車内は、生徒達のわいわいと騒ぐ声で溢れ返っていた。点呼が終わり、バスはサービスエリアを発車する。
 弥生の後ろの席から、ビニル袋のガサガサと言う音と会話が聞こえて来る。
「おっ。何か買ったのか? 随分大きいな」
「フン。どうしてもってんなら、てめーにも分けてやらない事もねえ。
 十代目! お土産買って来ました! 饅頭召し上がりませんか!」
 席を立ち、前を覗き込むようにして獄寺は言った。弥生はパッと背もたれから背中を離し、窓際に立て掛けていた鉄パイプを掴む。
「半径一メートル以内に近付くなって言ってるよね」
「バスなんだから仕方ねーだろ、暴力女。誰も組む相手のいないテメーのために、心優しい十代目が組んでやったんだ。十代目に迷惑かけるようなら、俺が承知しねー」
「まあまあ、獄寺君……せっかくのスキー実習なんだからさ、その間くらい仲良くやろうよ」
 綱吉の言葉に、獄寺は渋々引き下がる。
 二人一組。幾ら群れるのを嫌っても、学校と言う場は往々にして厄介なシチュエーションを命じる。
 クラスの殆どは雲雀弥生を怖がり、一緒に組もうとはしなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、綱吉達三人であった。彼ら自身もちょうど奇数。一人あぶれる。男性恐怖症の弥生が唯一平気な男子である事、クラスメイト達のプレッシャーに圧し負かされた事から、綱吉が弥生と組む事になったのだ。当然獄寺が猛反対しひと悶着あったが、最終的に最も平和的判断としてこのペアになった。
 背もたれを挟んで綱吉に饅頭をごっそり渡す獄寺に、弥生は呆れた視線を向ける。
「第一、それ、お土産って言わない。なんで一緒に来てる沢田に買ってるの」
「うるせえ! 誰に買おうと俺の勝手だろ。てめーこそ、どうせ兄貴にごっそり買うんだろ」
「当然」
「このブラコン女め。どうせ他に買う相手もいねーんだろ」
 弥生はフンと鼻を鳴らす。
「必要無いね。お兄ちゃんさえいればいい」
「肝心の本人には、相手にされてねーけどな」
 ム、と弥生は眉を吊り上げる。鉄パイプを手に取り、腰を上げた。
「叩き潰されたいの」
「ちょ、ちょっと! 弥生ちゃん!」
「臨むところだぜ」
「お、おい獄寺――」
 獄寺も懐に手を入れ、立ち上がる。椅子を挟み、二人の間に散る火花。
 バンと大きな音がして、二人の目の前を風が過ぎ去った。パリンと窓に皹が入る。弥生も獄寺も固まった。窓に撃ち込まれているのは、弾丸。
 バスガイドの声が、朗々と車内に響き渡る。
「お客様! 走行中の車内ではお立ちにならないでください!」
「リボーン!? なんでお前がここにいるんだよ!!」
 綱吉が度肝を抜かして、頭を抱え込む。
 小さなバスガイドは、ニッと笑った。
「俺はお前の家庭教師だ。学校行事だからって休むわけないだろ。
 これから三日間、雪山特訓だぞ」





No.8





 実習二日目。初日の練習で、綱吉は既に全身ぼろぼろだった。インストラクターを待ちながら、綱吉は呻く。
「うー……身体中が痛い……」
「情けない。これぐらいで。そんなんだから、ダメツナって言われるんだよ」
「弥生ちゃん、痛くないの?」
 俺よりもこけていたのに、という言葉は飲み込む。弥生はさらりと言った。
「私は、鍛えてるから」
「お待たせしました、十代目!」
「誰も君なんか待ってないよ」
「誰もてめーになんか話してねーよ、暴力女」
「ご、獄寺君!?」
 綱吉は目をパチクリさせる。獄寺は当然のように、スキー板を近くに立てて帽子を被る。どう見ても、ここで待つつもりだった。
「どうしたの? 上級者グループはもうリフト乗って上がったはずじゃ……」
「十代目と別で山本と同じチームなんて、こっちから願い下げです! 先公脅して、こっちに留まる事にしました!」
 弥生はレンタルのゴーグルを外して外の気温に慣らしながら、ため息を吐く。
「馬鹿じゃないの、君。上級者が初心者グループなんか留まって、昨日みたいにこけた人を拾う係にされるのがオチだよ」
