大掃除。
 それと同時に、私達はお母さんの部屋を漁っていた。何か、手掛かりになる物はないか、って。
 リドルも、結構真面目に捜してくれている。黒いのは相変わらずだけど、危害を加えてくるような事は無い。危害を加えてくる事が無ければ、わりといい子だよね。
 そりゃ、黒いけど。頭はいいし、顔も可愛いし。
「……僕は本来、君よりも年上なんだけど?」
「勝手に何考えているのか読まないでよ!!」
 そして、その笑顔はやめて!!





No.7





「お母さんの、昔の写真発見ー♪」
 突然、忠行が一枚の写真を掲げて言った。
「凄いよ。お母さん、夕紀そっくり」
「だから、僕も見つけやすかったんだ」
「どれ?」
 私は忠行の後ろから、その写真を覗き込む。
 そこに移っているのは、私と、お母さんと。

 不自然な空白。

「……リドル、これ」
「如何したんだい?」
 言いながら、リドルは手を止めてこちらへ来る。そして忠行から写真を受け取った。
「ねぇ。この空白って、何か不自然だよね? 若しかして、ここに誰か写ってたのかな……」
「その可能性は高いね。どうも、魔法で消されたみたいだ」
 ここまでして。
 ここまでして、お父さんの痕跡を消している……。そんなにまでして、手掛かりを消したいの……?





 夜中に目が覚めれば、なかなか寝付けない。
 いつも、いつも。同じことばかりを考えてしまって。
 ふと、隣の部屋で物音がする事に気がついた。隣はお母さんの部屋。忠行? それとも――



 お母さんの部屋にいたのは、リドルだった。
 リドルはノートに一ページ、一ページ、魔法をかけている。
「……眠れないの?」
 声をかけてきたのは、リドルだった。私は答えず、リドルの隣に座ってその作業を覗き込む。
 いつからだろう、警戒せずにリドルに近寄るようになったのは。
「何してるの?」
 それは日記だった。
 そこには、お母さんの柔らかい字で、私達の事ばかりが書かれている。
「これ……」
「君達の母親の日記だよ。こんなに子供の事を思っていたんだ。君達を置いて何処かへ行ってしまう筈が無い。きっと、帰りたくても帰れない状況にあるんだろうね」
「……っ」
 如何して。
 如何してこんなにも、私の中のわだかまりを取り除いてくれるのだろう。

「……私、不安だった。お母さん、私達の事、捨てたんじゃないかって。もう、帰ってこないんじゃないか、って……。お父さんの所に行っちゃったのかな、って。お父さんの記憶も何もかも消したのは、捜されたくないからなのかな、って。私は忠行の保護者にはなっても、姉だから。姉は、母親にはなれなくって。忠行が寂しがっていても、何もしてあげられなくって」
 リドルは何も言わずに、ただ私を見つめている。
「私はあまりにも無力で……私は寂しくても、誰も頼れなくって……」
 ああ、やだ。
 視界がぼやけてくる。
「泣いて、いいよ」
「ううん、大丈夫。私、頑張らなきゃいけないもの。母親の代わりにはなれなくても、忠行の姉は私だけだし」
 笑顔を作って。ただ、甘えたくて話したんじゃないもの。あんまり暗いのは好きじゃないし。
 自分の気持ちを言葉にしたくて。整理したくて。

