騒ぐような人の少ないスリザリンでさえ、その日は少しざわついていた。
 夕方にはボーバトンとダームストラングが来る。他校の生徒がホグワーツを訪れるなんて、滅多に無い事だ。
 スリザリンの生徒達は、特にダームストラングに関心があるようだった。





No.7





 「魔法薬学」の早めの終業ベルが鳴ると、華恋は飛ぶように歩いて教室を出て行った。真っ直ぐにスリザリン寮へと向かう。自室に荷物を置くと、マントを着ながら踵を返し部屋を出て行く。向かう先は、玄関ホールだ。
 こういう時、グリフィンドールでなくて良かったと思う。八階まで上っていたら、絶対に間に合わない。スリザリンならば、教室と寮が同じ階である上、玄関ホールまで階段一階分しか無い。
 玄関ホールに辿り着いた所で、後ろから声が掛かった。
「カレン! 一人で行動しないでって言ってるでしょう!!」
「あぁ、ゴメン」
 パンジーは走って追いかけたのか、息が切れている。華恋はずっと歩いていたと言うのに、大分差が開いていたらしい。どうやら、少し教室を出るのが遅くなっただけで、かなり混んでしまったようだ。ハッフルパフも地下、グリフィンドール生も同じ授業、そして地下にはあまり広い廊下は無い。考えてみれば、当然だろう。
「ついて来たまえ」
 スリザリン生はセブルスについて行き、城の前に整列した。
 日本に比べ、イギリスは寒い。今日は特に寒い気がする。マフラーも持って来れば良かったと後悔する。それとも、持ってきたら怒られていただろうか。
 華恋は手袋をした手をポケットに突っ込み、身を硬くし震えながら、代表団の到着を今か今かと待つ。
 どれ程経ったろうか。ダンブルドアが手を翳し、言った。
「ほっほー! わしの目に狂いが無ければ、ボーバトンの代表団が近付いてくるぞ!」
 高揚や興奮ではなく、苛立ちが大きかった。
 もっとスピードが出ないものだろうか。早く広間に入りたい。
「カレン。貴女、じっとしてられないの?」
 寒さを紛らわす為に足踏みしたり、手を揉んだりしている華恋を見て、パンジーが呆れたように言った。
「日本の十月はこんなに寒くないの!」
 ハリポタ世界を甘く見ていた。
 何か良い呪文は無いかと考えるが、思い当たらない。インセンディオは燃える呪文だから、こんな場面で使う訳にもいかない。持ち運べる炎の出し方を、ハーマイオニーに聞いておくべきだった。
 やっとボーバトンが到着する。
 ゆっくりと降りる踏み台に、華恋は苛々としていた。
 一人目は、マダム・マクシーム。自称、骨太の校長だ。
 ダンブルドアの拍手に、華恋も音の無い拍手をする。挨拶なんて、簡単に済ませてしまえば良いものを。
 兎に角早く温まりたい。最早、華恋の頭にはそれしか無かった。

 しかし、ダームストラングがなかなか来ない。
 ――もー駄目! 寒い!
 見れば、現地の子達でさえ震えている。
 指先の感覚が無くなってきた。去年辺りから冷え性になってしまったのか、日本でも手足が冷えやすい。
 この場で炎を貰おうかとハーマイオニーを捜したが、遠い所にいて声を掛ける事が出来ない。火が恋しい。
 辺りを見回して、マフラーをしている子もいる事に気がついた。ますます、持って来なかった事が悔やまれる。
 その時突然、後ろからマフラーがかけられた。――ドラコだ。
「え! いいよ、大丈夫だって!」
 何より、パンジーの視線が痛い。
 しかし気がついているのか否か、ドラコは言った。
「遠慮するな。目の前でずっと動いていられる方が目障りだ。君は身長が高いのだから、動いていたら目立つぞ」
 あまり頑なに断っても悪い。仕方無く、好意に甘えて置く事にする。
「……ありがと」
 睨んでくるパンジーに引けを感じながらも、華恋は呟いた。
 そして漸く、ダームストラングが到着する。クラムの登場に、パンジーも横でキャアキャアと騒いでいる。
 兎に角、華恋を睨む事を忘れてくれたのは良かった。





「ねぇ、カレン。羽ペン持ってない?」
 後ろを歩いているドラコの話し声に耳を傾けていたパンジーが、急に聞いてきた。
「羽ペンは無いけど、シャーペンなら。マグルの筆記具だけど、ドラコが使うかな?」
「……使わないわね」
 昨日、トリップした時の制服のポケットから発見した物だ。ポケットにあったのは、このシャーペンと生徒手帳。どうせなら、ハリポタ大辞典でもあれば良かったのだが。生徒手帳なんてあっても、使い道は何処にも無い。
 ダームストラングの生徒は、スリザリンの席に着いた。
 ドラコは身を乗り出すようにして、クラムに話しかけている。
 華恋はマフラーを外したものの、返すタイミングが掴めない。
 ――まあ、いっか。後で。
 生徒達が全員座ると、教職員が入場した。ダンブルドアが歓迎の挨拶をして、食事が現れる。原作によるとイギリス以外の料理もあるそうだが、どれがどれだかさっぱり分からない。
 いつも通り、周りの人の食べている物とその反応を見て、お皿に盛って行く。
 いつも通り、ドラコは父親に聞いて既に知っている事を自慢げに話す。
 いつも通り、それに一々反応するパンジー。
 他校の生徒が増えても、何ら変わらない。





 様々なデザートを食べ尽くすと、ダンブルドアが再び立ち上がった。三大魔法学校対抗試合の応募方法について、説明をする。
 ダンブルドアの説明を軽く聞き流しながら、華恋はこれから先の事に考えを巡らせていた。
 クラウチJr.の行動に、どうやって手を打ったものか。出来る事なら、選手にさえなりたくない。華恋に対しては別の作戦を考えてくれてたら良いのだが、用心に越した事は無い。
 ――どうするか……。
 まず思いついたのは、「教師も入れられないようにしてはどうか」とダンブルドアに持ちかける事だった。だが、奴は「服従の呪文」を使える。上級生を利用して入れるかもしれない。そうなれば、何の意味も無い。入れられた名前からその人の年齢を判断して……なんて魔法をいきなりかけろと言うのは、酷だろう。
 ダンブルドアが話し終え、皆席を立ち始めた。
「行くわよ、カレン」
 パンジーの言葉に、クラムがパッとこちらを向いた。
「……カレン? カレン・ポッター?」
 クラムの視線が、じっと額に注がれた。ダームストラングの他の生徒も、華恋の額を見ている。
 今まで気づいていなかったのかと、華恋は呆れる。
 ――どうせ私ゃ、影が薄いですよ。
 そこへカルカロフがやって来て、華恋は視線から開放された。
 カルカロフは、ダームストラングの生徒達にこの後の行動を説明する。
「行こ」
 今の内、と華恋はパンジーを引っ張ってスリザリン寮へと向かった。

 ドラコにマフラーを返していない事に気づいたのは、消灯後の事だった。


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2009/12/06