「ヴォルデモートって、如何?」
トム・マールヴォロ・リドルのアナグラムで。
「何だい、唐突に」
「だって貴方、自分の名前、嫌ってるでしょう?」
私の言葉に、リドルは目を丸くした。そして、ふっと笑う。
「ほんと、君はよく僕の事が分かるよね。ヴォルデモートか……いいね」
いつまでも。いつまでも、この日々が続けばいいのに。
でもね、そんな訳にはいかないの。
No.7
突然の苦しみに、私は喘ぎ胸を押さえる。
「マーガレット!? 大丈夫かい!!?」
発作が起き、彼の腕に捕まる。
「最近……ほんと、多いわ、よね……」
「喋っちゃ駄目だ」
私……もう、駄目なんだわ……。
私は寿命を感じていた。
一年と言われて、五年と四ヶ月、か……。それはきっと、奇跡的な事。
でも。でも、ね。
「私……死ぬのは、嫌なの……」
ここは、彼の見つけた隠し部屋。こんな所にあるなんて、私も知らなかった。きっと、誰も知らない。この部屋には、私達だけ。
「ずっと、今か、今かって思って、覚悟は出来てるつもりだったんだけどね……」
それでも。
怖いの。貴方と別れるのが。
私はまた、独りになるの?
ううん、それより。私は、貴方が独りになってしまうのが怖い。貴方の為なら、どんな手段を使ってでも生き延びたい。
選択授業の後だった。僕は、マーガレットが倒れた事を知った。
彼女がもう長くないであろう事は気づいていた。
でも。そんな、まさか。こんなに唐突だなんて。
最後に会いたかった。
「マーガレット!!」
医務室に飛び込むと、校医が慌てて「しーっ」と言った。
「先生……マーガレットは」
「そこで眠っていますよ。もう、皆と一緒に授業を受けるのは厳しいでしょう。彼女……そろそろでしょうね。本人にも話しました」
そう言いながら、校医は一つだけ閉められていたカーテンを開けた。
マーガレットは目を開けていた。
「まったく……。貴方が大声で叫ぶから、起きちゃったわ」
その強気な口調にホッとし、思わず笑みが漏れる。こんな時でも、仮面をかぶれる君は、やっぱり強いのかもしれない。
「それじゃ、邪魔者は退散しますね〜」
校医は冷やかすような口調で言って、医務室を後にした。
あの事件の所為で、既に僕とマーガレットの事は全校に広がっている。
優等生のトム・リドル。嫌われ者のマーガレット・ルイス。その二人が付き合いだしたというのだから、噂をしない者はいないだろう。
マーガレットの病気の事も、皆に知られるのだろうか。あの女共は喜ぶんだろうな。それが憎たらしい。
突如、マーガレットは泣き出した。
「私、もう、駄目だって! もう、授業にも出れないって……っ。変よね、こんなに元気なのに……!」
僕は泣きじゃくるマーガレットを抱きしめる。
如何して良いのか分からない。僕は、何て無力なんだろう。
力が欲しい。
マーガレットは僕の腕の中で、「死にたくない」と泣きじゃくる。僕に出来る事は無いのだろうか……。
一角獣の血は、飲む者の命を長らえると言う。だが、同時に呪われる。マーガレットに呪われた運命など生きて欲しくない。
賢者の石。だが、ずっと弱さを隠し続けていた彼女が、石と言えども他の物に頼る事を望むだろうか。
僕には、何も出来ない。人生で唯一愛した人、本当の僕を見て愛してくれた人を守る事さえ出来ない。
死は、残酷だ。
僕は、再び闇の魔術の勉強を始めた。マーガレットと付き合い出して、もうやめたつもりだった。でも、このままでは彼女は死んでしまう。
僕を愛してくれた人。僕が愛する人。
不老不死は禁忌。命ある者、いつかは滅びる。
だけど。そんなの、嫌なんだ。
どんな手段でもいい。彼女の命を。
彼女は、僕を愛してくれたんだ。本当の僕を愛してくれたんだ。
失いたくない。
エゴだって言われてもいい
でも、マーガレットだって「死にたくない」と言っているんだ。
ふと、本を捲る僕の手が止まった。
「ホークラックス……魔法の中で最も邪悪なる発明なり……我らはそを語りもせず、説きもせぬ……。
――何だ?」
ホークラックス。
何処かで、聞いた事がある気がする。一体、何処で?
「……そうだ……」
『まさか……っ、ホークラックス……!?』
魔法の中で、最も邪悪な発明――
何故、それを彼女が知っているんだ……? ホークラックスとは、何なんだ?