「でも、『泣いていいよ』なんて。まさか、リドルがそんな事言うなんてねーっ。
……ありがと。他に話せないもんね、こんな事」
「千尋さんは?」
「ああ……だって、心配させたくないし。あまり深い事までは知らないもの。それに――お母さんは私達を捨てた訳じゃない、って信じさせてくれたのはリドルだから。如何やらお母さんはリドルの世界と繋がりがあるみたいだし、話せるのはリドルだけだよ。忠行に弱音吐いて不安にもさせたくないしね」
「――僕も、お礼を言いたい事があるんだ」
 リドルが? 何故?
「この間、僕の誕生日を祝ってくれただろう? ――初めてだった」
「『初めて』? ホグワーツの女子生徒達だって放っとかなかったでしょうに」
「彼女達が祝ったのは、本当の僕じゃないさ。君達は、僕の素を知っていながら、心の底から祝ってくれた。正直、嬉しかった。この世に生まれてきて良かった、って初めて思えたんだ」
「……」
「僕には生きる希望が無かったんだ。ただ、執念で生きていた。全ての元凶は父だから。でも……違ったんだね」
 ああ、そうか。

『この世界で言う『ハリポタの親世代』にトリップしたんだ』

 「親世代」なんて言葉を知っているからには、多少なりとも調べたに違いない。ならば間違いなく、本は全て読んだ筈だ。
 リドルは、それが勘違いである事を知った。
「この世界に来て僕は、その執念さえも失ってしまった。絶望だけだった。
そんな時、忠行を見つけたんだ。
佐藤、って苗字で若しやと思ってね。同じクラスに潜り込んだ。そして、体育祭で夕紀を見かけて確信したんだ。君は有紗に瓜二つだから」
 リドルは伏目がちになりながらも微笑んだ。
「忠行や夕紀に出会って、本当に良かったと思ってる。だけど、同時に空しくなるんだ。僕は、何をしていたのだろう? 今まで、何のために生きていたのだろう?」
 リドルは、小さくなってしまった自分の掌をじっと見つめる。
「知っているだろうけど、僕はこの手で既に人を殺してしまった。その事実は消えない」
「後悔してる……って事?」
「後悔、か。確かにそうかもしれない。でもそれは多分、夕紀が考えているように改心した訳じゃない。僕は人の命を奪った事を後悔しているんじゃないんだ。後戻りできなくなった事を、後悔しているんだ。あんな事をしなければ、君達とずっと一緒にいる事も出来ただろうに、って……でも、もう手遅れだ」
「そんな事ないよ!」
「手遅れなんだ、夕紀。見つかれば、アズカバンに放り込まれるに決まってる。それに、有紗のいた時代では僕は更に人を殺していた。間違いなく、死刑さ。大人しく殺られるなんてのは嫌だからね、一度闇に入ってしまったからには、もう抜け出す訳にはいかない」
 どうしてそんな風に微笑うの?
 悲しすぎる。
 手遅れなんて言わないで。

 私は、少し手を伸ばして、リドルを抱き寄せた。
「……夕紀、僕が本当は大人だって事分かってるかい?」
「分かってるよ。――リドルは、独りじゃない。私達が傍にいる。未来は変わるかもしれないじゃない。
このまま、この世界にいればいいんだよ」
「出来る事なら、僕もそうしたいさ……」
「出来るよ。私からもお母さんに頼むし。ね? ずっとここにいて」
「まるで告白みたいな言葉だね。それとも、本当にそうなのかな?」
「なっ!!?」
 私は思わず、リドルを突き飛ばした。
 べべべべ別に、そんなつもりは全くないのにっ!
 でも、思い返してみれば確かに、そんな言葉だ。リドルは面白そうに笑っている。
 結局こいつ、からかうのかよ!! シリアスが一気にぶち壊しだよ、畜生!
「勘違いしないでよっ! 私が言ってるのは、そういう意味じゃないんだから!!」
「ほんと、面白いね。夕紀って」
「五月蝿い! そ、それで、何やってたのよ!?」
 無理矢理、話題を変える。逆ギレして喧嘩腰な口調になってしまう。

「――この日記、所々に余白が多いだろう?」
「……え?」
 リドルに言われ、見てみれば確かにその通り。一ページを一日分にしている訳でもないのに、無駄な余白が多い。
「それで、確かめてみたんだ。最初のページ、見てご覧。魔法をかけたら文章が現れた――十一年前だ」
 私は急いで最初のページを捲った。
 十一年前。忠行が産まれる前。……お父さんが、いなくなった年。
 そこには、銀色の文字が紛れていた。
『彼は、元の世界へと帰されてしまった。「本」の人物が、この世界にいてはならないらしい。皆、私の身勝手な行動に怒っている様子だった。
さようなら、セブルス。きっと、また会える筈。だって私も、もうこの世界にいる事は出来ないから。
夕紀とこの子が充分に成長したら、二人をつれて私もそちらへ行こうと思う。』


「……」



 え!!?



