小鳥がさえずり、花々が咲き乱れる。暖かな春の訪れ。
「夕紀ーっ。おにぎりの数、これでいいー?」
「充分。多すぎるぐらいだよ。じゃあ、忠行とリドルで荷物をまとめて。その間に私、こっち洗っとくから」
そう。
春と言えば、やっぱり花見でしょ!
No.8
「夕紀! 向こうで遊んできていい? アスレチックがあるんだ」
「どうぞ。私はここにいるから。人多いから、迷子にならないように気をつけなさいよ」
「行こう、トム!」
「え、僕も!?」
リドルは忠行に腕を引かれ、一緒に行く。
行ってらっしゃーい。
空は晴れ渡っていて、花見にぴったり。
広場の周りはぐるりと屋台に囲まれ、桜の木の間を縫ってシートが敷き詰められている。
この時間帯は、家族連れが多い。父親と、母親と、子供。所によっては、友達家族と来たり。兄弟姉妹がいたり。少し、羨ましくなる。
思わず溜め息を吐いた時、背中に体重がかかった。
「また、親の事考えてたんだろう。独りで背負い込むなって」
リドル!
「ちょっ、離れなさいよ!!」
リドルは後ろから私の首に腕を回して、言わば後ろから抱きついている格好。身長と体勢的に、寧ろのしかかりだけど。
でも、リドルの本来の年齢を知ってる私としては、恥ずかしいったらない。
更に、重みが増した。完全にのしかかりだ。如何やら、忠行がリドルの更に上にのしかかっている様子。……重いんですけど。
「あんた達、アスレチックに行ったんじゃなかったの」
「途中で綿飴見つけたんだー。買って〜」
「僕は別に無くていいけど」
「……分かったからのけなさい」
忠行がのけて、ようやくリドルものけた。
私は財布から千円札を取り出し、忠行に渡す。
「その代わり、残りの春休みはお菓子買わないからね」
「えーっ。……分かったよ」
そして、再びリドルをつれて駆けて行った。
忠行と、綿菓子の屋台に並んで、ようやく順番が来た時だった。
一つ前の人が綿菓子を受け取る。友達と一緒に来ているその少女が振り返って、屋台を離れていった。
その顔。
忠行は綿菓子を作る過程に夢中になっていて、気づかなかったみたいだけど。間違いない。
――佐藤有紗だ。
若い頃の、彼女。
そういう事だったのか。だから、「私も、もうこの世界にいる事は出来ない」なんて書いていたのか。おかしいと思ったんだ。それでだったのか。
忠行が綿菓子を受け取ると、僕はその腕を引っ張って足早に夕紀の待つシートへ戻った。
「如何したの、リドル。そんな怖い顔して――」
「夕紀、帰るぞ! 今直ぐ!!」
「「お母さんを見たあ!!?」」
何が何だか分からぬまま、俺達はリドルに言われるまま、公園を後にした。
そして帰ってきたリドルが言ったのは、「君達の母親をあの公園で見かけた」
「如何いう事? 如何して公園なんかにいるの!? この近くにいるのなら、家に帰ってくればいいのに!!」
「そうだよ! 如何して言ってくれなかったんだよ!? 何か事情があるとしたって、それを聞けたかも……」
「――いたのは、十五、若しくは十四歳の有紗だった」
「え……!?」
「何? お母さんも、トムと同じで若返ったって事? だから、家に帰って来れないの?」
「違う。つまり、あの有紗は『トリップ前』だ。君達の母親が『親世代』へとトリップしたという話はしただろう? そして、そのままその世界で大人になって――有紗が戻ってきたのは、自分が産まれる少し前だったんだ」
「そんな事って……!」
「充分にあり得る。そもそも、親世代は現世から四十年以上前だ。その世界へとトリップしたのなら、時空の移動は、時代も移動できると考えられる。僕も、現世より六十年も前から来た訳だしね」
話についていく事が出来ない。
「待ってよ。その、『親世代』って何?」
「ハリポタの親達の世代の事……つまり、ハリーの父親とその友人の学生時代だよ」
「そっか。その時代に行ったから、スネイプとも出会ったんだね?」
「そう。有紗は親世代へトリップし、帰ってきた先は自分が産まれるよりも前だった。つまり、同時に二箇所に有紗が存在する事になってしまったんだ。だから日記にも『私も、もうこの世界にいる事は出来ない』なんて書いていた。だから、君達は親戚に会う事が出来なかった。何故なら、父方の祖父母は異世界。母親の実家には、まだ子供の有紗がいるからね」
それで、か……。
「そしたら、お母さんは時空を移動できても、それを自由に操る事が出来ないって事? だって、自由自在に操れるのなら、そんな面倒な時代には戻ってこないよね」
「多分ね。――厄介だ。彼女が時空管理人として未熟だとすると、何時戻ってくるか分からない。若しかすると……」
「戻ってこないかもしれない……」
言いにくそうにしたトムの言葉を、夕紀が継いだ。
お母さんは、戻ってこないかもしれない……?
もう二度と、会えないかもしれないの……?