「てめーがこけなきゃいい話だろ」
「私ばかりがこけてるみたいに言わないでくれる?」
「その通りじゃねーか」
 二人は素早く構える。獄寺の出したダイナマイトは、水鉄砲によって鎮火された。
「雪山でダイナマイトはシャレにならねぇからやめろ。弥生もだ。ストックは武器じゃねーぞ」
 現れたのは、リボーンだった。綱吉が小さく呟く。
「バットやボールを武器にした奴が、何を言って……」
「ん? 何か言ったか?」
 振り返りながら、リボーンはスチャッと拳銃を綱吉に向ける。綱吉は反射的に両手を挙げる。
「なっ、何でも! 拳銃人に向けるなよ!」
「水鉄砲だぞ」
 チューと銃口から水が噴出す。もろに顔で受けた綱吉は、寒さに身震いした。
 リボーンはスーツの上からスキーウェアを着ると、その場に集まっていた初心者グループの生徒達に大声で呼ばわった。
「ちゃおっス。今日お前らを担当する、リボ山だぞ」
「んなーっ、リボーンが教えるのー!?」
「げっ、リボ山だ」
「あいつ、数学教師じゃなかったのか」
「体育の免許も持ってるぞ。初心者グループ担当のインストラクターが突然の腹痛に苦しみ出したから、急遽俺が代わる事になった。俺が担当するからには、ビシバシ行くぞ」
 生徒達のひそひそ声に、リボーンは答える。その場は、しーんと静まり返った。
 綱吉はがっくりと肩を落とす。
「やっぱりこういう展開……。でも、昨日はどこに行ってたんだ?」
「この辺り、なかなかいい温泉や料理があるな」
「一人でリゾート満喫してたのかよ!」
「一人じゃねーぞ。あいつらも一緒だ」
 リボーンはゲレンデを指し示す。そこには、綺麗なシュプールを描き滑走する髪の長い女性。下の方では、もじゃもじゃ頭に牛柄タイツの男の子と、べん髪に中華服の赤ん坊が遊んでいる。
「ビアンキにランボにイーピン!? あいつらも来てんの!?」
 綱吉が声を挙げる。
 弥生は、ちらりと獄寺を見る。
「あ? 何だよ」
「別に」
 ――こいつの、彼女……。
 未だ勘違いを続ける弥生の一方で、綱吉はとある可能性に思い当たっていた。
 ――まさか、インストラクターの腹痛って……。
 リボーンならば、一服盛るぐらいやりかねない。
 リボーンに、ビアンキに、ランボに、イーピン。トラブルメーカーのオンパレードだ。綱吉は不安げに呟く。
「大丈夫かなあ……」
 聞きつけたのは、リボーンだった。
「ん?」
「え、いや……ほら、イーピンは爆発するし、ランボも手榴弾持ってるわけだし。特にランボはよく爆弾投げるし……雪崩なんて起こったら、大変だろ? 獄寺君は、一回言えばダイナマイト使わないだろうけど――」
 言いながら振り返って、綱吉は固まった。
 同じく、ダイナマイトやストックを構えた状態で固まる獄寺と弥生。リボーンの水鉄砲が、ダイナマイトの火を消した。

 獄寺は見目明らかに落ち込んでいた。ずーんという効果音でも聞こえてきそうだ。
「すみません、十代目……。一度で理解しなくて、呆れてしまいましたよね……」
「べ、別にそんな事ないよ! ほら、獄寺君、元気出して……!」
 弥生も、ストックを没収され不貞腐れていた。
「ストックが無いと、滑れないんじゃないの。ましてや私達、初心者なんだから。つかないと進まないんじゃない」
「本当は、ただ滑るのにストックはいらねーんだぞ」
 リボーンはさらりと言った。
「バランス取るのに、役には立つけどな。つきながら滑るのは、それは上級者の滑り方だ。それに、敢えてストック無しで滑る練習だってある。これは、上級者だってやってる練習だぞ」
 またボンゴレ式なんちゃらだろうか、胡散臭い、と綱吉は思ったがここまでは事実だったらしい。後で山本に確認してみて、判った。問題は、次の台詞だった。
 いまいち疑わしげな表情をしている生徒達を見回し、リボーンは言った。
「ストック無しだと進めないと思う奴は、板を平行にして先を谷側に向け、前に体重をかけてみろ」
 ――板を平行にして、谷側に……えーと、こうか……?
