杏子の昔の家は、本当に一時の凌ぎだった。
杏子に連れて来られたのは、高層ホテル。アニメでも見た、さやかの死体が寝かされていた部屋。
「ここは、電気も水道ももちろん通ってるよ。冷蔵庫やテレビだってある。――どうした?」
杏子は、ぼんやりと立ち尽くす私に怪訝そうに尋ねる。
私は、にっこりと笑って言った。
「ううん、何でも無い。唖然としちゃって。高そうな部屋なのに……いいの、私も?」
「平気、平気。魔法で何とでもなるんだからさ」
「だろうと思った」
私達は、顔を見合わせてにやりと笑う。
……部屋を見て、ベッドを見て、改めて実感した。
彼女達の死が、近付いているのだと。
No.6
「起っきろーっ」
まどっちみたいにして、私は杏子の布団を剥ぎ取る。
うとうとと眠そうに、杏子は目を開ける。そして、不機嫌そうにキッと私を睨んだ。それでもまだ眠そうで、ぼんやりとした表情。
「何すんだよ。まだ寝かせろ……」
奪われた布団を掴むけど、私は手を離さない。
「そりゃ、杏子は学校とか無いのかも知れないけどさ。いくらなんでも、もう十二時だよ。昨日は随分早起きだったくせに、どうしたの」
「昨日であいつの行動範囲は分かったから。放課後に余計な事しないよう、見張ってりゃいいのー。昨日の使い魔もまだ、魔女になってねーだろーしなー……」
なるほど。昨日は、朝からさやかを探して尾行けていたらしい。
杏子は私の手から布団を奪い返し、壁を向いて包まる。
「じゃあ、そのルーキーが暢気に学校行ってる内に、獲物を頂いておくってのは? 毎日のように魔女狩りやってんだもん。一体しかいないって訳じゃないでしょ?」
「それはそうだけど。何も、あたしがあいつを避けて時間決める事ないだろ」
「そうじゃなくって。――ま、いーや。とにかく、起きて。せっかくご飯作ったんだから」
「え?」
杏子は面倒臭そうに、それでもこちらを振り返った。
「だから、朝ご飯。時間的には、もう昼だけど。ほら、ご飯とか食材買ったのに、調理出来てなかったでしょ? ここ、コンロもあったからさ。電子レンジ無くても、湯煎でも温められるタイプだし」
「また余計な事を……」
ぶつくさ言いながらも、杏子は起き上がる。
私は味噌汁をよそい、インスタントご飯の蓋を剥がす。杏子を起こす前に慌てて調達してきた割り箸を、それぞれの前に置いた。
「やっぱり、温かいもの食べるのも大事だしさ。人騙すんだか何だかでお金手に入れるのも、出来ればしない方がいいでしょ? 魔法使うにしたって、そしたら今度はグリーフシード必要になっちゃうし。食事とか、選択とか、掃除――は、ホテルだから従業員の人がやってくれるのかな。とにかく、そういう魔法要らない部分は私がやるよ。杏子に甘えてばっかりって訳にもいかないし」
「……あんた、変わってんな」
「そう? 普通だよ。――まあ実際のところ、『世話してやる訳じゃない』って言われても、私一人じゃ収入も何も無くて、一人で生きる術も知らなくて、どうして良いか判らないんだよね。だから、やっぱり杏子に助けてもらいたいなって」
ちろっと舌を出す。
ごめんね。やっぱ、私一人じゃ無理。
「だからその分、私も杏子に手を貸す。私に出来る事なら、何でもやる。……いいかな?」
杏子は無言で、私を見つめていた。……な、何か言ってくれ。怒ってるの? やっぱり駄目だったか?
杏子は、ふーっと長い溜息を吐いた。
「……あんた、本当変わった奴だな。
いいよ。別にあたしの戦い方に口出す訳でもないみたいだし、あんたの手を借りられるような事があったら、遠慮なく言うよ」
……ほっ。
「ありがと。助かるよ」
「それにしてもあんた、色々知ってんな。加奈も魔法少女なの?」
「ううん。私は違うよ」
「じゃあ、なんでそんなに詳しいんだ? 何者だよ、あんた?」
えーっと……。
「それはその……私、ファンで」
「ファン?」
「そう。魔法少女のファンなんだよねーっ。結界に巻き込まれちゃった所を、とある魔法少女に助けられまして。と言っても、向こうは私がいた事にさえ気付いてたか怪しいんだけどさ。で、その子追う内に色々知っちゃったって訳よ」
「それって、昨日聞いて来た穂村明海って奴? 見つけられたか?」
「いや、そいつは違う」
一緒にしないでくれ。奴はどっちかってーと悪魔とかそう言う類だろ。神様自称してましたけどね!
「一応、昨日会えたよ。向こうも、こっちを探してたみたいで。
帰る方法も、教えてくれた。二週間後に、そのチャンスは来るみたい。……あんま、乗り気しない手段だったなあ」
「何だ、そりゃ。でも、帰れるなら良かったじゃん。帰りたいんだろ?」
「そうだけど……他の人のために行われるものを、利用するみたいな帰り方なんだよねえ。ちょっとなあ……」
「そんな甘っちょろい事言ってたら、いつまで経っても帰れねーそ」
「杏子は、自分が利用されんの、嫌でしょ?」
「何、あたしなのか?」
「いや。杏子ではないんだけどさ。魔法少女の戦いを利用する事になるんだよね」
「戦いって、魔女との? 加奈が利用する事によって、その魔法少女が危険に晒される可能性は?」
「それは多分、無い。回避するから、それについて行けって事みたいだし」
簡単に言えば、そう言う事だよね。
「じゃあ別に、いいんじゃないか? オナモミが人の袖にくっついて行くみたいなもんだろ。そんなんで怒る奴はいないよ」
あー……言われてみれば、合理的かも。理屈は通っている。理屈は通っているんだけど……やっぱり、納得できない。でも、手段はそれしか――あ。
「もう一つ、手段あるか……。ね、杏子。魔法少女になる時の願いって、どんなのでも叶うんだよね?」
私がそう言った途端、杏子の顔つきが変わった。
そして、ふいと顔を背ける。
「――やめとけ。他に手段があるのに、なるようなもんじゃない。帰ろうとしている場所も、壊れちまうかもしれねーんだぞ」
「……だよね。私も、そこまでする覚悟は持てないや」
明海は、私が魔法少女になれば自分の力を借りずに帰れるって言ったけど。
やっぱり無理だよ。私、マミさんみたいな死に方なんて嫌だ。魔女になるなんて嫌だ。戦い続ける自身も無い。魔法少女になんて、なれない。なりたくない。
「解ってんなら安心だ」
言って、杏子は微笑う。
「あんたは、そのままでいればいいさ。暢気で、底抜けに明るくて、お節介で。でも馬鹿真面目な訳でもなくて、結構緩いところもあって」
あれえ? 私これ、結構酷い事も言われてないか?
「でもそんなあんただから、会ったばかりの筈なのにそんな気がしないのかもな。まるで、ずっと一緒にいたみたいだ」
「そう……かな?」
「ああ。――さて、と」
杏子は机に手を突き、立ち上がる。
「食い終わった事だし、魔女探しがてらゲーセンでも行くか?」
2011/05/14