杏子は、アーケードゲームがガチで強かった。
 私はアーケードゲームなんてたまにやるぐらい。それも最近はゲームセンターよりオタクショップに行く事の方が多くて、たまに友達とプリクラを撮る程度。そんな私じゃ、敵いっこない。
 カーレースはコンピュータも抜いてぶっちぎり一位。スロットは当てるし、お菓子は大量にすくう。UFOキャッチャーは景品に興味無いとかで慣れてないみたいだけど、やらせてみたらお菓子と同じ要領で一発で私の目当てをゲットした。
 気が付けば日は暮れていて、ゲームのネオンが明るく目立っていた。カーレースも、ダンスも、記録の残るものは上位が杏子の名前で埋め尽くされている。
「加奈。あんた、ミスばっかじゃねーか」
「う、うるさいなあっ。話しかけないでーっ」
 矢印は素通りしていくばかり。杏子はこっちの画面見る余裕まであるの? 凄いな……。
 miss! miss! miss! miss!
 このゲーム、アニメとかでしか見た事ないけど、太鼓と同じみたい。ミスを連ねるごとにどんどん画面が暗くなっていく。……うぅ、テンション下がって更にミスっちゃうだろーっ。
「よお。今度は何さ」
「えっ、何? 何か起こった?」
 画面を見るが――と言うよりずっと凝視しているが、何も見つけられない。また何か逃したかー?
「この街をあなたに預けたい」
 この声は……っ。
「ほむ――らちゃん!?」
 うっかりほむほむと叫びそうになって、寸でのところで私は言い直し振り返った。そこに佇むのは、暁美ほむら。
 二日連続ほむほむ! これは、神様のおぼしめしだね!





No.7





「昨日ぶり〜っ」
 にこにこと手を振る。最早、ゲームの事は私の頭から消え失せていた。
「加奈、知り合いだったのかよ」
「うん。昨日偶然会って。ねーっ」
 同意を求めるけど、ほむほむは無反応。
 まあ、いいや。
「街を預けるって、杏子に?」
「ええ」
 ほむほむは無表情で頷く。
「どんな風の吹き回しよ?」
 軽やかにステップを踏みながら、杏子が言った。
「魔法少女はあなたみたいな子こそ、相応しいわ。美樹さやかでは務まらない。
 それと、彼女の事だけど、あなたは今後手出ししないで。私が対処する」
「この街をいただくのは、そのつもりだったけどさ。あんた何者だ? 一体、何が狙いなのさ」
「二週間後、この街にワルプルギスの夜が来る」
 ――ワルプルギスの夜。ほむほむにとっての、最終決戦。ここでいつもほむほむは敗れ、時間を巻き戻している。
 そして、それが私にとって帰れるチャンス。
 ほむほむは、そいつを倒せば町を出て行くと話す。――出て行っちゃうの?
「まどかは?」
 思わず私は、口にしていた。
「鹿目まどかが出て行く理由は無いわ。彼女には家族も、友達もいる。当然、ここに残る筈よ。そうでなくてはいけない」
「そうじゃなくて。――ほむらちゃんは、それでいいの?」
 ワルプルギスの夜を倒せたら。そしたらきっと、一先ずは平和になる。魔法少女に救いは無いって言ったって、目先の死や魔女化は免れられる。まどかが契約せずに、日常を壊さずに最終決戦に勝てたなら、きっとほむほむはまどかと共にいたいだろうに。
 ほむほむは、何処までも無表情。ずっと一人で戦って来たのだ。これぐらいで、表情を変える筈が無い。
「上月加奈。あなたがどこまで知っているのか知らないけれど、私はまどかの契約を阻止出来ればそれでいい。それ以上は何も望んでないわ」
「……」
「私が出て行った後は、佐倉杏子、あなたの好きにすればいい」
「ワルプルギスの夜ね……。一人じゃあ確かに手強いが、二人掛かりなら勝てるかもな」
 言って、杏子はポッキーの箱をほむほむに差し出す。
「食うかい?」
「ありがとう。いただくわ」
 あ、貰うんだ。
 ほむほむとポッキーを食べるのを、私はぼーっと見つめていた。
 契約さえ阻止出来れば、それでいい。ほむほむは、本当に見返りなんて何も求めていないんだ。まどかを守る私になりたい。ただ、その想いだけを胸にして。誰にわかってもらえなくてもいい。そうほむほむは言っていたけれど、でも、やっぱりそんなの寂しいよ。
 ワルプルギスの夜を倒しても、ほむほむが魔法少女じゃなくなるわけじゃない。魔女が一切現れなくなるわけじゃない。この町を出て行って、まどかと離れてからも、ほむほむは戦い続けなきゃいけないんだ。たった一人で。
 不意に、目の前にポッキーの箱が迫って来た。
「そんなにじっと見なくても、加奈にもやるよ」
「ありがとーっ」
 明るく言って、ポッキーを一本貰う。……これ、欲しがってるように見えたのか。
 うん、考えたって仕方が無い。「きえええええ」な結末にならない事を祈るしか、視聴者にはできないんだ。……元の世界帰ったら最終回放送し終わってましたとか言ったら、泣くぞ。
「あんた、ほむらって言うんだ?」
 ちらりと私を見て、杏子はほむほむに問う。私が名前連呼しまくってますもんね。
「ええ。暁美ほむらよ。よろしく」
「え? 明海穂村って――」
「私が言ってた奴は、別の人だよ。……多分、ほむほむの名前パクリやがった」
 後の言葉は、小さな声で。「え?」と聞き返されたけど、何でもないと笑って誤魔化す。
 杏子は改めて、ほむほむに話しかける。
「せっかくだし――あんたも、一緒に遊ぶか? 加奈じゃ、相手にならないんだよなー」
「あっ。酷い!」
 本当の事だけれども! でも、グッジョブだ、杏子!
「遠――」
「じゃあ、プリクラ!」
 遠慮するわ、とか言い出しそうなほむほむを遮って、私は言った。
「十分程度だから! だから、ね! ほむらちゃん!」
「……」
 殆ど無理矢理押し切って、ほむほむ、杏子と共にプリクラを撮影。
 杏子ってば、私の顔にばかり落書きして。ほむほむはにこりともしないしカメラ目線になってくれないものだから、カメラ位置によっては見切れたりして。
 落書きを終えると、プリントも待たずにほむほむは去って行ってしまった。多分、またまどかだろうな。
 出て来たプリクラは、三等分。ほむほむの分はもちろん、私が預かった。よし、これを理由にまた話せる。
 わいわいやりながら、撮ったプリクラ。切り分けた一つを、私は早速携帯電話に貼った。無表情――でも僅かに、気圧された様子のほむほむと、ニッと笑う杏子と、立派なカールひげを描かれた私と。余白には、「打倒! ワルプルギス!」の文字。「何もしない人栄養管理係」って矢印引っ張って書かれていたり。
 うん。これは、一生の宝物だ。


Back  Next
「 とりっぷ☆マギカ 」 目次へ

2011/05/15