 おい、ちょっと待て。
 「さようなら、セブルス」……「さようなら、セブルス」!?
 何ですと――――――!!?
 よりにもよって、あの陰険教師が父親ですか!? 私は勝手に、シリウスだろうと思っていたのですが! いや、だって「親世代+父親不明」って言ったら、「父親=シリウス」でしょ!
 別にセブルス、キャラとしては嫌いじゃないけど! でも、あれが父親になる、ってのはちょっと……。
「うっそぉ……」
「父親の事かい? 確かに、あの本を読んだ限りじゃ、絶対家族にはなりたくないタイプだったけどね。
でも、忠行は兎も角、夕紀は彼の子だって言っても頷けるよ」
「何をぅ!?」
「夕紀は結構、料理も得意だし、手先も器用だからね。彼は魔法薬の教師なのだから、それなりに器用だろう? それに、からかうと面白い所もね。彼も、からかうと面白そうだから」
 こいつ、いつか血祭りに上げてやる……!
「君には無理だよ」
 人の心を勝手に覗いた挙句、さらりと言うなあ――――――!!

 リドルは何事も無かったかのように、日記を取る。
「じゃあ、僕は続きをやってるから。夕紀は寝た方がいいよ。寝坊する訳にいかないんだから」
 でも、私は動かなかった。
「私もここにいる。何か手伝える事、ある?」
「無い」
 またもやさらりとっ!
「だって、君は魔法が分からないだろう。有紗の奴、何も書いていない所も余白を空けている。これだと朝までかかりそうだな」
「じゃあ、他の日記を確認する! 若しかしたら、普通のシャーペンで書いてる部分にも何かヒントがあるかもしれないじゃない?」
「無いだろうね。魔法を使って書いているぐらいだ。そういう部分には全て魔法をかけてある筈だよ」
 そんなの分からないじゃんかよー。若しかしたら、若しかしたら……さぁ。
「そんなに捜したいのなら止めないけど。無駄だろうね」
「だから、そうやって勝手に開心術しないでよっ!
あ〜あ。私も開心術出来たらなー。仕返ししてやれるのに!」
「へぇ? 夕紀ごときが、如何やって僕に仕返しなんてするのかなぁ。楽しみだね」
 きゃああ、久しぶりの真っ黒笑顔ですなぁ……。





 向かいの部屋で寝ている忠行を起こさない程度に何だかんだと話しながら、僕と夕紀は手掛かりを捜していた。いつしか互いに無口になり、気がつけば隣で夕紀は眠っていた。
 まったく、だから寝ればと言ったのに。風邪でも引いたら如何するんだ。
 ……若しかしたら、僕を気遣ってかもしれない。

『リドルは、独りじゃない。私達が傍にいる』

 本当にお人よし過ぎるよ、夕紀も、忠行も。僕が誰だかを知っていながら。
 不本意でこの世界に来たけど、今はこの世界に来れて良かったと思っている自分がいる。
 夕紀に会えて。忠行に会えて。本当に。
「開心術を使えるようになったら、仕返しをする、か……」
 困るんだよ、君に開心術を使われたら。
 例え年齢が離れていても、忠行の事は大切な親友だと思っている。そして、夕紀の事は――





 新学期が始まった。
「今学期からこの学校に通う事になりました。佐藤忠行です」
 簡単な挨拶をして、先生に言われた席に着く。
 隣の席の女の子が、笑顔で言った。
「あたし、花村鈴。よろしくなっ」
「うん」