 綱吉は足を平行に揃え、前に重心を傾ける。当然、勢い良く板は滑り出した。止まる術も曲がる術も知らない綱吉は、そのままリフトの柱へと正面衝突した。
 リボーンは涼しい顔で話す。
「これは、決してやってはいけない滑り方だ。よーく覚えとけよ」
「十代目ええ!!」
 皆まで聞かず、獄寺は綱吉を救出するべく滑って行く。生徒達の間には、戦慄が走っていた。
 生徒達を服従させる事に成功し、リボーンは練習に入る。斜面を滑るのにストックは必要無いとは言っても、平地や上り坂ではやはり、ストック無しでは進みにくかった。都合の悪い事に、リフトを降りた先は僅かな上り坂。弥生は板を逆ハの字にして、一歩、一歩と進み前の生徒に続く。
 直ぐに、一つ後ろのリフトも到着し追いついた。
「さっさと歩けよ。十代目の邪魔だ」
 弥生はキッと振り返る。獄寺は涼しい顔で弥生の横をすり抜けて行った。少し行った所で、得意げな顔をして振り返る。
 沸々と怒りの感情が沸き起こる。弥生は強く地面を蹴った。
 しかし、足にはスキー板。雪上を滑るため、摩擦や抵抗を減らし表面積を広げた物。いつものように踏み出した途端、板は僅かな斜面を滑った。その足に引っ張られるようにして、弥生は転倒する。
「えっ、う、うわあっ」
 後から続いていた綱吉は、避け切れずに転倒した。
 その次にリフトを降りてきていた生徒は、慌てて立ち止まる。出口が詰まり、リフトは緊急停止した。
「大丈夫ですか、十代目! 暴力女、てめぇ!!」
「うるさい。
 ごめん、沢田。立てる?」
「う、うん……」
 昨日も、これの繰り返しだった。獄寺が弥生を挑発する。弥生が挑発に乗って、喧嘩を始めようとする。普段の無茶な動きをしようとするものだから、歩く事もままならず転倒する。
 リボーンがインストラクターの代理を務める事によって、二人の喧嘩は初日に比べれば大人しいものとなっていた。斜面を滑り始めれば、獄寺は案の定、転倒した生徒を拾う係を任される。リボ山がリボーンであると気付いていない獄寺は反発したが、綱吉の一言でやる気満々になった。
 また無茶な恐怖授業を行うのではと綱吉は危惧したが、リボーンの授業は比較的まともだった。短い距離をブルークで滑り、止まる練習。
 滑り終えて弥生の下側に並び、綱吉は思わず呟く。
「……意外とまともだ」
「おめーらが下手っぴ過ぎて、特訓も何もねーからな。止まるのと起き上がるのぐらいは出来るようになってくれねーと、何もできねぇ」
 ――何をさせる気でしょう……。
 無茶な練習計画はあるらしい。これからの練習を憂い、綱吉は顔を青くする。
 その時、喚き声が聞こえた。
「わわわ、止まらない止まらないどいて――」
 クラスメイトの一人が、ゆっくりしたスピードで列に突っ込んでくる。
「身体を後ろにやるな。こけるぞ。重心を落として、踵側を大きく開け」
 リボーンのアドバイスも空しく、彼は列へと突っ込みそこにいた弥生を巻き込んで大転倒した。
「ごめん、大丈――うわっ、雲雀さん! やべっ」
 わたわたと焦り、怯えるようにして、彼は逃げ出そうとする。しかし慌てるばかりで、起き上がれない。
 弥生は身動き一つしなかった。雪面に尻餅をしたまま、俯いている。
 綱吉はハッと気が付いた。
 ――そうだ、男性恐怖症……!
 男子生徒はやっとの事で起き上がる。綱吉は蟹歩きで弥生の所まで行き、その顔を覗き込んだ。弥生は青い顔をして、震えていた。
「大丈夫、弥生ちゃん? 立てる?」
 手を差し伸べる。弥生はこくりと頷くと、その手を取った。
 しかし、綱吉とて初心者。自分が歩いたり滑ったりするので精一杯だ。弥生に手を引っ張られ、綱吉は支え切れずに雪面に顔から突っ込んだ。弥生も再び尻餅をつく。ついでに、転んだ勢いで二人とも斜面をずるずると滑っていく。
 リボーンが呆れたように言った。
「……何やってんだ、おめーら」
 ゲレンデには、綱吉達のグループ以外の生徒も大勢いる。その中の一部のグループが、弥生達の方を見てほくそ笑んでいた。


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2011/07/09