていたからだ。本当の君は、決してそんなに酷くない。
頼むよ――僕を、独りにしないでくれ」
 かぁーっと顔が火照ってくるのを感じる。
 そんな目で見ないでよ。断れないじゃない。
 私の気持ちに気づいたの? だから、これは作戦? そう思っても、そんな事を言われると、思い上がってしまうわ。

「マーガレット……」
「……やめて……」
 だって。
 酷いわ。そんな事を言うなんて。
 それは、私にとってどんなに幸福の言葉であるか。
「やめて! そんな作戦は残酷だわ! 如何いうつもり!? 殺すよりも、傷つける方がいいって思ったの!? 最低っ!!」
「最低はどっちだ!!」
 急な事だった。
 私の唇に、リドルの唇が触れた。

 リドルは怒っている。それに気づいた。
 数秒の後、リドルは唇を離した。
 顔は真っ赤だ。
「これでも作戦だとか何とか言うのか!? マーガレットなら、僕が今仮面をかぶっているか如何か、分かるだろう!!」
「……貴方でも、キスに照れるのね」
 そう言う私も、多分真っ赤なんでしょうけど。だって嫌われ者の私には、恋愛なんて無関係だったから。
「……相手がマーガレットだからだ。確かに僕はキスはした事あるけど、それは、好きでもない奴とだから。挨拶みたいな物さ。
で? 返事は」
 私はふっと笑って、そっと口付けした。


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2006/12/22