 休み時間。やっぱり、転入生は皆に囲まれる。
 授業は相変わらず、うたた寝気味で。後ろの席から無言で突いてくる人はいない。いつの間にか、こんなにもトムと一緒にいる事が自然になってたんだなぁ……。





 一月が過ぎ去り、寒さは更に厳しくなった。

「夕紀。今日、駅前のデパート寄ってこ」
 二月に入って間もなく、千尋が言った。
「いいけど。何か買うの?」
「何、寝ぼけた事言ってんの!? もう、二月だよ!? に・が・つ!! 二月って言ったらバレンタインじゃないっ!」
 あぁ、そっか。今年は何作ろっかなー……。
「それでね、夕紀。今年は私、あげる相手がいるのよっ」
 語尾にハートマークを散らしながら、千尋は言う。
 私は態とずれた返事をしてやった。
「『今年は』って……毎年友チョコやってるじゃない」
「違う! そうじゃなくって! ちょっと、いい感じの人がいるのよー」
「へぇ……」
「夕紀も無い訳? そういう話。考えてみると、夕紀の恋バナって聞いた事ないんだよね」
「私はいないよー、彼氏なんて。今は欲しいとも思わないし」
 ってか、それどころじゃないし。
 一応、父親は分かったけど……。忠行に言った時の、あの顔は今でも忘れられない。
 かなり嫌そうだったなー。
 映画しか見てなくて、そんなにハリポタにはまっている訳じゃない忠行に取っちゃ、ただの悪役だものね。
 待てよ。すると、お母さんは親世代へトリップしておきながら、悪戯仕掛け人と仲が悪かったのか……?
 なんて、もったいない!!
 ヘタレの黒犬とか、リリー馬鹿の鹿とか、腹黒い狼とか、影薄い鼠とかと仲が悪かったの? もったいな過ぎだぁ……。

「おーい、夕紀ー」
 千尋の声で私はハッとする。
「ん? 何?」
 千尋は盛大に溜め息を吐いた。
「脳内トリップでもしてた訳? 夕紀さ、彼氏はいなくても好きな人とか、気になる人とかいない訳?」
「気になるねぇ……よく分からない」
「傍にいたい、とかさ」
 パッと、頭にリドルが浮かんだ。
 無い、無い、無い、無い、絶対無い!! 私ゃ、そんな無謀じゃないって。
 しかも今、リドルは十歳の姿だし。
 千尋の目が三日月形にニッと笑った。
「ほほ〜ぅ? 如何やら、いるみたいだねぇ。どんな人? 名前は?」
「いないってば!」
「あ、若しかして文化祭の時の人? ヴェルノさん、だっけ。トム君の親戚の!」
 そう言や、そこで大人版と面識あるんだっけ!
「違うってば! なんでそうなるの!? あいつは恋愛対象とかじゃなくって」
「『あいつ』〜? 随分と親しくなったんだね?」
「だから、恋愛対象じゃないって言ってるじゃない! トム君と忠行が友達だから、友達なだけ!」
「むきになるのが怪しーい」
「いい加減にしてよ! 怒るよ!?」
「気づいてないみたいだけど、夕紀って怒っても怖くないよ」
 あぁ、もう、どうにかしてくれ……。





「はい、これ! バレンタインの義理チョコ!」
 二月十四日。私があげたのは、友チョコと義理チョコ。
 若しかしたら、私、姿は十歳だとか異世界の者だとか関係無く、リドルを好きになってしまっているのかもしれない。
 でも。
 でも……ね。

『「本」の人物が、この世界にいてはならないらしい。』

 それならば、お母さんが帰ってきたら、確実にリドルは元の世界へ帰されてしまう。
 お母さんに早く戻ってきて欲しい。でも、その時は。

 ――リドルと別れる時。


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2006/12/20