「嫌だ」
「忠行」
「嫌だ! そんなの、絶対嫌だ!! 絶対に諦めない! お母さんが戻って来れないなら、俺達が行けばいいじゃんか! 方法ならいくらでもある! 何もしない内から諦めるなんて、俺は絶対に嫌だ!!」
「……そうね。絶対に、諦めない。ねぇ、リドル。お母さんのその『時空を移動する力』って、遺伝したりしないのかな?」
「さあ……僕が知っているのも、彼女に聞いた話だからね。それは分からないよ。第一、有紗は初めての人間の時空管理人らしい」
「え!? じゃあ、他は動物!?」
「人型はしているけれど、人ではないと言っていた。神のようなものだそうだ」
うわぁ……お母さん、なんか凄いんだぁ。
「そうなると、リドル。まずは私達に魔法を教えて欲しいんだけど。少なくとも、マグルの科学技術よりも魔法の方がその『力』に近いだろうから」
新学期。トムは、俺の通う学校に転入してきた。
あっと言う間に四月は過ぎた。毎日、遊ぶ暇も無かった。トムの魔法授業はスパルタで。それでも、やっぱり魔法って面白いけどね。
でも杖は無いし、まさか魔法に理論なんてものがあるとは思わなかったよ……。杖を振って呪文唱えてればいいのかなーって思ってた。「ウィンガーディアム レヴィオーサ」とかさ。
「ねぇ。『貴方のはレヴィオサー』は?」
ある日、毎日の講義に嫌気がさして、俺は聞いた。
トムと夕紀から返ってきた答えは
「「は?」」
しかし、夕紀は思い当たったらしく、ポンと手を打った。
「ああ……ハーマイオニーの台詞のね。浮遊呪文、って事でしょ」
「そう、そう。だって、魔法って杖を振る練習じゃないの? 杖を振らないのは、スネイプのとあの眼鏡のおばさんのだけでしょ?」
「あー。そっか……。映画では結構省かれてるからねぇ……。小説には、わりと複雑なノートを取る事が多い、って書いてあるんだけど」
「えー……」
「分かったね? 続けるよ」
そう言って、トムは難しい話を再開する。
無理だよー。だって俺、まだ十歳だし。まぁ、今年で十一になるけど……。
「あぁ。それから、来週からの林間学校中も、授業を行うつもりだから」
「忠行、ガンバー。補修みたいね」
「夕紀もだよ」
「はぁっ!!? リドル、『姿現わし』で往復するつもり!?」
「違うよ。――もう、手は考えてある」
トムが往復する訳じゃないとなると、夕紀が来るしかないよなー。方法を考えてあるってのは、多分……。
楽しい林間学校になりそうだな。思わず、笑みが漏れる。
あれ? 如何して夕紀、目を逸らすの?
林間学校当日。
夕紀の悲鳴が、佐藤家に響いた。
いやあぁぁぁぁぁあぁぁぁああぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁぁぁぁぁああっっ!!?
なんで!?
如何いう事!!?
まだ五時にもなっていないのにも関わらず、リビングの方から声がする。私は、二人の所に現れた。
「あ、おはよう。夕紀」
「凄いや! 本当に縮んでる!」
「『凄いや』じゃなーいっ!! リドル!? これは一体、如何いう事なの!!?」
いつもよりも視線が低い。
そう。私は、リドルや忠行と同じくらいに縮んでしまっていた。
ふざけるなぁっ! まだ「若返りたい」とか思うような年齢じゃないっ!!
リドルは涼しい顔をして、いつものようにさらりと言った。
「如何いう事、って。夕紀も僕達と一緒に行くんだよ。授業を休みにはしない、って言っただろう?」
「年齢変えただけで行ける筈無いでしょ!?」
「大丈夫だよ。教師や生徒達の記憶や書類関係は、全て手配しておいたから」
随分と準備の良い事ですなぁ……。
「良かったよ、早く起きて。なかなか起きないようなら、そろそろ起こそうかって話していた所なんだ。夕紀、準備がまだだろう? あぁ、服の心配は無いよ。ちゃんとこの日に夕紀に合わせて縮むように、魔法をかけておいたから。何か準備で足りない物があったら言ってね。現れ呪文もあるし、変身術だってあるから。それで、これが夕紀のしおり」
準備が良すぎて突っ込む余地が無い……。
「こんな事しなくったって、休みにしちゃえばいいじゃない……往復だって別に不可能じゃないのに」
「だって、それじゃつまらないだろう?」
そう言って、にっこりと微笑う。
あの時、忠行がまた何か策略でも考えているかのように微笑っていたのは、これだったのか……。
「高校は?」
予想はついたけれど、藁にも掴む気持ちで問う。
案の定、あっさりと答えが返ってきた。
「『休みます』って、予め連絡を入れてあるよ。勉強なら、僕でも教えられると思うから問題ないしね」
子供の笑顔は天使の笑顔? 何処がだ。
私の目の前にいる、見た目小学生二人の笑顔は、悪魔だよ……。
2006/12/21