「今日は早いのね、ヴォルデモート?」
マーガレットはベッドの上で体を起こし、分厚い本を読んでいる。傍の棚の上には、本が積み上げられるだけ積み上げられている。
「校医がね、借りてきてくれたのよ。暇で、外を見ていたら。やっぱり余命僅かの少女って、可哀想なのかしらね」
「ふ〜ん……外、ねぇ」
ふと頭に浮かんだのは、某レイブンクローの男子生徒だった。
ホグワーツには珍しい、転入生。彼はレイブンクローのクィディッチ・チームで活躍している。当然、彼もスラグ・クラブに入っている。脳みそなんてもう無いに等しいから良いが、そうでなければ僕の仮面も危うかった事だろう。
それでも、顔は悪くは無い。だから最近、女子達がキャアキャアと言っている。
マーガレットに限って、まさか……ね。
「いつ?」
「え?」
「外を見てたって」
マーガレットはきょとんとしたが、ぷっと噴出した。
「何? リドル、嫉妬した訳? レイブンクローの、何て言ったかしら……あの転入生の事を言ってるんでしょう? 心配しなくても、ここからクィディッチ競技場は見えないのよね」
マーガレットはクスクスと笑い続ける。
だが、僕がその一言を言うと、笑いは止まった。
「マーガレット――『ホークラックス』とは、一体何の事だ?」
マーガレットの目が、驚愕で見開かれる。僕は視線を逸らさず、続ける。
「禁書で、その言葉を見た。最も邪悪な魔法、それについては語りも説きもしないと書かれていた。そんな魔法を、如何して君が知っているんだ?」
「何の事――」
「とぼけるな。僕が、君を殺すつもりはないと言った時だ。マーガレットは、その単語を口にした。
如何してそんなものを知っている? 何処で知った? 一体、何の事だ? 誤魔化そうったって無駄だ。本当の事を言え」
マーガレットはうろたえた。逸らされた目が泳いでいる。
「私……私も、よく分からないの。ただ――生贄と引き換えに、自分の命を永遠の物にする魔法だって――
ホグワーツに入って最初の夏休み、皆がいなくなった日――手書きの本が一冊、残されていたの。そこに書いてあって――」
「生贄と引き換えの、永久の命――?」
「まるで、料理のメモみたいに書かれてたわ」
そう言って、マーガレットはぶるっと身震いする。
「材料、今回は生きた人間と死んだ人間、って……」
「生きた人間と死んだ人間――それで、あの時あんな事を口走った訳か」
「ええ……」
マーガレットは不安そうな表情だ。
……よし。
「よし、ホークラックスについて調べよう」
「ヴォルデモート!? 何言って……!」
「生きた人間は僕だ。死んだ人間は、僕が手を掛けた人達だ。それなら、新たに殺す必要も無いだろう?」
「駄目よ!! それって、貴方が生贄になるって事に―――っ」
身を乗り出したマーガレットは、咄嗟に胸を掴んで苦しそうに俯く。
僕は、彼女の体を抱き寄せた。マーガレットは抵抗もせず、僕にもたれかかる。
「大丈夫だよ。別に、材料だからって死んでしまう訳ではないだろう? 兎に角、調べてみる価値はあると思うんだ」
「私が生きても、貴方が死んでしまうなら意味が無いのよ――」
「分かってるさ。マーガレットを独りになんてしない」
ホークラックスの資料は、なかなか見つからなかった。ホグズミード行きの時、こっそり村を抜け出して夜の闇横丁へも行ってみたが、そこでも見つからない。一体、何処にあるのだろう。
聞いてみるしかないのか……。まさか、ダンブルドアに聞く訳にはいかない。でも、スラグホーンなら。奴なら、聞き出しやすい。それに、ダンブルドアの友人だ。知っている可能性は充分にある。ちょうど、明後日にまた呼ばれている。その時に聞きだそう。
そう、思っていた。
その夜、マーガレットの容態は急変した。
「ミスター・リドル!! ミス・ルイスの容態が!!」
寮監の言葉で僕は飛び起き、聖マンゴ病院へと向かった。
病室では、慰師達が忙しなく動いている。それには関係なく、だんだんとマーガレットの命が失われているのが分かった。
「マーガレット!! マーガレット!!」
駆け寄り、名前を呼ぶ。
マーガレットが僅かに、目を開けた。
「ヴォ……ルデ……ごめんね……」
「逝くな!! 僕を置いて逝くなんて、許さない! あと、ちょっとなんだ! 今から戻って、聞いてくるから!! 待ってて!!」
踝を返し駆け出そうとした僕の上着の裾を、マーガレットが弱々しく掴んだ。
「ごめ……ごめん、ね……」
「そんな言葉、聞きたくない!! 諦めるなよ!」
「……私……駄、目なの……でも……貴方の、お陰で、最、後は幸せだった……ありがとう……。
私は、もう、駄目、だけ、ど……貴方は、生き、て……ヴォル、は……死なない、で……」
ふわりと、マーガレットは微笑んだ。
「誕生日……おめでとう……」
「アバダ ケダブラ」
僕は、最強の者となった。
もう、失うものは無い。命だって失わない。
ホークラックスは、自分の為に使った。
「生きて」とマーガレットが言ったのだから。
誕生日は、僕にとって特別なものとなった。
僕がこの世に生を受けた日。僕の、孤独が始まった日。
そして、大切な彼女の命日。僕の、第二の孤独が始まった日。
それでも、僕は生きる。
一度力を失ったが、ホークラックスのお陰で生き延びた。一年間、じっと時を待って。
六月、再びダンブルドアに出会った。
僕が「穢れた血」を殺すのを止められなかった奴。マーガレットの病気を知っていながら、何もしなかった奴。
「死よりも酷な事は何も無いぞ、ダンブルドア!」
あの頃の僕が欲していた力。それを、今の僕は持っている。
僕はもう、何も失わない。
僕はもう、誰も失わない。
もう、誰もいないのだから。
2006/12/24